第5話 リズのいない日

鬼神山おにがみやまは、シリアの森の西に位置している。

2つの尖った山が隣接しているその姿は、ちょうど鬼の角のように見えたので、まとめて鬼神山と呼ばれた。


そして、山の裏側にその家はあった。

村人の家に比べれば少し洒落たレンガ造りの大きな家である。


夏は風通しがよく涼しいが、冬の寒さを凌ぐには今一だ。


家の玄関の前には、大きさの違う石の階段が五段ある。

その階段を上り終えると、ゼオンは戸を開けた。


太陽の光を浴びながら、日が傾くまで外で術の特訓をしていたので、彼は汗だくだった。


家の中では、ルキが椅子に座って『鬼術書きじゅつしょ』を読んでいた。

ルキは、ゼオンに気づくと言った。


「リズは?まだ帰って来ないの?」


いつものように落ち着いた口調だ。


「さあ、わかんねえな。もう帰って来ないんじゃねえの?」


「いつまで家出してんのかしら。まさか村に行ったんじゃ・・・」


途端にゼオンが顔を強張らせた。村に?リズが?

ルキは、ちらっとゼオンを見てから言った。


「冗談よ。そんな事あるわけないじゃない」


その目は、ゼオンをからかっているようだった。


「ル、ルキ、脅かすなよ。心臓が止まるかと思った」


「あんたの心臓がひとつ動かなくなることくらい、どうってことないわよ」


「相変わらず、ひでえな」


「別に。ただどこにもいないのなら、その可能性もあるってことよ」


相変わらずルキは冷静だ。それに比べて、ゼオンは落ち着きがなかった。


「ど、どーすんだよ。このままでいいのか?」


「そうね。とりあえず探しに行く?」


ルキの提案に、ゼオンは賛成した。


「そうだな。このままじっとしてなんかいられるか。つっても探す場所限られてるしな」


ゼオンが頭を掻いた。


「こんなの初めてね。いつもは、もうとっくに帰って来てる頃だわよね。何かあったのかしら」


ルキがぽつりと呟いた。


今日は、何かがおかしい。何かが、いつもとは違うのだ。

2人は、妙な胸騒ぎを覚えた。


「ねぇ、大丈夫よね。リズなら」


ルキは、不安げにゼオンを見つめた。

ゼオンは無理やり笑顔を作った。


「な、何言ってんだよ。大丈夫に決まってんだろ。お前らしくねーな」


ゼオンの一言に、ルキはふわりと笑う。


「そうね。私らしくないわね。でも、リズは私にとって特別だから」


「いいよな、リズとルキは。無二の親友って感じでさ」


ゼオンは羨ましそうに言った。ルキは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「あら、もしかして妬いてる?」


ルキの質問に、ゼオンは目を丸くした。


「俺様が⁉誰に?」


そんな彼を見て、ルキはますます微笑む。


「だって、ゼオンはリズのことが好きなんでしょ?」


たちまちゼオンの顔が赤くなった。


「べべ、別に好きなわけじゃねえ。何変な事言ってんだ」


「じゃあ、何でそんなに動揺してるの?まさか図星?」


「ち、違うって言ってるだろ。俺様は、リズのこと仲間以上に思ったことなんかねえ」


「ふーん」


ルキは、ゼオンを疑わしげな目で見たが、口角は少し上がっていた。

そして、傍目にも分かる程、ゼオンは動揺していた。


こういう風にゼオンをからかうのが、ルキのささやかな楽しみの1つだった。

勿論リズに対しても同じだけど。


ルキは、テーブルに鬼術書を置いて立ち上がった。


「さてと、探しに行かなきゃね」


ゼオンが頷いた。


「ああ、まずはシリアの森からだな。あいつが1番行きそうなのは、そこだからな」


ルキとゼオンは、どちらからともなく家を出ると、急いでシリアの森へと向かった。

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