第8話

 ティリスの学校生活は、毎日が新しい発見の連続だった。


 数学の授業では、計算式の種類の豊富さに感動し、理科の実験では、科学反応で色が変わる液体に興味を持ち、国語の授業では、見たことのない漢字の多さに驚いたりしていた。


 それを側でずっと見ていた聖也は、百面相するティリスに癒されると共に、地頭の良さを実感していた。


 もうティリスが地球にやってきてから2週間程が経っている。


 ティリスは既に平仮名、片仮名だけでなく、小学校レベルの漢字や計算まで覚えつつあった。


 計算も最初は足し算と引き算しか出来なかったが、最近は聖也に九九を教えて貰い、徐々にだが難しい計算も出来るようになってきていた。


 着替えや風呂も大分1人で入れるようにはなったのだが、時々寂しくなるという理由で、お風呂には3日に一度、聖也はティリスと一緒に入っている。


 着替えも1人でなんとか着替えられるようになったが、同じ部屋のため、背中合わせで着替えている状態だ。


 ティリスも恥ずかしいとは言っているのだが、聖也と一緒にいたいと、甘えたいが故の行動だった。


 日に日に聖也のことを好きになっていくティリス。


 そして、その想いは自宅外でも、行動に移って来ていた。


「ティリスさん、ちょっと近すぎませんかね?」


「そうですか?でも落ち着きますよ」


「僕はドキドキしっぱなしで、落ち着かないけど」


 時は昼休み。


 聖也とティリスは購買で弁当を買い、学校の中庭にやってきていた。


 草むらの所にシートを敷いて、聖也にピタッとくっついてティリスは座っていた。


「こんなに近いと食べづらいんじゃ」


「いいえ。こうすればいいんです。はい、あーん」


 ティリスは当たり前のように持参してきたフォークで聖也の口におかずを運ぶ。ティリスはまだお箸を上手く使えないのだ。


 聖也も少し慣れた感じで、フォークからおかずを食べる。


「んく。確かにこれなら僕は食べれるけど、ティリスが食べれないよ」


「はい、なのでセイヤさんが食べさせてください。あーん」


 ティリスは身体を聖也の方を向けて、可愛らしい口を開けた。


「はぁ。ほら、ティリス」


「はむ。んー♪美味しいです」


 聖也も慣れた手つきでティリスに食べさせてあげてた。


 端から見れば、バカップル オブ ザ バカップルと呼べる程のバカップル度合いだ。


 このティリスの笑顔は、聖也を前にしている時だけ見せるもの。


 ここ2週間で男子から何人も『乗り換えないか』と告白されたティリスだが、どんなにイケメンでも冷めた笑顔で断っていた。


 だから他の生徒は、この幸せそうなティリスの笑顔を、遠くから眺めることしか出来ない。


 ただ例外なのが。


「聖也も染まっちまったな」


「そうね。私が甘えてもここまでデレデレしないもの」


「でも新枝君の気持ちは分かります。フィルテリアさんは女性から見ても可愛らしいですから」


 聖也の幼馴染の今河原 潤と天白 雪菜、そして、最初にティリスに声を掛けた柳瀬 香織の三人だ。


「ほんとよね。ティリスって私達より幼く見えるから余計によね」


「はい。年下ですよ」


「「「へ?」」」


 ティリスの受け答えに三人は固ってしまう。


「あっ、セイヤさん、言わない方が良かったでしょうか?」


「えーと、まぁ、この三人ならいいよ。他に言いふらさなければ」


「ありがとうございます。あのですね。私、今年で15歳なんです」


 聖也の許可を得たティリスは、嬉しそうに三人に教えた。


「待って。15歳っていうと………」


「中学三年ですね」


「聖也はロリコンだったのか」


「セイヤさん、ろりこんってなんですか?」


「えっと、小さな女の子が好きな人のことだったかな」


「私、小さな女の子なんですか?確かに皆さんと比べると小さいですが」


 ティリスは小さな女の子と言われてしまったと勘違いしたのか、しゅんとなってしまう。


「いや、ティリスは可愛い女の子ではあるけど、小さな女の子ではないんじゃないかな。ちゃんと胸も膨らんでるし」


「胸って………もう、セイヤさんはエッチなんですから」


 聖也に可愛い女の子と言われて、すぐに機嫌が良くなるティリスだった。


「ホント、だだ甘な空間よね」


「俺達、ここにいない方がいいのか?」


