4 Go mad
だらだらとただただ怠惰に日々を貪り、余命一ヶ月を切ったというのに喪失感も絶望感も焦燥感もなにもない。
そして、バレーボールの春高地区リーグ本戦の当日となってしまった。
例年いいとこまで進んでいたうちの部はシード権がある。予選は出ないで本戦からの出場だ。
俺は部活での一連の出来事の日から部活、どころか学校にも顔を出さなかった。
だが、なんとなく楽しみにしてた人のためにも会場にだけは足を運んだ。
なんだろうか。
なんでだろうか。
いつもは気持ちが昂り、闘士に燃えるはずの体育館の雰囲気。それがどうも俺には無関係に感じる。
「お、いた、黒岩高校の新川。おい、あいつうまいからしっかり見とけよ。間違いなくここらへんじゃナンバーワンセッターだ」
いつも、聞こえてくるそんな声。
今日も聞こえた。
いつもなら俺は嬉しく感じる。
認められることは素直に嬉しいから。
だけども、今日は違う。
俺のセットアップを見るな。てめぇら凡人とは違う。
なんて、心の底で思ってしまう。
俺ってそんな才能あったっけ、と自問自答してしまう。
練習に行かず大会にだけ来て動揺してるのだろうか。
正直試合に出る気はないが、後輩でスタメンに入ってる奴もいるので見にはいく。
俺はなるべく角を選んで相手コートの応援席に小さく座った。
「こんなところでなにしている。アップは?」
冷たい低音の声音に体が強張る。
言われた奴かわいそうだなぁ、と思いつつも俺には関係ない。どんまい。
「お前だ。新川。聞こえてるだろう?」
んー、俺かー。え、俺?
見上げるとそこには監督バッジを胸に付けた川端監督が立っていた。
屈強な肉体の威圧側が重くのしかかる。
「おはようございます…いえ、試合に出る気はないので…」
俺は絞り出すようにそう告げた。
怖くて精一杯だった。
余命宣告怖くないのになんで先生怖いの?
「ふむ、そうか。ただ、見るならベンチから見ろ。うちの部の奴が相手チームの応援席で見てると恥だ」
「わかりました……」
強豪のチームの監督というものはなかなか自分の意思を曲げることはない。良くも悪くもだが。
だから、この場面では承諾しかないのだ。
ベンチに入るためにはユニフォームを着ないといけない。
こっそりとトイレで着替え、時間ギリギリにコートに入った。
「あれ、キャプテンさん来てたん?……なに、無視?」
あー、だるい。
柳原はいつもこんな感じだな。
俺は一瞥し、すぐに目を逸らす。
部員はそれぞれ違った反応を見せたが、どうでもよかった。
ベンチに座り相手選手のプレイをぼーっと観る。
すると、すぐにホイッスルが鳴り、キャプテン招集がかかる。
あれ、どうすればいいんだろ。
って思ってたが、柳原が審判のところに行き何か話していた。
まぁ、俺の出る幕はなさそうだ。
そんなこんなでホイッスルはもう一度鳴り響き、試合が開始の合図を知らせる。
互いのチームは整列し、挨拶する。
ちらっと応援席を見ると、母さん、おばさん、そして紗良の姿があった。
なんでか、三人の顔が見れない。
なんだろうこの気持ち……。
俯くことしかできず、忘れようと指を鳴らしながら試合に意識を没頭させる。
スタメンは柳原をゲームキャプテンとした笑いが多いメンツだった。
ちなみに相手は地区では強豪の佐良山高校だ。
あそこの監督はいい練習をすることで有名で、いずれ強くなるだろうとずっと言われていた。
まさにその通りだった。
真剣さが全然違う。
そこに生まれる差が大きく、気づけばもう一セット目終わり。八対二十五でうちの負け。
笑いが止まらなくなりそうだ。
まぁ、コート内の奴らは笑えなさそうだけどな。
コートチェンジをして二セット目が始まろうとしていた。
「新川、出ろ」
は?
