第12話
そして、土日の連休が明け、また一週間が始まった。
「おはようございます。聖也君、ティリスさん」
いつものように聖也とティリスが登校すると、席に着くと同時に東雲姉妹の妹である梨莉佳が2人の席まで挨拶にやってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
聖也は内心ドキッとしながら。ティリスは友人の挨拶に嬉しそうに挨拶を返した。
「そう言えば、聖也君は一時間目にある数学の宿題やって来ましたの?」
「あ、そういえばそんなのあったっけ」
聖也はティリスに教えていることも多いので、最近は宿題を少し忘れることが多くなっていた。このことについては、先生の方でティリスの面倒を見ていることを考慮し、そこまで厳しく注意はされていない。
しかし、やらないよりはやった方がいいに決まっている。
「ふふ。ティリスさんに教えてばかりですし、大変ですものね。先日は一緒に遊びましたし」
梨莉佳はそう言うと、ノートを差し出して来た。
「どうぞ。貸して差し上げますわ」
「お、ありがとう」
「いえいえ」
聖也は急いで、梨莉佳から借りたノートを見て、写し始めた。
いつもとは違う梨莉佳の様子には、聖也も気が付いてはいたが、今は目先の宿題の方が大事だった。
「ティリスさん、わたくしもこのようにティリスさんが出来ないことで、聖也君を支えますわね。一緒に頑張りましょう」
「は、はい」
耳元で囁いて来た梨莉佳に、ティリスは頷くことしか出来なかった。
そして、昼休みになると。
「聖也君、わたくしお弁当を多く作って来ましたの。ティリスさんも御一緒にいかがでしょうか」
このように、梨莉佳はぐいぐいと聖也に関わるようになってきていた。
「どうする、ティリス」
「セイヤさんが決めていいですよ。その、セイヤさんが誘われた訳ですし」
「それじゃあせっかくだし」
ティリスも聖也にくっつく形で、一緒に梨莉佳の作った弁当を食べることになった。
弁当は茉莉佳の分もいれてあるので、四人分と量は多かったが、肉野菜のバランスも良く、色鮮やかに作られていた。
「旨い。梨莉佳、お前ってこんなに料理上手かったんだ」
梨莉佳の料理を初めて食べた聖也は、自分では作れない料理の数々に舌を巻いていた。
「お口にあったようで何よりですわ。ティリスさんはいかがです?」
「……とても美味しいです」
「それは良かったですわ」
ティリスは美味しいと言っているが、浮かない顔をしていた。
「へへん。梨莉佳はボクのご飯もよく作ってくれるからね」
「ってことは、茉莉佳は料理出来ないのか?」
「ボっボクにだって目玉焼きぐらい作れるさ」
「カラ入り、ですけどね」
「わぁわぁ!!梨莉佳、それは言っちゃいけないやつだよ!!」
「………………」
どこにでもあるような、友達同士の賑やかで楽しい昼食。
(………セイヤさん、楽しそう)
ティリスもその中に入っている。ティリスのすぐ隣に聖也もいるはずなのに、ティリスは聖也がすごく遠くにいるように感じていた。
「それなら茉莉佳よりティリスの方が料理出来るね」
「…………え?」
いきなり聖也から話を振られたティリスは、きょとんとしてしまう。
「ほら、ティリスは毎日母さんに料理教えて貰ってるし、僕より上手くなってるでしょ」
「そうなんですの?それなら次はティリスさんのお弁当も食べてみたいですわ」
「そ、そんなことはないです。私はまだまだお義母様の足元にも及びません。それにリリカさんのにも………」
ティリスは梨莉佳の弁当を食べて、自分が作る料理より美味しいことが分かっていた。
そして、それがこんなにも悔しいことも知らなかった。
それでもティリスは、今も笑顔を浮かべていた。だが、聖也はティリスが本当の笑顔ではないことが、なんとなく察していた。
「ティリス。僕はティリスの料理好きだよ。梨莉佳の弁当も美味しいけど、ティリスの作る料理も美味しいよ」
「でも」
