秋から冬


 秋から冬



       ※


 十月九日、土曜日。

「おはようございまーす」

 午前七時四十五分。青いポロシャツ姿で城我浦高等学校の職員室に入っていた青年、桑原くわばら慎也しんや、二十五歳。この学校で教鞭を執る数学教師である。電車通勤であり、いつもの電車に乗ることができたため、いつも通りの時間に出勤することができていた。

「どうしたんですか、パトカー停まってましたけど?」

 外で見たことをそのまま隣の教師に尋ねてみる。

 電車通勤の慎也が、まだ時間が早いためにあまり生徒の姿がない南門を潜った瞬間から、この学校に違和感を得ていた。今日は文化祭なので、普段とは違う雰囲気があってもおかしくはない。しかし、慎也は教師になって四年目で、それだけの回数この学校で文化祭を経験しているので、感じている変な感覚が文化祭によるものでなく、これまでに経験したことのない異質なものだということを、漠然とではあるが感じ取っていた。

 加えて、駅から歩いてくる間に救急車と擦れ違っている。あれは方角からしてこの学校から出たものと推測された。さらには旧校舎の前に広がる第二グラウンドには赤いライトを点滅させたパトカーが三台停まっている。その光景、普段通りであるはずがない。

 そんな異常な光景を目の当たりに、先日ニュースでやっていた『学校の窓ガラスが割られる事件でも起きたのかな?』と、どこかのんびりと考えながら新校舎一階にある職員室にやって来た。壁にかけられている名札を引っ繰り返して、数学の教科書が並ぶ自分の席に座る。その際、短く整えられた髪の毛の、右側の寝癖がないか気にして手で触れた。

「誰かがいたずらでもしたんですか?」

 右隣の大森おおもりに話しかける。大森は同じ数学教室で、担任しているクラスも隣だった。

「でも、窓が割れたぐらいで警察呼んだんですかね? ああ、器物破損だから、呼ぶのは当然か」

「桑原先生ぃ!」

 大森はもうすぐ定年を迎える高齢の教師である。普段はゆったりとした動作、喋り方をするのが特徴だが、今は普段の様子からは信じられないほどに俊敏に首を左に向けたかと思うと、その声を激しく裏返していた。

「大変ですよ、桑原先生!」

 いかにも慌てふためいているように手足を小さくばたばたっ動かし、顔を一気に紅潮させて、とても強い口調で言葉を連ねていく。

「た、大変です! 大変ですよ! 桑原先生の妹さんが大変なんです! こんなとこにいていいんですか!? 早くいってあげてください! ほら、早く早く! 桑原先生! 急いでください!」

「麻美が、大変……?」

 慎也の妹である桑原麻美は、現在高校三年生であると同時に、この城我浦高等学校に在籍する生徒。同じ学校にいる兄妹という教師と生徒という立場は、どうにも気まずいものがあり、その雰囲気を察してか、周囲もなるべく麻美にことについて慎也には触れないようにしてもらっている。

 だからこそ、普段の気遣いとは違って、こうも正面から堂々と麻美について喋ってくる大森のことが、慎也にはなんともおかしく見えた。

「あの、落ち着いてください、大森先生。その、麻美が大変ということですが、あいつ、何かやらかしましたか?」

 急激にいやな想像が慎也の脳裏に浮かぶ。学校のトイレで煙草を吸う妹の姿。首をぶんぶんっ横に振る。

「いやいや、煙草なんて吸いませんよ、あいつ。なにかの間違いです。そんなの絶対人違いですから」

「あー、桑原君! ちょっと!」

 職員室の入口の方から発せられた声。特徴的な低い声はこの学校の教頭のもの。深い焦げ茶色の背広に見に包んだ教頭は、口に手を当てて声を大きくさせながら慎也のことを呼んだ。

「急いで、桑原君!」

「はあ……?」

 考えたところ、教頭に呼び出しを受けるようなことをした覚えはない。加えて、隣で慌てて麻美について何を伝えようとしているもその内容がいまいちよく分からない大森のこともあり、『ああ、これはきっと麻美に関することなんだろうな。あいつ、何やらかしやがったんだ!?』と慎也はいやな思いを抱くこととなる。

 教頭の元まで歩いていく間、慎也は職員室にいた教員すべてに、まるで奇異を見るような目で見られていることに気がついた。それはとても気持ちの悪いもの。できることならこのまま走って逃げ出したい気分である。

「あの……この度は、その、妹が、大変申し訳ないことをしてしまいまして……なんと申しましょうか……」

「何を言っているのかね、君は!? ほら、早く来なさい!」

「はあ……?」

「病院だよ、病院!? 急いで!」

「病院……?」

 頭上に巨大なクェスチョンマーク。状況はいまいち把握できないが、どうやら妹の麻美が悪いことをして呼び出されたわけではなさそうである。その点についてはほっと胸で撫で下ろす。

 刹那、『病院』という単語が慎也の脳裏に焼きつく。それがどういったことを意味するのか考えつかないままに、なんとはなしに後ろを振り返ってみる。職員室にいるすべての教員は、まるで号令でもかけたみたいに、一斉に顔を逸らしていた。

「病院って……麻美のやつ、怪我でもしたんですか?」

 脳裏に過るのは、今年の三月の出来事。麻美が下校中に交通事故に遭い、救急車で病院に運ばれた。

「あ、あの、教頭」

 慎也は自分でも分かるぐらい、全身が激しい熱を帯びるのを感じている。心臓の鼓動は無茶苦茶な周期で脈打っていた。ポロシャツの内側には大量の汗。

「教頭! 麻美はいったい!?」

「だから早くしろと言っているだろう! 玄関にタクシーを呼んである。急ぎなさい!」

「あ、はい!」

 玄関で靴を履き替える十秒という時間すら焦れったく、慎也は胸が大きくざわめくようないやな予感を抑えきることができずに、気がつくと全身を震わせていた。

「…………」

 玄関を出たすぐのところに停車していたタクシーに乗り込む。その寸前、耳にはピアノの旋律が聴こえた気がした。

 妹が病院に運ばれているという緊急事態が影響してか、届いてきたメロディーが、なんだかとても毒々しくいやなものに聴こえて仕方がない。

 胸が張り裂けそうな気分だった。


 桑原慎也はタクシーで名波ななみ大学付属病院に到着。ここは春に交通事故にあった麻美が入院していた病院である。

 受付で麻美のことを訊き、地下の部屋へと案内された。

 そして、慎也は対面することとなる。ベッドに寝かされ、顔に白い布を被せられている麻美の姿。

 命なき妹の骸。

 この時、『ああ、だからみんな、俺のことあんな変な目で見てたんだ』そう職員室でのことを納得する慎也がした。目の前で起きていることが、とてつもなく悲しいことだというのに。

 慎也は、大きく息を呑む。かけられている白い布に手をかける。

 そこには、横になっているのが自分の妹でありながらも、自分のまったく知らない妹の姿があった。


       ※


 十月二十五日、月曜日。

「すみませんでした、ご迷惑をおかけしまして」

 朝、職員室にやって来てまず教頭に頭を下げ、桑原慎也は自分の席に着いた。座ってみると、間違いなくそこは自分の席なのに、他人の席に腰かけたような変な違和感がある。小さく息を吐き出した。

 周りにいる人間は、こちらを意識してはいるものの、誰も話しかけてくることはない。慎也は小さく咳払い。すると、背後で人の動く気配がした。イメージとしては、蜘蛛の子が散るものである。

 普段なら職員室の隅にある給湯室にお茶を淹れにいき、八時三十分の始業まで職員室でまったりと過ごすところだが、今日はここにいるに耐えられない空気があった。時計を見ると七時三十分。始業まで一時間ある。とてもじっとしていられず、また小さく吐息してから席を立つ。

 廊下を目指すが、それを追いかけてくる視線を否応にも感じる。その視線からも逃れるため、慎也は早足で職員室を後にした。

「…………」

 今月の九日、妹である桑原麻美が他界した。

 自殺。

 警察の話によると、八日の午後十一時から九日の午前一時の間に、旧校舎三階にある演劇部部室から飛び下り、死亡したとされる。

 飛び下りた旧校舎三階の演劇部部室には、麻美の鞄と麻美が書いたとされる遺書らしきものが残されていた。それはノートを切り取ったものに書かれており、しかし、切り取ったとされるノートは残されてはいなかった。

 遺書には、特定の名前こそ記載されていなかったものの、自分が後輩をいじめていたことが記されていた。そのことで強く心を痛め、麻美は自ら命を絶ったという。それが警察の見解だった。

 慎也はそれを警察から聞いたとき、麻美がいじめをしていたという事実を信じたくない気持ちを押し退け、ジグソーパズルの最後のピースを嵌めたときのような、今まで見えていなかったものをはっきりと認識できた気がした。

 麻美が所属している演劇部には、二年生の永井雪絵という生徒がいる。今年度慎也が担任を受け持っている二年B組の生徒。雪絵は八月、自宅にて手首を切って自殺を試みていた。その理由について本人から話を聞けていなかったが、七月三十日に階段から転倒して顔に大きな痣を作っていることが関係すると推測することしかできなかったが……今回の件ではっきりした気がする。

 演劇部部長である麻美が、後輩の雪絵のことをいじめていたのだ。雪絵はいじめを苦に八月に自殺を試みた。発見が早かったことが幸いし、運よく一命は取り留めたものの、ショックから立ち直れずに夏休み明けからずっと学校を休んでいる。聞いた話によると、夏休みにあった演劇部の練習にも出てこなくなったとか。

