第6話 フェインの過去
「あ~美味しい。幸せ~」
ルキとゼオンの心配をよそに、リズはうどんを食べていた。
太くてコシのある麺の上には、山菜と油揚げ、またぷりぷりの鶏肉が載せられている。
そして、醤油ベースの麺つゆは、やさしい口当たりで食べやすかった。
こんなに美味しいものが世の中にあるなんて。
顔を上気させているリズを、ジャンが不思議そうに見た。
「もしかして、うどん食べたの初めて?」
不意に浴びせられた質問に、リズは素直に答えた。
「うどん?この食べ物のことですか?初めて食べました。この村の人は、いつもこういうものを食べてるんですか?」
私達は、いつも木の実や獣ばかりだけど。
と、リズは心の中で付け加えた。
「いや、うどんなら、どこの村にもあると思うけどな。リズさんの村にはなかったのかい?」
ジャンの問いかけに、リズはぎくっとした。咄嗟に曖昧な返事をする。
「あったのかなぁ。あったのかもしれませんね。ただ、私は食べたことがなかったです…」
「そうなんだ。珍しいね」
ジャンは驚きながら言った。
そこで、2人の会話をハラハラしながら聞いていたフェインが割って入る。
「ジャン、店に戻らなくていいのか?」
すると、ジャンは思い出したように立ち上がった。
「そうだ!いっけねえ。店ほっぽらかしたままだった。こんな所でのんびりしてる場合じゃねえな。悪ぃけど、もう行くわ。また会えるかわかんねえけど、じゃあな」
そう早口でまくしたてると、ジャンは慌ただしく店を出て行った。
そして、いきなりの展開にリズは目をぱちくりさせた。
「どうしちゃったの?」
フェインは笑いながら言った。
「あいつ、まだ午後の仕事があるんだ」
「お仕事…」
一瞬考え込むような仕草をしたリズだったが、すぐにはっとしてフェインを見る。
「フェインは?お仕事しなくていいの?」
「俺は、何ていうか…」
フェインは、言葉を詰まらせた。リズが首を傾げる。
「そ、そうだ!これから俺の家に来ないか?」
思い切ったように言ったフェインを、リズはまじまじと見つめてから言った。
「いいの?」
「うん。ほら、まだ木の実とキノコのお礼もしてないし」
リズは、クスリと笑った。
「お礼なんて全然いいのに。それに、さっきの駄菓子とうどんで十分よ」
「いや、うどんは俺じゃないけど…。とにかく来てほしい。リズにどうしても聞いて欲しい事があるんだ。でも、ここじゃ人目につくから」
フェインの懇願に、リズは「わかった」と了承した。
「どうしてもっていうなら、いいけど」
別に断る理由なんてないし。
だけど、ルキとゼオンはどうしてるかな?心配してるかな?
まさか、ここまで探しに来るなんてないわよね。
仮にも村だし。
そもそも、私が村にいるなんて思ってもみないかもね。
リズは、ちょっとだけルキとゼオンに優越感を覚えていた。
「じゃあ、行こうか」
フェインに促されて、リズは店を出た。
延々と続く長蛇の店の列を抜けると、次はあちらこちらに民家が建ち並んでいた。
しかし、フェインは足を止めることなく、どんどん先へと歩いた。
そして、辺りにすっかり民家がまばらになってきたところで、リズは不安そうに尋ねた。
「ねえ、フェインの家ってどこなの?」
言いながら、周りをきょろきょろと見回す。
「あれだよ」
フェインは前方を指差した。
よく見ると、ずっと先の方に赤い物体が見えた。
何だろう、あれ。
文字のような。
リズは不思議そうにじっと見ていたが、いつのまにかフェインがまた歩き出していたので、慌ててその後を追う。
歩きながら、リズは少し後悔し始めていた。
こんなところまで、のこのこと人間についてきて良かったんだろうか。
さっきは、あまりにも食べ物に気をとられすぎていて有頂天になっていたけれど、木の実とキノコのお礼がしたいっていうのは、私をここにおびき出す口実かしら。
一体何のために?
いや、もしかすると、鬼退治でも始める気?
