魔法は想い、想いは魔法

第13話

「セイヤさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ」


「でも以前もボールで倒れたって」


「いや、倒れてはいないよ。あの時は鼻血出ただけで」


 あの時とは、梨莉佳に介抱された時だ。あの時は体育の授業のサッカーで顔面をボールで強打したのだ。


「にしても、なんであんなところでボール遊びしてるんだか」


「そうよね。子供じゃないんだから、外でやれってのよ」


 そこに潤と雪菜も加わり、聖也の代わりに不満を漏らしていた。


「僕も怪我しなかったし、注意したからもういいんじゃん」


「甘い。甘すぎるぞ聖也」


 今回の出来事は、先程上の学年の男子生徒が廊下でバスケみたいなことをしてボールで遊んでいたのだ。


 そして、そのボールが聖也に向かって飛んできて、後頭部に当たってしまったのだ。


「そうよ。ああいうのが社会に出て問題を起こすんだから」


 ボールが当たった本人より、潤と雪菜の方がご立腹だった。


「それより早く食堂へ行こう。時間がなくなるよ」


「そうですね。早く行きましょう


 そんな2人を宥めながら、4人は昼食を食べるために食堂へ向かう。


 そして、いつもより嬉しそうなティリスの手には小さな手提げカバンが握られていた。


 食堂に到着すると、潤と雪菜は食券を買いに向かい、聖也とティリスは席を確保しに向かう。


 席を確保した2人は食券を買いには向かわず、隣合って座った。


 そして、ティリスは手提げカバンから可愛らしく包まれた弁当箱を取り出した。


「上手く出来ているといいのですが」


 この弁当はティリスが朝早くに起きて作ったものだ。


 聖也もティリスが弁当を作っていることを知った時に手伝いを申し出たが、1人で作りたいと言ったので、ティリスの意思を尊重した。


 いつも家ではティリスと一緒に料理をするから、聖也はティリスの実力的にそこまで問題はないと考えている。


 そして、ティリスの弁当の蓋を開ける。


「うん、とても美味しそうだよ。いただきます」


 聖也はそう言って、ティリスの自信作である鳥の唐揚げを口に入れる。


「……………」


「ど、どうでしょうか」


 聖也はゆっくりと噛み締めた後、飲み込んだ。


「美味しいよ。予想以上に」


「本当ですか!?やったぁ♪」


 ティリスは本当に嬉しそうに喜んだ。


「お、これティリスちゃんが作ったのか」


「ティリスって料理出来るのね」


 そこに潤と雪菜がトレイを持ってやって来た。


「はい。絶賛勉強中です」


「いやいや。ここまで作れるなら凄いわよ」


 ティリスが作った弁当を見て、潤と雪菜は絶賛する。


「でもまだまだなんです。リリカさんと比べると見劣りしていますので」


「まぁ、あの子は家でかなり修行したらしいからね」


 梨莉佳は料理が苦手な姉の茉莉佳の代わりに、幼い頃から仕込まれてた。


 そのお陰で今ではかなりの腕になっているのだ。


「そうなのですね」


(それでも私は負けるわけにはいきません。絶対にセイヤさんを渡しませんから)