 雪絵はいじめを苦に自殺未遂を起こした。後輩のことをそれほど追い詰めたことを、いじめる側だった麻美が悔い、大きな自責に押し潰されるようにして、自ら死を選んでいったのだろう。

 それが今回の麻美の件と八月の雪絵の件をつなげる慎也の見解である。

「…………」

 居心地の悪さに思わず職員室を後にした慎也は、気がつくと玄関で靴を履き替え、特に考えることなく旧校舎の前にやって来た。南側に広がる第二グラウンドではソフトボール部が早朝練習をしている。たった今、金属バットにボールが当たる音がした。

 旧校舎前、ここは麻美の死体が見つかった場所。慎也の足は、自然とこの場所に向かっていた。

「…………」

 慎也の鼻から小さく息が吸われ、同じ分だけ吐き出されていく。

 その胸には、激しく悔いていることがあった。麻美の死体が見つかったのが九日の朝。に対して、麻美が八日の夜になってもまだ家に帰ってこないことを実家から連絡を受けていたのである。『あの時は年頃の女の子だから、ちょっとぐらい夜遅くなって、ああやって親に心配かけるもんなんだろうな』と重要視しなかった。自分も高校生の頃はそうだったから。

 それが、その判断が、今となっては悔やまれる。後悔してもしきれるものではない。なぜあの時、麻美のことをもっと真剣に考えてあげられなかったのか? 学校から戻らないのだから、自分が学校にいって麻美のことを確認すれば、もしかしたら今回の悲劇は防げたかもしれないのに。

 軽視したがばかりに、大切な妹を失ってしまった。

 最愛の妹を。

「…………」

 葬儀では、喪主の父親は終始気丈に振る舞っていたが、母親はずっと泣き崩れていた。式には学校からもたくさんの弔問にきてくれたこと、頭の隅でそれがとても嬉しく感じたことを覚えている。

 学校での飛び下り自殺ということで、少ないながらもマスコミの姿もあった。慎也は依頼されたインタビューをすべて断ったが、許可なく何枚も写真を撮られたこと、気持ちがいいものでない。しかし、そのことに口出しする力は残されていなかった。

 麻美の遺骨はまだ実家にある。遺影の写真は、もうこの世からいなくなったことが信じられないぐらい、晴れやかな笑みを浮かべていた。

 葬儀以来、母親は毎日遺影の前で泣いているという。娘を失った悲しみに押し潰されるように泣いているのだろう。

 母親のそんな姿、慎也はこれまで一度も見たことがなく、そして、できることなら見たくなかった。

 慎也は忌引き休暇後も、先週は一週間有給休暇を取得したのである。なんとなく気分が優れず、それに、できることなら実家の両親と一緒に過ごしてあげたかったから。実家にいて、麻美の遺影をぼんやりと眺めて……前にも進まず、後ろにも戻らず、ここに立ち止まって遺影を見つめていたのである。

 もう少し、妹のことを思っていたかった。

 だが、時間の経過とともに、大切な人が失われたことで爆発した悲しみの感情が、少しずつ薄らいでいくことを実感する。そして、そんな自分が恨めしいものでしかなかった。なんだか、存在そのものを忘れてしまうようで。

 ただ、あれほど激しく感情を乱していた母親も、遺影の前に立つ回数が減っていたことも事実。父親は朝になれば当然のように仕事にいく。

 だから、慎也も止まるのをやめた。いなくなった妹の前でなく、自分がいるべき場所へと戻ることにしたのだ。そっちの方が麻美も喜んでくれると思って。

 そして今日、十月二十五日、一週間のはじまりの月曜日。慎也は自分の職場であるこの城我浦高等学校に戻ってきた。周囲が同情の目と、奇異を見るような目で見てくることを予測していたが、それを気にせず受け流すには人生経験がまだまだ不足していたことを痛感する。

 思えば、今日は二十五日で給料日だったが、これほど嬉しくない給料日ははじめてだった。

「…………」

 旧校舎の前、見上げると青い空が広がっている。とても青く、澄んだ空。

 思った。妹がこの学校に入学してきてから二年半。毎日同じ学校にいながら、慎也はこの学校であまり麻美と会話を交わしたことがなかった。それは別に兄妹の仲が悪いというわけではなく、周囲の先生が自分たちのことを気遣ってくれたように、自分たちもなるべく話さないように気にかけていたから。だからこの学校で思い返される麻美との思い出は、数少ないものでしかない。兄妹ということで配慮された結果、一度だって授業を受け持ったこともないのだから。

 最近の記憶はいうと……春の新入生歓迎会にまで遡ることなる。あの頃は、三月に遭った事故のせいで麻美は松葉杖なしでは歩けない状態にあった。だから慎也は実家で車を借りて麻美を学校まで送り迎えしていたのである。毎日朝早く起きて実家まで通って。

 車内では久し振りの兄妹二人の時間だった。年齢差は七歳。慎也は大学進学と同時に家を出たため、一緒に暮らしていたのは麻美が生まれてからの十一年しかない。まだあの頃は赤いランドセルを背負った小学生だった。それがあっという間に高校三年生。知らない間に随分と女性らしく成長したものである。

 送り迎えした数日間の兄妹の会話は、とても楽しかった。話している麻美が、充実した学校生活を送っているように見えたから。学校の成績もよく、演劇部では部長を務めており、事故に遭ったばかりなのに、楽しそうに学校生活のことを話してくれた。それは聞いている慎也ですら、『ああ、そういう風に俺も高校時代を過ごせたらよかったなー』と思わず羨ましく思うほど。

 だというのに……まさかその麻美が、あの輝くような笑顔の裏で、あろうことか後輩をいじめていただなんて。しかもその後輩を自殺に追い込むほどに、強く、激しく。

「…………」

 麻美の死体が発見された旧校舎前。慎也は麻美が死んでから初めてこの場所を訪れた。あれからもう二週間。血の跡のようなものは雨に流されたのか見当たらず、けれど、以前花壇として使われていた煉瓦が大きく割れている。そこに麻美が落下したものと如実に物語っていた。

「…………」

 旧校舎前にある第二グラウンドに目を移すと、紺色のユニホームを着たソフトボール部が練習をしている。全員女子であるから、出しているかけ声はとても高く、それが離れている慎也にも聞こえた。運動部独特のもので、何を言っているのかまでは聞き取ることができないが。

 死体を発見したのは今練習しているソフトボール部の部員。試合が近かったらしく、文化祭の日でも早朝練習が行われ、ボール拾いをしていた一年生が麻美のことを発見したという。ショックは大きかっただろう。それが心の傷にならなければいいが。

「…………」

 慎也の眼前に聳える四階建ての旧校舎は、文科系の部室がある程度で、他の教室は荷物置き場として使われている。だから旧校舎を利用している人間は、数えるほどしかいない。あまり人の出入りがなく、それが影響しているのか、旧校舎を見上げてもあまり活気のある雰囲気が感じられなかった。

 ただ、それはもしかしたら今の慎也の心情を表しているのかもしれないが。

「……っ……」

 音が……音色がした。青い空を背景に、四階建ての旧校舎を見上げていたら、その耳にギターの音色が。音に釣られるように見てみると、旧校舎四階の一番東側にある窓が開いていた。そこは音楽準備室と銘打たれた、音楽機材の物置として使用されている教室。そこではいつもギターの練習をしている軽音楽部の部員がいること、この城我浦高等学校にいる者なら知らない方が少なかった。それほどギターを練習中の彼は人気があり、本来であれば先日中止となった文化祭でその腕を惜しむことなく披露するはずだったが……文化祭は中止となる。

 麻美が死んだから。

「…………」

 まだ始業には充分時間があり、あの職員室には戻りたくなかった。時間潰しということで、人気者に会いにいくことに。旧校舎はあまり人の出入りがないために、西側にある入口からしか開放されていない。それ以外の出入口はすべて常時施錠されているのだ。

 西側の入口から旧校舎へと入っていき、すぐの階段を上がる。

「……はぁ……はぁ……」

 一気に四階まで上がっていくと、少し肩が上下することに。あれほど強烈だった残暑はもう感じられなくなっていて、かつ、まだ半袖のポロシャツを着ているのにもかかわらず、汗を掻いてしまう。

「……はぁ……はぁ……」

 四階の廊下を突き当たりまで歩いていくにつれ、ギターの音色はどんどん大きくなっていく。耳にしたそれは、どこかで聴いたことのある曲のような気がしたが、誰のどの曲かを思い出す前に音楽準備室に到着。

 中を覗くと、思った通りの人物が窓側に座ってギターを弾いていた。

「おはよう、椎名。今日も頑張ってるみたいだな」

「あれ、桑原先生だ……ああ、おはようございます」

 窓側に座っていた椎名星流は、思いがけず声をかけられたことに、ギターを弾いていた手を止めた。

「あの、先生、その……もう大丈夫なんですか?」

「あ、ああ……まあな……悪いな、心配かけて」

 慎也は星流がいる二年A組も授業を担当している。代わりの先生がおらず、今日まで不在の間はずっと自習だった。

「悪いんだけどさ、ちょっとの間でいいから、邪魔していってもいいかな? なんつーかな、職員室、ちょっと居づらくてな。なにかと。はははっ」

「そんなの、全然構いませんよ」

「悪いな」

 星流が再びギターの弦に指をかけたことを目に、慎也は近くにあったピアノの前に座る。座ると同時に、口からは小さな息が漏れていく。

 よかったと思った。星流が妹のことを訊いてこないで。あんな非日常的なことが起きたのだから、きっとこの学校に通う多くの人間が興味津々のはず。であれば、二人きりになる状況なら自然とその話になってもおかしくない。しかし、星流はそういったことを気にかけることはないらしく、救われる気がした。少なくとも、ここでなら気を抜くことができる。

