1 Destiny

 眩しい日差しに朝目を覚ます、なんてことはない。

 俺の部屋にそんな優雅な空間など存在しない。

 なぜなら、この部屋には窓がないから入り込む光は微々たるものだ。

 俺は、朝というスタートで陽を浴びれないから憂鬱なのか、それともただ純粋に憂鬱なのか。

 明らかに後者だ。

 科学的なんとかというもので陽の光が人間の心をポジティブにすると言われても俺は絶対に信じない。

 重い瞼を持ち上げ、身体を起こし軽く伸びをする。

 そして、スマホにインストールしているアプリのログインを行う。

 ログインボーナスとは大切なものだ。

 最近のアプリは重い。

 だから、この作業だけでもかなり時間が取られる。

 朝の目覚めとしては優雅な気がする。

 それを終えると、俺は脳を完全に覚醒させるために顔に冷水をかけに行く。

 朝の洗顔は心臓に悪いような感覚がある。

 冷たいものを皮膚の感覚点が認識すると、心臓が早打ちするような。

 ゲームのログインとは違って、一気に現実へと戻ってきた感覚だ。

 それから学校の準備をし、朝食にカップラーメンを食べ、学校へと向かった。


 俺は徒歩通学だ。

 家から俺の通う高校までは二十分ほどの道のりだ。

 五分ほど歩くと、いつもの如く幼馴染に声をかけられる。


「おはよ! 拓人!」


「あいー、おーす、紗良」


 俺とこいつ、新川拓人と堀之内紗良は赤ちゃんのときからの幼馴染だ。

 母親同士が知り合いで、病院を出て自宅で暮らすようになってからはよく会っていたらしい。

 腐れ縁だな。

 そんなこんなで、今まで関わらなかったことの方が少なくて、ずっと登校が一緒だ。

 なんならクラスもずっと一緒だ。

 登校中はただただどうでもいいような話をしている。

 まぁ、なんというか、こいつといる時間はそれなりに楽しいから充実してるのかもな。


 そんなこんなで時は流れて高校へ着いた。


「キャプテン、おはようございます!」


「おっす。今日も部活がんばろーな」


 俺はバレーボール部のキャプテンを務めている。

 五月に高体連が終わり、代替わりをした。

 新チームになってから四ヶ月ほどだ。

 そこまで弱くはないチームだと思う。

 例年、全道大会まで進めるのだから、わりと強い方かな。

 後輩とのやりとりを紗良はにこにこ見ている。

 黒髪のポニーテールの揺れが美しく、さらに整った容姿に幼馴染の俺でもドキドキしてしまう。


「お、キャプテンさんお勤めご苦労さん。紗良ちゃんもおはよ」


 髪を金に染めた奴が話しかけてきた。

 同じクラスの柳原満。

 イケメンで同じ部活で同じクラスだ。


「おはよう。なんか用か?」


 思わず言葉が冷たくなる。

 イケメンに対する僻みとかそういうものではない。

 ただ単に、部活絡みで少し仲が悪いのだが、柳原の方は気にしていないらしい。


「なんだよ冷てぇなぁ。なんかあったん?」


 笑みを絶やさず言うが、本当になにも考えれない奴なんだと思う。

 自分の目が自然に鋭くなるのを感じる。


「今日、オール練だから。ちゃんと来いよ」


 これ以上嫌悪になりたくないので、それだけ告げて教室へと向かう。

 なんだろう、一瞬ですごく疲れた。

 教室に入って、朝のホームルームがあるまで俺は目を閉じた。

 授業が始まると、周りとは違ってしっかりと受ける。

 寝ることなんてしない。

 授業が身についているかどうかではなく、これは礼儀なのだ。

 教師は嫌いだ。

 けれども、進路に深く携わるのも教師だ。

 ゆえに、俺は礼儀を持って授業を受ける。

 そんな気持ちだけで長い授業はなんとなく早く感じる。

 そんなこんなでほら、気づけばもう放課後だ。

 さてと、部活へ行くかと思い席から立ち上がると、紗良に声をかけられた。


「拓人! 部活頑張ってね! それとね、明日私の家の庭でバーベキューするからよかったら来て!」


「お、肉いいね。是非お邪魔させてもらうわ。あと、応援さんきゅな」


 紗良の笑顔にはいつも癒されるし、励まされる。


「拓人部活頑張ってるからね、そろそろ大会も近いんでしょ? お母さんがいっぱい食べて全道まで進んで欲しいってはりきっちゃってね」


「おぉ、期待大だな。応えられるように頑張りますよっと」


 俺はリュックを背負って教室を出た。

 紗良も後ろからついてくる。

 体育館の前まで来て、紗良に挨拶をする。


「んじゃ、誘ってくれてありがとな。おばさんによろしく言っといてくれ。気をつけて帰れな」


