第2話
「セイヤさん、あれなんですか?」
「あれは自転車っていって」
「あれは?何か光ってますよ」
「あれは信号機。車とか歩行者の」
聖也はティリスの質問攻めに、解りやすいように説明付きで答えていく。
今、聖也とティリスの2人は、聖也の母親が運転する車に乗っている。
今のティリスの服装は、母親のお古のワンピースを着ていた。流石に裸ジャージで外に出すわけにはいかないからだ。
ティリスは小柄なため、シャツやズボンは大きさが合わず、見えそうになったり、脱げてしまいそうになったりしたのだ。
ワンピースならば多少の大きさは誤魔化しが効く。
首回りにはストールを巻いているので、胸元も隠せている。スカートは長めなので、捲れる心配もあまりない。
だが、下着は何も着けていない。それなのに。
「ねぇねぇセイヤさん、あれはなんです?」
車の中で興奮を隠せないティリスは、狭い車の中の後ろの座席を左右に行ったり来たりしていた。
聖也も後ろの席に座っている。
ティリスは聖也の上に跨がったりして、ワンピース越しにティリスの柔らかいお尻や胸が、聖也に刺激を与えていた。
「うっ」
「どうしました?」
ティリスが目の前に来た時、聖也の視界にティリスの胸元が見えてしまい、視線を外の景色に向ける。
ティリスは何のことか分かってないのか、きょとんとしていたが、自分の行いがはしたないことに気が付いたのか、頬を赤く染めた。
「聖也も大変ねぇ」
「母さんは黙って運転してて」
「セイヤさん、あの人の」
それでも何もかもが新鮮なティリスは、質問を止めることはなかった。そして、この質問はこれから買い物に行くデパートに到着するまで続いた。
☆ ☆ ☆
「そういえばティリスって日本語読めるの?」
「ニホンゴ?」
「ほら、今は日本語喋ってるから、読めるのかなって」
異世界人であるティリスが日本語を話せるのは、例の『運命の転移魔法陣』の影響らしい。
あれは世界の何処かに転移するため、転移した先の言葉を話せるようになる魔法も掛けられているそうだ。
「この模様みたいのですか?」
ティリスは『メンズ』『レディース』と書かれている文字を指して言った。明らかに読めていないことがわかった。
「ということは、日本語は話せるけど、読めないし書けないということか」
(学校に行くってのにそれはまずいか。読み書きの練習もしないとな)
因みにティリスの転入の件は、校長をやっている叔父に連絡したら、「聖也の嫁ならOK」と軽い返事で了承されてしまった。
学校でも面倒は見るつもりでいるが、流石に文字の読み書きが出来ないと、学校生活は難しい。
そんなことを考えていると、最初の目的地に到着した。
「僕はここで待ってるよ」
「何言ってるのよ。あなたも来なさい」
「いや、恥ずかしいし」
最初にやってきたのは、女性の下着専門店だ。
流石にいつまでも下着無しで歩かせる訳にはいかないという、母親の配慮であった。
「あの、これが下着なんですか?」
ティリスの世界の下着と違うのか、ティリスは不思議そうに入り口付近にある下着を手にして、聞いてきた。
「そうよ。お金はおばさんが払うから、好きなもの選びなさい」
母親は嬉しそうにティリスに言うが。
「でも何がいいのか分からないです。セイヤさん、どれがいいのですか?」
「なんで僕に聞くの?」
「出来ればセイヤさんの好みの物が欲しいので」
「あらあら、責任重大ね。1つぐらいはエロいの買っても見ないであげるわよ」
「買わないよ!!えっと、ティリスは白やピンクとか可愛いものが似合うんじゃないかな」
聖也は母親に反論しながら、ティリスに似合いそうな色合いを言う。
「白やピンク、ですか」
その後、ティリスらちょいちょい聖也に質問をしながら、下着を買っていった。その度に聖也の精神はゴリゴリと削られていった。
ただ、ブラのサイズが分からなかったので、そこは店員さんに計ってもらい、合った物を選んでくれた。
母親は何をしていたかというと、照れて戸惑う息子を見て、ただただ楽しんでいた。
そして、数着の下着を買った後は、服を買いに行くことになった。
