6 Direction
足に刺さる。ギプスって尖っているところが少しずつあって、そのまま固定されているわけだからタチが悪い。
自室のベットを背もたれにして、松葉杖を横に立てかけて俺はただただ天井を見上げていた。
やはり思った通り足はひどい状態だった。
幼馴染とのやりとりがあった後、母親が駆けつけてきて、すぐに病院へ連れて行かれた。
医者から足について告げられた内容はすべて右から左に流して、いや、流れてしまった。
どうでもよかったのだ。
家に帰ってから怒られることはなかった。
母親は電話でいろいろな人といろいろなことを話していたようだ。
特に母との間に会話はなく、嫌悪感もなかった。
ただ、切実に思う。
「あぁ、俺、なにやってんだろう」
言葉にすると背筋に怖気が走った。
「一部始終を見ていたぞ。貴様は今どんな気持ちだ?」
首をそのまま後ろにそらすと、ベッドの上にあぐらを描いている死神がいた。
相変わらず片手に漆黒の本を持っていて、それを弄んでいる。
どこか無表情な顔は変わらなかったが、以前とは違う興味の視線を感じた。
「もう出てこないんじゃなかったの?」
「人間の人生とは面白いものだなぁ。とても小さなものでも何かが生じれば劇的にその人生は変わってしまう。なぜだかわからぬし、死神という立場に立ってふさわしくはないのだが気になってしまってな」
死神は無表情にもかかわらず、どこか笑みを含むような顔をしていた。
「そうですかぁ。まぁ、そうだなぁ。あのとき、紗良には絶望してるとかなんとか言ったけど、それを言葉で肯定する自分と、それを認めてはいけないと訴えてくる自分も居て、自分というものがわからなくなってきたのが現状かな。いっそ虚無になれたら楽だと思うよ」
死神はずっと同じ体勢で耳を傾けていた。
そして、少し間を置いてから口を開いた。
「ふむ。ただそれだと人間らしくなくなってつまらないではないか」
「へぇ、死神候補人間様に興味津々じゃん」
俺は笑いながら死神に言い放った。
すると、死神まで虚空のような笑いをして淡々と言葉を返した。
「貴様らのやりとりを見てな、なんだか不思議な気持ちになったのだよ。人間の感覚というのか……よくわからないがな」
正直、死神の歯切れの悪い話し方には違和感しかない。
今までずっと言葉を話すときはつまることなく、滑らかに、淡々と話し続けていたのだ。
故に違和感を覚えてしまう。
「なんでだろうな。まぁ、かつて人間ならそういうのがあってもおかしくはないんじゃないの?」
「我はそう作られてはいないからあり得ない話だ」
今度は間を空けずに淡々と告げてきた。
一体この違和感の正体はなんなのだろう。
死神と話している気がしなくなってしまう。
「だが、なんとなくだが貴様に心のない心から一つだけ言いたいことは、悔いは残すな、ということかな。拓人という人間の生を全うしろ。我はそれまで見届ける」
そう告げると、死神は姿を消した。
実のところ、どうでもいいような会話だったと思う。何の意味があるのかと考えてしまう。
俺は死神の言葉を聞いたとき、開いた口が塞がらななかった。
返す言葉はどれだけ考えても見つからない。
ただ、死神の言葉で考えることはあった。
なんだか背中を押してくれた気分だ。
自分のやりたいこと、やらなければいけないこと、それらを自分の胸に問いかけ前に向かって進もうと思った。
虚無に向かっていた自分が、カラフルな世界の人生へと方向転換を始めた。
良くも悪くも、残り命は少し。後悔しないようにしたいと思った。
さっきの数分のやりとりだけで。
なんだか、さっきの死神はやっぱり、どこか人間味があった。
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