第3話 人間との出会い
フェインは、シリアの森を歩いていた。
村からは2㎞ほど離れている。
そして、背の高い樹々が多いせいか、まだ陽が昇ったばかりだというのに夜みたいに薄暗い。
さらに、いつも静寂に包まれていて、獣の声はおろか、虫の音や鳥のさえずりさえも聞こえないほどだ。
そんな森の中を、フェインは独りで進む。
食べられるものを探さなくては。
この辺りには、村にはない美味しいキノコや木の実が山ほどあると伯母上から聞いていた。
だから、実はずっと前から食べてみたかったのだ。
しかし、警戒を怠ってはならない。
シリアの森には、鬼が出没すると昔から噂されていた。
そのため、万が一に備えて、フェインは背中に弓と矢を担いでいた。
もしもの時は、これを使うしかない。
ふと、フェインは木の根元に広がる色とりどりのキノコを見つけた。
「あった!やっぱり来て良かった」
内心ほっとしながら、キノコを採ろうと屈んだ時だった。
「待って!それ毒キノコよ!」
頭上から声がした。
「‼」
フェインは、咄嗟に「しまった!」と思った。
そして、恐る恐る振り返る。
すると、そこには水色の髪の、頭に角が2本生えた鬼がいた。
鬼は、じっと目の前のカラフルなキノコを観察していた。
「間違いないわね。これには毒がある」
鬼の声で、フェインは我に返り飛び上がると、急いで弓を構えた。
「な、何だ⁉お、俺を食べに来たのか?」
心なしか震えていたが、必死に声を絞り出す。
けれども、鬼は全く動じる様子がない。
一瞬きょとんとしたものの、すぐに口を尖らせて言った。
「失礼ね。私、人食い鬼じゃないもん。あなたが毒キノコを採ろうとしてたから、教えてあげただけじゃない」
フェインは目を丸くした。
人を食べない?
そんな鬼など本当にいるのか?
「お、俺を食べる気はないのか?」
フェインは、さらに聞いた。
「だから今言ったでしょ。私は人間なんて食べないわ。他の鬼と一緒にしないで」
と、いわれてもなぁ…。
フェインが戸惑っていると、鬼は手に持っていた籠を差し出してきた。
「それより、これあげる」
フェインは、まだ恐怖の抜けきらぬ顔で鬼を見た。
「これは?」
「私が集めた木の実とキノコだよ。だって、ずっと探してる割には、あなたの籠空っぽじゃない。それに、危うく毒キノコを採りそうになるし。見ていてハラハラしちゃう」
鬼は可笑しそうに笑った。その瞬間、フェインは何故かどきりとした。
それは、今目の前で笑っている鬼の姿が、無邪気に笑う人間そっくりだったからだ。
フェインは、いつの間にか恐怖を感じなくなっていた。
「ありがとう。ところで、君名前は?」
すると、鬼がびっくりした顔になった。
それもそのはず、人間に名前を聞かれるなんて未だかつてないことだからだ。
少しの沈黙の後、鬼が答えた。
「私はリズ。あなたは?」
「俺はフェイン。よろしく、リズ」
リズが微笑んだ。
「そっか。フェインかぁ。あなた変わってるわね」
「えっ、どこが?」
言ってから、フェインは後悔した。
どこが変わってるかなんて、聞くまでもないよな。
鬼と普通に話していることに他ならないんだから。
「人間はみんな私たちを見ると逃げるわ。人食い鬼だって。私は違うのに。人を食べたりなんかしないのに。でも、人間にとっては、私も他の鬼たちと一緒なのよね。仕方のないことなんだけど、なんだかなぁ」
リズはそうつぶやくと、寂しげな表情を見せた。
フェインは、頭の中で考えた。
何が違うのだ。
見た目が少し異なるだけで、中身は人間と同じじゃないか。
少なくとも、この子は人間と同じだ!
「俺は、分かるよ」
自然と言葉がフェインの口をついて出た。
リズは、フェインを見上げた。
「俺は、リズが他の鬼と違うってことが分かる。たとえ他の人間には分からなくても、俺には分かる」
「もしかして、私を信じてくれるの?」
リズの問いかけに、フェインは頷いた。
「ああ、信じるよ」
どこからやってくるのか分からない確信が、フェインにそう言わせていた。
「そう、ありがとう。あなたが初めての人間よ」
初めて自分のことが認められたみたいで、リズは嬉しかった。
そして、フェインはというと、このままリズと別れるのが惜しい気がしていた。
その時、ふとある考えを思いつく。
「良かったら村に来ない?キノコと木の実のお礼に何かご馳走するよ」
フェインの提案に、リズは躊躇った。
今まで一度も村に行ったことはない。それは、もちろん自分が鬼だからだ。
もし自分が村に行けば、村人に恐れられ、危うく始末されるかもしれない。
リズの不安を感じ取ったのか、フェインがおずおずと言った。
「リズが鬼だってことは、絶対誰にも言わないから。これは、2人だけの秘密。黙ってれば誰も気が付かないよ」
「じゃあ角はどうすんの?」
リズは、頭の上に生えている2本の尖ったものを指さした。
「そうだな…。よし!俺の帽子を貸そう。これで隠せば何とかなるんじゃないかな」
フェインは、被っていた帽子をリズに渡した。
リズはそれを頭に被せてみる。少し深さがある帽子は、角を隠すのにぴったりだった。
「どお?」
リズは、少しはにかみながら聞いた。
フェインは満面の笑みで頷いた。
「うん。いいんじゃないかな。人間の女の子みたいだ」
そう言われると、リズは嬉しくて仕方がなかった。
人間。人間かぁ。私人間になれたのかも。
それは、リズにとってちょっと特別な気がした。
普段あきらめていたものを手にしたような、そんな気分。
例えば、マンモスとか。
あっ、マンモスはもういないんだっけ。
「それじゃあ、行こうか」
フェインの一言で我に返ったリズは、慌てて彼の後について行った。
リズとフェインは、どうやらシリアの森の村側のはずれにいたようで、少し歩くとすぐに森の外へ出た。
リズは、久しぶりに森の外へ出たことに気が付いた。
もう何年も森を出てなかったっけ。
この前出たのはいつだったかな。
そんなことを考えていると、フェインが遠くに見える村を指さした。
「あれが俺の村だよ。ヤータイ村っていうんだ」
その小さな村を見たとき、リズはあれ?と思った。
なんでだろう。
この景色を前にも誰かと見たことがあるような。
ふと、リズは奇妙な感覚に陥った。
デジャ・ヴかな。
その時は、あまり深く考えなかった。
よくあることだ。
2人は、そこから2㎞ほど離れた村までひたすら歩いた。
途中、春を感じさせる桃の花や鶯の鳴き声に、リズは心を躍らせた。
何かが始まる予感。
それがとっておきの素晴らしいことなのか、あるいは悲しいことや辛いことなのか、今は分からない。
だけど、これから何かが始まる。
リズは確かにそう感じた。
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