第4話
「んん…………むにゅ……………ふぁ?」
ティリスは心地い目覚めを迎えたが、身体が動かないことに気が付いた。そして、眠そうな眼を開けると目の前には。
「ふぇあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ゴールデンウィーク最後の朝は、ティリスの悲鳴と共に始まった。
「すぅ…………すぅ…………」
それでも夜明け近くまで眠れなかった聖也は、起きることがなかった。
「えっ?………えぇっ!?ど、どういう状況ですかっ!?」
ティリスは夜に涙を浮かべ、聖也にあやされるように抱擁されたまま寝たことを知らなかった。
今のティリスの状況は、聖也の腕に頭と背中を抱かれ、聖也の胸に顔を押し付けられている状態だ。混乱していて自覚していないが、ティリスも聖也に抱き付くように足を絡ませている。
離れようにも、聖也に抱き付かれているせいで、抜け出すことが出来ない。
ティリスの心臓はバクバクなままだが、次第に落ち着きを取り戻していく。
「…………ふぁあ。セイヤさんの香り、やっぱり好きです」
そして、これを期にとティリスは聖也の胸に顔を押し付け、聖也の匂いを嗅ぎ始めた。
初めて聖也を見た時に、布団の中に侵入したのも、聖也の匂いに釣られての行動だ。
「ふあぁぁぁ……………はっ!?私、変態さんのような行動を」
今、自分が何をしていたかを理解すると、途端に恥ずかしくなってしまった。
「あぅ…………どどどどうしましょう。お手洗いに」
ティリスはまだ聖也に抱き付かれているので、動くことは出来ない。
だが、迫りくる尿意には勝てない。
「セイヤさん!セイヤさん!!起きてくださいっ!!」
本当はゆっくりと寝かせてあげたいティリスだが、男性のベッドでお漏らしをするのは、王女である以前に女として恥ずかしすぎる。
なんとしてもトイレに行かなければと思い、聖也の名前を連呼し起こそうとした。
「セイヤさん!!起きてください!!!」
「んん、ティリス?」
「セイヤさん………あ」
ティリスはやっと起きてくれた聖也を見て安心してのか、漏らしてしまいそうになる。
「あ、ごめんティリス、抱いたままだったんだね」
「あの、その……それは嬉しいからいいの……ですが、うぅ」
ティリスは少し丸くなり、内腿をすり合わせ始める。
「どうしたの?具合でも悪い?」
いきなり苦しそうにし始めたティリスを心配して、聖也は優しく声を掛ける。
「あ、あの、その…………うぅ」
ティリスは王女として、女として、異性にトイレに行きたいと伝えることに恥じらいを持ち、言葉に出来ないでいた。だが、限界はもう近い。
「お、お手洗いに行きたいんです!!」
我慢の限界を達したティリスは、顔を真っ赤にして叫んだ。
「それなら早く」
聖也は起きた時にティリスを解放している。もう動いてトイレに行けるはずなのに、ティリスは動こうとしない。
「あの………動くともう……」
「えっと、それじゃあ………ごめん!!」
「ひゃう!?」
聖也は一言謝り、動けそうにないティリスをお姫様抱っこで抱えた。
「あ、あまり揺らさないでくだ……んん」
「少し我慢して」
聖也はティリスを抱えてトイレへ向かった。
トイレのドアを開けて、ティリスを便座に座らせるように下ろした。
聖也が一緒に入っている訳にはいかないので、聖也はすぐに出て、ドアを閉めた。
「セ、セイヤさんっ!!」
しかし、すぐにティリスから助けを求める声が、ドア越しに聞こえてきた。
「どうしたの?」
聖也はすぐにドアを開けず、状況を聞くことにした。
「あ、あの絡まってしまって」
「絡まる?」
ティリスの寝間着はワンピースなので、捲ってパンツを下ろせばすぐに用は足せるはず。
聖也はそう考えていた。
「い、いいから助けて………もう、漏れそうなんです……………」
「わかった。開けるよ」
ドアを開けて聖也が目にしたのは、ワンピースの寝間着が頭に絡まった状態のティリスだった。
「なんでこうなった」
当たり前だがパンツとおへそは丸出し。寝る時はブラジャーを着けてないので、胸の下半分が丸見えになってしまっていた。
「ぬ、脱げないんです………」
泣きそうな声でティリスが訴えかけてくる。
「全部脱がなくてもいいんだよ」
