湖の北に図書館をたずねて藤村の酒と黒田の槍を知る

 はじめにことわっておきますと、わたしはとっても心が狭いです。

 どれくらい狭いかというとあるとき身内に「わたし心がミクロだから」と言ったところ「ううん、マクロ」と訂正され、そのあとしばらくののち「やっぱりバクロ」と再度訂正されたくらいには狭い。バクロってどんな単位か知らんけど。たぶんマクロの上なんやろなとおもってるけどもしかしたら存在しない単位かもしれないけどそしたらそんな単位を血をわけた妹に捏造されるくらいには心が狭いという、なんかそんな感じです。ついでに言うとバクロの実在をググって確かめる気もない、過去の教科書を読み直す気もない、そんなものぐさ。

 そんなわたしなので、すきなものをひとさまに教えたりすることにも常に難色をしめします。おもに脳内で。そして実際には教えない。わけあたえない。

 そしてそんなわたしのすきなものというと本とかなんとかそのあたりの空間とか、つまり本屋とか古本屋とか図書館とかなんかそのへんのところなのだけども、あとなんかブックカフェとか。

 そういうの、とくに同好の士とおもわれるようなひとには全然教えたくないなあと常々おもっておりまして、たとえば同好の士とおもわれるひとたちが「あそこのあの本屋さんがすてきで」という会話をなさっているところに遭遇したりなどすればだいたいそのときのこちらの心境としては「わたしはその本屋さんを知っているしその本屋さんがすきなひとならきっとあの本屋さんもすきだろうなとおもうけどでもあの本屋さんのことひとりじめしておきたいから言わない」という感じだったりするのでとっても根暗かつその本屋さんにとっては営業妨害なことばかりはたらいている。そんなわたしに「この本屋さんおすすめだよ」とかいう話を聞いたことがあるというひと、それはわたしにとって最上級の愛情表現なのでぜひ粛々として受け止めてほしい。

 かように狭くかつ重い心情をなんでのっけから吐露しているかといえば、つまるところ要するにそういうちいさい人間でもときにはこの場所を広く広く世におすすめしたいなという気に駆られるからなんですよっていう、いやそもそも本題にたどり着くまえにこの長ったらしい前置きにそっとブラウザを閉じられる方もいらしゃるのではないかという懸念もございますがそれはともかく。

 ということで、とってもすてきな図書館にいってきましたよという話をこれからします。

よろしくお願いします。

 


 その図書館は滋賀県の木之本というところにあります。

 今年110年を迎えられるという私設図書館です。

 琵琶湖の北にある、その名も江北図書館。

 苦学して弁護士になられた方が、ご自身の若いころ勉学の助けとした図書館を地元にもということで明治の末に私財をなげうって建てられたとのこと。

 いまある建物は二代目で、もと農協だそうですがそれでも80年くらいは経っているそうです。

 JR北陸本線木之本駅を降りてすぐ、ロータリーのさきにその建物はあります。

 お伺いしたときは雨が降っていました。

 水煙りのなか、蒼瓏として建つ大正もしくは昭和初期の建物。

 和洋折衷の二階建て、二階部分には採光のよさそうなおおきな窓がいくつもあり、玄関は土間。式台をあがったところに受付があり、そちらにお声がけすると優しそうな職員さんが出てこられました。確認すると、地域の方でなくても入っていいとのことです。

 なかに入ると向かって左手が児童室、右手が一般室です。

 一般室の書架は高く、それぞれNDC分類にわかれて図書が並んでいます。書架と書架のあいだはわりあいにせまく、そこに本がときにはぎっしりと、ときには余裕をもって並べられていました。郷土資料や大判の美術書、読みものが目立ちましたが、1~9門のすべての棚にきちんと本がおさまっていて、私設図書館なのにこんなに万遍なく資料があるのすごいなあと感心しました。

 明治村にあるどこかの学校の理科室とか、軽井沢の油屋跡にある古本屋さんの奥を思い起こさせる佇まいでした。

 しょうじきなところ、書架をちらっと見たかぎりでは稀覯本がある! これはすごい! 貴重! という印象はありません。そういうものはだいたい大学におさめられているとのことです。けれど百年近くに亘って収集され、地域のひとびとが手にとってきた図書が、読み継がれたはてにいまここに置かれている、その歴史を感じることができます。

 これはきっと人気だったんだろうな、という松本清張の本をこころみにひらいてみると、うしろ見返しがガムテープで補修されていました。公共の図書館にはなかなかない光景です。とはいえ、ここにある本はそうして読まれ、扱われてきたのだろうなあとなんとなくそのありようがしっくりきました。公共の図書館では資料の多くは日々納入されかつ日々除籍され、その入れ替わりはめまぐるしいものですが、こちらの図書館では一冊一冊が長いあいだそこにあり続けるのだろうな、と、そんなことを思いました。

