第7話

 大騒ぎになった食堂から、なんとか抜け出した聖也とティリス、そして潤と雪菜の4人は中庭へやってきていた。


 木見鳥高等学校の中庭は三階の高さにあり、緑や花が多く咲き、真ん中に噴水まであるちょっとした空中庭園になっている。


 弁当を持ってきて、中庭で昼食を食べる生徒も少なくはない。


「素敵なお庭です。まるで王き」


「ティリス」


 聖也はティリスの言葉の途中で口を塞いで、言葉を遮った。


 そしてティリスの耳元で囁く。


「ティリス、王宮や王女とか言わない方がいいよ。この国にはないものだから」


 聖也の言葉にティリスはこくこくと頷く。


「「………………………」」


 そんな2人のやり取りを怪訝な顔をして、潤と雪菜は見ていた。


 中庭で空いているベンチを見つけ、4人で話に花を咲かせた。


 そして、午後の授業もなんとか終え、放課後となった。


 聖也は遊泳部という部活に潤と雪菜と一緒に入部している。


 遊泳部は競泳部と同じ水泳をする部活なのだが、競泳部と比べると、名前の通り遊び感覚の部分が多い。


 これはパソコンやスマートフォン等といった運動離れを失くそうと発足した部活なのだ。


 だから、部活動がある日でも、休んで問題はない。なので今日の遊泳部は休み、ティリスに放課後の学校案内をすることにした。


 もちろん一緒に潤と雪菜といる。


「ここがグラウンドで、野球部やサッカー部といった主な運動系の部活をやっている場所だな」


 今説明しているのは潤だ。


 潤は元々サッカーが好きで、サッカー部に入る予定だったのだ。


 しかし、高校一年の入部の時期に足を怪我をしてしまい、入部しなかったのだ。


 怪我は対したことはなかったが、既に出来上がってしまったグループに入り辛かったので、幼馴染の聖也と雪菜がいる遊泳部に入部したのだ。


 だからなのか、説明している潤は生き生きとしていた。


 そして、それを聞くティリスも真剣に聞いているので、余計楽しくなってしまっていた。


「それでだな」


 説明がヒートアップしている時、それは起こった。


「ジュンさん!!」「潤!!」


 ティリスと聖也はあるものを見て叫んだ。


「ん?……っ!?」


 潤がティリスと聖也の声に反応してグラウンドの方に顔を向ける。


 そこには野球のボールが潤の方に向かい飛んで来ていた。


 潤の反射神経なら余裕で避けられる。だが。


(避けたらティリスちゃんに当たる!!)


 元々運動神経や反射神経が良い潤はボールの軌道を読み、自分が避けたらティリスに当たる。そう即座に判断した。


 だから、自分が盾になろうと、腕でガードすることを選んだ。


「風よ、盾となれっ!!」


 ティリスが咄嗟に叫ぶ。


 すると、ボールは潤に当たる手前で軌道が弾けるように変わり、ボールは潤達の脇を通り過ぎて行った。


「い、今のは………」


 ボールの軌道の変化を目の当たりにした潤は、何が起こったのか解らず混乱していた。


「すみませーん!!大丈夫ですかー!!」


「あんた達!!危ないじゃない!!」


 やってきた野球部員に怒る雪菜を尻目に、潤は先程後ろから聞こえてきたティリスの声を、言葉を思い出した。


(いや。まさか………な。そんなの現実にあるわけが)


