7 Uneasiness

 月曜日。

 カレンダーを見ると日曜からスタートして土曜で一週間が完結するが、学生にとっては月曜日が始まりの一日だ。

 土日はなんだか夜更かししてしまう。

 大人は、「子供が疲れたとか言うな」などと言ってくるが当たり前に子供でも疲れる。

 大人で子供心を忘れた人間は最悪だ。

 偉そうに振る舞い、「自分がこの家の主だ!」と言わんばかりの態度である。

 億万長者ならまだいいが、一般家庭で凡俗で矮小な人間に言われても虚勢を張ってるようにしか見えなくて小さい存在だと憐んでしまう。

 しかも、億万長者はわりと礼節を弁えていらっしゃる方々ばかりだ。例外は絶対にあるだろうが……。

 だけど、億万長者の元で育った子供がなぁ……と頭を抱えてしまう。

 全員ではないと分かってはいることだが、ユーチューブや短編体験談のようなものなどを見ると、大抵の甘やかされた子供はクソ餓鬼へと変貌を遂げる。

 念を押すが、絶対ではない。


 そんなことを考え気を紛らわそうと頑張った。

 大会であんなにやらかしてしまって、もしかしたらいじめられるかもしれないし……。

 なんだか、松葉杖が重く感じる。

 普段の家だけの生活だけならあまり変わりはないが、学校の教科書を持って登下校となると辛いものがある。

 そういえば、今日は紗良がいない。

 いつもと変わらない時間に出たが会わなかった。

 正直、いつか会うとはわかっていても今会わなかったことに安堵してしまう。

 なんだが距離が伸びたような気がする通い慣れた道を、松葉杖をカツカツ鳴らしながら歩

 いた。


 正門を通るとやはり騒がしいなと思う。

 俺にはあまり今時高校生のノリがわからない。

 女子に対して、プリクラなんてスノウで写真とれよって感じだし、タピオカなんてカエルの卵じゃん、と言いたい。

 男子に対して、お前そんな髪セットしてどうした。それでイキってても存在の小ささが目に見えてますよ、って言いたい。

 セットすること自体はとても良いことだと思う。寝癖でボサボサの俺より数百倍マシだ。

 だけど、現代高校生はイキってるのバレバレで現代用語で言うならば陽キャはただのイキり陰キャに等しい。

 我が身が言うのもなんだが、非常に醜い。

 ならば俺は自然の流れに従って自分を全うしようと思う。

 そもそも、ワックスはうちの高校では禁止だ。寝癖は禁止じゃないけどね?