「ははは………どうなんでしょうね」


 この昼休みの間、聖也とティリスは潤達合わせて5人で、他愛のない話をするのだった。


 聖也はティリスがこういう空間が好きなんだと、最近気付いた。


 ティリスは王女であったが故に、友人がいなかった。なので、普通の女の子としての会話をしたことがなかったのだ。


 それがわかってからは、昼休みに集まってはお喋りをする時間を作るようになった。


 潤や雪菜もティリスと仲良くしたいと考えていたので、一緒に昼食を食べたり、話したりするのに反対はしなかった。


 柳瀬 香織に限っては、ティリスがお話したいと願望があったからだ。


 香織は決して友人と呼べる人間が多いわけではない。物静かな性格だけあって、騒ぐことが苦手なのだ。


 だから、ティリスに誘ってもらって、凄く喜んでいた。


「そういや聖也、そろそろ一度部活に顔出せってさ」


「そういえばずっとティリスといたから出てなかったな」


 潤と雪菜は聖也とは違い、遊泳部に週3回程出ている。


 聖也はすでに2週間も出ていなかった。


「セイヤさんの部活って何なのですか?」


「潤達と同じ部活で、遊泳部っていうんだ」


「ゆうえい部?」


「プールで皆で泳いで遊ぶ部活かな」


「ぷーるって何ですか?」


「えっと………」


 まさかプールを知らないとは思ってもいなかったので、聖也は言葉が詰まってしまう。


「だったらティリスも連れていけば?見た方が早いじゃん」


「だな。緩い部活だし大丈夫だろ」


「セイヤさん、私行ってみたいです」


 雪菜と潤の誘いに笑顔を輝かせるティリス。そんなティリスの笑顔に聖也は勝てるはずもなく、すぐに折れた。


「なら行くか。水着は確か購買に売ってたよな」


「はい。売っていますよ。でもサイズは」


 こうして、今日はティリスを遊泳部へ連れて行くことになった。


「ところでミズギとは何でしょう?」


 きょとんと首を傾げながら言うティリスのそんな質問に、皆は和むのであった。



 ☆     ☆     ☆



 放課後となり、ティリスのスクール水着を購買で購入し、遊泳部へと向かった。


 遊泳部は室内プールで行うため、一年中いつでも活動可能となっている。


 聖也と潤は更衣室で着替え、中でティリスと雪菜が着替えて出てくるのを待っていた。


「むむむむ無理です無理です無理ですっ!!」


「なんでよ。ちゃんと水着のサイズも合ってるから大丈夫よ」


 女子更衣室の方から、ティリスと雪菜の声が聞こえてきた。


「だだだだって、こんな下着みたいな格好で人前に出るなんて」


「スクール水着なんだから、下着とは違うでしょ」


「でもぉ」


「でもじゃない。行くわよ」


 雪菜に引っ張られ、更衣室からティリスが出て来た。


 2人ともスクール水着なのだが、ティリスは胸やあそこを手で隠すようにしていた。


「ほら。そんな風に隠すと、余計にエロく見えるわよ」


「だって恥ずかしいじゃないですか」


「周りを見なさい。皆堂々としてるでしょ。堂々としていれば、恥ずかしくないわ」


 今日の遊泳部は男女合わせて10人程参加しており、半分は女子だ。


 皆は思い思いに泳いで遊んでいる。


 しかし、男子は恥ずかしがるティリスが可愛いからなのか、遠くから凝視していた。


「うぅ………セイヤさん」


 ティリスは皆から隠れるように、聖也の背中に抱き付くようにして隠れた。


「慣れれば大丈夫だから、準備体操してからプールに入ろ」


「は、はい」


 ティリスは準備体操のことは体育の授業で知っていた。


 ただ、4人で準備体操をする時も、ティリスは終始恥ずかしそうにしていた。


 そしていざ、プールに入ると。


「セっ、セイヤしゃんっ!!あしっ!足着かないっ!!」


 聖也は余裕で足が着いているが、ティリスには少し深かったようだ。


「ティリス、僕に掴まって」


「ぷはっ。はぁ、はぁ、はぁ………」


 ティリスは前から聖也に抱き付いて、落ち着きを取り戻した。


「ティリスって泳げないの?」


「は、はい。その、お風呂以外で水に浸かるという行為はしたことはなくて」


(よくよく考えたらティリスって異世界の王女様なんだよなぁ。プールも知らなかったってことは、泳げる場所もなかっただろうし)