「うん! がんばってね〜」


 紗良はにっこり笑って胸の前で手を振る。

 この笑顔を見れれば、いつでも頑張れる気がする。

 そして、体育館へと足を踏み入れる。

 その瞬間、異常に自分を取り巻く空気が変わったように感じた。

 重苦しい。


「キャプテンさん、いいなぁ、あれで付き合ってないってまじ? つか、さっさと部活終わらせようぜ」


 体育館に入って一番最初に柳原が話しかけてきた。

 それに気づいた後輩たちは、大きな声で挨拶をする。

 俺は柳原に、あぁ、とだけ言って後輩たち全員に挨拶を返し更衣室で着替えを済ませた。


 全員揃い、コートに向かって挨拶をし、円陣を組んで練習をスタートした。

 一つ一つのポイントをしっかりと意識し、全身を使って排球する。

 パスの基礎練習が終わり、スパイク練習へと入った。

 サーブ、レシーブ、トス、スパイクの一連の流れで行う。

 だが、開始数分で嫌な空気が流れた。

 いや、俺がそういう雰囲気にさせたと言っても過言ではない。


「おい、柳原。お前やる気あんの?」


「あ? 今のお前のトスが悪かったんだろうが。高いんだよ」


「お前さ、いや、この際言うけど二年全員レシーブ下手すぎんだろ。お前ら毎回スパイクだけ楽しそうに打ちやがって、レシーブが悪くて困る俺のこと考えたことないの?」


 二年からはなんというか軽蔑の目を向けられ、一年は気まずそうに手を前で組んで下を向いてる奴が多い。


「先生がいないからってそんな練習してて、高校最後の大会のときもしこの練習のせいで全部無駄になったらどうすんの」


「は? お前キャプテンになったからって調子乗りすぎじゃね? エースの俺がいないとキャプテンチームを勝たせることすら出来ねぇんじゃねぇの? ちったぁみんなのこと考えて楽にできるときは楽にやろうぜ」


 その言葉を聞いて、自分の中で何かが狂った。

 もうこんな奴らとバレーなんかしたくない。

 その気持ちだけで心が埋め尽くされ、俺の足は更衣室へと向いていた。

 着替えを済ませ、コートの横を通るとき、全員楽しそうに練習ゲームをしていた。

 溢れる笑い声。

 どこか申し訳なさそうな後輩の呟き。

 同級生の俺への侮蔑の声。

 俺はイヤホンで耳を塞ぎ、無心で家へ向かった。



「ただいま」


 挨拶をしながら玄関に入る。


 母親が早足でリビングから出てきた。


「おかえりなさい! 早かったね、今日は遅い練習の日じゃなかったの?」


「あー、ちょっと具合悪くてさ、帰ってきちゃった」


「あら、珍しいね拓人が身体壊すなんて。とりあえずゆっくり休みなさい。大会前だしね。休むのも大切だよ」


「うん……ありがと。今日はちょっとご飯いらないかな。風呂入ったらすぐ寝させて」


「わかったよ〜。でも明日の朝は具合悪くてもしっかり食べなさいよ?」


「あいよ〜」


 母親は心配してくれた。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 俺の今やったことは嘘をついたことに変わりない。

 俺はなにも考えないように小走りで二階の自分の部屋に行き、着替えを取り風呂に入った。


 風呂を上がり、自分の部屋のベットに寄りかかるように座る。


「はぁ、疲れたな」


 自然とため息が溢れる。


 ぼーっとしていると、いきなり寒気が俺を襲った。

 まさか、本当に具合悪くなったのかな、と思って身を腕で抱きしめるようにした。


「おい、少年」


 いきなり声がして声の方向に視線を向ける。

 首が少し痛くなった。

 声の主を見た俺の身体は鳥肌が走り、心臓は早鐘を打ち鳴らす。

 喉から声を振り絞る。


「だ、誰だ……?」


「我か名乗るとするのならば、死神、といったところか。貴様に話があって来た」


 黒いスーツに身を包んだ「死神」と名乗る男。

 片手には漆黒の暑い本を持ち、髪を揺らしながらこちらを向いて視線を離さない。


「貴様はこれより一ヶ月後に死ぬだろう。俺はそれを見届けに来た。せいぜい有意義な時間を過ごしたまえ」


 そう、俺はこの日、突然余命を告げられた。

 不可解すぎる出来事に思考は麻痺し、なにも考えられなかった。

 死神が、うっすらと視界から消えていく。

 不自然がやたらと自然に見える。

 なぜか、普段なら絶対信じない宣告を、俺は事実として認識してしまった。



 俺は、一ヶ月後に死ぬのか……。

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