「…………」

 暫くギターの音色に耳を傾けながら、視線を虚空に漂わせて……しっかりと自分自身と向き合っていくことに。

「…………」

 こうして学校にいるのだ、もう先週までの自分ではいられない。切り換えなければならない。妹の死は過去のものとして、その目はこれからのことをしっかり見つめていかなければ。

 あいつの分も。

「…………」

 ぼんやりとしていた目の焦点を合わせる。壁にかけられている時計は八時少し前。まだ始業まで三十分ある。

 瞬間、ふと思い当たることがあった。

『あの日、ちょうどこの時間に教頭に連れられて玄関からタクシーに乗ったんだっけー』

 そう考えて……何度も何度も強く振る。そんなこと、もう過ぎたこと。もう考えるべきことではない。

「…………」

 いつの間にかギターの音がアップテンポなものに変わっていた。慎也はギターについてまったく知識がないが、それでも星流の演奏は聴いていてとても心地よい気持ちにさせてくれるものだった。

 ギターの演奏を聴いていて、また思い出したことがある。それは不思議と印象に残っていたことだが、ギターの音色を聴いて、そのことをはっきりと思い出した。

『あの日の朝、職員玄関の前でタクシーに乗り込むときに、ピアノの音が聴こえた』

 また意識して頭を振る。あの日のことは、もう考えないようしなければならない。いつまでも引きずっているわけにはいない。そう思いながら、細く長い息を吐き出す。張っていた肩からゆっくりと力を抜いていく。

「…………」

 けれど、次の瞬間にはまたあの日のことを考えている。どうしてもその頭は考えてしまう。その耳にギターの音が響いてくるかぎり、あの日のピアノの音が重なって聴こえるような錯覚を得た。

 あれは、普段にはないピアノの音。あの日は文化祭。である以上、普段にはないピアノの旋律が響いてきたところでおかしな話ではない。どこかのクラスなり部活なりが朝早くきて、発表の準備をしていたのだろう。

「…………」

 普段にない音が普段ではない日にあったことに関して、おかしな話ではないと思うも……慎也にはどうしても気になった。そんなことを気にかけたところで、意味なんてないはずなのに。

『あの朝、どうしてピアノの音色がしたのか?』

 それは考えたところで、答えが出るものではない。自問したところで、分かるはずがないのだから。

「…………」

 慎也は、不毛だと分かっていながらもなぜか頭に引っかかっている文化祭の朝から、無理してでも意識を現実に戻すことに。

 すると、ギターの音色が止まっていることに気がついた。前にあるピアノが邪魔で相手の姿を見ることができないが、椅子の位置を少しずらして窓側に顔を向ける。こうして演奏が止まっているのだから、今だったら話しかけたところで練習の邪魔にはならないはず。

「なあ、椎名、ちょっといいか」

「はい、どうかしましたか?」

「あのさ、質問があるんだけど」

「うーん、そうですね、因数分解以外だったら、いいですよ」

「……一応これでも数学の教師なんですけど。生徒にそんなこと訊くわけないだろ。でもって、お前、今からそんなの嫌ってたら、微分積分なんて絶対ついてこれなくなるぞ。まったく、妹みたいなことを言いやがって……」

 数学が苦手だった妹の存在を口に出したことに、慎也の胸に重たいものが伸しかかる。過ぎ去ったことなのだ、なるべく思い出さないようにしようとしていたのに、また亡くなった妹を意識したこと……自分の心の弱さを痛感した。

 仕切りなおすように小さく咳払い。露呈した自分の弱さを相手に悟られないようにして、本題に入る。

「あの日さ、文化祭の二日目のことなんだけど」

 中止となった文化祭二日目。十月九日、土曜日。それは妹である麻美の死体が旧校舎の前で発見された日。

「あの日は妹のことで大変だったろうけど……あ、そういえば、悪かったな。そのせいで文化祭の発表できなくなっちまって。一年に一度しかないってのに」

「別に先生が謝ることじゃないですよ。だから、気にする必要もありません。僕には来年だってあることですし……で、今のが質問ですか? 全然質問形式には聞こえませんでしたが」

「ああ、いや、違う違う……」

 一呼吸分時間を空けて、言葉をつなげる。

「あの日な、朝さ、ピアノの音がしたんだよ。学校でな。俺が職員玄関にいたぐらいだから、八時過ぎぐらいかな? もうちょっと前かもしれないけど……あ、いや、ピアノの音ぐらい別に変な話じゃないと思うけど……文化祭なんだから、発表の練習をするぐらい、当然なことだと思うしな……ただ、いつもは聴かないものだったから変に気になってな」

 妹を失った特別な朝のことだから、大したことでもないが、なかなか頭から離れてくれない。

「あれ、お前らがやってたのか? その、軽音楽部だっけ? その練習とか?」

「うーん、残念です。どうやら名探偵にはなれそうにありませんね」

 言いながら、星流は国民的人気ゲームのゲームオーバー時に流れる曲をギターで弾いた。

「でも、惜しかったです。文化祭の発表に備えて朝から練習していた、というは当たってます。けど、演奏者が違いますね」

 ピアノを弾いていたのは星流が所属する軽音楽部のメンバーではなく、

「丘ノ崎ですよ」

 あの日の朝、ピアノを奏でていたのは、星流と同じクラスの丘ノ崎圭一郎だった。

「それもここでね。先生が座ってる、そのピアノでです」

「丘ノ崎って、あのコンクールの?」

「はははっ。あいつ、そんな洒落たあだ名じゃありませんよ」

「あ、ああ、そうだな……」

 丘ノ崎圭一郎。二年A組の生徒で、現在慎也が授業を受け持つ生徒。成績はよく、クラスでも人気者に部類される男子生徒、という印象がある。

「そうか、あいつも文化祭の発表があったのか。それは知らなかったな……んっ? そういや、最近、あいつがコンクールでどうしたこうしたっていうの、朝礼で聞かなくなったな。前はよく校長から表彰状を渡されてたのに……?」

 頭をかしげる。そうしたところで結論は出るものではないが。

「そうか、あいつも文化祭で発表する予定だったのか。さぞ華麗な演奏をしたんだろうな。なんたってコンクール優勝者だからな。って、俺にはよく分からないけど」

「うーん、先生、ちょっと勘違いしてますよ。文化祭で発表するのは、丘ノ崎が個人でピアノを弾くんじゃなくて、演劇部としてです」

「はぁ?」

 声の裏返った素っ頓狂な声。

「あいつ、演劇部なのか? って、なんでピアノの演奏を? ってのか、あいつ、演劇部じゃないだろう」

 演劇部といえば、妹の麻美が所属していた部。しかし、そんな話、聞いたことがない。

「もしかして、丘ノ崎のやつ、ピアノやめて演劇に鞍替えしたのかよ? まあ、そりゃ自由だからいいんだろうけど……にしても、せっかくの才能を、もったいない」

「さあ? 鞍替えしたかまでは分かりませんが……」

 星流は小さく笑う。

「文化祭については、手伝いでやってたみたいです。劇に合わせて、音響をあいつが全部ピアノで生演奏する予定だったんです。随分張り切ってたみたいですよ、あの日は僕よりも早くここに来て一人で練習してましたから。あ、そういえば、それ、新歓会でもやってましたよ。見てませんか?」

「あ、いや……」

 慎也は四月に行われた新入生歓迎会は見ていなかった。雑務が溜まっていたことで、職員室で涙しながら処理していた苦い思い出がばっちり残っている。

「そうか、あいつが演劇の音楽を。へー、そうなんだー。へー。それはまた凄いことになりそうだな」

「しかも、全部あいつが作曲してたみたいです。随分と楽しそうに」

「そりゃ凄い」

 あのコンクール優勝者の圭一郎が、妹が部長をしていた演劇部の音響を担当していたのなら、是非見てみたかった。凄腕が弾く生演奏により、劇により凄味と迫力が出たに違いない。

 しかし、残念ながら、実現不可能なことになっている。発表する予定だった文化祭は中止となり、麻美はもうこの世にいないのだから。

「できることなら、やらせてあげたかったな、その劇」

「そうですね……」

 ゆっくりと噛みしめるように口にすると、星流は流れるような動作で今まで抱えていたギターを近くに置いてあるギターケースに置く。

「なことより、先生。いいんですか、そろそろ時間ですよ?」

「んっ?」

 壁にかけられた時計を見る。八時十五分。のんびりしていると、二十五分からの職員朝礼に間に合わなくなる。

「そろそろ戻るとするか。お前も遅れないようにいくんだぞ」

「もう戻りますよ。あ、そうだ、先生、お願いがあるんですが。ここの鍵、職員室に戻してもらえると嬉しいです」

「いいぞ、それぐらい」

 慎也は黒板近くの壁にかけられていた鍵を手にし、二人で出た廊下側から音楽準備室の扉を施錠する。戻らなければならない場所のことを思って無意識に出た溜息を出してから、新校舎にある職員室へと戻っていく。


 慎也が職員室に戻ったとき、職員朝礼にはもう少し時間があった。出入口付近にある縦に四列に並んでいる旧校舎のキーボックスに、一つだけ歯抜け状態となっている四階の音楽準備室の鍵を戻す。