 聖也はそう考えると、泳げなくても納得できてしまった。


「泳ぐ練習でもする?」


「セイヤさんがよろしいのであれば」


「僕は大丈夫だよ」


「で、ではよろしくお願いします」


 ティリスの返事を聞いて、とりあえずティリスの足が着く場所へ向かった。


 一応、ティリスの足が着く場所にやって来たのだが、それでも小柄なティリスでは首まで水に浸かっていた。


「あの、最初はどうしたらいいのでしょうか?」


「最初は水への恐怖心の克服なんだけど、それは大丈夫?」


「はい。顔を水に着けても大丈夫です。先程は予想より深くて慌ててしまいましたが」


「それじゃあそこに両手で掴まって」


「こう、ですか?」


 聖也はまずばた足を教えるため、プールの縁に掴まらせた。


「そうそう。それで全身の力を抜くと身体が浮くから」


「ほ、本当に浮いてきました」


「そしたら」


 力まないあたり、意外と筋がいいのかもしれないと、聖也は考えつつティリスに教えていく。


 聖也はばた足を教えるために、浮いてきたティリスの両足を掴んで、ゆっくりとばた足の動きをさせる。


 それに合わせるようにティリスも自分で足を動かしていく。


「こうっ、でしょうか」


「そうそう……………可愛いお尻だな」


「なにか言いました?」


「いや、なんでもない」


 ばた足を教えるために聖也はティリスの側に立っているわけだが、ばた足するティリスの足の付け根の方に視線をやると、可愛いらしいお尻が浮いていたのだ。


 ばた足の練習を頑張っているティリス。しかし、ばた足をする度に水着がお尻に食い込んでいき、どんどん際どくなってくる。


「ティリス、一回休憩しようか」


「はい」


 聖也は他の男子に見られる前に一度終わらせた。それに、運動が苦手なティリスに無茶をさせると、身体を痛めるかもしれないということもあった。


「ティリス、お尻を」


「お尻?…………っ~!?見てたんですかっ!?」


 自分のお尻がどんな状態なのか気が付き、顔を真っ赤にさせたティリス。


「僕は見ちゃったけど」


「他の方には?」


「見られてない。そうなる前に終わらせたから」


「うぅ。セイヤさんだけならいいですけど………。でも、やっぱり水着って恥ずかしいです」


 聖也とティリスはプールサイドに腰掛け、休憩することにした。


「やっほ。休憩?」


 そこに雪菜がやって来た。潤はまだ泳いでいるようで、遠くに見えた。


「はい。少し疲れてしまったので」


「そうよね。水中で動くのって、結構体力使うもんね。よいしょっと」


 雪菜はティリスの隣………ではなく、聖也の隣の空いている方に座った。


「ねぇねぇ聖也、ティリスと一緒にお風呂入ってるんでしょ?」


「その話はあまり外でしてほしくないんだけど」


「まぁまぁ。で、入ってるんでしょ?」


「まぁ、毎日ではないけど」


「そんなことはどうでもいいの。それでさ、ティリスの身体って凄くない?水着に着替える時に初めてティリスの身体見たんだけどさ。肌が白くて綺麗で、胸は大きくはないけど形は綺麗だし、腰からお尻にかけてのラインも綺麗だし。同じ女として憧れちゃうぐらいなんだけど」


「………そう、なんだ。そこまでしっかり見てる訳じゃないから分からなかったけど。っていうか、他の女の人の身体見たことないし」


「あら?私と一緒にお風呂に入ったこともあるのに?」


「それは子供の頃の話だろ」


「でもまぁ、本当にあんたには勿体ないぐらいよ」


「あぅ………」


 話の中心になっているティリスが1人で恥ずかしがってはいるが、それに気が付かず、雪菜はヒートアップしていく。


「後、胸も触らせて貰ったけど、あの柔らかさと張りといったら」


「あ、あの、ユキさん。あまりそういうのは」


「でね」


 ティリスは頑張って雪菜の話を止めさせようとするが、雪菜は盛り上がり、止まる気配を見せない。


 だが、聖也には今のティリスの訴えは届いていた。


「ユキ」


「何よ」


「そこまでにしておけ。ここは公衆の場だぞ」


「あっ」


 そこでようやく、雪菜の話が途切れた。


「ごめんね。ティリス」


「い、いえ。その、私の身体はセイヤさんのですので、その、あの………」


「本当に羨ましいわね!!」


「ちょっ!?くっ苦しいってば!!」


 突然、雪菜がチョークスリーパーで聖也を絞め始めた。


「なんでユキさんがセイヤさんに抱き付くんですかっ!!離れてください!!」


 チョークスリーパーを知らないティリスは、雪菜が抱き付いているようにしか見えなかった。


 だから頑張って2人を引き離そうとするが。


「この苦しみで許してやろうって言ってんのよ!!素直に受け取りなさい!!」


「っ!!っ!!っ!!」


「離れてっ!!離れてください!!!」


 この三人の攻防は、聖也が落ちる寸前まで続くのだった。

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