2011年【疾風】05

「コーヒーショップ香は、岩田屋の誇りだな」


「いやいや、兄貴。●島県の宝だろ」


「それをいうなら、勇次。日本の笑顔を調合する大魔導師」


「お前ら、うるせぇぞ。ただな。露骨に褒められて、おじさんは悪い気がしないぞ。仕方ないから、勇次くん。閉店作業を手伝ってくれたら、味見ぐらいはさせてやるよ」


「へーい。いただきまーす」


 すでに、勇次は美味いものを食べるつもりでいやがる。

 羨ましい。

 褒めちぎっていたのは、疾風も同じはずだ。どうして勇次だけが名指しで選ばれた。


 常連客の疾風は、喫茶店で新メニューが出来る度に、必ず注文している。

 期間限定のために、メニュー表から消えた料理の中には、また食べたいものがいくつもある。


 新メニューを発売前に味わえるチャンスが目の前にあるのなら、疾風だって手伝いを志願する。


「店長、なんだったら僕もなんか手伝いましょうか?」


「それだったら、二階に行って裕の手伝いをしてやってくれ」


「守田くんの手伝い?」


「ああ。行けばわかるから」


 クソ松の店長と違い、守田ファーザー店長は腹をすかした客の顔を見ただけで、これから注文するものを的中させる特技を持つ。

 優れた観察眼を自分の子供に向けた上で、疾風の手助けが必要な事態だと判断したのだ。


 スタッフしか入れない店の奥へ、疾風は移動する。

 土足厳禁の居住空間にお邪魔し、靴を脱いでいると、二階から

「そんなの楽しくない」

 という守田澄乃の叫び声が聞こえてきた。


 考えてみれば当たり前だ。

 ぬいぐるみを『ひとりかくれんぼ』に使うからと言っても、小学生の澄乃にはちんぷんかんぷんだろう。


 だから、守田は妹に説明する。

 ぬいぐるみから綿をとり出して、かわりに米と

 ――ここらまで丁寧に教えたところで、小学生はドン引きするだろう。


 兄妹喧嘩の落とし所を見つけろというのですか、店長。

 そんな魔法の言葉を持っていないので、長引くのは目に見えている。


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