 旧校舎の鍵を収納するキーボックスは折り畳むことができ、その状態で施錠も可能。運用としては、職員室の鍵を開けた教師が、そのままキーボックスの解除も行うことになっていた。


       ※


 放課後。

 桑原慎也は顧問をしている部活はなかった。だから用事がない限り、放課後はすぐ帰宅する。今日は学校全体の視線がとても辛いものだったので、すぐにでもそうしようと思ったが……なんとなくその足は旧校舎に向けられていた。その理由は自分でもよく分かっていない。本当になんとなくとしか。

 旧校舎は上履きに履き替える必要はなく、土足のまま歩くことができる。西側にある旧校舎唯一の出入口から入り、すぐの階段を上へ。二つの踊り場を経て、三階に到着。それだけで少し肩が上下してしまう。今朝と同じ症状。『こりゃ、少しは運動をしなくちゃ駄目だな』そう思いながら廊下を突き当たりまで歩いていく。

 慎也の視力はいい方で、まだ距離はあったが演劇部のプレートがある扉を視認する。職員室で旧校舎のキーボックスから演劇部の部室の鍵がなくなっていることは確認しているので、今は部活中かもしれない。

 なるべく邪魔にならないよう、息を殺して覗き込んでみると、

「……あれ?」

 扉についているガラス部分から覗いたら、予想とは違う風景が広がっていた。部活動中どころか、誰の姿も見当たらなかったのである。『あれ、おかしいな?』と扉に手をかけてみたところ、抵抗なく横に動いていった。

「……こりゃ凄い」

 室内の様子を一言で表すとすれば『乱雑』である。とにかく物が多い。黒板近くにシンセサイザーがあって、近くに段ボールがたくさん積まれていて、多くの衣装がかけられているのと、床に落ちているのもある。床には他に慎也にはよく分からない道具のようなものもたくさん置かれていた。ただ、椅子だけはきれいに三列に並んでいる。きっと普段部員が座っているものだからだろう。

「…………」

 中に入ってみて、物に溢れた部室全体をぐるりと見渡し、『毎日ここで妹が芝居の稽古をしてたんだなー』そう感慨深く思った。胸の奥から、じわじわとした温かいものが込み上げてくる。

 と同時に、その頭には麻美の自殺に関して警察に聞かされたことが思い返された。

『飛び下りたとされる旧校舎三階の演劇部部室は施錠されていた』

 出入口の扉は二箇所あるが、警察が捜査した際、二つともしっかり施錠されていたという。

『窓は、飛び下りたとされる扉が開けられていただけで、それ以外はすべて施錠されていた』

 グラウンド側に窓が四つあるが、警察が入ったとき、グラウンド側にある窓以外の施錠が確認された。

『桑原麻美の時刻は十月八日の午後十一時から九日の午前一時の間と推測』

 本来学校にいてはいけないその時間に、麻美はこの部室にいたことになる。そしてその身を投げた。

『夜十時に見回りをしている用務員の話では、演劇部部室はもちろんのこと、旧校舎すべての教室に明かりが点いていることはなかった』

 とすると、夜、明かりを点けることなく、静まり返ったこの旧校舎で麻美は一人、死を覚悟していたことになる。

『演劇部部室の鍵は、演劇部が四階の音楽準備室のピアノを借りていた都合上、音楽準備室とともに八日の午後七時頃、桑原麻美によって職員室の旧校舎キーボックスに返却されたことが確認されている。その際、旧校舎の鍵をしまうキーボックスは職員室に居合わせた教員によって施錠され、翌朝職員が出勤されるまで解除されることはなかった』

 にもかかわらず、麻美は演劇部部室から飛び下りた。推測として、扉を施錠せずに職員室に鍵だけ返したものと思われる。鍵がなくても内側からなら施錠は可能だから。

 そうして、万一にも邪魔の入らないような空間を作り上げたのだろう。

 その命を散らすための。

『部室には鞄と遺書が残されており、遺書は飛び下りたとされる窓の近くにある机の上に置かれていた。ノートを切り取った紙にシャープペンシルで書かれたもの』

 それはきっと、死ぬ間際に書いたものに違いない。麻美はいつも胸ポケットにシャープペンシルをつけていた。見つかった死体にも、それは確認され、落下の衝撃によって壊れていたが、字はそれで書いたものと断定されたのである。

「…………」

 慎也は、麻美が飛び下りたとされるグラウンド側の一番黒板に近い窓を開けた。ここは三階で下を覗き込んでみると、とても高い。

 麻美が飛び下りたとされるのは夜。今と違って、きっと下は真っ暗でろくに見えなかっただろう。まるで深い闇だけがそこに存在しているみたいに。

 そこに吸い込まれるようにして……。

『飛び下りるとき、いったいどのようなことを考えていたのだろうか?』

 いじめによって後輩を苦しめていた自分の行いを悔い、暗黒の闇にその身を投げ出す者の気持ち……それをしたのが実の妹とはいえ、慎也にはとても想像できなかった。

「…………」

「……駄目だよ」

 突如として響く声。

くわしー先生、そんな変なこと考えちゃ駄目だよー」

 部室に入口に、この学校の三年生でありながら、下手をすると小学生にも見える小柄な少女、麻生愛羅が立っていた。

「いくら最愛のさみーを失ったからってー、自分もなんてー、そんなこと考えちゃ駄目だよー」

「……何言ってんだ、お前?」

 振り返りながら、慎也はわけの分からないことを告げる愛羅を不思議そうに見つめ返した。

「変なことって何だよ? いやいや、そんな下品なことなんて、これっぽっちも考えてないぞ。って、どんなだよ、下品って? そんな想像するわけないだろ」

「桑しー先生、さみーを追ってー、そこから飛び下りようとしてたんでしょー?」

 愛羅は慌ただしく、胸の前で両手を横に振っている。

「そんなの駄目ー。絶対駄目ー。駄目ったら駄目―。そんなことしたって、さみーは喜ばないよー。そうだよ、早まっちゃいけないよー。これは急いで誰か呼んでこないとー」

「……いや、んなこと、微塵も考えてないっての」

 相手があまりにも突飛な勘違いをしたので、慎也は呆れて、額に大粒の汗が浮かぶ。ただ、客観的にだと、そう見えたシチュエーションなのかもしれないが。

「死にゃしないっての。死んだっていいことなんてなーんにもないんだから。って、死んだことないから分からないけど……ってのか、なんで死ななきゃなんねーんだよ!?」

「あ、そうなんだー。死なないんだねー。そっかそっかー、そうなんだー……でもー、だったらさー、桑しー先生はなんでここにいるのー?」

「んっ……? ああ、えーと、それはだな……その……」

 かけられた質問、慎也に明確な答えなどなかった。ただ、自然と足がここに向いていたというか、窓の下を見てみたくなったというか……妹の最後の場所に。

「……なんとなくだ」

 まさにその表現がぴったり。

「演劇部の部室とやらを見ておきたいと思って、それで。今まで見たこともなかったからな」

「ほんとにー?」

「ほんとだ、ほんと。こら、そうやって先生を怪しまない。そこ、変な目で見ないこと。うわ、少しにやけてきやがった。なーにがおかしいんだ、なにが!? なんかよく分からんが、無償に腹が立ってきたぞ」

 言いながら、慎也は頬を緩めて、小さく息を吐く。

「お前こそどうしたんだよ? 部活か?」

「ううん。今日は部活休みだよー。ここ、結構静かじゃーん。だから勉強しようと思ってー」

 現在愛羅は高校三年生。受験生である。卒業後は進学を希望していた。

「教室はみんないてなかなか集中できないしー、太陽が出ている時間だと家でも勉強する気が起きなくてねー、ここでやってこうと思ってー」

 そう言って廊下側にある机につく。そこには参考書があり、近くには鞄もある。慎也が来る前に来ていて、職員室から鍵をもってきたのは愛羅。今までは少し席を外していただけ。

「部活がないとさー、ここって静かなんだよねー。だってねー、だいたいの部活ってさー、あっちでやってるんだよねー」

 愛羅は西の方角を指差している。そっちは新校舎があった。

「今でもこの校舎でやってんのってー、文化部のごく少数だけだからー。でもってでもってー、どこからともなく素敵なBGMも聴こえてくるしー」

 そういって愛羅は天井を指差す。耳を澄ますと、なんとも心地よいギターの音色が。

「勉強するにはいい環境でしょー」

「へー、それでここで勉強してるわけか。そりゃ感心だなー。でも、今まではどこにいってたんだよ? 誰もいないから、不用心に思ってたんだぞ」

「んっ? んー……いやだなー、桑しー先生、乙女にそんなこと訊いちゃ駄目だよー。うふふ、ちょっとお花を摘みにいってただけだからー」

 愛羅はなんともわざとらしく胸の前で手をもじもじさせ、顔を少しだけ赤くした恥じらいの表現を浮かべた。

「もー、デリカシーない人は女の子に嫌われちゃうぞー」

「……なんのこっちゃ」

 いつも愛羅を相手にしていると、こうして理解できないことによく遭遇する。だからもう慣れており、今回もあまり気にかけないことに。もしかしたら慎也との年齢差が影響しているのかもしれないが、他の生徒とはこういった変な感じにならないので、やはり愛羅が特別なのだろう。

