第5話

「ティリスちゃん、持ってきたわよ」


 ゴールデンウィークが終わり、今日から学校だ。


 そんな日の朝早くに、母親が帰って来た途端、そんな言葉を言ってきた。


「それは何ですか?」


 母親の手には大きな紙袋が握られている。


「これはティリスちゃんの制服よ。叔父さんに頼んで早急に用意してもらったのよ」


「いつサイズ測ったのさ」


 サイズも測ってないのに、制服を用意できたことに疑問を持つ聖也。その疑問には母親がすぐに答えてくれた。


「服や下着を買った時にサイズを計って、叔父さんを通して制服の発注会社に連絡したのよ。それで特急で作って貰ったのよ」


 紙袋を開けると、中から真新しい女子の制服が出てきた。


「これが私の制服」


「そうよ。ほら、時間がないから着替えちゃいましょ。聖也、部屋借りるわよ」


 寝間着姿のままだったティリスを母親は連れていってしまう。


「……………学校では婚約者だということを秘密にして貰うように頼んどかなきゃ」


 ふと、聖也は先日の幼馴染の2人とのやり取りを思い出した。


 しばらく待っていると、新しい制服に身を包んだティリスがやってきた。


「セイヤさん、どうでしょうか。似合いますか?」


「………………」


 聖也の通っている木見鳥高等学校の制服はセーラー服と呼ばれる物に近いデザインをしている。


 銀髪の髪とセーラー服の組み合わせは、とても綺麗で可愛く、ティリスによく似合っていた。


 少し幼さを残しているところも愛らしく、スカートをお姫様のようにちょこんと摘まんでいる姿に聖也は見惚れてしまい、言葉が出せずにいた。


「うふふ。ティリスちゃんに見惚れて声も出せないみたいね」


「そ、そんなことはないです……よね?セイヤさん」


「…………いや、可愛すぎて見惚れてた」


「うぅ~っ、あ、ありがとうございましゅ」


 素直な聖也の感想を聞いて、ティリスは照れて縮こまってしまう。


「本当に可愛いわね。こんな可愛いが聖也の婚約者になってくれるなんて、本当に夢のようだわ」


「わ、私もセイヤさんみたいな優しい殿方が婚約者になって頂けるなんて、思ってもみませんでしたから」


「そう言って貰うと母親として嬉しいわね」


「あ、それなんだけど、学校では僕とティリスが婚約者だってこと黙ってた方がいいよね」


「そう?先に言っちゃった方が楽じゃない?」


 母親は聖也と逆の意見を言っていた。


「いや、そんなことしたら僕が男連中から何を言われるか」


 聖也は男女共にそれなりの付き合いの友達がいる。一番の友達は幼馴染の潤と雪菜で、事情も理解してくれるだろうが、他は分からない。


 それが不安でしょうがなかった。


「分かりました。それでは私も婚約者だとは言わないようにします」


「ありがとう。そう言って貰うと助かるよ」


 聖也はティリスが理解してくれてホッとする。


 だが、母親はその様子を見て、ニヤリと微笑むのだった。


 そして登校する時間が来た。


 ティリスは出発間際に母親に耳元で何か言われていたが、聖也は特に気にしていなかった。


 登校中はティリスと手を繋いで歩いた。


 理由はティリスが周りの物に気を引かれて、キョロキョロして危なっかしかったからだ。


 聖也はティリスを守るために、手を繋いで歩いていた。


 学校までは歩いて約15分の距離と、わりと近めだ。


 学校が近付くにつれ、同じ制服を着た生徒が増えてくる。


 その中でやはりと言うべきか、ティリスはかなり目立っていた。


 銀髪のお人形みたいな可愛い女の子。


 男女問わずにその容姿に目を奪われていた。


 そして、そんな可愛い女の子と手を繋いで歩く聖也にも視線はいく。


 どちらかというと聖也には、敵意や殺意に近い視線であったが。


「セイヤさん、皆さんに見られてません?やっぱり私変なんじゃ」


