『超常現象代理人』

郷倉四季

2011年【疾風】01

   ①


「あ? 『ひとりかくれんぼ』なんだろ。一人でやれよ」


 中谷勇次の意見を受けても、守田裕の心は微塵も動かない。

 喫茶店のカウンター席に置いたノートパソコンの画面を見つめながら、守田はメガネをくいっとあげる。


「ばーか。おれは女子とのドキドキした夏の思い出が欲しいんだよ。だから、みんなで『ひとりかくれんぼ』をやりたいの」


「夏の思い出って。夏休みは終わったけどな」


 町のチンピラ大勢に対して、夏の日の2011をみっともないものにしておきながら、勇次はこの言いぐさだ。


 川島疾風は、仕事終わりに馴染みの喫茶店コーヒーショップ香に立ち寄っていた。

 閉店まで漫画を読んで、くつろぐつもりだったが予定通りにはいかない。

 勇次と守田の二人が店内にいては、黙ったままカウンター席で過ごすのなんて無理な注文だ。


「夏休みが終わっても、夏が終わるわけじゃないだろ。そうでないなら、勇次のタンクトップ姿に説明がつかんだろ」


「言っとくけど、シップーの兄貴。これは、タンクトップじゃねぇから。元々は袖があったけど、怪我の手当てをするにあたって破ったんだ」


 なにを言っているのだ。こいつは。

 そのエピソードを掘り下げる勇気がなくて、疾風は話を逸らすことにした。


「にしても、いいよなぁ。夏休みのある連中は」


 疾風は社会人になって七年生だ。

 今年の四月一日の誕生日で二五歳になったのだが、この年齢でありきたりなぼやきをするとは、高校時代には想像していなかった。

 まるで酒を飲むように、アイスコーヒーの入ったグラスを傾ける。

 ストローが突き刺さっていても、そんなものは使わない。


 ごくごくごく。ぷはーっ。


 コースターの上にグラスを置くと、コーヒーを凍らせた氷がぶつかりあって音を奏でる。

 疾風のごくぷはーの様を、カウンター席の右隣に座る守田と勇次は間近で見つめていた。


「でも、シップーさんは、夏休みがなくても、ヒマそうですよね。しょっちゅうウチの店に寄ってくれてますし」


「守田くんはわかってねぇな。僕は仕事しかやってない一日は負けだと思ってるんだ。たとえ忙しくても日々の生活の中に刺激を与えんと、人は穏やかに死んでくからよ」


「刺激が欲しいんだったら、いつも同じ店で飯を食うのはどうなんだよ?」


「ちょい待て、勇次。そんな風に煽って、シップーさんが他の店に金を落とすようになったら、どうすんだよ? 近所の串カツ屋にMR2がとまってたら、おれは悲しむぞ」


「守田くん、僕があの店を嫌いなの知ってて煽ってるよな?」


「何の話だよ、それ?」


「串カツ屋クソ松の店長が、いつだったかうちにカレー食いに来ててよ。そんときに、財布を忘れていったんだよ。それで、シップーさんが気をきかせて持っていってくれたんだけど。それ以降、あの店を嫌ってんだよ」


 思い出して舌打ちをする。

 財布を開いて、免許証でクソ松の名前と住所を確認したから、いやでも記憶に刻まれている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る