聖也はワンピースからティリスを解放させようとする。
「も、もう限界………セイヤさんっ!!パンツ下ろして下さいっ!!!」
「え!?」
「早くっ!!はやくぅぅぅぅぅぅ!!!」
本当に限界なのか、泣き声で訴えてきた。
「わかった………ごめん!!」
聖也は意を決して、目を瞑ってティリスのパンツを下ろした。そして、便座に座らせる。
「していいよ!」
「ふぁ、ふあぁぁぁぁぁ…………」
そして、狭いトイレにティリスの気の抜けた声と、用を足す音が響き渡るのだった。
☆ ☆ ☆
「もう…………もうお嫁に行けません」
トイレから出たティリスは落ち込んでいた。
「裸を見られただけでなく、おしっこしてるところまで………………もうやだぁぁぁ」
ティリスは王女だ。
王宮では着替えや入浴の時に同性である侍女にしか裸を見せたことがない。
トイレも御付きの侍女に手伝ってもらったことしかなかった。
男の人に、聖也に着替えを手伝って貰うことも恥ずかしかったが、こちらの世界の服の着方が分からなかったから、我慢をしていた。
お風呂も1人で入れる自信がなかったので、一緒に入ってもらった。
将来結婚するのなら、裸はいつか見られるもの。
ティリスは恥ずかしながらも、心の何処かでそう割り切っていた。
しかし、用足しは違う。
そう易々と異性の前でするものではない。
だから、ティリスは聖也に嫌われたと思い込み、より絶望した。
「あの、ティリス」
「ぐすっ。放っておいてください。こんな恥ずかしい女は、セイヤさんの隣にいる資格なんてありません」
聖也はどちらかというと、自分のせいでティリスがトイレに行けなかったことに罪悪感を感じていた。
「側にいていいよ」
「ふぇ?」
「今回は僕にも非はあるし、ティリスはまだこっちの世界のこと知らないことだらけだし」
「で、でも」
「それにその………ティリスのことは可愛いと思ってるし、側にいてほしいっていうか……その…………」
聖也は女の子に対して、そんな言葉を言ったことがない。
だから、途中で恥ずかしくなり、声が小さくなってしまう。
「…………私、ここにいていいんですか?セイヤさんの隣にいていいんですか?」
「………うん、もちろんだよ」
聖也は一呼吸してから答えた。すると、ティリスは嬉しくなり、泣き出してしまった。
「だ、大丈夫?何かしちゃった?」
「ち、違うんです。その、嬉しくて………ぐすっ。私、セイヤさんの側にいられるんだって思ったら安心して……」
「…………ティリス」
聖也はティリスがここまで喜ぶなんて思ってもいなかった。
だからなのか、妙にティリスが愛しくなって、その場で抱擁してしまった。
ティリスは聖也に抱擁され、泣いたままの幸せいっぱいの笑顔を聖也に見せるのだった。
☆ ☆ ☆
「あの、セイヤさん、私がお食事を作ります!」
あの後、寝間着から着替え、朝食の準備をしようとしたら、ティリスからそんな提案が出された。
「料理の経験は?」
「ありません。ですが、何回か厨房で料理しているところを見たことはあります」
「……………………」
自信満々に答えるティリスだが、聖也は不安しかない。
「僕も手伝うよ」
「いいえ。これは修行ですから」
「それじゃあ見学しててもいい?」
「はい、それならいいですよ」
ティリスは冷蔵庫を開けた。
「……………セイヤさん、これは何の肉でしょうか?凄く薄くて四角いです」
「それはベーコンだね」
「べーこん?」
「うん。確か豚肉の塩漬けを燻製したものだったはず」
「ぶた肉?くんせい?」
異世界から来たティリスにとっては、よく分からない単語ばかりのようだ。
「やっぱり僕も手伝うよ」
「うぅ、申し訳ありません」
こうして聖也とティリスは、一緒に料理をすることになった。
ティリスは包丁も持ったことがなく、肉や野菜の切り方から聖也が教えてあげた。
いつもより時間は掛かるが、ひとつひとつの工程が出来るごとにティリスは喜び、教えている聖也もいつもより楽しく料理が出来た。
作った料理は簡単なものだ。
そして、出来上がった料理を3人分盛り付けていく。
「セイヤさん、もう1人分はどなたの」
「ただいまー」
ティリスが聞こうとした時、丁度その3人目の人物が帰って来た。
「あら?ティリスちゃんも作ってくれたの?」
