第11話

 俺は倒れ伏していた。ただ、みっともなく地面に這いつくばっていた。見上げる先には小佐野。俺から奪ったデブリの結晶のような光を手にしている。

「じゃあ、行くかな」

「待て!」

 小佐野に俺は言う。

「待たないさ。目的を達成しなくちゃならないんだから」

-ドンッ

 また太鼓のような音が響く。それと同時に小佐野の後ろの景色が歪んだ。そして、それに巻き込まれるように小佐野も歪んでいった。最初に会った犬デブリと同じだ。ワープだった。小佐野はそのままどんどん歪んでいき、そして綺麗にその場から消えた。

 小佐野は行ってしまった。

 俺は奥歯を噛みしめた。

「くそっ!」

 そして、吐き捨てるように言った。

 まずいことになった。俺の右腕のデブリ、それがこっちの切り札だった。あれがあるから管里たちの計画に干渉出来ていたのだ。このままでは管里たちは目的を達成してしまう。だが、もはやどうすれば良いのか。

 俺は視線を泳がせる。そして、倒れている九条に目が行った。これからどうすれば良いのか俺には分からない。しかし、とにかく気絶している九条は運ばなくてはならない。いつ黒雲の放つ雷が落ちてくるか分からないのだ。俺は九条の腕を肩に回してなんとか運び始めた。大人の男とはこんなに重いのかと思い知った。ひぃひぃ言いながら農道を一歩一歩進んでいく。車までは400mといったところか。

 敗北感で心が折れそうだった。しかし、それでも戻らなくては。

 と、向こうでいきなり青い光線が空に向かって放たれるのが見えた。単純に表現するなら青いビームだ。どうやら、他の駆除屋も集まってきたらしい。全員であの巨大デブリに立ち向かっているのだ。

 しかし、あの大きさのものをどうすれば戦えるのか。ビームは黒雲に当たったがわずかに穴を開けたに止まった。効果は薄い。攻撃の規模とデブリの大きさがあまりに違いすぎる。

 とにかく、俺は早くあそこまで行かなくてはならない。この現状を伝えなくてはならない。一歩一歩進んでいく。

 と、

「なにやってのよあんた!」

 古津鹿が走って俺たちのところまでやってきたのだった。



「右手のデブリを奪われた!?」

 俺が事情を話すと同時に古津鹿は言った。

 ここはワゴン車の中だ。結界が張ってあり黒雲のデブリから落ちてくる雷を退けられるらしい。ここなら安全なようだ。後ろの席に九条を寝かしてある。

 それでようやく状況を報告出来たわけである。

「ああ、九条が戦ったけどまるで歯が立たなかった。それで、俺もどうすることも出来なくてそのまま奪われた」

「そんな...九条はこう見えても跳流術の腕は確かなのよ。それが歯が立たない...それに小佐野って...」

「素人目に見ても一方的だった。九条の攻撃が全然効かなかったんだから。手で弾くわ、あげく攻撃を食うわメチャクチャだった」

「なんなのよそいつは....!」

 古津鹿の表情はとても険しかった。どうしようもない強敵の出現。そして、九条がやられたという現状。古津鹿は激情に駆られていた。

「どうする。このままじゃ管里が路ってやつを開くんだろう。そしたらあいつを捕まえられなくなるんだろ」

「ええ、路が開けばそうなる。ついでに何が起きるか分かったもんじゃない」

「探して止めるか?」

「その前にあのデブリよ。あんたは本部に今話したことを報告して。私はあれを倒してくる」

「倒すって、そんなこと出来るのか?」

「一人じゃ無理だけど今はたくさんの業者が集まってるからなんとかなる。九条が抜けてるのは痛いけど」

 そう言って古津鹿はワゴンのドアを開けた。

「そんであれをぶっ倒したらそいつと管里を追いかける」

 古津鹿は外に出て黒雲を睨んだ。

 そして、俺は今古津鹿に報告した通りのことを本部に連絡した。本部はそれだけで状況が一変したことを理解したらしい。緊迫した様子で言葉が飛び交うのが電話の後ろで聞こえた。だが、彼らは諦めていないらしくその声から気力は消えてはいなかった。俺も敗北にうなだれている場合ではない。もはや出来ることは無いがせめてこの状況を見届けるべきだと思った。