「いつもここで勉強してるのか?」

「いつもじゃないよー。うーん、たまにかなー。だっていつもは部活やってるからねー、ここー。もう引退した人間がお邪魔なんてできないじゃーん」

 愛羅は開いていた参考書のページを捲る。微分積分だった。たくさんの数字と記号と図が書かれているが、今の愛羅にはそのほとんどを理解できている。ここまで受験生として順調に過ごせていた。

「桑しー先生、勉強するからー、あんま邪魔しないでねー」

「あー、はいはい。気をつけるよ」

「生徒にそんなこと言われるなんてー、教師失格だよー」

「気をつけます」

 邪魔扱いされたことに少しむっとしつつも、悟られないように気のない返事をして、慎也は改めて部室内を見渡す。

 荷物が置かれている机があって、椅子もあって、隅には段ボールが多く積まれていて、カーテンはすべて開けられていて、窓の外には第二グラウンドが広がっていて、後ろのロッカーの前にも荷物が積んであるので開けることは困難。前には黒板があって、隣には本立てのようなものがある。そこに慎也の目が止まった。

 本立てには表紙にピンク色が目立つファッション誌がいくつかあり、隅の方にノートが五冊並んでいる。

 慎也は手持ち無沙汰に一番左側のノートを取った。表紙には『ネタ帳1』と大きな字で書かれている。

 表紙を捲ると、『演劇部が廃部の危機。新入部員を勧誘するも、うまくいかず。みんなの前で劇を披露するも、客はなかなか集まらない。そこに転校生が。どうにかしてその転校生を演劇部に勧誘しようとする。帰り道に待ち伏せ。一緒にゲーム。日曜日に遊びに誘う。そうして最終的に転校生を演劇部に。廃部を逃れることができる。全校生徒の前で演劇を発表する』と書かれていた。

 ページを捲って裏を見ると、『部員は最初十人。三年生が卒業して三人に。定員は四名以上でないと部を存続することはできない。主人公の夢は劇を発表すること。廃部を免れるため、まずは部員集めから開始』と書かれていた。

 見開きになっている隣ページに目を移す。『高校受験に失敗。第二志望の学校ではしたいことが見つからない。学校生活が腐っていくばかり。クラスメートに野球部のエースがいた。そのエースの姿に次第に惹かれていく。高校生活が充実しているエースと接することで、自然とやりたいことを見つける。やりたいことに向かって真っ直ぐ突き進んでいく。入りたくない学校でありながらも、精一杯学校生活を過ごし、充実した高校生活を送っていく』とある。

 ページを捲ると裏には、『ボート部のある学校を目指すも、受験に失敗。高校生活に何のやり甲斐を見つけられず、空っぽな学校と家の往復ばかりの日々。同学年の一年生でありながら、クラスメートは野球部のエース。決して強豪と呼べる学校でないが、夏の大会ではエースの活躍によりどんどん勝ち進んでいく。しかし、準決勝で敗退。けれど、次の日からはまた練習。その姿に、主人公はこの学校にはないボート部を作ることを目的として、メンバー集めを開始する。いつの間にか、やる気が起きなかった高校生活に活気が生まれた。そしてボート部が結成される。試合を目指して一致団結していった』とあった。

「なあ、麻生、これなんだ?」

「んっ……? ごめーん、ちょっとよく見えないんだけどー……ああー、それはねー、さみーのだよ。あの子演劇の脚本書いてたのー。でねー、いつもノートを持ち歩いててねー、何か閃いたらそうやって書いてみたーい」

「文字通り『ネタ帳』ってわけか」

 それがここに五冊ある。

「ふーん、こうやってアイデアを溜めておいて、これらをうまくつなぎ合わせて演劇の脚本にしていくわけか。普段からも頑張ってたんだな、あいつ」

「だと思うよー。確かねー、表のページに思いつくアイデアをどんどん書いていってねー、裏のページにー、補足みたいなのを書いてた気がするー」

「ふーん……あ、でも、時々裏が白紙のときがあるぞ?」

「アイデアを書いてはみたもののー、内容がいまいちでー、もう補足を書く前にやめちゃったんじゃないのかなー。そういうページ、よくあるよー」

「ふーん……」

 慎也は五冊あるノートの最後であろう『ネタ帳5』を開いてみる。数字が順番を示しているのであれば、それが一番近況に近いはず。

 ページをぺらぺら捲っていって、一番最後のページ。表には『学校帰りに交通事故に遭う。病院に入院して、一命を取り留める。隣の病室にはバイオリンの才能を持った少年が入院。意気投合して、互いの将来について語り合う。自然と互いに惹かれていく。バイオリンについて落ち込んでいる少年を励ます。少年は諦めていたコンクールに出場し、優勝。それを機に二人の交際がはじまる。互いがかけがえのない存在となる』とあった。

 裏ページには『女の子、三年生。バイオリン少年、二年生。怪我は骨折。入院期間一ヶ月。白色の病院服。病室が隣同士。病室では学校の勉強もする』とある。

「これ、麻美が入院したときに書いたんじゃないのか?」

 なんとなく似ていた。麻美は三月に交通事故に遭って入院。骨折で入院期間も一か月。確か入院していた病院服も白色だったし、病室で学校の勉強もしていた。

「あいつ、密かにこんな願望を抱いてたんじゃないだろうか」

 そう思うと、知らなかった妹の気持ちに少し触れられた気がして、気持ちがきらめく。

「そうか、こういうのを元に、脚本書いてたんだな。そっか、随分と頑張ってたんだ、あいつ。同じ学校にいながら、全然知らなかった」

「ねぇねぇー、桑しー先生。思ったんだけどねー、それってさー、さみーの形見になるはずだよねー。だからさー、持って帰ったらどうかなー?」

「そうか、そうなるな……」

 少し思案して虚空を見つめるが……数秒後、慎也は小さく首を横に振った。

「いや、ここに置いておくことにするよ。これ、俺が持ってても意味ないし、ここに置いておいてさ、部のために活用してもらった方が、あいつもきっと喜ぶと思うから。その、演劇部の財産として、扱ってやってくれ。大切にな」

「そっかー、それもそうだねー。みんなにそう伝えとくよー……」

 そう言いながら、愛羅はシャープペンシルを持っていない左手を丸め、頬杖をつく。そうして、一度肩を大きく上下に動かしていた。

「うーん……なんかねー、そのー、煮え切れないというか、消化不良っていうかー……まだ踏ん切りがついていないっていうのが本音なんだよねー……」

「どうした、珍しいこともあるもんだな? いつも厳しいほどにはっきりものを言うお前が、随分と歯切れの悪いことを。明日は雪か?」

「台風が来るよー、きっとー。暴風警報で学校はお休みだー。やったねー。床上浸水カーニバルだよー。サンバのリズムだよー。明日は踊り明かすぜー。いえーい」

 きっと自分でもよく分かっていないだろうことを言いながら、愛羅はどこか寂しそうな笑みを携える。

「演劇部っていうのはさー、毎年文化祭の発表をして引退ですよー。そのために夏前から一所懸命練習してー、去年までは先輩たちを送り出していたんですー。それが今年はあっしーたちの番になってー、きっと先輩たちみたいに完全燃焼して引退するんだろうなー、って夏ぐらいまではなんとなく思ってたんだけどー」

 しかし、残念ながら今年の文化祭発表は中止となった。完全燃焼どころか、最後の舞台にすら立てていない。

「もう来年の新歓会まで劇の発表なんてないからー、あっしーたちの出番はなくなっちゃんだよねー。だからねー、やり遂げたぞ感がまったくなくてねー。文化祭の次の日か次の日ぐらいにちょっとしたミーティングしただけでー、引退しちゃったんですよねー。うーん、寂しいー」

 高校生活の集大成として文化祭の舞台を作り上げるどころか、その舞台にすら立てない半端な状態で、今年の三年生は引退を余儀なくされた。

「だからねー、確かにこうしてもう引退はしたんだけどー、こうー、全然そんな実感がなくてー」

 愛羅は持っているシャープペンシルを頬に当てる。

「はっきり言っちゃうとー、不完全燃焼ですよねー。消化不良といいますかー。引退したんだって思ってもねー、頭のどこかでね『まだまだこれから一発大きいのがあるんだろうなー』って燻っちゃってるものがあるんだよねー」

「…………」

 愛羅の話を耳に、慎也は思い返してみる。もう七年も前になった、自分が高校三年生のときを。

 慎也は高校生のとき、サッカー部に所属。学校は進学校で、なるべく早く大学受験に備えるために、だいたいどの部活も二年生の三学期から三年生の春には引退していた。それは慎也が所属していたサッカー部も例外でなく、ゴールデンウイークの大会敗退により、三年生は全員部活を引退。

 当時はそれが当たり前と思っていた。先輩もそうだったし、受験に備えるために部活を早めに引退することに関し、なんの疑問もなかったのである。そればかりか、それ以上放課後に練習をしなくてもいいことを、喜んでさえいた。

 しかし、学校を卒業して、改めて高校生活を振り返ったとき、なんともったいないことをしたのかと後悔が募るばかり。野球は夏までだが、サッカーは冬の選手権予選まで試合がある。なら、そこまで部活をつづけられたはずなのに、それを早々と投げ出したこと、すでにそれが過去になっている自分には、もう悔しくて悔しくて仕方がなかった。

 それを失ってからしか知ることができなかったことが、残念でならない。

「…………」

 慎也の目は、七年前の記憶から現実世界へ。

 視界には白シャツの制服姿の小さな少女の姿。愛羅は、演劇部として目指していた最後の発表をやり遂げる以前に、その舞台に立つことすら叶わず、引退を余儀なくされた。それは自分のときと比べて雲泥の差。

