たかはまきょしに(うっかり)であって
先日、比叡山は延暦寺にいって参りました。
延暦寺といえば天下に名だたる古刹。
滋賀と京都の境にあり、親鸞、栄西、法然そのほか日本仏教史における綺羅星の如き名僧がこぞって修行に励んだ地。
かの信長に焼き討ちされても不滅の灯をともし続ける延暦寺、いや比喩でなく開祖以来千五百年お灯明が続いているそうで、遠くから拝んだだけでも霊験あらたかなきもちになるお灯明でありました。
たまたま行ったその日、延暦寺の建物のひとつのまえにものすごく高そうな車が停まっていて、あの御紋は……てなってたら近くにいた知らんおっちゃんからも「なあ、あの御紋……」て話しかけられてちょっとした交流がうまれるなどしましたがおっちゃんはこちらが離れたあとも御紋付の車を眺めていたのでいやほかに見るとこいっぱいあるでと思ったけどまあひとは好き好きってことでね、あとおっちゃんのそばには夏目漱石が延暦寺に来たよ! て看板もあったりしたのでそれを見ていたわたしもほかのひとにはほかに見るもんあるやろと思われていたかもしれんしなってことでまあそんなこんなの意味でも見どころいっぱい延暦寺。
夏目漱石、吉川英治、谷崎潤一郎などにゆかりがあるとあちこちの看板に書いてありますのでちょっとした文学踏査にもなるかもしれません。
いまのひとびとがロープウェイやケーブルカーを乗り継いでようやっと参詣にいたる地に対し、戦国の世、いったいいかように焼き討ちを果たしたのかまったくもって信長のガッツがすごいななどと日本史の教科書で一行程度で済まされる話についても実体験として思いを馳せたりなどできます。
あと弁慶が渡り廊下をてこにして担いだと言われるふたつのお堂、弁慶のにない堂とかいうのもありましてこれがまた実物は想像の5倍くらい大きいし昔のひとの弁慶に対する信頼の度合いが強すぎるという例を見せつけられた思いです。
弁慶かっこいいよね。
わたしは八犬伝なら小文吾と毛野が好き、みたいな嗜好を有するたちなので各地にあまたある牛若弁慶主従の超人伝説にふれると自分の好みがじつに王道なのだなあやったぜというきもちになります。日本人、牛若弁慶のこと好きすぎてどんどん後付け設定ふくらましていったな……ぼくの考える最強の弁慶みたいになってんな……いやむりやてにない堂、いやむりやでこの建物を担うのは人間としてむりやでむりやねんけどもしかしたらいけたんかもしれへんなだって弁慶やからなって思わせるところが弁慶ですよね。
それはともかく。
で、延暦寺は東塔地域、西塔地域、横川地域のみっつに分かれています。
今回半日かけてすべて巡ったのですが、事件は横川地域で起こりました。
横川といえば源氏物語宇治十帖で浮舟を出家させる横川の僧都が思い起こされるかたもいらっしゃるでしょう。
道元や日蓮、恵心といった名僧らの修行の場としても知られたり。
またこの地にある元三大師堂はおみくじ発祥の地でもあるそうです。そのためこの大師堂にはとにかく「おみくじは運試しにあらず」とか「悩み事を相談のちにおみくじをひき結果に必ず従うこと」とかいう張り紙がめっちゃしてある。めっちゃしてある。根気というか熱意というか圧がすごい。この圧に打ち勝っておみくじをひく勇気はわたしにはない。
あと延暦寺のお札、ご存知でしょうか。
関西圏の方なら目にする機会もあるかもしれない、うちんちにもあるでという方もいらしゃるかもしれない。うちの近所にも古い家の塀に貼ってあったりするあのお札。
むかし読んだホラーミステリーっぽい小説でヒロインが呪符と勘違いし話がややこしくなる小道具としてこのお札が出てきたことがあるんですが(お札の図像にぴんとこない方はどうぞググってください)その霊験あらたかなお札がずらりと並ぶ、しかもさきほども申し上げたとおりおみくじ発祥の地としての本気の圧がガンガンに伝わってくる、大師堂の授与所になぜか、なぜか雑誌「ホトトギス」が何冊も置いてあり。
ホトトギス、そうあの俳句雑誌ホトトギス。
じつは横川の門からこの大師堂に向かう道すがら、虚子塔というのがありまして。
虚子……虚子?