 潤の視線の先には内緒話をしている聖也とティリスの姿があった。


 ティリスは少し申し訳なさそうな顔をした後、聖也に何か言われたのか、すぐに笑顔になっていた。


「………………」


「潤、運良く外れて良かったわね」


「え、あ、うん。そうだな」


「どうしたの?」


「いや、なんでもない」


 潤は雪菜に心配の声が掛けられたが、心はここにあらずだった。


 この後、体育館を一通り回ると、良い時間になったので、この日はお開きになるのだった。



 ☆     ☆     ☆



 学校からの帰り道。


 聖也はティリスと一緒に手を繋いで歩いていた。潤と雪菜は気を効かせてくれたのか、一緒にはいない。


「あの時は本当に焦ったよ」


「ごめんなさい。ジュンさんを守らなきゃって思ったらつい」


 話は潤を助けた時の魔法になっていた。


「お陰で潤は怪我せずに済んだから良かったよ。ありがとう、ティリス」


「いっ、いえ。魔法を秘密にという約束を破ってしまいましたから、お礼なんて」


 ティリスは人助けとはいえ、聖也との約束を破ってしまったことを気にしていた。


「確かにこの世界に魔法はないから、秘密にしないと大変なことになる。でも、今日のティリスみたいに人助けするんだったら、僕はティリスのことを助けるよ」


「えっと、それって………」


「頻繁に使われたら困るけど、ティリスが人助けのために魔法を使うのなら、周りは僕がなんとかするってこと」


 聖也はティリスが気が落ち込まないように考えて発した言葉だった。


 ティリスはすぐにそのことに気が付き嬉しくなり、頬をほんのりと赤く染めた。


「いやぁ、それにしても魔法って不思議だよね。言葉であんなことが起きるなんて」


「ふふ。私の場合はああやって言葉にしていますけど、本当の実力者であれば、言葉にしないでも魔法は使えるんです。私はまだまだ未熟ですので想いを言葉にしないと、上手く使えないんです」


「それでも僕から見たら凄いよ。確か『風よ!!』って言ったらさ」


「きゃっ」


 聖也はティリスが潤を助けた時の真似をした。すると、いきなり突風が吹き、ティリスのスカートを捲り上げた。


 ティリスの白い肌と白いパンツが眩しく、聖也の目に写る。


 ティリスは慌ててスカートを押さえると、プルプルと震えだした。


「セイヤさん!!魔法でエッチなことは禁止です!!」


「えっ!?今の魔法だったの!?」


 ティリスは聖也に詰め寄って言ってきた。


 聖也はティリスの真似をした瞬間に、突風が吹いただけだと考えていた。


「そうですよ。今の風、魔力を帯びていましたから」


「でも僕は魔法なんて使えないよ。魔力だって感じ取れないし」


「それは…………確かにそうですね。魔法を使うには魔力の感知が必要不可欠なはずですから」


 結局、今の突風が魔法なのかどうかは、解らず仕舞いだった。


「でもセイヤさん。エッチなことをするのでしたら、家でお願いします。私はセイヤさん以外に見られたくないですから」


「そ、そうだね。僕もティリスの可愛い姿は人に見られたくないし」


「あぅ………そそそれでは早く帰りましょう。帰ってイチャイチャしましょう」


「イチャイチャって」


「え、あ、ちっ違います!!私はエッチな女の子ではありません!!私はただセイヤさんとくっついていた方が落ち着くから、くっついていたいだけです!!」


「それをイチャイチャというのでは?」


「あっ………うぅ、セイヤさんが意地悪です」


 ティリスは涙目になり、聖也を上目遣いで見上げてくる。


「と、とりあえず今はこれで」


「あ」


 聖也は普通の手繋ぎから恋人繋ぎに繋ぎ変えた。


「早く帰ろう、ティリス」


「はい、セイヤさん♪」


 ティリスはそのまま聖也の腕に抱き付いた。


 聖也は最初驚いたものの、ティリスの柔らかさと暖かさを感じ、顔がにやけてしまう。


「ふふ。セイヤさんがエッチな顔してます」


「そ、そりゃあ好きな女の子とこんな風に抱き付かれたら………ね」


「はぅ」


 聖也の突然の言葉にティリスまでにやけてしまう。


 こんな甘々の空間は家に帰っても、しばらく続いたのだった。



 ☆     ☆     ☆



《懇話》ティリスの想い


 side ティリス


 私は異性との関わりは家族以外殆どなかった。なので、セイヤさんを初めて見た時、私は不安で一杯だった。


 家族以外の男性で、私と将来家族になるかもしれない人。


 本当に最初はそれが恐怖でしかなかった。


 運命の転移魔法陣が起動した時は、家族と別れ、知らない男性の元へ行くなんて、絶望でしかなかった。


 しかし、部屋の香り、セイヤさんの香りを嗅いだ時、私は不思議と安心感を抱いてしまった。


 そして、その香りが強い場所。つまりはセイヤさんの布団の中に無意識に潜り込んでしまったのだ。


 あれは今思い出しても恥ずかしい。


 しかも裸だと気が付かずの行動だった。


 その後、セイヤさんにはいきなり裸を見られ、胸も揉まれてしまった。


 私はこのまま襲われてしまうのではないか。そう思いました。


 でもセイヤさんは。


「えっと………とりあえずこれを着て」


 そう言って、私に服を渡してくれました。


 私もそうでしたが、セイヤさんも顔を真っ赤にして、出来る限り裸の私を見ないように、接してくれていることが分かりました。


(優しい人なんですね)