 慎也は最後と定めた試合に挑むことができて、まだまだやろうとすればつづけられる状況であったにもかかわらず、引退を選択した。

 に対して、愛羅は、最後と見据えた舞台にすら立つことができず、もうどうあってもつづけることができずに引退せざるを得ない。

「…………」

 慎也は思う。

『なんと切なくやる瀬ない青春の閉じ方をしたのだろう』

 できることなら、どうにかしてあげたかった。中止となった文化祭の代わりとなる舞台を用意して、すっきりと完全燃焼してから部活を引退させてあげたい。このままでは、あまりにも理不尽に思えてしまう。

 なにより、最後の舞台を取り上げた原因は、慎也の身内にある。

 麻美の自殺。

 そう思うと、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「なあ、部活を引退はしたんだろうけどさ、その……もし、もしさ、俺たちがさ、中止になった文化祭を来月復活させようってなことにしたらさ、嬉しいか?」

 そうすることが、教師としての務めであるのかもしれない。高校生活というかけがえのない貴重な時間を、このまま終わらせないために。自分が感じた悔しさ以上のことを、その少女に与えないために。

 文化祭をもう一度、もしくはそれに代わる舞台を職員会議に取り上げ、実現させてあげることが、慎也にとっても使命であるような気さえした。こうして不完全燃焼で青春の幕を閉じた生徒が、愛羅以外にもまだまだこの学校にはいるだろうから。

 一教師として、また高校生活に後悔を残してきた者として、できることなら、そんな理不尽な未練、自分が関わる生徒には残してあげたくはない。

「どうだ? やってみる気あるか? その分受験勉強が止まっちまうっていうリスクはあるかもしれないけど……」

 でも、やる価値はある。数年後に振り返ったとき、このままでは後悔するはず。絶対やっておけばよかったと思うはずだから。

 それは、慎也のときと同じように。

 だから。

 失われた最後の舞台を用意してあげるべきだ。

「なあ、麻生?」

「うーん、そうだねー、文化祭の代わりの文化祭かー……」

 愛羅は握っているシャープペンシルの尻で机の上をこつこつっと叩き、明後日の方向を見つめながら、口を開く。

「今のこの気持ちだったら、そりゃやってみたい気はあるかなー」

「そうか!」

 それだったら、多少無理してでも実現させるべきである。例え多くの教師に反対されようとも、その舞台を用意してあげることが生徒のため。

 だから!

「だったらさ!」

「でもねー……」

 愛羅は、鼻息を荒くして今にもこの部屋から飛び出さん勢いの慎也をどこか冷やかな目で見つめながら、静かに首を横に振った。

「いいやー、やっぱりー」

「えっ……なんで……?」

「だってさー」

 愛羅は小さく頬を膨らませてから、唇を尖らせる。

「なんだかんだで、もうあっしーは引退しちゃってるからー。そんな人間がこれ以上、部活に関わるべきじゃないよー。でしょ? それにさー、もうあの頃の演劇部にはさー、どうあったところで戻ることはできないからさー」

夏休み前から準備を着々と重ねていって、いよいよ発表を翌日に控え、最後の舞台へと立とうと一致団結していたあの頃の演劇部には、もう戻ることができない。

 絶対に。

「さみーがいなくなっちゃったからー……」

 部長である桑原麻美が、いなくなったから。

 死んだから。

「だからいいやー、やっぱりー。なことよりもねー、桑しー先生、さっきも言ったと思うけどー、あっしーの勉強の邪魔しないでくれるー? おかげでさー、さっきから全然進まないじゃないかー。これは苦情なんだからねー。もー、桑しー先生はどんなけあっしーに構ってほしいんだよー? どんなけ寂しい人なんだよー? どんなけあっしーのことが好きなんだよー?」

「えっ……あ、ああ、すまんな……」

 それは決して浮かべたくて浮かべた笑みではないだろう愛羅の表情に、慎也は胸がいっぱいになり、もうこれ以上、この件に関してはどんな言葉もかけることができなくなった。

「……悪かったな、邪魔しちまって。頑張れよ、勉強」

 相手がこちらの声に応えるように手を上げたことを目に、慎也はそそくさと、後ろから押されて追い出されるように廊下に出る。その際、横目に映った小さな少女の姿に、申し訳ない気持ちを胸いっぱいに抱いて。

「…………」

「あれれ……? 桑原先生じゃないですか」

 腰まである見事な黒髪の女性、井河いがわ里美さとみが演劇部部室の前に立っていた。その顔が僅かに斜めになる。

「どうされたんですか、こんな所で?」

「あ、いや、まあ……」

 質問に対して、これといって明確な返答はない。あるとすれば、漠然とした言葉である『なんとなく』としか。他に表現しようがなかった。同じようなこと、ついさっきも考えた気もするが。

 慎也は頭をぽりぽりっ掻き、目の前の女性を見つめる。

「井河先生こそ、どうされたんです? 旧校舎に何か用でもあるんですか?」

「私は部室にちょっと」

 慎也の後ろにある扉を指差しながら、ピンクのカーディガンの上にある顔がにっこりと微笑んだ。里美は今年二十六歳。慎也の一つ年上である。国語教師で、演劇部の顧問。

「部室、なんで開いてるんです? 今日は部活ないはずなのに。帰ろうと思ったら、部室の鍵がないことに気がついて、おかしいなって思って来てみたんです」

 顧問をしている教師は、生徒が部活動をしている間は極力学校に残っていないといけない。それを里美は遵守している。

「桑原先生が使ってたんですか?」

「あ、いえいえ……」

 中が覗けるようになっている扉のガラス部分を指差す。そこから一人の女子生徒の姿を見ることができる。

「三年の麻生ですよ。なんでもここが静かだから勉強には打ってつけなんだそうで。頑張ってるみたいですよ」

 愛羅は今も机の上にある参考書に向き合っている様子。

「邪魔者扱いされちゃいました。今追い出されたところなんですよ。まったく教師を何だと思ってるんでしょうね?」

「その臆面のなさは、まさしく愛羅ちゃんですね」

 嬉しそうに目を細めて小さく微笑むと、里美は中を覗き込んでから、その体を反転。

「うーん、だったら、図書室でも寄ってこうかな?」

「あれ? 追い出さないんですか?」

「どうしてですか? 生徒の自主性は重んじないといけないんですよ。私が帰りたいからって、追い出すことなんてできません。でもって、戻るのであれば、是非ご一緒しましょう」

 手を後ろで組み、どこか楽しそうに歩いていく里美。

「桑原先生、どうですか? 久し振りの学校で、今日は疲れたんじゃないですか?」

「え、ええ……」

 慎也はぐっと身構える。今日は一日中ずっと周囲からの視線があった。誰もが妹が自殺したことで一週間休んでいた今の自分の心情を知りたいらしく、声をかけるタイミングを計っているみたいに。

 知りたいと思う好奇心は、まるで主婦が毎日テレビのワイドショーで芸能人のスキャンダルを見るかのごとく。

 だとすると、今横に並んでいる里美だって例外ではないはず。あまり触れてほしくないのだが、逃げ場がないので仕方がない。覚悟するように全身に力を入れた。

「少しだけ体が重い気がしますよ。年ですかね?」

「そう思われている桑原先生より、私の方が年上なんですが」

「あ……すいません」

 苦笑い。並んだまま旧校舎三階の廊下を歩いていく。

「…………」

「……あの、麻美ちゃん、とってもいい子でしたよ」

「…………」

「去年の秋からは部長も務めてくれて、みんなを引っ張ってくれました。成績もよくて、後輩の面倒見もよくて……ほんとにいい子だったんです。部活のこと、ほとんど任せてましたから……」

「ああ、俺も似たようなもんでしたね。名前だけ貸してましたから。それがいけなかったんでしょうね、去年で廃部になりました」

「えーと、桑原先生は?」

「ハンドボール部です」

 去年の卒業生を最後に、ハンドボール部は廃部となった。

「俺はサッカーやってたんですが、ボールを使う競技だからって理由で、無理矢理やらされた感はありましたね」

「私が至らないばかりに、生徒には苦労をかけっぱなしですよ」

 息をつく。

「その点でいうと、私は本当に恵まれていました。私が何もやらなくても、歴代の部長がすべてやってくれましたからね。私が役に立たないこと、きっちり引き継ぎもしてくれたみたいでして。麻美ちゃんにも頼りっぱなしでしたね……」

 語尾が萎んでいくように小さくなる。

「……麻美ちゃん」

 途切れた言葉を、一呼吸後につづける。

「なんであんなことになってしまったんでしょう……」

 その声はとても不安定なものとなり、震えていた。

「今でも、その、信じられないですよ、麻美ちゃんが雪絵ちゃんのことを疎ましく思っていただなんて……本当の妹のようにかわいがっていたのに」

「…………」

「それが……」

 瞬間、突き当たりまで廊下を進むために動かしていた足が止まった。里美は廊下の中央で立ち止まり、足元のリノリウムの床を見つめている。腰まである長い髪が勢いよく前に流れていった。

「……責任です」

「井河先生……?」

「……私の責任です」

 拳を握りしめる。

「私がちゃんと見ててあげれば、あんなことになることはありませんでした。私がしっかりしていれば、あんな悲しいことにはなりませんでした。けど、私が不甲斐ないばかりに。私のせいで、あんな不幸が……」