「いや、ティリスが可愛いから皆見てきているだけだよ。とりあえず最初は職員室に行くように言われているから、案内するね」


「~っ、わかりました」


 ティリスは可愛いと言われて口元が緩みそうになるのを我慢し、頷いた。


 ティリスは王女として育てられたので、人前で緩みきった顔を晒したくないのだ。


 もちろん聖也と聖也の母親は例外だ。


 だから、今現在の周りから見たティリスは『お上品な可愛いらしい外国人の美少女』となっている。


 聖也はティリスが澄ましていることに気が付いているので、微笑ましく思っていた。


 注目を集める校門を抜けて校内に入り、職員室近くまでやってくると、周りから生徒の視線を感じなくなった。


 職員室がある場所は、教室から少し離れているので、生徒は用がない限り来ないのだ。


「失礼します」


「し、失礼します」


 ティリスは聖也に習い、挨拶をしながら職員室に入った。


「あら、おはよう。新枝君」


「おはようございます。藍井先生」


 藍井先生は聖也の担任の先生だ。


「そちらが話に聞いてたティリス・フィルテリアさん?」


「はい」


「ティリス・フィルテリアです。よろしくお願い致します」


「あら。日本語上手いのね。私は新枝君のクラスの担任の藍井よ。よろしくね」


 それから日本語は喋れるが、まだ文字は練習中だということ等を報告して、一度ティリスと別れることになった。


「ティリス、後で教室でね」


「はい。分かりました」


 こうして、ティリスは年下だが、聖也のクラスメイトとしてやってきた。


 そして、ティリスは自己紹介の時に聖也の隣がいいと言うと同時に、婚約者フィアンセということをバラしてしまったのだった。



 ☆     ☆     ☆



「へぇ、公開することにしたんだな」


「大変なことになりそうね」


「………………秘密だって言ったのに」


 聖也の近くから幼馴染の無情な言葉が聞こえてくる。


「先生、ここの席をフィルテリアさんに譲ります」


「あ、ありがとうございます!」


「ありがとう。柳瀬さん」


 女子生徒、柳瀬やなせ 香織かおりがそう言うと、ティリスは嬉しそうにお礼を言った。


「フィルテリアさん、今度いろいろお話しましょうね」


「はい、わかりました」


 柳瀬 香織は聖也の隣だった席の女子生徒で、頭の良さではクラストップだ。


 見た目はどちらかというと地味に入るが、素朴さが良いとそれなりの人気がある。


「ありがとう、助かったよ柳瀬」


「ふふ、だってフィルテリアさんは新枝君のフィアンセなんですよね?そんな2人の間に入ったら馬に蹴られて死んでしますもの」


「死んでしまうのですかっ!?」


 香織の冗談に過剰に反応するティリス。


 それを見た周りからは笑い声が響く。


「あのフィルテリアさん、冗談です冗談」


「そ、そうでしたか。すみません、叫んでしまって」


 そしてティリスが聖也の隣に座ると、机を動かし聖也の机にピタリとくっつけて来た。


「えへへ。セイヤさん、よろしくお願い致します」


 嬉しそうに微笑んで言ってくる。


 すると、周りからヒューヒューと囃し立てる声が響き渡る。


「あのさティリス、婚約者だってことは秘密だって言ったよね」


「はい。なので婚約者だということは秘密にしてますよ」


「え?」


「えっと、何か問題ありました?」


 なんか話が噛み合っていない。


 そこで聖也は登校する直前に母親が、何かティリスに耳打ちしていることを思い出した。


「ティリス、出発する時に母さんから何か言われた?」


「はい。お義母様からは『婚約者なのは秘密にして、聖也とはフィアンセだと言いなさい』と言われました。ところでフィアンセとは何なのですか?」


「……………フィアンセは婚約者の別の言い方だよ」


(母さんめ。余計なことをティリスに教えたな)


