2011年【疾風】02

「私物だから、先に店じゃなくて居住空間の扉を叩いたんだ」


 コーヒーショップ香と同じで、クソ松も店舗兼住宅の建物だ。

 店の入口とは別に、表札のかかった住宅の入口があり、そこのインターホンを疾風は押した。


「でも、営業時間中だからか、誰も出てこなくてな。そんで、店に回ったら客が一人もいないのな。暇そうにしてるんだったら、出てこいよと思いながら財布を持ってきたって店長っぽいオッサンに話したんだよ」


「オレなら感謝を伝えるな」


「勇次でさえできることを、クソ松はできねぇんだよ。びっくりしたぜ、そりゃ。

『なんか物を持ってきたんだったら、裏に回れ』

 とか命令されてよ。いや、お前ら暇そうにしてるくせして、出てこねぇじゃねぇか。そこから、ありがとうがないまま、財布を開いて金のチェックだよ。疑われるんなら、抜いときゃ良かったよ。いくら入ってたのかしらんがな」


「それで、ブチ切れて轢いたのか。得意だもんな?」


「アホか。僕が轢いたのは、お前で最後だ」


 疾風の運転するMR2で、勇次を轢いて負けを認めさせたのが、二人の出会いだった。

 最悪な出会いから数年かけて、疾風は勇次に色んなことを教えてきた。

 成長した勇次は、轢いた程度で止まるような男ではなくなっている。若者の進化はおそろしい。


「話が逸れたので、戻すけど。今日は、閉店後の店内で『ひとりかくれんぼ』をやろうぜ。準備急ぐぞ。午後九時の閉店まで、残り一時間を切ってるからな」


「だから『ひとりかくれんぼ』なんだろ。一人でやれよ」


「再放送がはやいぞ。おれは女子とのドキドキした夏の思い出が欲しいんだよ」


「夏休みは終わったけどな」


 ここで疾風が先ほどと同じように「夏休みが終わっても~」と口にすることで、悪ノリに乗っかかることもできた。

 だが、このあと何巡も同じ流れを繰り返すというボケが続くと仮定した場合、最初に折れるのは疾風だ。

 明日は日曜日だが、高校生共とちがって疾風には仕事がある。


 よし、話を進ませよう。


「守田くん、パソコン貸してくれる? ちょいと調べたいことがあんだ」


「どうぞ、勝手に使ってください。けど、変なサイトをのぞかないでくださいよ」


 疾風のほうに向けられたノートパソコンの画面には『ひとりかくれんぼ』に関するページが表示されている。

 おどろおどろしい内容を眺めながら、自然と疾風は笑みをこぼした。


「調べる必要はないみたいだ。見たかったページが表示されてる」


「てことは『ひとりかくれんぼ』について知りたかったんですか?」


「気になることがあってな。『ひとりかくれんぼ』ってのは、降霊術だか呪術の一種ってダチが言ってたんだよ。ダチに言わせたら、こういうのはルールを破ったらやべぇらしくてよ。だから、複数人で同時にやってもいいものかを調べたかったんだが、どれどれ?」


「そんなこと気にしなくても、いいんです。だって、幽霊なんていないだろうし。女子がビビってくれるなにかっていうのが重要なんですよ」

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