 ティリスは心の中でそう決心した。


「僕はティリスの弁当の方が家庭的で好きだけどね」


「へ?」


 いきなりの褒め言葉にティリスは固まってしまう。そして、次第に頬を赤く染めていく。


「もっもうセイヤさん、いきなり誉めないでくださいよ」


「本当のこと言っただけだよ」


「ふにゅ~~っ」


 ティリスは顔から湯気が出そうになるぐらい真っ赤になる。


「聖也、そろそろ止めてあげないと、ティリスちゃんが大変なことになるぞ」


「いや、もうなってるでしょ。ほらティリス、しっかりしなさいよ」


「ひゃ、ひゃい」


 ティリスは返事をするが、弁当には手を伸ばせないでいた。


「ほら、ティリスも食べなよ」


 聖也はティリスの口におかずを運ぶと、ティリスは小さな口を反射的に開けてしまう。


「はむ…………美味しい…………って、セイヤさん何してるんですか!!」


「何ってお弁当を食べさせただけだよ…………あ」


 聖也はティリスと食事をする度に、お互いにあーんをしていた。


 それからというもの、あーんに対する抵抗が多少無くなってきていた。


「聖也も形無しだな」


「そうね。あの聖也がこんなことを自らするなんて」


「あ、あははは………」


 潤と雪菜に言われ、聖也も照れ臭くなってしまい、視線を泳がせた。


 そんな風に楽しく昼食を食べている4人を、近くの席で昼食を取っている男子生徒は妬みが籠った目で見ていた。


 そんな男子生徒の口元がニヤリと歪んだ。


「そういえばセイヤさ」


「あっ」


 がしゃん!!!


