王女様、学校へ行く

第6話

 雪菜はティリスを連れてトイレへ案内をしていた。


「ここがトイレよ」


 ティリスは軽く会釈をして、聖也に教えられた通りに用を済ませる。トイレから出ると、雪菜がトイレの前で待っていた。


「ありがとうございました。えっと……ユキさんですよね」


「そうよ。本名は天白 雪菜だけどね」


「えっと、アマシロさん」


「ユキでいいわよ。私もティリスって呼ばせて貰ってもいい?」


「はい!よろしくお願い致します。ユキさん」


「えっと、嬉しそうだけど、私何かした?」


「あ、ごめんなさい。その、同年代のお友達って初めてで嬉しくて。その、ユキさんみたいに名前で呼び合うのも初めてでしたので」


「怒ってる訳じゃないから、謝らなくていいけど………って、名前で呼び合うのが初めてって、今まで友達はいなかったの?」


「はい。私の国では、私を前にすると皆さん畏まってしまって、友達とは呼べませんでしたから」


 何度も言うが、ティリスは王女だ。


 お披露目会やパーティーとかに参加したとしても、それは王女としての参加だ。


 他の貴族達から話し掛けられても、それは王女に対してのアプローチで、ティリス自身に向けたもはなかったのだ。


 だが、その事実を知らない雪菜は違和感しかない。


「でも聖也とは名前で呼び合っていたわよね?」


「セイヤさんは婚約者なので、お友達とは違います」


「それはそうかもしれないけど」


 雪菜は納得できたようなできないような、もやもやした気持ちになる。


 そこにチャイムの音が鳴り響く。


「あ、そろそろ教室に戻らなきゃ。行こ、ティリス」


「はい、ユキさん」


 2人は少し急ぎ足で教室に戻って行った。



 ☆     ☆     ☆



 ティリスに教えながらの授業は問題なく進んで行った。


 休み時間になる度に聖也とティリスにクラスメイトが群がって質問が飛び交っていたが、2人はなんとか誤魔化しながらやり過ごしていた。


 そして、四時間目の体育の時間がやってくる。


 この学校の体育は男女別にやっているので、どうしても聖也とティリスは別れてしまう。よって初めての別れての授業となる。はずだったのだが。


「なんで聖也が女子の中にいるのよ」


「………僕が聞きたいよ」


 聖也は何故か女子の方に参加していた。


 時は少し遡る。


「え?僕、今日は女子と体育するんですか?」


「ええ。フィルテリアさんが慣れるまで一緒にいるように、と校長からの指示でね」


 ティリスの体操着をどうしようかと職員室に、ティリスと一緒に訪れた聖也は、体育の女子担当の先生からそう言われた。


「安心しろ。ちゃんと出席したことにするから、成績にはなんも問題もない」


 男子担当の先生にもこう言われてしまう。


「フィルテリアさんの体操着はこれね。で、着替える場所は」


「女子更衣室に連れて行けばいいんですね」


 男女それぞれの更衣室があるので、そこで着替えることになっている。だから、ティリスをそこに案内すればいいと、考えていたのだが。


「あなた達専用の更衣室を用意したそうなので、そこで着替えて欲しいと」


「おいおい羨ましいな。しかもお前ら婚約してるんだろ。職員室でも噂になってるぞ」


 ということで、聖也はティリスと一緒に小さな更衣室に案内され、ティリスの着替えを手伝った。というより、聖也もそこで着替えることになった。


 そして、女子達のいる体育館にティリスと共に向かう。


 既に説明がされていたのか、聖也は女子達に問題なく受け入れられていた。


「ねぇ聖也。ティリスってさ、良いとこの生まれだったりするの?友達もいなかったって言ってたし、仕草が上品なところもあるし」


「うーん、どうだろ」


 聖也は惚けることにした。


 今の時代の地球では王族は数が限られているので、王女だと教えたら、異世界の人だとバレてしまう可能性があったからだ。


「婚約者なのに知らないの?」


「ま、まぁ色々あるから」


「ふーん…………」


「…………………」


「ま、いいけどね。聖也、私やティリスならいいけど、他の女子を変な目で見ないようにね」


「お前はいいのか?」


「だって見慣れてるでしょ?よく一緒にお風呂とか入ってたじゃない」


「いつの話だ、いつの」


 雪菜の言い方では誤解を生みそうで、聖也は恐怖を感じる時がある。


 クラスメイトは2人の関係を知っているので、聞き流している。しかし、ここに1人聞き流していない、誤解した者がいた。


「セイヤさん、ユキさんとお風呂に入ったんですか?」


 聖也は聞いたことのないような冷たいティリスの声にドキッとする。心なしか寒気も感じていた。


「いや。子供の頃の話。子供の頃の話だから」