「あ、お帰りなさいませ、お義母様。セイヤさんと一緒に作ったんです」
「そうなのね。それにしてもお義母様か。うふふ、まさかこんなに可愛い義理の娘が出来るなんて思ってもなかったから、なんだか不思議な気分だわ」
「か、可愛いだなんて」
「可愛いわよ。ねぇ聖也」
「うん。ティリスは凄く可愛いよ」
「セ、セイヤさんまで……………恥ずかしくなりますから、あまりそういうことは」
「あら?嬉しくないの?」
「嬉しいですよぉ。でも恥ずかしいんですぅ」
2人に可愛いと言われ、両手で顔を覆って照れるティリスは、本当に可愛いすぎる生き物だ。
「ふふ。本当に可愛いわね」
「母さん、それより」
「わかってるわよ。さて、温かい内に私の義娘の初めての料理を食べるとしましょうか」
こうして、ティリスとの初めての料理は成功し、家族3人で美味しく頂くことになった。
ティリスは料理が気に入ったのか、聖也だけでなく母親にも、今度教えて欲しいと、頼み込んだのだった。
もちろん拒否する理由もないので、むしろ嬉しそうに母親は了承した。
(ティリスの要領は良かったから、僕なんかあっという間に抜かされそうだ)
聖也は心の中でそのことを嬉しく思うのだった。
☆ ☆ ☆
「『てぃりす』………私の名前はこう書くのですね」
ゴールデンウィーク最終日、聖也はティリスに字を教えることにした。
ティリスは物覚えが早く、拙くはあるが平仮名でなら自分の名前をすぐに書けるようになった。
「それにしても文字って多いのですね。50個もあるなんて思ってもいませんでした」
「いや、日本語って三種類の文字使っているから………漢字入れると数え切れないかも」
「そんなにですか。凄いのですね」
聖也は日本語が三種類の文字を使っていることに疑問を持ちつつも、ティリスに平仮名と片仮名を教えていく。
漢字はこの2つを覚えてからの方が混乱しないだろうと、考えてのことだった。
「セイヤさんの名前はどう書くのですか?」
「平仮名だとこう、片仮名だとこう書くよ」
そして、聖也は家にある家具の名前を書いていき、ティリスに覚えてもらいやすいように、単語帳も作っていく。
ティリスは終始楽しそうにしており、1日で平仮名と片仮名はほとんど覚えてしまった。
後はそれらを単語と物を結びつければ、次第に単語も覚えていくだろう。
後は漢字なのだが、それは少しずつ覚えていくしかない。
聖也は漢字をどう教えるか、考えるのだった。
そして勉強だけで1日は終わり、また風呂の時間がやってきた。
母親は仕事に行ってしまったので、また聖也がティリスと一緒に入ることになった。
今日はティリスが聖也に教えてもらいながら自分で洗っていく。
それでも、聖也は髪を洗っているティリスにシャワーを出してあげたりと、意外とやることは多かった。
ティリスは時間を掛けつつも、なんとか自分で身体を洗い終えた。
そして、ティリスが湯船で温まっている内に、交代して聖也が洗い始める。
「…………………」
「ほわぁ…………」
「ティリス、あまり見られると、流石に僕も照れるんだけど」
「あ、ごめんなさい」
聖也も教える時や手伝う時は、多少見てしまったが、できる限りの見ないように注意はしていた。
だが、ティリスは聖也が洗う姿を凝視していたのだ。
「セイヤさんは髪の毛短めだから、洗うの早いんですね」
「まぁね。でも、ティリスの髪の毛は綺麗だから、そのままの方がいいよ」
「~っ、ありがとうございます」
2人だけの幸せな時間は、ゆっくりと流れるのだった。
風呂から上がると、また日本語の勉強を始めた。
明日からティリスも学校に通うということで、少しでも覚えたいと、ティリスが情熱を燃やしていた。
もちろん聖也もそれに答えるために、ティリスに付きっきりで教えた。
(やっぱりティリスは地頭がいいんだな。覚えが早い)
聖也にとっても、教える生徒が優秀だと、教えることが楽しくなってくる。
(後は数字も教えなきゃか。計算はできるって言ってたけど、かけ算とかも出来るのか確認もしなきゃ)
やることを頭の中に描いていく。
この日のティリスの勉強は夜遅くまで続いた。
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