2011年【疾風】08

「ふーん。変わった男の名前だな」


「いや、無理があるだろ。女子だっての」


「女子ってことは、ちんこがついてないんだぞ? わかってんのか?」


 真剣な顔で勇次が心配してくれる。無言のままが心苦しい。悪ふざけが過ぎたようだ。


「で? その子とは、どういう関係なんだ?」


「変なことを口走ったと思ったら、次は興奮してからに。どうした? 呪われたか?」


「お前も呪いとか、変なこと口走ってるぞ」


「いや、これはだな。さっき店長が」


「どうでもいいから、そんなところに食いつくな。それよりも、ゆいなちゃんのことを詳しく話せ。あと、なんだ。そう。僕の判断がつくまで、あずきちゃんには言うなよ」


「なんで? あずきも知ってる女子だぞ」


「なお、悪いっての」


「意味がわからん」


 ならば、バカでもわかるように教えてやらねばなるまい。

 説明の流れを頭で組み立てていく。

 これで、勇次があずきから寄せられている好意を理解したら、守田よりも先に童貞を卒業するだろう。


 守田のことを思うと、教えるのはフェアじゃないような気がした。

 躊躇っていると、電話の着信音が店内に響く。勇次が電話を取り出している。


「まさか、女からか? あずきちゃんやゆいなちゃんだけでなく、ほかにも?」


「うっせぇな。守田からだ」


 人は嘘をつくものだ。

 だから、疾風は疑いから入る。

 本当かどうかを確かめるべく、勇次を観察する。


「ああ? うん。わかった。行きゃーいいんだろ?」


 通話の様子を見た限りでは、嘘をついてはいないと思う。

 あれだけ馴れ馴れしく話せる女友達が、他にもいてほしくないという疾風の願望も込められていたが。


 勇次が片足を突っ込んでいるのは、暴力が支配する世界だ。

 そこでは、美しさなど呪いでしかない。

 女の子がいることで起きる悲劇というのを疾風は知っている。

 だから、できる限り勇次の周りは男で固めていてほしいのだ。


 疾風の頭の中に、自らが経験してきた過去の悲劇がよぎりはじめる。

 電話を終えた勇次がため息をつく。そのおかげで、頭の中が真っ白になってくれた。


「あずきを迎えに行けって言われたよ。守田が行けばいいのに、まったくよ」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、勇次は出発の準備を整えはじめる。

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