 古津鹿たちは黒雲に向かっていた。

 朝州中の駆除屋が集まっているのだ。数十人の跳流術の使い手が整然と空を見上げていた。俺は車の窓を開けそれに目を凝らす。

「じゃあ、久保さんと古津鹿のねーちゃんが術の中心ってことで良いな?」

「ええ、構わないわ」

「九条が居ないのは若干きついな。ちゃんと流れがまとまるかね」

「やるしかない」

 駆除屋たちは言葉を交わしていた。なんらかの作戦が始まるらしい。全員で動かすなにかを。

 今も雷鳴が轟き、白い雨が降り、暴風が吹き荒れていた。早くしなくては市街地にも被害が出る。

 そして、駆除屋のひとりの女性の術者が地面に手を置いた。

「術式展開、廻れ」

 そして、その女性を中心にして地面から白銀の文様が浮かび上がった。跳流術の陣だ。それは俺も含めた駆除屋を囲むように大きかった。そして、その文様の外縁にはいくつもの六角形の囲いがありその中に駆除屋が立っていた。田んぼの中に立っているわけである。その駆除屋たちもまた地面に手を置いた。口元を見ればブツブツと何事かをつぶやいていた。その呟きと共にあるところでは赤に、あるところでは黒にといった風に紋様に色が付いた。それと同時に銀色の紋様全体の光が濃くなっていく。

「これで固定は完了しました」

 最初の女性の駆除屋が言う。

「そうか、なら始めますか」

 その紋様の中心に立つ久保のオヤジがまた適当な感じで言った。そして、オヤジが担いでいたのは銃、長い銃身、木のグリップ、全体的に古めかしい現代の銃とは違うデザイン。これは、恐らく火縄銃だった。

 久保のオヤジはそれを空に向けた。黒雲のデブリに。

「青矢装填」

 オヤジがそう言って、それから引き金を引いた。

 同時に、その銃口の周りに銀色の円が浮かび上がりそして轟音が響いた。

 巨大な青い光の束がその銃口から放たれたのだ。

 さっき見たレーザーはこのおっさんの術だったのか。しかし、さっきとは明らかに太さが違う、音も違う。強大なエネルギーが大気を引き裂き轟音が響き渡っているのだ。

 それは黒雲のデブリに直撃する。黒雲のデブリは直撃したところから吹き飛ばされ、穴がその体に空いた。

 久保のオヤジはそれを見るとかすれた口笛を吹いた。全然決まっていない。

「上々だね」

「こっちは上々じゃないです。一発撃っただけで陣に乱れが出ました。やはり九条さんの術がないと固定が甘いです」

「そうかぁ。まぁ仕方ない。これでやるしか無いんだからさ。みんな、跳流の制御しっかりお願いね」

 適当な感じである。

「とにかく、やるわよ」

 古津鹿も刀を構えた。鞘に収め腰を落とす。古津鹿の周りにも銀の円が発生した。

「日向流一之太刀、白断!」

 その声と同時にデブリの体、その黒雲が大きく裂けた。さっき、古津鹿が逃げながら付けた傷とは比べものにならない。傷口から大量に金色のもやが吹き出している。

 古津鹿の刀は早すぎて見えなかったがどうやら明らかにその攻撃範囲が拡大している。それもかなり大きく。久保のオヤジのビームも明らかに大きくなっていた。

 どうやら、この銀色の大きな紋様は跳流術を強化しているらしい。

 久保と古津鹿以外の駆除屋たちは外縁に居るもの、そして紋様の上に立っているものが

いた。攻撃しているのは久保と古津鹿だけ。それがこの二人の役回り、それ以外は補助のようだった。

「いけるわ」

「よし、さっさと畳んじまおう」

 古津鹿と久保は次々と攻撃を加えていった。

 ビームが天を突き、斬撃が黒雲を切り裂く。

 黒雲デブリは雲だからか鳴き声なんか上げはしない。しかし、動きが苦痛に悶えるように激しくなった。攻撃が明らかに効いている。金色のもやもみるみる吹き出し、黒雲と混じり合っていく。

 最初どうなることかと思ったが、正直小佐野に追いつく前にこのデブリに負けるかと思ったがなんとかなるようだ。

 と、

-ドンドンドンドンドドドドド

 太鼓のような音が今までより早いリズムで響き渡った。

「簡単にやられるわけ無いか!」

 黒雲の中で青い光が閃く。暴風が、いや竜巻が巻き起こった。そして、まるで雨のように雷が降り注いだ。この世の終わりのような景色が始まった。これが自然物のデブリなのか。嵐そのものと言って差し支えないだろう。とんでもないものだ。