高浜?
あの高浜虚子?
とは思ったんですが、栄西道元元三日蓮恵心と、何十回も言うけど日本仏教界のスターたちの遺跡に囲まれてまさか唐突に日本近現代の文学者がしかも横川地域で三番目くらいにでかい建造物に関係あるとは思えない。あれはきっと虚子っていう仏教用語だろ虚心坦懐に一なる子とかそういう意味やろ知らんけどと前を通りながらもスルーしたんですね。
しかしながらなぜか授与所に復刻なんか原版なんかいまいちわからん感じにふるいホトトギスが何冊も置いてある。
どういうことよ
と思ってわたくし、お近くにいらしたおそらく関係者とおぼしきマダムに聞いてみました。
「すみません、大師堂の近くにある虚子塔って高浜虚子のことですか?」
わたしが延暦寺にいったその日は平日でした。
横川地域は延暦寺のなかでもメインの東塔・西塔地域からかなり離れており、徒歩で1時間半、30分に1本あるバスでも15分くらいかかるのでそちらと比べてもひとけがありません。
実際そのときも大師堂にはわたしとマダムふたりきりでした。
つまり大師堂、めっちゃひま。
ということにわたしが気づいたのはマダムがマシンガンのごとく虚子塔の来歴を話しはじめてからのことでした。
「そうですよ、あちらは戦前……昭和38年? に高浜虚子が延暦寺を気に入って、ここ横川でたくさんの俳句を詠まれまして、そして戦後昭和45年…あれっおかしい、虚子さんがいらしたの昭和18年? あれ? とにかくいま兵庫県の●●にいらっしゃる88歳の●●さんという方がまだ若い頃に、虚子さんがいたお堂に落雷がありまして消失したんですけどその●●さんがご本尊を抱えて逃げられたので無事お堂を再建することができまして、そのときに虚子さんが莫大な寄付をして下さって、虚子塔という名前になりました。ま、いまあるあれ建てたのは佐川急便なんですけどね! 佐川急便! まあ木造だと腐りますもんね! 」
二回言った
虚子塔っていうかそれもう佐川急便塔でよくない……? というくらいに佐川急便を推してくるマダム、うちの近所の餅屋とか250年の歴史のなかで「虚子が食べた」てのHPの一番に掲げてるくらい一大トピックにしてるのにもうちょっと虚子のこと大事にしてあげてもよくない?
さすが1500年不滅の灯を抱く延暦寺、つらなる者はみな僧兵のメンタルを感じさせると感服いたしました。つよい。
その後なおも話したりなさそうなマダムに礼を言って退出しましたが最近文豪ブームでやたらちやほやされてる作家たちに慣れていたのでこんな……扱いを受けてる虚子わるいけどめっちゃおもしろいな……と思ったので文アルすきさんにお伝えしたいなってなったんですがマダムのお話をすべて書くとなかなかに波紋が広がりそうなのですこしだけ抜き書きしてみました。
なお結局マダムの話で一番確実だったのは
兵庫県の●●さんがいま88歳だってことでした。
延暦寺、いいところなのでまた行きたいです。
こんどはコンクリートと鉄筋の虚子塔(佐川急便塔)に行きたいです。
なお「莫大な寄付」はマダムの発言ママです。虚子さんおかねもち。
ところでわたしは先日かわひがしへきごとうの墓(仮)にいこうとしてみつけられずに終わったのですが(詳細はこちらをご覧ください)、今回ははからずもたかはまきょしの塔(旧)のまえを通りながら行かずに終わったのでなんとなく双璧をあかん感じにコンプリートしたなという達成感があります。
やったね。
なんも達成してないという達成感、なかなかないよね。
ということで、おしまい。
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