ティリスは母親から似合いそうなのを数着受け取り、試着室に入って着替えていた。
母親はまだ探してくると言って、何処かへ行ってしまう。
なので、聖也が試着室の前でティリスが着替えるのを待っている状態だ。
「セイヤさん、ちょっといいですか?」
試着室のカーテンの隙間から、可愛らしいティリスがちょこんと顔を覗かせ、聖也に声を掛けてくる。
ティリスはこっちの世界の服を着るのに苦労しており、その都度聖也がフォローしていた。というより、着替えが殆ど出来ないことがわかり、8割程は聖也が着させていた。
最初の一回は、先程買ったワンポイントのリボンがついた白の下着姿のティリスに、聖也が一から全て着せたりしていたのだ。
そんなことをしていたので、聖也は自分を抑えるのに必死だった。
それでも頼ってくるティリスを無下にできない。
だから聖也は落ち着いた顔を見せるように意識し、着替えを手伝っていた。
そして、ティリスが着替えている最中。
「お、やっぱり聖也じゃん」
「やっほー」
一組の男女がやってきた。
「潤とユキか」
男の方は
女の方は
幼い頃から家が近い関係で、よく三人で遊んでいたのだ。
「2人はデートか?」
「そんなわけないじゃない。なんでこんな奴とデートしなきゃならないのよ」
「それはこっちのセリフだ。なんでユキなんかとデートしなきゃなんないんだ」
2人は反発するような物言いをするが、喧嘩にはならない。
お互いにふざけて言っているというのが分かっているのだ。
「たまたまそこで会っただけよ」
「で、ゲーセンでも行かないかって話していたら、見慣れた姿を見つけたってわけだ」
「そういう聖也は何してるのよ。ここ、女物の服のコーナーよ?」
「ま、まさかお前、そういう趣味があるのか?」
「ねぇよ!!」
幼馴染ということもあり、聖也もいつもより砕けた口調になる。その時、聖也の隣の試着室のカーテンがシャっと開いた。
「セイヤさん、どうですか?」
ティリスは青と白を基調としたフリルいっぱいのお嬢様のような服を着ていた。
「良く似合ってる。凄く可愛いよ」
「えへへ」
聖也に誉められたことで、笑顔になるティリス。
そして、ティリスを見た潤と雪菜は、その可愛らしさに言葉を失う。
「あの、セイヤさん、そちらの方々は?」
「こいつらは幼馴染の潤とユキだ」
「そうだったんですね。初めまして、セイヤさんの婚約者となりましたティリス・フィルテリアです。よろしくお願いしますね」
「ちょっ!ティリスっ!?」
聖也はここで口止めしなきゃいけないことを、言い忘れていたことに気が付いた。
「おい聖也。どういうことだ」
「な、なんでどうしてこんなお人形さんみたいな女の子があんたなんかと結婚するのよ!!」
「これには深い訳が………」
聖也は簡単にティリスとのことを2人に説明した。
異世界から来た等の情報は伏せ、外国から来た父親の友人の娘ということにして。
聖也の父親は貿易関係の仕事に就いているため、外国にも行くことがある。
そして、その友人の娘を預かることになり、一緒に暮らすから、結婚すると間違えているということにした。
聖也の父親の仕事を知っている2人は、その説明でなんとか納得してくれた。
「でもセイヤさん、私は」
「わかってる。わかってるけど、今は話に合わせて」
「「……………」」
小声で話す聖也とティリスを見て、潤と雪菜は、聖也が何か隠していることに確信を持った。
「それじゃあ今度はフィルテリアさんも一緒に遊ぼうぜ」
「そうね。私達もフィルテリアさんのこと知りたいし」
2人はそう言って聖也に近付いた。
「いつか本当のこと教えろよ」
「今はそういうことにしてあげるからね」
潤と雪菜は聖也に耳打ちすると、何処かへ歩いていってしまった。
「あいつらには敵わないな」
幼馴染の気遣いに感謝しつつ、聖也はティリスの試着を手伝うのだった。
☆ ☆ ☆
「いっぱい買ったわ~」
「すみません。私のためにこんなに」