 雷撃も竜巻も当然のように古津鹿たちに迫る。

 俺だって人の心配をしている場合では無い。地面を吹き飛ばし、木々をへし折りながら竜巻はこの場所に近づいてくる。雷撃は景色を埋め尽くし、全てを吹き飛ばしていく。

「どうする!? 続ける!?」

「やるしかねぇだろう」

 その中でも久保は相変わらず適当な様子だった。そして、またビームを空に放った。デブリに直撃し新たな風穴を空ける。

「強い結界が必要です。結界系の術者の方は動いてください」

 さっきの女性がテキパキと指示を飛ばす。そうすると何人かが動き始めた。なんてやつらだろうか。この中でも彼らはあまり動揺していない。若い人間はおろおろしている者も居るがそれ以外は落ち着いたものだ。

 そして、動いた何人かが九条が持っていたような杭を紋様の外側に手際良く並べ、そして揃って何事かを唱えた。

 パキ、と音が聞こえた気がした。それと同時に降り注ぐ雷撃が次々とはじき返され始めたのだ。結界が発動したのだろう。この紋様は結界も強化しているようだ。

「ちゃんと内側から攻撃する分には大丈夫なのよね」

「ええ、大丈夫です」

 結界を張った男が古津鹿に答えた。

「ただ、いつまでも保つもんでも無いですよ。多分保って2,3分です」

「はいはい、分かったよ」

「なに軽く答えてんのよあんたは!」

 久保にキレる古津鹿。タイムリミットは多くて3分。その間に決着を付けなくてはならない。

 久保も古津鹿も攻撃のテンポを上げた。しかし、焦っているといった感じでは無い。周りの人間たちも表情に焦りは無かった。

 ただ、術の中心の女性だけがかなり不機嫌だった。彼女が要で、多分処理する術の規模が一気に膨れ上がったのだろう。何かものすごく険しい表情でずっと呪文を唱えながら紋様に触れて少し形をずらしたりしていた。

 しかし、彼らはすごかった。駆除屋という人々を侮っていた。古津鹿がものすごいのは良く分かっていたが、それさえほんの序の口だったのか。これだけの数が集まり、全員が協力するとこんな到底敵わないような怪物にさえ対抗出来るのだ。

 デブリと戦うとはこういうことなのか。すさまじい職業だ。

 段ボールを並べるのとは比べものにならない。俺なんかには一生出来そうに無い。俺は素直に目の前に居る人々を尊敬していた。

「あとどれだけ斬れば良いと思う」

「俺もあとどんだけ打ち込めば良いのかね」

「質問に質問で返さないでよ」

 はや1分以上が経過していた。二人とも人間離れした動きで攻撃を続けていた。デブリももう傷だらけだ。しかし、どうも勢いが落ちた感じがしない。それどころかどんどん雷も竜巻も強さを増している。竜巻が激突すると轟音が響く。雷が直撃するとビリビリと結界が揺れる。

「短く見積もったらあと1分無いんじゃないか」

「そうね」

 二人はデブリを睨む。

 その時だった。ゴロゴロと大きな音が響いた。デブリがもくもくと膨れ上がっていった。そして、ビカビカっと青い稲光が走る。走り続ける。大きなエネルギーが黒雲の中で蓄えられている。

「でかいのがくるなぁこれは」

「軽い調子で言わないでよ。あれだけの力一度に落とされたら一瞬で結界が吹き飛ぶわよ」「うーん、弱ったな」

 久保はポリポリ頭を掻く。なんて緊張感の無いやつか。

 しかし、あの光はあの溜めはまずい。明らかに今までと違う。本当に大きな雷が落ちてくるのだ。

 と、そこで術の要となっていた女性がすっと手を上げた。

「すいません。いい加減に私も疲れました。これ以上やると給料に見合いません。撤退するか次で決めるか選んでください」

「八季ちゃんそれ言っちゃう?」

 あまりに場違いな言葉であり、この社会のおきてを表した一言だった。

 とにかくいろんな意味でそろそろ決めないとまずいらしい。

 決断の時だった。

 そこで古津鹿が口を開いた。

「久保さんも跳流私に回してくれない?」

「ん? お前一人でやるってことか? 一緒にやった方が効率良いんじゃ無いの?」

「どうも、攻撃範囲の問題な気がするのよ。久保さんが力を流してくれたらあいつを縦割りに出来るわ」

「なるほどね。部分部分じゃなくて真っ二つにするってわけか。試してみる価値はありそうだね」

 今まで攻撃に回っていた分の久保の跳流術も古津鹿のために回すということだ。それによって古津鹿の技がさらに強化されるのだろう。今までは久保の攻撃にしろ古津鹿の攻撃にしろ規模は大きいがまだ足りなかったと言っているのだ。なので、最大まで規模を拡大して攻撃するつもりらしい。そして、あのデブリを倒そうとうのだ。