 清潔な頭髪なんて毎日風呂入ってりゃ守れて

 んだよ。

 あぁ、そういえばこいつもイキりの部類か。

 靴箱へ向かうと柳原がちょうど靴を履き替えていた。

 目が合うと、自然に嫌悪な視線をぶつけ合う。


「どうした弱虫? お前どの面下げて学校来やがった」


 いつもはこんなにも好戦的ではないために驚いたが、動揺することはなかった。


「お前らにトスをあげる価値はなかった。それだけどのことだよ。自己の悪い点に気づけない、いや、気づこうとしないのがお前らの悪いところだ」


 言って安心した。自分の意思が硬いことの証明になったような気分だ。

 声が震えなかったことがその証拠だ。

 柳原は、血管が浮き出そうな形相で顎を上げて見下してくる。


「お前、どうなっても知らねぇからな。お前より俺の方がクラスに馴染んでるんだ。わかるよな?」


「柳原、お前はクソ餓鬼だな。考えることがおこちゃますぎるぞ」


 柳原は俺の言葉に激怒したようで右手を上げていたが、途中で教師が」遅刻しないように早く教室入れ」という呼びかけのお陰で暴力沙汰にならなくて済んだ。

 流石に教師の前で暴力がアウトということはわかるらしい。


 流れに逆らって教室に入ると、紗良と一瞬目があった。

 いつもなら手をあげて「おう」などと挨拶をしているのだが、今はそんな気分にはならない。

 俯いたまま自分の席に向かい、着席した。


「拓人くん、足、どうしたの?」


 隣から聞こえた声に体がビクッとしてしまった。見ると、実はアニメなどの話をよくしてそこそ仲の良い西島由梨が心配そうな上目遣いで俺を見ていた。


「あ、あぁ、大丈夫だよ。ちとこけちまってな」


 平静を装えた気がする。

 気がしただけでどうかはわからない。


「そう? 何か困ったことあったらすぐに言ってね。手伝えることは手伝うからね」


「おう、さんきゅ」


 横から上目遣いで覗き込むようにこちらを見てくる由梨はとても魅力的だった。

 周りの男子はブスだと言い、女子もそれに乗っかり少しはぶられている状態にあるが、実はすごくかわいい。

 以前に一度二人で映画に行ったことがある。

 オタクすぎる領域の映画のため。誘える友達がいないし、そもそも友達がいないに等しいという由梨に付き添いという形で行ったのだ。

 そのとき、普段見せないお洒落をした由梨は花のような女性だった。

 普段見せないのはなんでだろうと思ったが聞く気にはならなかったため知らない。

 俺はそのまま由梨と話して恒例の朝読書の時間まで二人で盛り上がった。


 由梨とは全部の授業隣という謎の奇跡が起きている。

 移動教室も由梨の協力を得てスムーズに進み、授業中も教えあいながら授業を受け、気づけば放課後になっていた。

 柳原に何かされるわけでもなく、紗良とも何もなかった。


「拓人くん、お迎えとか来るの?」


 毎度毎度上目遣いなのだか、やはり映画の日の由梨を知ってしまうときゅんとしてしまう。


「いや、歩きだな。松葉杖使っても歩きって言えるかな? 車椅子使ったら徒歩じゃないよな? そこら辺どう思う?」


 動揺してしまったのか、すごくどうでもいいことを言ってしまった。


「んー、歩きでいいんじゃない? 自分の足も使って進んでるわけだし」


 変なことを言った俺に対して、由梨は困ったような笑顔で返してくれた。

 二人で靴箱に向かい靴を履き替えた。

 履き替える際、由梨は俺のペースに合わせてくれた。


「……送って行こうか?」


 俺はびっくりして勢いよく由梨のことを見てしまう。

 由梨は若干頬を朱に染めていたような気がして、俺は目線をすぐ逸らした。


「んや、いいよ。迷惑だろ? あと、遅くなったら親が心配するぞ」


 俺がそう言うと、由梨は体をしっかりこちらに向けた。


「全然迷惑じゃないよ。親には連絡すれば大丈夫だし、拓人くんといると楽しいから……」


 由梨はもじもじしているようだが、俺の方が恥ずかしくなってしまう。

 最近のティッカトックに動画出しているイキり系女子高生よりは、絶対に由梨のほうがかわいい。

 本当に最近の中高生の好みはよくわからない。女子らしいのはどちらかと聞かれれば間違いなく答えは決まっているだろう。うん。

 俺も由梨にしっかり体を向けて、丁寧に返した。


「ありがとうな。でも、今日じゃなくて今度時間作って欲しいな。アニメ観賞会でもして一日遊ばない?」


 自分の口から出た言葉だとは思えない。

 俺はこんなに素直に物事を言えたんだと感心してしまう。

 いや、たぶん俺は由梨の優しさに触れてこの子になら自分を出せると思ったのだろう。


「そっか。じゃあ、今度遊ぼうね。絶対だよ」


「おう、絶対! またな」


 俺は笑顔で返して小さく胸の前で手を振った。

 松葉杖を持ち上げようとすると、由梨の手が俺のカーディガンの裾を引っ張り、俺を止めた。


「ん? どした?」


 由梨を見ると先ほどよりも朱に染まった頬をしていて、恥ずかしそうに視線を逸らしていた。


「もう少し話せる時間欲しいから、連絡先……交換しない?」


 照れてる由梨を見て、本当にかわいいと思った。


「おう、いいよ」


 そして、ラインの連絡先を交換して、それぞれ帰路についた。


 その日は送られてくる文に笑い、画面を通じて由梨と楽しく会話し続けた。

 人付き合いが楽しいと感じたのは今が一番だろう。

 こんな日々が続けばいいなと思って、自分の死の現実も忘れていた。


 そして、放課後の柳原たちの行動も知らない。

 のちに苦しむことなど知らない、幸せな一日だったのだ。

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