「そ、そんなことありませんよ。井河先生は悪くありません。それだったら、俺の責任です。妹のことをしっかり見てやれなかったから」

 相談すらされることすらない頼りない兄だったから。

「だから、井河先生は気に病むことなんてありませんよ」

「いえ、私は二人の顧問だったんですよ。なのに、全然気づいてあげられなかったんです。私の責任です……」

 掠れていく声。里美は静かにうなだれていく。

「…………」

「井河先生!」

 相手を驚かせることを充分理解した上で、慎也は大声を出した。そして、少し力を入れて里美の肩を叩く。

「こんなこともうやめましょう。それは、俺が今日までずっと悩んできたことなんです」

 一週間学校を休んでまで、ずっと。

「でも、どう思ったところで、どうにもなりません。だから、ちゃんと切り換えないといけないんですよ。こんなことで立ち止まったりしたら駄目です。俺たちは教師です。これからもたくさんの生徒を卒業させていってあげないといけないんですから」

 それは、卒業させてあげられなかった生徒の分まで。

「だから、もうこんなことで辛い思いをするのはやめてください」

「…………」

「麻美は、自分で自分がしたことのけじめをつけたんです。だから、もうこのことに触れるのはやめてください。でないと、麻美がしたことが報われない」

「……そう、ですね」

 顔を上げる。涙を浮かべていたが、幸いにも化粧に影響はなかった。

「あの子がやったこと、ちゃんと受け止めてあげないといけないですね」

「その意気ですよ、井河先生」

「ありがとうございます」

 言葉を出したその顔には、にっこりと笑みを浮かべることができた。

 里美はスカートのポケットから取り出した水玉のハンカチを、両目の端に押しつけていく。

 そうして、この場で止めた足を前に踏み出した。

「……ところで桑原先生、今日時間ありますか?」

「今日ですか?」

 考えてみるが、これといった用事は思い当たらない。今日はこれから家に帰って、近所の大型スーパーに夕飯の買い出しにいくぐらい。

「予定は、特には……」

「よかった。でしたら、ご飯、ご一緒しません?」

 輝くような笑み。

「ちょっと離れてますけど、いいお店見つけたんです」

「……随分と切り換え早いですね。驚くほどに」

 少しだけ呆気に取られた。

「……今日、ですか……」

「桑原先生の復職祝いということで」

「別に、その、停職してたわけじゃないんですけど……」

 楽しそうな相手の表現に、慎也の額には大粒の汗が浮かぶ。

「月曜日から飲みたいですか?」

「飲むのに曜日は関係ないんじゃないでしょうか?」

「質問を質問で返されてしまいましたね。けど、まったくもってその通りです……せっかくの給料日ですし」

「はい、決まりですね」

 二人は旧校舎西側にある階段に辿り着く。

「あの、その……これは別に引きずるってわけじゃありませんから、誤解しないでほしいんですけど……その、麻美ちゃんのことでちょっと思うことがありまして」

「……構いませんよ。その話で後ろ向きになることをやめたいだけど、その話題を禁止してるわけじゃありませんから。本音をいうと、そっとはしておいてほしいですが、まっ、いいでしょう。あ、自分を責めるのはやめてくださいよ」

「それは肝に銘じることにします。はい、命じました」

「……簡単なんですね、何かを肝に銘じるって」

「実はですね、ずっと不思議に思っていたことがあるんです。どうして麻美ちゃん、鍵をしたんでしょうか?」

 旧校舎西側にある階段を二人揃って下りていく。里美は内側にいる分、隣人よりも歩数が少なくできる。

「その、死ぬ前にです……」

 十月八日の午後十一時から九日の午前一時までの間に、麻美は窓から飛び下りた。その状況からして、麻美が演劇部部室から飛び下りる前に、内側から扉を施錠したことになる。

「そんな必要ないと思うんですけど」

「井河先生って、もしかしてよく推理小説を読まれます?」

「はい、推理小説は好きです。通勤時とか寝る前に読んでます。けど、ジャンルにこだわりはありませんね。寝る前に読まないとなかなか眠くならないものでして。けど、たまにおもしろい小説だと、逆に眠れなくなったりもして」

「それはまた、本末転倒ですね。ああ、だから、たまに眠そうにしてることがあるんですね。謎が解けました」

「えっ!? 私、そんな顔してます!?」

「たまにしてますよ」

 相手をからかうように言いつつ、慎也は里美が不思議に思っていることを考えてみる。

『どうして麻美は死ぬ前に、部室の施錠をしたのか?』

「……その、邪魔されないためじゃないですかね」

「死ぬことを、ってことですか」

「誰かが入ってきたら、そうなるでしょうから……。だから、鍵さえかけておけば邪魔されないで済みます」

 麻美が悩んでいたことすら知らなかった慎也では、麻美の死ぬ寸前の心境など到底理解できるものではない。しかし、もし自分だったらどうするかぐらいなら考えることはできる。

「死のうとしている。そこに誰かが入ってくれば、当然邪魔される。邪魔されたくないので、鍵をかけた。そうすれば誰も入ってこれなくなる。見回りの人だっていますからね」

 ちゃんと筋が通っているとばかり、慎也は満足そうに頷いた。

「どうですか?」

「うーん、そうですね……邪魔されないっていうのはなんとなく分かるような、そんなこともないような、ですね……その、そもそも、そんなこと考える必要ありますか?」

 階段を下って一階に到着。すぐ前にある出入口に移動する。

「この旧校舎は、ここしか入ることができないんですよ」

 使用頻度の関係から、旧校舎は出入口が一つしかない。他は常時施錠されているのだ。

「でもって、夜になったら、ここ、鍵しちゃうんですよね」

 生徒が全員帰宅後、用務員が見回りの際、今は開放されている出入口の扉を施錠する。解除するのは翌朝。

「とすると、誰も旧校舎には入れなくなるわけです。中にいるんだったら、その辺の窓を開けて出ていけますが、外から入るのは不可能です」

 出入口が施錠されれば、誰も旧校舎に入れなくなる。

「だったら、邪魔しにくる人間なんかいないわけです。見回りはせいぜい校舎の周りぐらいですから。とするとですよ、麻美ちゃんは部室に鍵をする必要なんてなかったと思うんです」

「……確かにそうですね。なら、普段の習慣で、ついとか?」

「練習しているときは、鍵なんかしません。他の子が入ってこれなくなっちゃうじゃないですか」

「そうですね……」

「ほら、不思議じゃありません?」

 なぜ麻美は、死ぬ前に部室の扉を内側から施錠しようと思ったのか? その答えは出ない。

「部室の鍵はちゃんと職員室に返してあったらしいです。だから、仮に麻美ちゃんが死のうとしていたことを知った誰かが駆けつけた場合、鍵が職員室に戻されているわけですから、内側から鍵をしたところで、職員室に取りにいけば開けることができるわけです」

 麻美は死ぬ前に内側から施錠をした。鍵は部室の外にある。鍵があれば施錠されていても部室に入ることは不可能ではない。

 であれば、鍵をした理由が誰にも邪魔されないため、とは到底思えない。

「なぜ麻美ちゃんは鍵をする必要があったんでしょうね?」

 二人は旧校舎を後にして、職員室のある新校舎を目指す。すぐに四階建ての新校舎が見えた。旧校舎のくすんだ壁と違って、新校舎は雨すら弾きそうなほどきれいな黄土色の外観をしている。

「あ、すいません、桑原先生。その、私、ちょっと図書室寄ってきますから。ここで失礼します」

「あ、はい」

「今日、六時半ぐらいでいいですか? さすがにその時間になったら、力ずくでも愛羅ちゃんを追い出そうと思いますので」

「そ、そうですか……」

 小さく手を上げてから、新校舎の西側へと進路を変えた里美と別れ、慎也は新校舎の職員玄関を目指す。

「……随分変なことを気にかけるもんだな」

 小さくなっていくピンクのカーディガンを見送って、自分には発想そのものすらなかったことを思考していた里美の背中から視線を外す。意識して息を吐き出しながらゆっくりと顔を上げた。

 見上げた空は僅かに茜色を有している。もう三十分もすれば鮮やかなものに変わることだろう。

 どこか寂しさを有する秋の夕暮れである。

「……そうか、気遣ってもらってるってことは、今日は奢ってもらえるのかな? だったらラッキーだな」

 頭を悩ませても結論が出ないことを考えるより、慎也にとっては、そっちの方を明確にしておきたい事案であった。


       ※


 十月二十六日、火曜日。

 放課後。桑原慎也は担任している二年B組のホームルールを終えると、職員室に戻って即座に荷物をまとめる。周辺の教師に声をかけ、壁にかけられているネームプレートを引っ繰り返した。

 慎也は今日、背広姿でネクタイを締めている。そんなこと、普段なら入学式や終業式といった節目の日ぐらいだというのに、今日はその姿で出勤した。

 なぜなら、今日は背広姿でなければならない日だから。

 ある生徒の家を訪問する。

 永井雪絵の家を。

「…………」

 慎也が担任する二年B組の生徒、永井雪絵は、現在学校を休んでいる。それは夏以来、ずっと。

 雪絵を現在の状況に追い込んだ原因は、今は亡き妹の桑原麻美にある。

 だから今日、慎也は雪絵が所属する二年B組の担任として、また、いじめをした麻美の兄として、家から出ることすらできなくなった雪絵の家を訪れることにした。

「…………」

 久し振りに締めたネクタイを意識する。普段と違って今日はまったくというほど首に圧迫感を感じなかった。

「…………」

 学校近くの駅から電車に乗り、五駅。鶴飛駅に到着。改札を出てすぐの国道沿いを北に向かっていく。信号三つ進んだところを右折。周辺が閑静な住宅街となる。もう電車の音が聞こえてくることはない。それほどの距離を歩いているのだが、なかなか雪絵の家を見つけることができなかった。

