冬(3)
冬(3)
※
今は上からギターの音色が響いてくることはない。なぜなら、体育館で日頃の成果を発揮している頃だから。
「これでも一所懸命考えたんだぞ。考えて考えて考えて考えて、ようやく見つけたんだ。与えられた条件において、麻美のことを殺すことができる唯一の方法を」
さきほどまでは威圧するかのごとく睨みつけていた相手が、また窓に顔を向けた。そんな相手をしっかり目に映しながら、慎也はさらに口を上下に動かしていく。もう止まる理由はない。
「あの日、演劇部はこの演劇部部室と、上にある音楽準備室を使っていた。文化祭に発表する劇の練習のために」
十月八日、体育館の予行演習が終わってからも、演劇部は一度通し稽古をしていたのである。部室にはピアノがないため、四階の音楽準備室を使用した。
「演劇部なんだから、当然この部室も使っていた。上の音楽準備室も使っていた。だとしたら、演劇部は帰る際、この二つの部屋の施錠をしなければならない」
現に麻美は、二つの鍵を午後七時に職員室に戻している。
「これは他の部員に確認したことだが、あの日、練習後も打合せということで他の部員を先に帰らせ、お前と麻美は最後まで上に残っていたそうだな? だとしたら、お前と麻美は帰る際、二つの部屋の施錠をしなければならなかった。そこで、施錠を分担することにしたんだ」
麻美は上の音楽準備室の施錠を。圭一郎はこの演劇部部室を。
「しかし、麻美は四階の音楽準備室を施錠する振りをして、実際に施錠することはなかった。それは職員室に鍵を返した後、そこでお前と落ち合うために」
「…………」
「三階の部室を施錠するお前は、窓を開け、その近くに麻美のネタ帳が切り取った紙を置いた。あたかも、そこから飛び下りた人間が残していった遺書とするために。それから鍵を使って部室の扉を施錠。ああ、もちろんページを切り取ったノートを持ってな」
偽装をして演劇部部室の扉を施錠した圭一郎は、麻美に鍵を渡して音楽準備室に移動する。そこで職員室から戻ってくる麻美を待つために。
「それからお前と麻美の間でどんなやり取りがあったかは分からない。分からないが、死亡推定時刻とされる午後十一時から午前一時の間に、お前は麻美を演劇部部室のすぐ上の階にある音楽準備室の窓から落下させたんだ」
これであれば、三階にある演劇部部室が施錠されていようがいまいが関係ない。根底として、麻美が落ちていった場所そのものが違うのだから。
「どうだ? もう完璧なまでの大正解! とまではいかないかもしれないけど、それほど外れてもいないと思うんだけど。何か反論はあるか?」
「…………」
圭一郎は、無言のまま。そのまま呼吸十回分も時間をかけてから、ゆっくりと口を開ける。
「……そうすれば、部長さんが飛び下りたとされた、この部室が施錠されてあったことの説明にはなるかもしれません。なるかもしれませんが、誰だってできるんじゃありませんか?」
誰だって麻美のことを殺すことができたのではないか?
「先生の話だと、経緯はどうあれ、あの日、部長さんは上で誰かと待ち合わせをしたことになりますよね? その誰かが部長さんを落としたのであって、それがおれである理由にはなりません」
誰だって開いている部屋の出入りならできる。であれば、麻美を四階の音楽準備室の窓から落とし、立ち去ることぐらい、圭一郎でなくても可能。
であれば、犯人が圭一郎と断定できるものではない。
「ほら、おれじゃなくても、誰だってできることですよ。とすると、部長さんを殺した犯人は世界中の誰にだってできることになりませんか?」
「ならないよ」
一瞬の間も置かない返答。
「残念だけど、世界中の誰でも麻美のことを殺せた、ってことにはならないんだ。もっと冷静になって考えてみるといい。いいか?」
慎也は右手の人差し指を立てる。
「まず場所がこの学校であること。通ってるお前には実感ないだろうが、学校っていうのは世間から隔離された閉鎖空間なんだ。ただそれだけのことで、現場がこの学校であるということで、犯人がこの学校の関係者であることが特定することができる」
「……だったら、この学校の関係者全員が容疑者になりますね?」
「そう考えるのが自然なんだろうけど、ところがそうでもない」
間髪容れずに相手の意見を否定する。
「それをやれたのは……あの日、麻美を四階の音楽準備室から落とせたのは、お前しか考えられないんだ」
相手が顔を逸らしたままである以上、慎也の確信が揺らぐことはない。
「三階の演劇部部室から飛び下りたと偽装して、本当は四階の音楽準備室から麻美のことを落とした。だとしたら、犯人はいったいどうやって四階の音楽準備室を施錠することができたんだ?」
殺害したとした時刻にはすでに鍵は職員室に返却されている。保管用のキーボックスは施錠され、それが置かれている職員室も施錠された。
合鍵がない以上、絶対に音楽準備室の扉を施錠することはできない。
「つまりだ、犯人は四階の音楽準備室で麻美を落下させた後、扉を施錠しなかった」
「…………」
「鍵がないんだからな、施錠なんてできるはずがない。当然の話だな。けど、それだと問題が生じることになる。なぜなら、あの音楽準備室を毎日、就業前から使用するやつがいるからな」
椎名星流という生徒は、毎朝ギターの練習をしに旧校舎四階の音楽準備室を訪れる。職員室に鍵を取りにいき、施錠された音楽準備室の扉を開けるのだ。
「朝やって来た椎名が職員室から鍵を持ち出して、いざ旧校舎の音楽準備室の扉を開けようとしたとき、その扉が開いていたら、そりゃ不審に思うだろ? 自分が朝早くきて職員室に鍵を取りにいっている以上、その扉は施錠されていなければならないんだからな」
けれど、犯人は麻美を音楽準備室の窓から落下させてから、出入口の扉の施錠をすることができない。しようにも肝心の鍵が手に入らないから。
「だから犯人は、どうにかして椎名に、音楽準備室が昨夜は施錠されていなかったことを知られるわけにはいかなかったんだ。その方法として、椎名よりも早く学校にいき、職員室から音楽準備室の鍵を持ち出すこと。あたかも自分が施錠してあった扉を開けたかのように」
死体が見つかった十月九日、ギターの練習をする星流よりも早く音楽準備室を訪れていた者、それが麻美を殺した犯人ということになる。
「あの日、椎名よりも早く学校にきて、音楽準備室でピアノを弾いていたのは、お前だろ?」
鍵を職員室に取りにいったのも圭一郎で、音楽準備室でピアノを弾いていたのも圭一郎。
「お前以外に、麻美を殺せた犯人は考えられないんだ」
そう言い切った直後、慎也の視界にいる人物は、力なくうなだれるように
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