 セイヤさんに対して思った最初の評価だった。


 服を着方を教えて頂こう時に、セイヤさんのお義母様が入って来ました。


 初めてお義母様にお会いするのに、裸だなんて失礼極まりなかったのですが、お義母様がセイヤさんのお名前を口にしました。


 私は安心感を得られる香りがするセイヤさんの名前を覚えようと、口の中で反復してました。


 その後、まさか異世界に来てしまったなんて思っていなかったので、私は大泣きしてしまいました。


 恥ずかしいことに、セイヤさんの胸で泣いてしまったので、セイヤさんのお洋服が大変なことになってしまいました。本当に申し訳なかったです。


 その時もセイヤさんに優しくしてもらい、ますますセイヤさんに惹かれてしまったことを覚えています。


 そして、その日の内に、私のお洋服を買うために、セイヤさんとお義母様と一緒にお買い物にお出掛けをすることになりました。


 移動中にこの世界のことを教えてもらいました。この世界はチキュウという名前で、ここはニホンという国のようです。


 ここは初めて見るものだらけで、私はセイヤさんに質問をたくさんしてしまいました。


 その度にセイヤさんは丁寧に教えてくれます。


 その時、私は恥ずかしいことに、下着を付けてない状態で、セイヤさんに跨がったりしていしまいました。王女としてあるまじきことです。


 そして、デパートという場所に到着しました。


 ここにはお店が一杯あり、ここで私のお洋服を買ってくれるみたいです。


 せっかくなので、私はセイヤさんに下着も選んで貰うようにお願いしました。


 少し恥ずかしかったですが、好きな殿方の好みに合わせるのは、妻になる者として、知っておきたい事ですから。


 下着を買った後も、お洋服をたくさん買って頂きました。


 この時、セイヤさんの幼馴染のジュンさんとユキさんと、お知り合いになりました。


 昼食は見たことがない食べ物をセイヤさんと分け合うことで、二種類も食べることができました。


 帰ってからも、セイヤさんにはお世話になりっぱなしです。


 恥ずかしいことに、私は侍女に着替えや入浴を頼んでいたので、1人では何も出来ないのです。


 本来ならば殿方に頼むことではないのは承知の上で、セイヤさんに着替えや入浴も手伝って頂くことにしました。


 結婚するのだから、裸はいつかは見られる。そう割り切っていたのですが、実際に裸になると、恥ずかしくておかしくなりそうでした。


 セイヤさんも恥ずかしかったようで、私の身体の前側を洗って貰えませんでした。


 私は頑張って洗ってみたのですが、やはり綺麗になっているか分からず、セイヤさんに確認をして貰おうとしました。この時、私は自分で身体を見てもらおうとしていることに気が付いてなくて、ただ綺麗になったかの確認をして貰おうとしていました。


 今思い出すと本当に恥知らずの女の子になってます。


 そして、そのことに気が付いた私は転びそうになってしまい、その………セイヤさんのアレを目の当たりにしてしまって……………はぅ。


 とっ、とにかく、アレを見た私は限界を越えてしまい、気絶してしまったみたいです。


 目を覚ましたら、タオルを巻いただけの姿で、ベッドで寝ていました。


 傍らにはセイヤさんがいて、セイヤさんが助けてくれたんだと、すぐに理解しました。


 気絶した女性を襲わないで助ける。そんなことは私の国ではあり得ません。いえ、もしかしたら、そんな殿方はいるかもしれませんが、滅多にいません。基本的には拐われて奴隷として売られてしまうでしょう。


 この時、私は本気でセイヤさんを好きになりました。


 この人となら、共に人生を歩んでいきたい。


 世界は違えど、想いは1つになれる。なってみせる。


 私は心に強くそう決意しました。


 そして、そんな私の愛しのセイヤさんは、今隣で寝ています。


 初めての学校から帰宅し、先程までイチャイチャ過ごしていました。眠くなってしまったので、2人並んでベッドに入ったところです。


 間もなくして、セイヤさんは疲れてしまっていたようで、すぐに寝付いてしまいました。


「セイヤさん、起きてますか?」


「すぅ…………すぅ…………」


 返ってくるのは寝息だけです。


「寝て……ますよね?」


 セイヤさんの頬っぺたをつんつんしましたが、起きる気配はありません。


「セイヤさん……………ちゅ……………~っ」


 してしまいました、してしまいました、してしまいましたっ!!!


 セイヤさんにキスしてしまいましたっ!!!


 初めてなのにっ!!初めてなのにキスをしてしまいましたっ!!!!


 寝込みを襲うなんて王女失格ですぅ!!!!


 この後、私は悶々としてしまい、なかなか寝付けることが出来ませんでした。


「………セイヤさん、大好きです」


 今夜は良い夢を見れそうです。

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