「でも入っていたのですね」


「それは……………はい」


 今のティリスには逆らってはいけないと、聖也は本能で感じ取っていた。


「………え?」


 そして、聖也は見てしまった。気付いてしまった。ティリスの座っている床が凍っていることに。


「今もこれからもティリスだけだから!!」


 聖也はそう言いながら、床を隠すように、ティリスを抱擁した。


 いきなりの聖也の行動に、先生も含め驚きを隠せなかった。


「セイヤ………さん」


「ティリス、その、魔力、落ち着かせられる?」


「あっ」


 ティリスも聖也の行動に驚いたが、耳元で囁いた聖也の言葉に自分が何をしていたか理解した。


 すると、ティリスの周りの冷気は消えていった。


「すすすすみません」


「いや、僕のせいでもあるから」


 聖也は落ち着いたことを確認し、ティリスを解放する。


 魔法のことはバレずにやり過ごすことが出来たが、聖也がティリスに抱き付いたことで、変な空気になってしまう。


「ちょっと聖也、こんなところで発情しないでよ」


「発情してないわ!!」


「じゃあなんでティリスに抱き付いたのよ」


「それはその……………」


 流石の聖也も、ティリスに抱き付いた理由が何も思い浮かばない。


「あ、あの、私がまほ」


「せんせぇ!!早く授業始めましょう!!」


「そ、そうね」


 それからは普通に体育の授業を始めたのだが、聖也は精神的に既に疲れてしまっていた。


 授業は準備体操から始まり、聖也はティリスに張り付いて、今日行うバレーボールを教えることになった。


 トスの方法を教え、トスでほパス練習をしていると、聖也はあることに気付いた。


「えいっ!ほぁっ!!やっいたっ」


 ティリスの可愛い掛け声とは裏腹に、ボールはあらぬ方向へ飛んでいったり、空かして頭にボールが当たったりしていた。


(ティリスって運動神経ないんだな。王女ってこんなもんなのかな)


 ティリスはどう見ても運動が出来るようには見えなかったが、確認はしていなかったので、本当かどうかはわからなかった。


 そして今日、体育の授業でそれがはっきりとわかったのだった。


「ティリス、もっと膝を使った方がいいよ」


「膝を?」


「そう。こうやって」


 聖也が実際にやってみせる。ティリスはそれをしっかりと見て、少しずつだが、学んでいく。


 他の女子達はバレーボールの試合をやっている時も、聖也とティリスはパスの練習をし続けているのだった。


 それだけでもティリスは満足だったらしく、パスだけなのに、良い汗を掻いていた。



 ☆     ☆     ☆



 体育の後は昼休みとなる。


 木見鳥高等学校には、自慢できる食堂がある。


 なんと、一流レストランからシェフを引っ張って来ているのだ。


 座席も多くあり、購買では弁当も売っている。


 今後も絶対にお世話になることから、聖也は丁寧にティリスに教えていく。


「ここが食堂で、食堂ではショッケンをこれで買って、あそこで渡して交換してもらう」


 ティリスは忘れないように呟きながら、実際に食券を窓口に渡した。


 渡した食券は日替わりのA定食だ。今日のA定食は白身魚のフライだ。


 ティリスはこっちに来て、揚げ物を食べていないから、食べて貰おうと、聖也が考えての選択だった。


 聖也は同じ窓口で交換できるB定食の豚カツ定食だ。


 そして、出来上がった定食を受け取り、空いていた4席あるテーブルを見つけた。


 聖也が座ると、ティリスは当たり前のように向かい側の席ではなく、聖也の隣に座った。


「セイヤさん、これは何という食べ物ですか?」


「これは白身魚のフライだよ。好みでこのソースや、添えてあるタルタルソースをつけて食べるんだ」


 聖也は豚カツなので、ソースを掛けた。


「では私もセイヤさんと同じのを掛けて頂きます」


 ティリスはソースを掛けて、白身魚のフライをフォークで刺し、小さな口に運び、カプリとかぶり付いた。


 サクッと良い音がして、口の中に入り、ティリスは味わうようによく噛んでから飲み込んだ。


「美味しいです。このゴハンにも凄く合います」


「口に合って良かった。試しにこれも食べて」


「でもそれはセイヤさんの」


「いいんだよ。ティリスにはいろんなものを食べて欲しいからね」


 聖也は豚カツを一切れティリスのお皿に渡した。


「ありがとうございます。ではセイヤさんには私のを」


 ティリスはかぶり付いた所をフォークで上手く切り、そこを渡してきた。


(間接キスになるけど…………)


 聖也はそう思い、ティリスを見てみる。


「んー♪」


(花より団子ってこういうことを指すのか)