 児童室は壁面のぐるりと、それから左手の壁に沿うようにもう一本書架があります。中央にはおおきな机があり、こどもたちはそこで本を読むとのこと。こちらのNDC分類は1桁です。職員さんたちは司書資格をおもちでない方も多いとのことで、そのなかで図書整理をされていることになんとはなしあたたかみも感じたり。

こちらも窓がおおきく、雨に煙る景色を見ながら絵本を読むなんてむかしの映画みたいだなと思いました。

やはり資料は全体的に古く、昭和4~50年代に活躍した児童文学者の本が多いなという印象があります。あとで年譜を拝見したところ、ちょうどその時期に某クラブからの寄付がはじまったとあって、児童書の購入に力を入れられたのかしらと勝手なことを思いましたが違っていたら申し訳ない。とにかくそのあたりの児童書が充実しているように見受けられました。あとは雨の日文庫とか、よく古本市で見かけるわりとちいさめの外国文学の……苺みたいな小花みたいな乙女な柄の……タイトル忘れたけどあのシリーズなどが揃っていました。学研のひみつシリーズが書架一本を埋めていたり。

 予算がないんですよとおっしゃるとおり、書架には平成よりまえに買われたのだろうというような古い本が並んでいるのですけども、そんななか今年の課題図書はぜんぶそろっていてすごいな! とおもいました。

 職員さんから、よければ二階も見ていってくださいとお声がけいただき、ではと階段をのぼります。階段に向かう途中の壁には文庫の棚もあり、ほんとうに、私設図書館なのに所蔵資料に偏りのある感じがない。

 途中の壁に「崩落の危険」とか書いてあるけど気にしない。そもそも階段のぼる途中で両側の壁の漆喰がはがれてばらばらになってるけど気にしない……。いやごめん気にする。

 ということでこれからはちょっとさきほどからのまじめなレポート風からすこし逸脱し、はたまた戻りしつつ、とにかく二階がすごかった! ということをお伝えして参ります。

 あの二階、ほんとみんなに見てほしい。

 ほんと見てほしい。

 「崩落の危険」って書いてあるけど。というか書いてなくても実際ほんとにそのおそれはあるなって痛感したけど。

 なのでこちらの図書館を訪れる際にはどうぞ少人数で……って完全なる外野が勝手に規定するものでもないんだけどうんなんかほんとそんな感じで、実際一歩足を踏み入れた瞬間むしろか畳かわからない床がちょっとぐにゃってしました。けっこう広くておおきい建物の床がぐにゃってすると結構本気でびびります。いやそこは体験してほしいとは言わないがこう……臨場感をね……。

 それはさておき、ところでみなさま、夢のなかで図書館や古本屋を訪れたことはおありでしょうか。

 わたしはときどき、ふるい本がつまれた店先とか、広々としてどれだけめぐっても奥にたどり着かない古本屋に迷いこむという夢を見ることがあります。

 階段をのぼった先にあったのは、そんな夢のなかのような光景でした。

 天井が高く、ひろびろとした空間の、あちらこちらに書棚があります。あとで資料を見たところ、二階は約200平方メートルあるとのことでした。さえぎるもののないその空間に、あるいは低く、あるいはちいさい、はたまたあるいはおおきなガラス戸付きの、あちこちの家からあつめてきたような書棚が窓際の左右にわかれて、ときにはすこしはずれたところにも置かれています。そのなかにあるのはやはり昭和40年代前後に出されたとおぼしき児童書。吉田としとか長崎源之助といった、こどものころには近所の図書館の片隅にまだあったけれども、いまでは書庫に入れられたり、または除籍されたりといったような、そんな本たち。もしくは新田次郎、もしくは松本清張、はたまた年代を遡れば川上眉山や広津柳浪のおさめられた文学全集。そして手紙の書き方といった実用書や郷土資料。土地柄か、黒田家年譜などもありました。書棚の脇には未整理らしい段ボール箱。

 床にはさきほども述べたようにむしろのような畳のようなものが敷いてあり、階段から見て奥にはとてもおおきな机が置かれている。館長さんの机だったのでしょうか。明治村やそういうレトロ復刻建築のなかに置かれているようなレプリカ感のあるものではなく、かつてほんとうに使われていて、そのまま時が経ってしまったという風情。