 内心、母親を恨みながら、フィアンセの意味をティリスに教える。


「へぇ………フィアンセは婚約者の別の言い方…………あれ?ということは私は」


 自分が何を言ったのか理解した時、ティリスはやってしまったという顔をして、真っ赤に顔が染まっていった。


「もももも申し訳ありません。セイヤさんと約束してたのに私」


「いや、悪いのは母さんだから。ティリスは気にしないでいいよ」


 そして、特に連絡もないままホームルームが終わると、ティリスのところに人が押し寄せて来た。


「なあなあ新枝とフィアンセってマジなのか?」


「どういう経緯で婚約することになったの?」


「どこに住んでいるんだ?」


 ティリスに向かって様々な質問が投げ掛けられた。


「あっあのっえっと、わっ私はセイヤさんの婚約者で、住んでいるのはセイヤさんのお家で」


 ティリスはあわあわしながら質問に答えていく。流石のティリスも経緯については触れないようにしていた。


「おい聖也!お前いつの間にこんな可愛い娘と住んでるんだよ!!しかも婚約者って」


「い、いいだろ別に」


 やはりと言うべきか、聖也の方にも飛び火してくる。


「ねぇねぇフィルテリアさん、新枝君とは一緒に寝てたりするの?」


「は、はい。いつも一緒に寝ています」


「料理とかはする?」


「その、まだまだ私が未熟なので、教えて貰いながらやらせて頂いてます」


 女子は女子でティリスの答えにきゃあきゃあと、はしゃいでいた。


「おい今の話マジか!!」


「お前、あんな可愛い娘と寝てるのか!!」


「え、あ、うん」


「くそ!!羨ましすぎる!!」


「まさか風呂まで一緒に入ってるなんてことはないよな!!!」


「それは流石に」


 流石にそれは嘘でも入ってないと言わないと、暴動が起きそうだと聖也は考え、落ち着いて答えようとするが。


「入ってます。昨晩も一緒に入りました」


『はあぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?』


 だが、それはティリスによって簡単に暴露されてしまう。


 そして、男女問わずに今日最大の驚きの声が響き渡った。


「あ、あの、なんで皆さんはそんなに驚いたのでしょうか」


「そりゃあ驚くわよ。年頃の男女が一緒に入ってるのですよ」


 香織が理由を説明する。


「でも先程私達が婚約者だと言ってしまったので、問題はないかと思ったのですけど」


「えっと………どういうこと?」


 香織は聖也の方を見て聞いた。


「僕にも分からないよ。ティリス、どういうこと?」


 聖也も分かるわけがなく、本人に聞くしかなかった。


「私の国では、生涯共に過ごすと決めた相手となら、問題はないとされているのですが………。やはり国が違うと、違うものなのでしょうか」


「確かに結婚して、生涯共に過ごすのなら、いいとは思うけど」


 ティリスの言うことは、確かに合ってはいた。合ってはいるのだが。


「学生の内に生涯過ごす相手なんか見つからねぇよ!!」


「そうだ!!彼女すらいねぇんだよ!!」


 男子達は叫び始めた。


「そうよね。普通は見つからない、というより決めないわよね」


「うんうん。いろんな恋してみたいしね」


 と、女子達の意見。


「フィルテリアさんは新枝君以外と付き合いたいとは思わないの?」


「はい。私のだんな様となる方はセイヤさんだけと決めてますので」


 ティリスの迷いのない返答に、女子達は更なる盛り上がりを見せる。


 そして、男子達は血の涙を流していた。


「はいはい。そこまでにして授業始めるわよ」


 既に一時間目の授業は始まっていたのだが、藍井先生も興味があり、静観していたのだ。


「それから新枝君、結婚はするとしても、学生中はちゃんと避妊するように」


「何言ってるんですかっ!!」


『くそおぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


 藍井先生の言葉に男子のほぼ全員が、叫ぶのだった。


 そして授業が始まると。


「これは何て読むのですか?」


「これは」


「セイヤさん、これはこうで」


「そうだね。だからここが」


 ティリスは平仮名と片仮名がなんとか読める状態なので、その都度、聖也がふりがなを付けたり、教えたりしていた。


 聖也としては大変な作業だが、ティリスに教えようとすることで、勉強の意欲も高まっていたのか、意外にも自分の勉強もはかどっていた。


 授業が終わると、男子達が聖也に押し寄せ。


「授業中もいちゃつき過ぎなんだよ!!」


「マジで許さん!!」


 男子達はいちゃつき過ぎる2人にイライラしていたのだ。


「しょうがないだろ。ティリスはまだ文字が読めないんだから」


「それはわかってるけどっ!!」


「羨ましすぎるんだよぉ!!」


 相変わらずの男子に、聖也は疲れ始めてきていた。


「あのセイヤさん」


 隣に座っていたティリスが、モジモジして話し掛けてくる。


 その様子を見た聖也は、ティリスの要望に気が付いた。


「ちょっと待って。ユキ」


「なに?」


「手伝ってくれ。ほらティリス、行くぞ」


 聖也はティリスと雪菜を連れて教室を出た。


「で、聖也、何か用なの?」


「ティリスをトイレに案内してやってくれ」


「ああ、なるほどね」


 聖也はティリスにスカートでの用の足し方は教えていた。なので、以前みたいに全部脱ごうとはしない。


 だからといって、知らない学校のトイレに1人で行かせるのは心もとない。


 聖也はそう考え、同性で幼馴染の雪菜に頼んだのだ。


「お手数お掛けします」


「いいのよ。聖也の頼みだしね」


 2人はトイレへと向かって歩いていった。


「お前も大変だな」


 見送る聖也に後ろから声を掛けてきた人物がいた。


「潤か」


「いやぁ、しかしお前がこんなに話題の中心になるなんてな。ホント想像できないわ」


「僕もだよ。早く落ち着いてくれるといいけど」


「だな。それと、何か大変なことあれば手伝うから言ってくれよ」


「わかった。いつもありがとな」


「俺達の仲だろ。困った時はお互い様ってな」


 聖也は潤の存在に感謝しつつ、教室へ戻って行った。

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