 聖也達の近くをトレイを持った男子生徒が何かに躓き、バランスを崩した。


 トレイはひっくり返らず、料理を落とすことはなかったが、一緒に乗っていた水の入ったコップが聖也の方へ落ちた。


 結果、聖也は頭から水を被り、濡れてしまった。


「ごめんなさいごめんなさい。大丈夫ですか?」


「う、うん。大丈夫だよ。濡れただけだし」


 水を落としてしまった男子生徒は、あわあわしながら謝ってきた。


 幸いにも、ティリスの弁当は食べ終わっており、被害はなかった。


「気を付けなさいよね。今拭くもの持ってくるわね」


「ごめんなさい」


「それより何もないところで躓くなんてな」


「いえ、その、何かに躓いてしまって」


 男子生徒の言葉を聞いた潤は、男子生徒が躓いた辺りを見るが、段差や引っ掛かる物は何もない。


 あるとすれば、並べられた椅子と机だが、通路に余裕はあり、躓くことはなさそうだ。


 潤がその辺りを見ていると、男子生徒が躓いた辺りに座っていた男子生徒がニヤリと聖也を見て、逃げるように席を立ち、去って行った。


「………………」


「どうしたのティリス」


「いえ。何でもありません。それよりセイヤさん、ちょっと失礼しますね。……………水よ」


 ティリスは周りに気が付かれないように囁いた。すると、濡れていた聖也や服から水が集まり、床に落ちた。


「拭くもの持ってきたわ。聖也、これで拭きなさいって、あまり濡れてないのね」


「え、あ、うん。軽く水を被っただけだから、すぐ乾いたんだよ」


「そう。それならいいけど」


 その後、水を溢してしまった男子生徒と床を拭いて、食堂を後にした。



 ☆     ☆     ☆



「セイヤさん、今日の放課後に友達と寄り道していいてすか?」


「いいよ。でも気を付けてね」


「大丈夫です。ユキさんやリリカさん、マリカさんもいますし」


 ティリスはそう言うと、クラスの女子達と一緒に教室を出ていった。


「僕は帰るか」


 聖也は荷物をまとめて、教室から出る。


 廊下を歩いていると、数人の男子生徒に止められてしまう。


「君が新枝君だよね。ちょっと付き合ってくれるかな」


 聖也は有無を言わされずに、そのまま連れ去られてしまった。



 ☆     ☆     ☆



「ただいま帰りました」


「お帰り、ティリス」


 聖也はいつも通りにティリスを出迎える。


「セイヤさん、聞いてください。今日はタピオカというものを食べたんです。変わった食感しててですね」


 ティリスは何処で何をしていたのか、嬉しそうに聖也に報告する。


 場所を覚えたから休みの日に一緒に行きたいとか、その時に見て気になったところがあった等、相変わらずティリスにとって、日本の町には興味を引くものが多くあるようだ。


 そして、そんな気になる場所を聖也と一緒に行きたいと、いつも言うのだ。


 聖也は出来る限りティリスの要望に答えてあげたい。


 だからティリスの話を真剣に聞く。


 そして、ティリスも真剣に聞いてくれていることが分かるから、話がより弾む。


 こういう時のティリスの笑顔は外で見ることがない程の眩しい笑顔だ。


 聖也はティリスのこの笑顔が一番好きだった。


 だから、多少自分が傷付いたとしても、この笑顔を失わないように、自分もこの時は笑顔で隠す。


 今日負った痛みを。



 ☆     ☆     ☆



 クラスメイトの女子と寄り道するティリスと別れた後、聖也は別の学年・クラスの数人の男子生徒に捕まった。


 人気の無い場所に連れられ、簡単に彼らのことを聖也は聞いた。


 そしてわかったことは、彼らがティリスに告白し、玉砕した人達だった。


 彼らの意見は、告白に玉砕した自分達にいつもラブラブしていることを見せつけているという、不遇なことに対する意見だった。


 確かに、普通のカップルと比べたらティリスとイチャイチャしていると、聖也も理解している。


 それでもティリスがそれを求めるのなら、聖也は答えたい。


 ただそうやってきただけだ。


 そして、彼らの中で一番突っ掛かって来たのは、女子だけでなく、男子の間でもモテると知られている三年の大林先輩という男子生徒だった。


 大林先輩は女子数十人から告白されていると噂されている。しかし、その告白を受けたことがない。


 大林先輩は自分が本気で気に入る女子ではなかったのだ。


 そして、自分が本気で気に入る女子が現れた。


 それがティリスだった。


 まだ幼さは残っているが、確実に将来美人になると確定している容姿。周りに少し怯えているようで、小動物のような愛くるしさと可愛さ。


 どれを取っても、完璧だった。


 今まで数十人の女子から告白された自分が、逆に告白すれば、断れることはない。


 大林先輩は常日頃そう考えていた。


 だから、ティリスに一目散に告白した。


 しかし、結果は惨敗。


 大林先輩は心に深い傷を負うことになってしまった。


「本当はティリスに俺の凄さを分からせようとしてんだけどな、あいつの周りにはいつも人がいる。ならばあいつの相手の新枝にしようってことになってな。お前が弱くてどうしようもない奴だと分からせれば、ティリスもお前に呆れるだろ?今回みたいにお前の方が1人になる可能性が高かったしな」


 大林先輩は聖也を脅すように言う。それにともなって、周りの男子生徒も聖也が逃げれないように囲む。


「今ここで何かあったら僕の友達や教師。ことが大きくなれば警察に通報しますよ」


 だが、聖也は出来るだけ心を落ち着かせ啖呵を切った。


「はっ!自分でどうするとか考えねぇのかよ。とんだ軟弱者だな」


「今の時代、ケンカで解決することはないですからね」


 聖也はいつでも警察に電話出来るようにスマホを構えようと動く。


「待ちな。それ以上動けばこの送信ボタンに指が触れるぜ」


「…………………いつの間に」


 周りの男子も同じようにスマホを見せ付けるようにしていた。


 その画面には何かの掲示板の投稿サイトが表示され、ティリスの写真も写っていた。


 別に下着やらが写っているわけではないが、かなり際どい角度の写真もある。


「お前が何かしたとわかったら、ここにいる全員で写真を投稿する。可愛い彼女の恥ずかしい写真をばらまかれたくないだろ?」


「……………………」


 聖也はスマホをしまい、黙り混んでしまう。


 それがスイッチのように、1人の男子生徒が殴りに掛かって来た。


「お前ばかり羨ましいんだよ!!」


「何様のつもりなんだよ!!」


 1人が終わればまた1人と、聖也に殴りに来た。


 聖也は背中や腹といった外からでは見えない場所を、殴られ蹴られ、その場に倒れてしまう。


「いい様だなっ!!!」


 そして最後に大林先輩が倒れている聖也の腹に蹴りを入れた。


「ここでのことを誰かに言ったら、この写真、拡散するから覚えておけよ」


 そう言って、聖也を囲んでいた男子生徒は散るように何処かへ行ってしまった。


 聖也はしばらくその場に座り込み、痛みが引くのを待った。


「いてて。こりゃあアザだらけになってるな。ティリスに気付かれないようにしないと」


 聖也は何とか立ち上がり、帰路に付いたのだった。

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