第6話 大号泣
邸に着くと、あまりにもショック過ぎたのか、静は寝込んでしまった。
「……あの、五条さん」
私は、静の乳母らしい、五条さんに話しかけた。
「御身分が違いすぎますので、五条とお呼び下さい」
丁寧に手をつかれた。
「あ…、あの、じゃ、すみません。五条、静はどうしてあんなトコにいたんですか? あそこ、お城にも邸にも遠すぎるし…」
「………」
五条、沈黙しちゃった。
「あの……」
「本物の次郎を探しに行くと言って…。私の制止も聞かず……。あそこはもう、
(やっぱり)
のんちゃんの言った通りだ。
静は、自分が好きになったニセモノの、女で山賊の次郎を、探しに行こうとしてたんだ。
そのとき。
「飛鳥…いるの…」
か細い声がした。
「い、いるよ! 隣にいるから。ゆっくり、安心して休んでて…」
「ううん。ちょっと、こっちに来て欲しいの。私、飛鳥に話があるの…」
「で、でも」
私は五条を見た。
五条は無言で頷いていた。
「わ、わかった」
私は立ち上がって、のれんみたいな、すだれみたいな、美しい布を上げて、中へ入った。
「ごめんね。さっきはありがとう…」
静は、横になっていたけれど、不思議と唇だけは生気があるように見えた。
「強いんだね、飛鳥…」
「う、ううん、何か、たまたま」
変な返事をして、静の側へ近づいた。
「私ね」
静が、じっと私を見つめて言った。
「ずっとずっと好きだった人がいたの。遠い昔。優しくて、綺麗で、頭が良くて…。大好きだった。でも、会えなくなっちゃって、それっきり」
「………」
(ど、どうしよう)
心の準備が。
「し、静、大丈夫なの。そ、そんなに喋っ……」
「いいの!」
静は、強い口調で私の言葉を遮った。
「聞いて欲しいの。私、もう二度と恋なんかしないって思ってた。出来ないって。でも…、でも…、やっと、やっと出来たの。巡り会えたの。それが次郎だった」
静の白い腕が、手が伸びて来て、膝の上にあった私の手を、痛いくらい掴んだ。
「次郎を好きになって、忘れられたの! やっと、やっと野理花を忘れられたの!」
(うわー! きたぁーっ!)
「でも。でも、やっぱり私、野理花じゃなきゃダメみたい。次郎がニセモノで、どっかで安心してる。本当は…、私が探しに行こうとしてたのは…!」
「………」
ん?
(あれっ)
あっ。
のんちゃんの膝小僧が見えた。
「のんちゃーん」
思わず、しがみついたら。
「わ——っ‼︎」
って。
のんちゃんが大絶叫した。
「つ、つ、机の下で、何してんの、あんた」
「消しゴム…。いいよ、そんなん、もう! のんちゃん。もォー、のんちゃんのせいで、助かったけど、もう、しっちゃかめっちゃかじゃんかー!」
私は。
ちょっと机の引き出しに頭をぶつけぎみに這って立ち上がると。
「のんちゃんのバカー!」
のんちゃんに、しがみついて泣いた。
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