リズが頭の中で考えを巡らせているうちに、フェインの家に着いた。
そこで、リズはさっき遠くから見えた赤い物体の正体が分かった。
それは、とても大きな鳥居だった。
ということは、つまり。
「神社なの?」
リズが問うた。
フェインは、振り返って答える。
「ああ。俺は神主なんだ。だから、祭りとか厄払いとか、村のために働くんだ」
「へぇ、立派なのね」
リズが感心して目を輝かせたので、フェインははにかんだ。
「そんな、立派ってもんじゃないよ。ただ、村には神主が必要だろ」
それから、2人は戸を開けて中に入った。中は広々としていて、居心地が良さそうだった。
家具はそんなに置かれていないが、神主の道具や囲炉裏、調理器具があった。竈まできっちり備え付けてある。
リズが気になったのは、壁に何本も立てかけてある弓と矢だった。
すると、リズの視線に気が付いたフェインが口を開いた。
「俺は、弓使いでもあるんだ。弓の腕前は、村で1番さ」
「そうなんだ!凄いわね!狩りとかをするの?」
リズの質問に、フェインはたちまち表情を曇らせた。
「狩りはしない。俺には、人間も動物も殺せない。だから、弓使いになんかなっても意味ないんだけど…今は、自己防衛のためだけに使ってる」
「そっか」
リズはどう返せばよいか分からず、とりあえず相槌をうった。
「ところでさ、不思議に思わない?こんな広い家に俺1人で住んでること」
言われてみれば、とリズは思った。
村を通った時に見てきたどの民家よりも、この家はずっと広い。
この広さなら、せめてあと2人くらい住んでいそうだが。
でも、神主だし。
村人の中でも特別なのかな。
と、リズはあまり深く考えなかった。
フェインは、リズを見据えて言った。
「俺、本当は両親とずっとこの家に住んでたんだ」
リズは、何故だか耳を塞ぎたくなった。
何だろう。ここから先は、聞いてはいけない気がする。
しかし、声は続く。
「俺がまだ7歳の時、母におつかいを頼まれたんだ。シリアの森から村に来る時、途中道が2つに分かれてたところがあっただろ。俺とリズは、左に曲がった。もし右に曲がると、しばらく行ったところに村長の家があるんだ。
俺は当時、祭りで余った餅を村長へ届けるように言われた。でも、道が左右に分かれているところで、俺は間違えてシリアの森に続く道を曲がってしまった」
そこまで聞いたリズは、とっさに手で耳を塞いだ。
だが、耳を覆ってはいても、声はしっかりとリズの耳へと響いた。
「シリアの森に着いた時は、すっかり夜も更けてしまって、辺りは暗かった。きっと俺が森の方に歩いて行くのを村の誰かが見つけて、知らせたんだろうな。俺の両親が後を追って森へとやって来た。俺は2人を見つけると、すぐに駆けだそうとした。
だけど、両親は俺が駆けつける前に、あろうことか鬼に見つかったんだ」
リズは硬直した。
一瞬呼吸の仕方を忘れてしまうほどだった。
そんなリズの様子にフェインは気づかず、話を続けた。
その目は、虚ろだ。
「それまで俺は、シリアの森に本当に鬼が出るなんて思っていなかった。噂は聞いていたけれど、伝説に過ぎないと軽く見ていたんだ。だから、あの時は目を疑った。怖くて体が動かなかった。俺は木の陰に隠れて、じっと様子を見ていた。
鬼が何て言ったのかは聞こえなかったけど、突然両親の悲鳴が上がったんだ。あの時の光景が今もしっかりと目に焼き付いて離れない。
俺の両親は鬼に殺された。
2人とも鬼に食べられた」
「やめて‼」
突然リズが叫んだ。
しかし、フェインの声はまだ止まらない。
「人間を、人間の体を血を肉を。あいつらは、うまそうに食べてた」
「もうやめて‼」
リズは、頭を抱え込んでしゃがんだ。その目からは、涙がとめどなく流れていた。
ようやく我に返ったフェインは、そっとリズに近づき、肩に手を置いた。
「ごめん。悪かった。こんな話をして。大丈夫?」
リズは何も答えなかった。
今リズの頭は混乱していた。
なぜフェインが自分にこのような話をしたのか、なぜ自分はこんなに震えているのか、何を恐れているのか。
気にはなったが、今は聞けなかった。
いや、聞く勇気がなかった。
「リズ、気分転換に弓でもやらない?」
しばらくの沈黙の後、おずおずとフェインが切り出した。
リズは、少しの間黙っていたが、やがてこくりと頷いた。
フェインは、ほっと胸を撫でおろした。
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