「「「えっ……」」」
一斉に驚きが漏れる。
いや、俺が一番びっくりだ。
「いや、いくらなんでも……」
「出ろ。こいつら無能にお前の存在の意味を教えてやれ」
一瞬、笑わない監督の口元が歪んだように見えた。
動けないでいると、マネージャーに背中を押されてコートへと入った。
やっぱりコートに入ると悪口の連発だったが、全て聞き流した。
相手コートの選手を見ていると、一人のデカイ選手と目があった。
「お! 拓人ひさしぶり!」
「あ、陸、久しぶり。佐良山行ってたのかよ、知らんかったわ」
「ま、言ってないからな。互いに頑張ろうな!」
春原陸。中学バレー部時代の同級生だ。
あーあ、こいつが高校でも相棒だったらなぁと心底感じる。
俺はこいつのスタイルが好きだ。
互いに高め合った仲間でもある。
こいつほど信頼できる奴はいない。
だから、この試合は手を抜かないことを決意した。
試合が始まると、一セット目とは完全に異なり、一進一退の攻防が繰り広げられた。
黒岩高校のスパイカーに完全な自由を与える完璧なトス。
佐良山高校の全てを捻り潰すような凄まじいスパイク。
どちらも一手を決めるための手段が強力すぎて、鍔迫り合いのような試合になっていた。
流石に疲れてしまった。
最近部活に行ってなかったせいか、流石に体力も低下している。
息切れが止まらない。
「なぁ、キャプテンさん。ほんとお前あれだな。俺がいねぇと活躍できねぇな。部活もきてなかったし、体力も無くなってるし。存在意義無さすぎだろ。勝ちたきゃ俺にあげろ。完璧なトスもう一本あげてみろよ、奴隷風情が」
柳原が聞こえる距離で速口に耳元で言ってきた。
クズってのはどこまでもクズなんだな。
まぁ、いいか。センターにあげよう。
審判のホイッスルが鳴り、相手のサーブがくりだされる。
バックセンターがレシーブに入る。
だが、強かった相手のサーブは上へ上へと上がり天井にぶつかりそうになるが、ギリギリ落下を始めた。
あぁ、すごいあげづらい球だな。
まぁ、俺からしたらどうってことない球なんだけどな。
たださぁ、俺ってお前の言う通り存在意義無いよな。余命一ヶ月切ったし。
気づくとボールは俺の横に落ちていた。
『互いに頑張ろうな!』
……すまねぇ、陸。俺はもう、バレーは嫌いだ。
あ、応援席の三人立ち上がってる。
あらあら、また顔見れないや、なんでだろうな。
紗良、慌てた動きしてんのは丸分かりだぞ。すぐ行動に出るからな、お前は。
はぁ、俺なんかとっとと死ねばいいのに。
俺はその場から走って逃げ出した。
近くにあった大きな公園に入った。
ブランコに乗り少し気持ちを落ち着かせようとした。
あれ、左足がすごく痛む。
アドレナリンがおそらく頑張ってくれていたんだろう。
左足も耐えてくれてありがとう。
……ありがとう?
……ふざけんなよ。もともとあいつらのクソレシーブを補うための練習じゃねぇか。
今までなかったのだが、つい物に当たってしまった。
ブランコの柵を何度も蹴り上げる。
「くそっ!くそっ!」
あぁ、痛ぇ。生きてるって証拠かな?
もう、バレーは辞めよう。
学校にも行かない。
好きなゲームでもやって、残りの人生謳歌しよう。
きっと楽しい、その方が。
ずっと自分の楽しい時間が続くんだ。
自分だけのためにこれで生きれる。
セッターって本当に、今までの俺の生き方みたいなポジションだ。
誰かに縛られてばっかりのクソやろうだな。
柵は蹴り続けても壊れることはなかった。
なんか、すごく立派な気がするな。
もう少し受け止めててくれ。
あぁ、ほら、もう痛くねぇ。
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