 聖也はそう思いつつ、ティリスから貰った白身魚のフライを口に運んだ。


「うん、やっぱりここの食堂は美味しい」


「王宮の料理より美味しいです」


「王宮って何なの?」


 そこに雪菜が潤と一緒にやってきた。


「悪いな、邪魔して。他に席が空いてなくてな。相席いいか?」


 聖也がティリスにアイコンタクトをすると、ティリスはニコッと微笑んだ。


「はい。もちろんです」


「ありがとね。ティリス」


 雪菜はティリスの正面。潤は聖也の正面にそれぞれ座った。


「ユキ、お前いつの間にフィルテリアさんを名前で呼ぶようになったんだ?」


「うふふ~、もう友達になったんだもんねー。ねぇー、ティリス」


「はい。ユキさんとはお友達です」


「それじゃあ俺とも友達になってくれよ」


「いいですよ。えっと、確かジュンさん……でしたよね」


「そそ。俺もティリスちゃんって呼ばせてもらうな」


「はい。ふふっ」


 ティリスは1日で2人も友達が出来たことに、喜びを微笑んだ。


「それで聖也、王宮って何なの?」


「さあ?聞き間違いじゃない」


「むぅ。まだ隠すか」


 雪菜は残念そうに、お昼のカレーライスを食べ始める。


「………………」


 ティリスはカレーライスが気になるのか、食事の手を止めてカレーライスを見ていた。


「ん?ティリスも食べてみる?」


「いいのですか?」


「いや。ティリスは止めておいた方がいいぞ」


 カレーライスに興味津々のティリスだが、聖也はティリスの身を案じて、食べない方がいいと言った。


「え?でもユキさんは美味しそうに食べてますよ」


「こいつの舌はバカだからいいんだ」


「酷い言い草ね。美味しいわよ」


「いや。ユキはバカ舌だろ」


 潤までそう言い始めた。


「ほら、物は試しっていうじゃない。少しぐらいなら平気だって」


「そうですよ。セイヤさん、いいですよね?」


「はぁ。本当に少しにしといた方がいいからね」


「はい。それでは」


 ティリスはフォークでカレーライスを少量を掬い、小さな口へ運んだ。


「ん~♪美味し……………んんんんっ!?!?!?」


「ほら、水飲んで」


「んくんくんく。辛いっ!!辛いですっ!!!」


「そうかしら?普通に美味しいけど」


 ティリスは顔が辛さで真っ赤になるぐらいなのに、雪菜は平然とパクパクと食べている。


「相変わらずの激辛好きだな」


「僕も初めて食べさせられた時は死にそうなったもん」


 聖也と潤の2人は、平然と激辛カレーライスを食べている雪菜に呆れていた。


「うぅ、舌がピリピリします」


「水のお代わり持ってくるよ。僕の分も飲んでていいから」


「ありがとうございましゅ」


 聖也が席を立ち、水を取りに行っている間、ティリスは聖也が口を付けていた水を、舌を冷やすようにちびちびと飲み始めた。


「それにしても本当にラブラブよね」


「だな。本当はこの席に来るか迷ってたぐらいだもんな」


 雪菜と潤は聖也とティリスの様子を見て、そう感じていた。


「お風呂とかも一緒に入ってるんでしょ。ってことは間接キスなんて些細なことなのね」


「んくんく………ふぇ?間接………キス…………っ~!?!?」


 やっとそれに気が付いたティリスは、ボンっと音が出そうなぐらいに顔が真っ赤になる。


「あれ?気付いてなかったの?」


「この可愛さでこの抜け具合。くそっ!!可愛すぎるだろ!!!」


 潤がそう叫ぶと、周りの男子生徒からも「そうだそうだ!!」と、声が上がる。


「ねぇティリス。本当にあんなのでいいの?ティリスならもっと良い人いるんじゃない?」


「あんなのではありません。セイヤさんは私にとって王子様なんです。セイヤさん以外なんて考えられません」


 ティリスは全学年の生徒が集まる食堂で、高らかに宣言をした。


「くそぉ!!!」


「羨ましすぎるだろっ!!」


「俺も言われてみてぇ!!!」


 ティリスの宣言により、食堂は今までにないぐらいの大騒ぎになった。


 その騒ぎを水を持った聖也が、呆然として見ていた。


「…………僕はあの中に戻らなきゃいけないのか」


 ティリスの周りには人だかりが出来ていて、ティリスは注目の的となっていた。


「あ、セイヤさん」


『っ!!』


 そんな注目の的のティリスが聖也に呼び掛ける。すると、一気に聖也に視線が集まる。


「水を飲み終わってしまったので、頂いてもよろしいですか?まだ舌がヒリヒリして」


 そんな中、ティリスは気にせずに聖也に声を掛け続ける。


 聖也は諦めて、ティリスの元へと向かったのだった。

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