 そう、机のみならず、この建物には大正もしくは昭和のはじめから現在にいたるまで連綿として続いてきた図書館の気配がしっかりとして残っているのです。

 昭和のはしっこにうまれたとはいえほとんどの記憶が平成のもの、くらいの世代には、身近にある町家だとか洋風建築だとかは、すでにすこし上の世代によってリノベーションされだれもが使いやすいよう綺麗にパッケージングされ、「はいどうぞ」とさしだされてきたものです。おしゃれですてきだけど、「ほんもの」といった感じはない。もちろんリノベーションされた「町家」は快適ですし、すてきだなあと思います。時代は、とりわけ建築は日々進化してゆくものです。でも、むかしから続く古いものに参加してみたいなあというきもちもどこかであります。古い建物は不便でめんどくさいとわかっていても。

 そんな感覚で日々生きる身にとってこちらの図書館の佇まいは、まだこんなところが残っているのかという、自分は先の時代のひとびとと地続きでこの場に立っているのだという、いやまあなんだか大仰になってきたからちょっとクールダウンしましょうか、とりあえずなんていうかそんな感じを抱かせるものでした。

 とにかくすごかった。

 もしも岡山にかつてあった古本屋、Fロンティアをご存知の方がいらっしゃったならば、ちょっとイメージ重ねてもらえるとちょっと近いかもしれない。もちろんこちらの図書館のほうが整理されてますけど。

 ぜひ一度、あの雰囲気を味わいにいってほしい。

 そしてぜひ入り口にある募金箱を活用してほしい。

 こちらの図書館は資金難で困られているとのことです。もともと経年劣化の激しいところに去年の台風でたいへんなことになっていると職員さんがおっしゃっていました。

 わたしもわずかばかりですが寄付して参りました。

 ほんとなら毎週でも通って募金したいくらいだけどちょっと距離があるので、ほんとうに、お近くのかたから遠くのかたまでぜひみなさまにあの図書館に行ってほしい。

 ほんとうは教えたくないのです。

 わたしは心が狭いので。

 でも教えずにそっと自分だけの楽しみとしてとっておいたら、あの図書館が万が一存続できなくなってしまったときに後悔すると思います。

 もちろんわたしの人脈などさほどでもないし、この文章にたいした力があるわけでもないこともわかっています。

 わかっているけれど、このまま黙っているよりは、こうしてだれかに伝えてみたい。

 万が一にもこの文章がきっかけのひとつになって多くのひとがあの図書館を訪れるようになって、財政が潤って、改修や補修がされるようになって、それこそまたリノベーションされた使い勝手のいいレトロ建築になってしまっても、それはそれでいいなと思います。

 この、地域のひとびとがいかに読書を大事にしたか、読書に親しんできたかという痕跡があちらこちらに残る図書館が、未来にわたって残ってほしいと、ほんとに全然縁もゆかりもない身ながらおもってしまったので。

 すてきな図書館です。

 どうぞみなさま、おすすめいたします。

 そして最後に付け加えるならば、二階の天井近くのところに据えつけられたそれそれは巨大な歴代館長の肖像画もご覧になってほしい。

 あんなでっかい肖像画、なかなか見ない。

 わたしはあの場でおもわず「すげえ……」と年甲斐もなくつぶやいてしまいました。

 いろんな意味で異空間。

 あと末尾ではございますが、木之本というところそのものも北国街道沿いのレトロな風情がすばらしく、日本三大地蔵に称されるお地蔵さまもいらっしゃいます。眼病に霊験あらたかというお地蔵さま、ふだんから目を酷使する読書好きにはぴったりですね。

 またこの地には島崎藤村が愛したという桑酒のお店もあります。

 黒田の七本槍にちなんだお酒(買って帰りましたおいしかった)や滋賀県名物ツルヤパンの本店もあり。

 戦国武将好きにおすすめの場所としては黒田家の発祥の地もありますよ。

 わたしは黒田家のことなんにも知らないけどとりあえずいってみた。こどもたちがいっぱい遊んでる公園だった。ひとびとみなに愛される黒田の里でした。黒田神社もあるよ。なんでか自分でもあんまり理由はわからないんだけど先月中津城や福岡にもいったわたくし、これで黒田家の予習は完璧だなとおもいました。あとは黒田家ゆかりの登場人物が出てくるまんがや小説にはまるだけです。いまのわたしの知識では黒田といったら日本号しか出てこない。ちょっと宝の持ちぐされ。

 なんのかんのと書きつらねて参りましたが、とにかくみなさまどうぞあの図書館へいってみてください、という、おすすめでございました。

 とってもすてきなところだよ。

 あとまったくもってあちらの図書館の許可なく書きつらねているだけなので、もしみなさま訪れる際にもこの記事のことは秘密にしておいてください。

 どうぞよろしくお願いします。

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文豪がらみの文学紀行 羽太 @hanecco3

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