第6話

 仕切りなおそう、と言って名児耶は一向をファミレスに連れて行った。ひたすら一キロほど国道を歩いたところに、ぽつんとファミレスは立っていた。

 夕食は「ワンダー」で摂っていたので、翔たちはドリンクバーをオーダーした。みんなコーヒーを選ぶのかと思いきやそうではなく、ハルはメロンソーダを持ってきた。

「コーヒーじゃないんだ」

「うん、私、あんまり夜にコーヒー飲むと眠れなくなっちゃうんだ」

「そうなんだ」

 実は僕もなんだ、と話を膨らませかけたところで、注文した覚えのないチョコレートパフェが運ばれてきた。そびえたつ茶色い巨塔に目を白黒させていると、やおら安心院がパフェに手を伸ばした。

「えへ、これ、僕のなんだ」

「あの、甘党なんですね」

「うん! 特にこの店のパフェって僕大好きなんだよね。あ、翔君も食べる?」

「いえ、僕は」

 夜にそんなものを食べていればそれはこんな体形にもなるだろう。翔はぱつぱつに突っ張ったベートーヴェンを見ながらひっそりとそんなことを考えた。

 安心院はハルの隣でいかにもおいしそうにパフェを食べた。一口が岩のように大きく、このペースだと数分で食べきってしまうだろうと思われた。この皿を一つ空けたら彼は果たしてどうするのか、翔はなんとなくそれが気になった。それにしても、またハルが対角線の向こうにいる。隣に座れるほどの度胸のない自分が嫌になった。

「そんなことより、『ワンダー』だよ」

 名児耶がアイスコーヒーをあおりながら言った。

「俺あの店気に入ってたのに、このことでなんだか行きづらくなっちまったじゃねえか。椀田さんのことだから、もうこんなことはしないと思うけど」

「はい。あの、たぶん、もうしないと思います」

「そうだねー。椀田さんも反省してたし」

「でもどうして、カネフォラ種の豆が混ざっていたんだろう?」

 アイスクリームを大きな口で平らげながら、安心院は首を捻った。ハルも唇をとがらせ、名児耶も天井を仰ぎ、各々しばし考えた。

 翔も、ついできたジンジャーエールをちびちび飲みながら考えていた。

 カネフォラ種を一切使っていないはずの店で、なぜカネフォラ種の混ざったコーヒーが誤って出てきてしまったのか。そのカネフォラ種は、いったいどこのものだったのか。

 翔は先ほど倶楽部の面々からレクチャーを受けただけの付け焼刃の知識だが、カネフォラ種がアラビカ種よりも味が劣っているのは分かった。そしてよっぽどこだわりがない限り、店ではあまり出さない種類のものらしい。そしてアラビカ種より安価で、入手しやすい。

 翔はそこで、店に並ぶさまざまなキャニスターを思い出した。

 あれだけの種類のシングルオリジンを出しているのだから、確かにキャニスターも膨大な数になるだろう。管理なども大変そうだが、椀田ほどのプロになれば、そんなこともお茶の子さいさいでできてしまうのだろうか。いや、椀田も人間だ。ささいな間違いもたくさん犯してきたことだろうか。

「業者から豆を買った時点で混入していたのか?」

 使いもしない割りばしをくるくると手元で回しながら、つぶやいたのは名児耶だった。

「最近豆の値段が高騰していると聞くし、特に高価な豆は生産がおっつかなかったのかもしれない。それで、業者がかさましを目的にカネフォラ種を混ぜた」

 なるほど、とハルと安心院はうなずいたが、翔は反論した。

「でも、その、豆を買ったあと、椀田さんは味見とかしなかったのでしょうか。まったく味見もせずにお客様に出すのは、その、考えられないです」

「だよなあ。椀田さんが見落とすわきゃねえよなあ。豆の見た目も全然違うし」

「じゃあ、こういうのはどうでしょーか。えりこさんがわざと混ぜた!」

「ちょっと湊さん、何言い出すの!」

「いいじゃないですか、安心院さん。私も意見バンバン出しちゃいますよー。えりこさんは早く独立をしたかったけど、なかなか椀田さんに認めてもらえない。そうだ、いっそのこと父親の信用をつぶしてしまえば、相対的に私の株も上がるのでは⁉ みたいな。どうでしょう?」

「え、でも、相対的には上がらないと思う。えりこさんも、その、腕の悪い店のところで働いていたという疵を抱えることになるんだから。それに、えっと、異物混入があると、真っ先に疑われるのはえりこさんみたいな立場の人だよね。ちょっと、割に合わないと、思う」

「えー、私も撃沈ー?」

 ぺしぺしと丸い額をたたきながらハルがソファにくずれ込む。ちょっと言い過ぎたかな、と翔はなんだか申し訳なくなり、ひたすら内心でわびた。

「いいね、推理合戦。面白くなってきた」

 そう不遜に笑う安心院はすでにパフェを平らげたようだった。なんという早業、これが数多の脂肪に変わるのかと思うとぞっとした。

「じゃあ次は僕の番だね。あの豆は、プライベート用の豆だったんだ。椀田さん一家が自宅で淹れて飲む用のね。それをうっかり店に持ち込んでしまって、間違えてお客さんである僕たちに出してしまった。どう、翔君?」

「どう、と言われましても」

「正直に言ってやれ。こいつだけ言われないのは悔しい」

「ファイト、玉置君!」

「じゃあ、あの、椀田さんほどコーヒーに親しんだ人が、カネフォラ種の安価なコーヒーをプライベートでも使うんでしょうか。なんだか舌がバカになってしまいそうで、プロってそういうことしなさそうです」

「確かに、椀田さんってコーヒーに関してはちょーっとうるさいよねー」

「それに、プライベート用コーヒーってそう何種類もあるわけではないでしょう? 僕たちが飲んだコーヒー全部、味がおかしかったのに、それは不自然ではないかと」

「ああ、そうだね。意外と翔君ってかしこい?」

 かしこいなど生まれて初めて言われ、翔は恥ずかしくなって乙女のように頬を染めて首を横に振った。

 ジンジャーエールが残り少なくなってきたので席を立とうとすると、名児耶に服の裾を持たれて阻まれた。翔は浮かしかけた腰をおろおろと下ろした。

「まだあんたの話を聞いてねえんだよな」

「僕も翔君の推理、聞きたいな」

「ええっ、僕のなんて、そんな、大したものじゃないですよ」

「でも私たちだけ言って玉置君だけ言わないのは不公平だよー。ささ、潔く白状しなさいな!」

 ずずいっと三人が身を乗り出してくる。安心院は言わずもがなとして、細身の名児耶や小柄のハルだが詰め寄ってくると意外と二人とも圧迫感がある。翔は背中に変な汗をびっしりとかいていた。喉がからからに乾くのに、コップはもうほとんど空だった。

 オーバーヒートを起こしそうな頭をなんとか制御しながら、翔はなし崩しに語りはじめた。

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