「それにその………僕はティリスの方が愛情が入っているような気がするし、好きだよ」
「っ!?」
ティリスは嬉しすぎて、泣きそうになってしまう。それを隠すように、ティリスは聖也の腕に顔を押し付けた。
「はぁ。本当に聖也君はお人好しですわね」
小声で言った梨莉佳の言葉は、誰にも届くことなく、風に紛れて消えていった。
☆ ☆ ☆
この日から、梨莉佳は積極的に聖也に関わるようになった。
それも、聖也に甘えてくるティリスとは違うポジションで。
ティリスは基本的に、この地球の日本という国が分からなかったから、聖也に教えてもらっている。
それに、聖也が自ら面倒を見ると決めていることもあり、ティリスを甘やかしていた。
ティリスもそれが嬉しくて、安心して、聖也に身を委ね、甘えるようになった。
それが、今の甘えるティリスという構図を作り出していた。
だが、梨莉佳は甘えるのではなく、聖也に甘えさせようとしていた。
だから梨莉佳は、聖也が困っていそうな時、何かしてほしい時を見逃さないように、積極的に関わるようにした。
弁当もその一つで、ティリスが真似出来ないことで、聖也を甘やかせようとする。
だから、今の状況もその一端なのだろう。
「なぁ、なんでこうなってるんだ?」
「いいではないですの。わたくしの太ももを枕に出来るのは、聖也君だけなんですから」
ある日の体育の授業、聖也は男子の方に参加し、サッカーをやっていた。
その最中、顔面にボールが強打し、鼻血を出してしまい、保健室に運ばれてしまった。
保健室の先生は出払っていて保健室におらず、どうしようかと迷っていると、梨莉佳がやってきたのだ。
そして、梨莉佳に治療をしてもらい、一応安静にしようということで、ベッドに横になると、梨莉佳が枕の代わりに膝枕をしてきたのだ。
梨莉佳は怪我をしたわけではなく、保健室に聖也が運ばれたということを聞いて、保険委員としてやってきたのだ。
「それよりわたくし、汗臭くありません?先程までバレーボールをやっていましたので」
「そんなことはないぞ。どちらかというと、良い香りがするぐらいだ」
「そっそうですの。ならいいですわね」
梨莉佳はその答えが嬉し恥ずかしくて、頬を赤く染める。しかし、膝枕されている聖也からは、梨莉佳の胸があって、その表情は見えない。
「………………」
「………………こうして聖也君と静かにいると、落ち着きませんわね」
「確かに。最近の梨莉佳ってやたら煩く絡んでくるもんな」
「聖也君、それ分かって言っているのでしたら、意地悪ですわよ」
梨莉佳はそういうと、膝枕をしたまま、聖也の顔に抱き付いて来た。
聖也の顔面は梨莉佳の胸に埋もれてしまう。
「意地悪を言う聖也君にお返しですわ」
「鼻血が付くぞ」
「もう止まってますから大丈夫ですわ。それにしても女子の胸に埋もれた第一声がそれって失礼ではありません?」
梨莉佳は恥ずかしい思いをしながらやっているのに、聖也は冷静だった。
「梨莉佳が誘惑しようとしているのが分かっているし、女子の胸ということなら、ティリスで毎日堪能してる」
「わたくし、ティリスさんより大きいですわよ」
「見ればわかるよ」
「そう。それなら」
梨莉佳は一度離れてごそごそと何をしだした。
「おまっ!!何して」
「これならどうです?」
梨莉佳は再び聖也の顔に抱き付いてくる。
しかし、先程とはまったく感触が違う。すごく柔らかくなっていた。
「くっ」
「耐えますのね。それなら」
聖也は煩悩と戦い耐えているのを確認した梨莉佳は、体操着を捲り始めた。
ブラジャーが外されているので、その下は何も着ていない。
梨莉佳の柔肌が、聖也を包み込もうとしたその時。
「セイヤさんが倒れたって聞いて来たんですけど」
扉がガラッと開いて、ティリスが駆け込んで来た。
ベッドのカーテンが閉まっていたので、聖也と梨莉佳の様子には、ティリスは気が付いていない。
「ここまで、ですわね」
梨莉佳の胸はあと少しで全部見えるというところで止まっていた。