-ゴロゴロゴロゴロ

-ドンドンドドドドド

 雷が鳴る音と太鼓のような音、それが同時に辺りに響いている。攻撃が来る。決着を付けなくてはならない。

「じゃあ、それで良いんですね」

 要の女性が言う。

「ええ、頼むわ」

「これで上手くいかなくて全員負傷したら医療費は全額吉村に請求しますから」

「さすがの厳しさねぇ....」

 もはや、社運まで背負わされた古津鹿だった。

 この結界ならあの雷を完全とは行かなくともある程度は防げるということか。しかし、ただですまないことは間違い無いだろう。というかそれは俺もだ。こんなところで重傷なんぞ負いたくない。そして、逃げる時間も無い。もはや古津鹿頼みでしかない。

 稲光が閃く。攻撃が来る。

 古津鹿は刀を上段に構えた。

「日向流五之太刀」

 気づけば久保のオヤジも紋様の上に立っている。体の表面が淡く光っていた。なにかの術を使っている。そして、古津鹿を見ていた。

 周りの駆除屋も同じだ。皆で古津鹿の攻撃を見守っている。

 古津鹿の次の一振りがここの人間と、街の命運を分けるのだから。

 そして、その時だった。すさまじい光がデブリから放たれた。空気の震えも感じた。視界が光で埋め尽くされる。何が起きたのか一瞬分からなかった。そして、それが起きたのも一瞬だった。

「荒氷瀑!!!」

 先に起きた大気の揺れ、それと同等かそれ以上のものが俺の目の前から放たれたのを感じた。どっちも一瞬のことだった。多分人間に知覚なんて出来ないだろう。だから、気のせいかもしれない。だが、確かにそう思ったのだ。

 そして、目の前を埋め尽くした光が収まりまた景色が見えた。

「やったな」

 久保が言った。

 見上げれば黒雲のデブリがまさしくまっぷたつになっていた。大きな入道雲のようなその体。それが上から下に真っ直ぐに裂けていたのだ。

 そして、デブリに初めての変化が起きた。

 鳴いたのだ。明らかに黒雲が苦痛の叫びを上げていた。それはもちろん獣のものでも、人間のものでも無い。風が叫んでいるような、雷が呻いているような、そんな奇妙な音だった。だが、俺にはそれが確かに苦痛の叫びなのだと分かった。

 黒雲の断面から大量の金色のもやが溢れていく。それと同時に黒雲がゆっくりと消えていった。このデブリはもうすぐ消える。すなわち、倒した。すなわち勝ったのだ。

 古津鹿は刀を振り下ろした姿勢で止まり、デブリを見ていた。

「どうやら、本当に倒したみたいね」

 そしてようやく体勢を崩した。

 それと同時に空も晴れていき、デブリが発生する前の曇りがちな青空が戻ってきたのだった。

 そして、現場に張り詰めていた緊張がようやく解けた。みな、安堵の声を漏らしながら立ち上がる。このデブリの件に関してはなんとかなったのだ。それが何よりだった。

「いやはや、一時はどうなることかと思ったが、危なかった危なかった。はははは」

 久保のオヤジが適当な調子で笑っている。なんなんだこのオヤジは。

 しかし、その調子が少し今の状況では良い風に思えた。

 だが、これで終わってはいられないのだ。まだ、問題がひとつ解決したに過ぎない。次の問題に挑まなくてはならない。状況はまだ悪いままなのだ。

「すげぇな。本当に倒しちまった」

 そして、安堵した現場にその声は響き渡った。

 その声は紋様の端の人物から放たれたものだった。

 それは少女だった。なんの変哲も無い服装の大学生くらいの少女。

 それを見た途端、久保の表情から適当な笑顔が消えた。久保は一瞬で火縄銃の銃口を少女に向けた。

「焦るなよ、おっさん」

 しかし、その銃口は少女に握られてそして潰された。少女はさっきまで居た50mほど離れた場所には居なかった。

 そして、少女は早口で何事かをつぶやいた。それと同時に久保、そしてその周りの十数人ががくり、と力なく倒れたのだった。

 ものの数秒の出来事だった。周りには何が起きたかまだ把握していないものの方が多い。 しかし、古津鹿はしっかり見ていた。

 少女を見ていた。小佐野を見ていた。鋭い眼光でその姿を睨んでいた。そして、額にはわずかに脂汗が滲んでいた。

「やっぱり、思った通りだった」

 古津鹿は言う。

「この娘、《神懸かり》だ」 

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