 事前に雪絵の家について地図で調べていたが、すんなりとはいかない。電柱にはそれらしい住所が書かれているが、初めての土地はよく分からなかった。

 不審者のようにきょろきょろ首を動かしていると、角の向こう側に、背の低い分横に広がったのではないかと思える主婦らしき人物を発見。長い毛並みの大きな犬を散歩させているので、この辺りの住人に違いない。

 人当たりのいい笑顔を意識して尋ねると、もう一本向こう側の路地だと教えられた。『随分と元気な犬ですね』舌を出しながら終始尻尾を大きく横に振っていた犬の頭を撫でてから、教えてもらった通りに住宅街を進んでいく。

「……おっ」

 角を曲がった直後、慎也の目が大きくなることに。その視界に、慎也が勤める城我浦高等学校の冬の制服である紺色のブレザーが飛び込んできたから。

 制服を着た男子生徒は、住宅の玄関のところで一度頭を下げたかと思うと、そのまま体の向きを変え、門を通って慎也の方に向かってくる。

 その男子生徒、慎也には見覚えのある顔だった。

「よっ、丘ノ崎。これまた妙なところで会うもんだな」

「……先生……」

「どうしたんだ、こんなとこで? 家、この辺りなのか?」

「……そっちこそ、どうしたんですか?」

「ああ、いや、永井の家がこの辺りなんだよ。その、ちょっと顔を見にな。これでも一応、担任だからさ」

 それに、麻美の兄でもあるから。

「で、お前は?」

「ああ、もう帰るところです」

「帰るとこ……? あ、おい……」

 話をしようとするこちらを振り切るように歩いていった圭一郎を目に、慎也は小さく嘆息する。

 吹いてきた風が、慎也の短く整えられた髪を撫でていった。そこにはもうあの猛烈な熱を帯びる夏の空気など微塵も残ってはいない。

「さて、と……」

 再び歩きだす。早く雪絵の家を突き止めないといけない。最近、日も随分短くなってきているので、暗くなってからお邪魔してしまっては失礼に値する。

「あれ……?」

 小さな門につけられた表札に『永井』とある家を発見。すぐそこだったし、そこは、さきほどまで圭一郎がいた家でもあった。

「ふーん、そう……」

 振り返ってみるが、もう圭一郎の姿は見えない。

 心の奥底で、小さな温もりが感じられた気がした。

「…………」

 門を開け、猫の額ほどの庭を経て玄関へ。扉の横に設置されているインターホンを押して暫く待つと、扉の向こう側に人の気配が。鍵を解除する音がして、直後に扉が外側に開かれた。

 慎也は自分のいる方に開いた扉にぶつかりそうになり、慌てる。きっと見られてはいないだろうが、恥ずかしいことに変わりはない。

「こ、こんにちは。さきほど電話させていただきました、永井の……雪絵さんの担任の桑原と申します」

「これはどうもわざわざ。ご足労いただきまして、申し訳ありません。どうぞ、狭いところですけど」

「お邪魔します」

 一階のリビングに通され、示されたソファーに座って待っていると、エプロンをした雪絵の母親がお茶を盆に載せて戻ってきた。四十半ばだと思われるが、慎也にはその表情がとても疲れているように見えた。

 気持ちが一気に重たくなる。

「……いただきます」

 啜る。雪絵の家に訪れることに関して、慎也は極度に緊張していた。学校を休んでいる生徒に関わることはとてもデリケートな問題であるし、ましてやその原因を作ったのは自分の妹。雪絵に対してはただただ申し訳ない思いでいっぱいである。だから、暑くもないのに額には汗が浮かび、喉はからからに渇いていたのに、出されたお茶の味をろくに認識することはできなかった。

「……そういえば」

 慎也が今日ここを訪れた理由を自分から切り出すこと、それを話題にすることは、とても辛くて、勇気のいることだった。だからまず他の話題で場を和ませようとして……その頭には、さきほどこの家の玄関にいた圭一郎の姿が浮かんだ。

「あの、丘ノ崎がさきほどこちらに来ていたみたいでしたが。ああ、さっきそこで擦れ違ったんです」

「あ、はい、そうなんですよ」

 頬が僅かに緩む。

「丘ノ崎君、ちょくちょく家にきてくれるんです。その、雪絵のことを心配してくれて、それで……」

 それは、雪絵が学校の階段で転倒して病院に運ばれたとき、そして手首を切って死のうとしたときから、ずっと。

「でも、せっかく丘ノ崎君が会いにきてくれてるっていうのに、あの子はずっと部屋に籠もりっぱなしで……」

 雪絵の母親が天井を見上げる。その延長線上に雪絵がいるのだろう。

「あんな子のためにわざわざなんて、丘ノ崎君には申し訳なくて」

「そう、でしたか……」

 そういえば、圭一郎が雪絵の所属する演劇部の手伝いをしていたと、聞いたことがある。文化祭でも劇に合わせて生演奏をする予定だったとか……その関係で、今も気にかけているのだろう。ああして家を訪れるまでして。

「……にしても、わざわざ家までとは。あの丘ノ崎がねー」

「それほど大切に思っていただいているみたいです。親としてはそう思ってくれてる人がいることは嬉しくはありますが……」

「大切に、ですかー」

 その瞬間、慎也には不思議な感覚に捕らわれる。それは言葉としてうまく表現できるものでなかったが、自分がいる世界が、まるで本当ではない幻のような気がした。

 自分が聞いている音が、本当は聞こえるはずのない偽りの音で、本来耳にしなければならない音が、どこかに隠れているような。

 それは、天動説の時代に生きる人間が、本当は自分が立っている地面の方こそが動いていることに、まるで気づけていないかのごとく。

「…………」

「……あの、どうかされましたか? その、随分と難しい顔をされているようですが」

「え……あ、いえ、すみません……すみませんでした」

 相手がいることも忘れて考え込んだことに、慎也は何度も何度も頭を下げ、小さく咳払い。

「それでですね、その、今日こちらに伺わせていただいたのは」

 改めて雪絵の母親と向き合ったとき、その口はようやく今日ここに訪れた理由を並べていくことになる。

 そこに、たくさんの謝罪の言葉を重ねて。


       ※


 慎也の頭にあるもの。

『麻美は旧校舎三階の演劇部部室から飛び下り自殺した』

『麻美が飛び下りた窓以外、演劇部部室は施錠されていた』

『麻美は後輩を自殺に追いやったことを遺書に示し、自殺した』

『雪絵は麻美が部長をしていた演劇部に所属していた』

『雪絵はいじめを苦に、自殺を試みた』

『雪絵は自殺未遂以降、ずっと学校を休み、自宅の部屋に籠もっていた』

『圭一郎は演劇部の部員ではないのだが、演劇部を手伝っていた』

『圭一郎は雪絵を心配して家をよく訪れていた』

『圭一郎は麻美の死体が発見された朝、旧校舎四階の音楽準備室でピアノを弾いていた』

 慎也は数学の教師である。

 数学は一つの出題に対して、一つの解答を導き出す学問。

 しかし解き方によっては、誤解答を導き出す恐れもある。

 それ以前に、出題されたものが解けるべき問題でなかったとしたら、答えは絶対に求めることができない。

 ただいえることは、出題された問題に答えを導き出す材料さえ揃えば、絶対に一つの正しい答えを導くことができる。それは間違いない。

 それがどれだけ知りたくのない結末であったとしても。

 慎也は、出題された問題に対して必ず一つの正しい答えがあるという学問の教師である。

 だからこそ、解かなければならない。

 それは教師として、自分が受け持つ生徒のために。


       ※


「俺だ。桑原だ」

 目の前には、閉ざされた扉。

「随分と辛い思いをさせちまったな。申し訳ない」

 相手は扉の向こう側にいるのに、慎也は頭を深々と下げた。

「すべて俺の責任だ、申し訳ない」

 雪絵の家。

「俺がもっとしっかりしていれば、お前には辛い思いをさせずに済んだのにな。俺が不甲斐ないばかりに……全部俺のせいだ。申し訳ない」

 二階にある雪絵の部屋の前。

「永井、頼みがある。頼みがあるんだ」

 閉ざされた扉に言葉をぶつける。

「学校にきてほしい」

 まだ頭を下げたまま。

「お前に学校に戻ってきてほしい。お前のことを待ってるやつがいるから」

 唇を噛みしめる。

「そいつには、お前が必要なんだよ」

 両拳を握りしめる。

「だから、学校にいこう」

 ゆっくりと頭を上げた。

「辛い思いをしてるやつのこと、お前の力で救ってやってくれ」

 閉ざされている扉に変化はない。

「俺じゃ駄目なんだ。これは、お前にしかできないことだから」

 中からは物音一つとして聞こえてこない。

「頼む」

 慎也は腹の中心からゆっくりと息を吐き出す。

「頼むから」

 そうしてまた深々と頭を下げる。

「永井」

 どうしても、お前のことが、必要なんだ。


 そうして、慎也は活動を開始する。学校を大きく巻き込んだ、青春の忘れ物を取り戻すために。

 すべてのピースが、あるべき場所にきれに嵌めるべく。

 障害はたくさんある。しかし、すべてを乗り越えて達成させる覚悟を決めた。それが、舞台なく彷徨うばかりの登場人物にスポットライトを当てる唯一の方法であるから。

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