梨莉佳はささっと身だしなみを整え、ティリスに声を掛ける。
「ティリスさん、こちらですわ」
「セイヤさ……って、なんでそんなことしてるんですか!!私もしてあげたことないのに」
ティリスは梨莉佳に膝枕されている聖也を見て、珍しく大きな声を上げた。
「ティリスさん、聖也君は膝枕がお気に入りのようですので、ご自宅でやって差し上げるといいですわ」
「おい。いつ僕が好きだと言った」
「嫌いですの?」
「嫌い、ではない」
「だ、そうですわ。それより聖也君、足が痺れて来たのでそろそろ退いて貰ってもいいですか?」
「はいはい」
聖也は鼻血が止まっていることを確認し、起き上がった。
「セイヤさん、大丈夫なんですか?」
「うん、顔にボールが当たっただけだから」
「それならいいのですけど。それより早く着替えないと、時間がないみたいで」
「あ、本当だ。それじゃあ早く行こうか。梨莉佳も行くだろ」
「ええ。ですが、先に行ってて下さい。直してから行きますので」
「あー………わかった。また後で。それとその、ありがとう」
梨莉佳が何を直すのかは、聖也にはすぐに察しが付いた。なので、ティリスと先に着替えに行くことにした。
「色気は多少の効果は有り。ってところでしょうか」
聖也とティリスが出て行った後、梨莉佳は下着を着け直して、保健室を後にしたのだった。
☆ ☆ ☆
「着替え終わった?」
「いえ、もうちょっとです」
聖也とティリスは体操着に着替える場所は、最初に貸し与えられた2人だけの更衣室だ。
最初の頃は聖也が手伝っていた着替えも、今ではティリス1人で出来るようになっているので必要ないのだが、ティリスは一緒の方がいいと主張し、まだ継続していた。
もちろんお互い背中合わせで着替えている。
「……………セイヤさんはリリカさんのこと、どう思っているのですか?」
「…………そうだね。性格は少しひねくれているけど、良い奴だと思うよ。友達として好きかな」
聖也は最初、ティリスの質問の意図を考えた後、思っていることを答えた。
「それでは…………私はどうですか?」
「もちろんティリスは僕がずっと一緒にいたい好きな女の子だよ」
「そう、ですか」
ティリスの声が少しだけ安心したような声になる。
「お待たせしました。行きましょう、セイヤさん」
ティリスは制服に着替え終わるとそう言って、自然と聖也の腕を取るのだった。
☆ ☆ ☆
聖也とティリスは学校でもかなり目立っている。
ティリスの容姿に男子生徒は目を奪われるということもあり、当人は知らないが、密かにファンクラブがある程だ。
最初はクラスにも馴染めなく、ずっと婚約者である聖也と片時も離れずにいた。
しかし、今では聖也と離れ、クラスメイトと遊びに出掛けることが出来るようになった。
それは人間としてティリスが成長した結果だ。
聖也はそれが嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあった。
ティリスは聖也以外にも笑顔を見せるようになったことで、更に人気を上げた。
クラスメイトとなら話せるようになったティリスだが、他のクラスや学年とはまだ苦手意識がある。
理由の一つとして、ティリスは他のクラス、学年の男子生徒から何度も告白されたことにある。
ティリスは聖也という1人の男性を好きだと公開している。それなのに、ティリスに告白してくる男子生徒は、聖也を馬鹿にするようなことを言って、自分に乗り換えろと言ってくる人が大半だった。
だからティリスは、こういう人達は人を見下す存在と認識し、関わりたくないと思ってしまっていたのだ。
ティリスは人気があると共に、玉砕した男子生徒からは不満の声を募らせてもいた。
それは、ある形で表面化してくる問題となってしまうとは、この時誰も思わなかった。
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