4.食いしん坊な加藤さん
「やまざきくん、やまざきくん。わたしはあれがたべてみたい」
『料亭桜の花』からの帰り道、加藤さんがそう言って指を差したのは、コンビニのから揚げ串だった。
加藤さんは「まだたべたりないです」みたいな顔をしているが、対する僕は貧血気味だけど満腹だし、満足しているのは院長も桜井さんも同じだ。きっと食品を見るのもげんなりだろう。僕だってそうだ。
「……よくそんなに食べられますね」
「からあげはべつばらだもの」
別腹ってから揚げにも適用されるものなのかは分からないけれど、犬の加藤さんにしか分からない感覚があるのだろう。あれ、でも犬ってから揚げ食べれたっけ。
「よし山崎君。買ってあげなさい。僕たちは先に帰ってるから」
「えー僕がですか? しかも帰っちゃうんですか」
「だって山崎君が名差しだったじゃない。君は加藤さんに懐かれているんだよ」
「そうなんですかね……」
懐かれているというよりおもちゃに近いものがある気がするんだけど……まあ天下の人間様なんてその程度か。でも食料かおもちゃかどっちがいいと聞かれたら、僕は間違いなくおもちゃを選ぶだろう。
仕方なく加藤さんと一緒にコンビニに入ると、早速加藤さんはジャンクフードコーナーにこびりついた。ひっついた、と言った方が適切かもしれない。だけど、UMAを見るような店員さんの視線が痛々しい。なんか加藤さんの連れだと思われたくないので、とりあえず僕は少し離れた雑誌コーナーへ移動した。
「やまざきくん。やまざきくん」
うわ、名前呼ばれてるし。
心底嫌々加藤さんのもとへ行くと、加藤さんは目をキラキラさせてから揚げ串、ホットドック、フランクフルトを順々に指差した。嫌な予感がする。
「これとこれと、これ。たべたい」
ジャンクフードの三連覇やー。
一つ百五十円が三つで四百五十円。これを奢れというのだから加藤さんもなかなかの無茶である。
「あと、これ」
とどめはフライドポテト。これでジャンクフードは完全制覇だ。
ポテト百五十円を足して六百円。溜息が洩れた。
「……どれか一つにできませんか?」
「うえじにしてしまいます」
嘘つけ。さっき鯛飯をたらふく食べたくせに。
正直僕は揚げ物なんて見ただけで胸やけしそうなのに、加藤さんの胃袋は可憐な外見とは裏腹に強靭だ。そういえば近所の犬も夕飯の残りが餌だった気がする。犬って食物に対しては相当逞しいようだ。なおさら飢え死になんてしそうにないのだけれど。
買ってくれとひたすらせがむ加藤さんに根負けして、僕はしぶしぶジャンクの四天王を購入した。六百円だなんてとんでもない。税込で六百三十円。これほど消費税が恨めしくなったこともそうそうない。
「とってもおいしい」
「そうですか……」
店を早々と出て、僕と加藤さんは並んで病院への帰路についた。早く家に帰りたいというのが本音だが、加藤さんを一人にすると何をしでかすのかわからないのだ。
「いっこいる?」
「いいです。僕、お腹いっぱいなんで」
「おいしいのに」
そうは言うが、もともと僕はそこまで油ものが好きでないのだ。胃が弱いのが原因なのか、脂っこいものを食べるとどうしても胸やけしてしまう。から揚げなんてもってのほかだ。
でもから揚げを口いっぱいに入れた加藤さんは本当に幸せそうだった。相変わらず表情は薄いけれど、いつもより段違いに目が輝いている。犬しっぽだって千切れんばかりに振っている。
なんだか美味しそうにドッグフードを食べている犬でも見ているようだ。普段はエキセントリックを地で行くような人なのに、こういう時だけは素直に可愛く見えてきてしまう。美味しそうに物を食べる人ってどうしてこんなに生き生きとして見えるんだろう。もちろん吸血鬼や人食い鬼を除いて。
「ふらんくふると? これおいしい」
「あまり口に詰めると喉に詰まらせますよ」
「おいしいのがわるいのです」
そう言ってまた口いっぱいにジャンクフードをほおばる加藤さんを見てると、僕までほっこりしてくるようだった。重ねて言うようだけれど、ペットでも見ている気分。だから女性として意識はしていないし、ドキドキもしない。女性と二人きりで夜道を歩くというラブストーリー的な展開でも僕がこれだけ冷静にいられるのも、一重に加藤さんのそういった人柄のおかげかもしれない。
○加藤さん……依内メンタルクリニックのナースで犬神。よく食べるペット的存在(山崎のメモより)
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