お金がどれだけ消費されたか分からないティリスであったが、聖也がパンパンとなった大きな袋を4つも持っているので、かなりのお金を消費したことは、流石に分かっていた。
「いいのよぉ。ティリスちゃんは気にしないで」
「あ、ありがとうございます」
(…………なんでティリスより母さんの方が満足そうなんだろ)
声には出さなかったが、聖也はそんなことを思っていた。
「それじゃあ、車に荷物置いたらお昼にしましょうか。ここに美味しいレストランがあるらしいのよ」
ということで、荷物を置いた後、デパート内にあるレストランで食事をすることとなった。
ゴールデンウィークということもあり、少し混んでいたが、30分もしないうちにテーブル席に案内された。
「なんであんたがこっちに来るのよ。ちゃんとティリスちゃんの横に座ってあげなさい」
「わかったよ」
聖也がティリスの横に座ると、ティリスは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔にドキリとしながら、ティリスにも見えるようにメニューを開いた。
ティリスは絵を見て気になったメニューを聖也に聞いて、聖也はどういう料理なのかを説明していく。
そしてティリスが最終的に選んだのは、デミグラスハンバーグだった。
なんでも、柔らかいお肉を食べたことがないから、気になるそうだ。
「でもこれも気になります」
「それじゃあ、それは僕が頼むよ。2人で分け合えば両方食べられるよ」
「わぁ!ありがとうございます」
気になるもう1つのメニューはグラタンだった。どうして気になったのか聞いてみると。
「まかろにって可愛い名前のが気になって」
気になる理由は、なんとも可愛らしい理由だった。
ティリスは、店員さんを呼ぶコールベルにも興味を示した。
「これって魔法ですか?」
「いや、魔法はこの世界にはないよ。これは電気で動いているんだ」
「でんき?」
「雷と同じやつだよ」
「雷魔法と?でもあれはビリビリして」
異世界で雷といえば雷魔法で、主に相手を麻痺らせたりする攻撃魔法のようだ。
だから、コールベルと雷が結び付かなかったのだ。
こんな話をしていて、聖也はふと疑問に思った。
「ティリスって魔法使えるの?」
「はい。基本形の魔法は使えますし、他にも幾つか使えますよ」
「どんなのがあるの?」
これは純粋な好奇心だ。
魔法なんて無い世界だから、魔法というものに憧れもある。
「ではここで何かやってみましょうか?」
「あ、いや、帰ってからで」
ここはレストランだ。こんなところで魔法を使わせる訳にはいかない。
「大丈夫ですよ。大きな魔法ではありませんから」
ティリスはそう言うと、空になったコップに手を翳した。
「水よ」
ティリスが呟くと、ティリスの手の先から水が現れ、コップの中に入った。
「んー。やっぱり魔法がない世界だからなのか、マナを集めるのに、凄く集中しなければいけませんね」
ティリスは自分の世界との違いに戸惑いを感じていた。
だが、何もない場所から水を出したことに、聖也と母親は唖然として見ていた。
「本当に魔法………なんだ」
聖也は頭でわかってはいたが、やはり実際に目の前で魔法を使われているのを見ると、ティリスが異世界から来たんだと認識させられる。
「ティリス、ここは魔法の無い世界だから」
「わかってます。使用は控えるようにします」
「ありがとう」
今の事象は小さなものだったし、周りが賑わっているため気が付かれることはなかった。
だが、気が付かれたら混乱を招くのは容易に想像できる。
その後、注文したハンバーグやグラタンが運ばれて来て、聖也はティリスと分けあってお昼を食べるのだった。
ティリスは口に料理を運ぶ度に感動し、帰り際に厨房まで美味しかったことを伝えに行くぐらいだった。
レストランのスタッフや料理人は笑顔でお礼を言うと、次回から使える割引券をティリスにこっそり手渡していた。
それに何が書いてあるのか理解すると、聖也とまた来たいと、満開の笑顔で言うのであった。
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