第3話 次郎

 失敗した。

 やらかした。

 膝を抱えて。

 カビ臭い牢屋で、自分の性格のそそっかしさ、せっかちさを反省していた。

 こうなったのには、理由がある。

 本の世こっち界に来るには、二、三分のタイムラグがある。

 その間に、安全なページを探して、そこの一、二ページの小説の内容を把握して、安全を確保するのだけれど。

 たまに専門用語や、難しい漢字が出てくる。それを前はいちいち調べてから来た。開いても一分くらいで本を閉じれば、こっちには来ないから。

 でも、だんだんそれもめんどくさくなって。

 その気の緩みが、この有り様だ。


(のんちゃん、早く気づいて)

 そう思ったけど。

 わかっていた。

 のんちゃんは、土曜日はいつもよりも二、三時間起床時間が遅いのだ。

 いやむしろ、こっちに長く居たいからそうしたくらいで。

「はあ……」

 ため息をついた。

 その時だった。

「飛鳥!」

「えっ」

 目を上げたら、そこには静がいた。

「し、静!」

「ごめんね。飛鳥」

「ど、どうしてここに? ここ、静のお城なの?」

「ううん。次郎の……許嫁の次郎のお城なの」

「えっ、そうなの⁉︎」

「うん。時々ね、あの、その…遊びに来るの。で、今日たまたま来たら、『変なが引っかかった』って、ここの人達が騒いでて…。もしかしてって思って」

「ありがとう、静。私、何もしてないのに捕まっちゃったの。静とまたおしゃべりしようと思って来ただけなのに」

 私は、必死だった。

「うん、わかってるよ。怖かったでしょ。うちと違ってここは本当に大名のお城だから。でも大丈夫。次郎に言って助けてあげるから」

「お、お願い」


 しばらくすると。

「お前が、飛鳥か」

 綺麗な顔立ちの若君が、私の前に立っていた。

(わっ、ちょーきれー)

 私は、自分の状況も、立場も場所も全て忘れて、この人を見つめた。

 切れ長の大きな瞳と。それを覆うような長い睫毛と。

 どこか、中性的な雰囲気すらあって。

「悪かったな。手違いで、静の恩人をかような所へ押し込んでしまった」

 片膝をついて。

 自らの手で、錠を開けてくれた。

 後方には、無表情の若い女と。

 少年がそのまま大人になったような男が、ニヤニヤ笑っていた。

(うわ、やっぱこの世界怖いわ)

「ありがとう…ございます……」

 私は、かがんで牢屋を出た。

 石段を上がって行くと、

「飛鳥!」

 静が立っていて。

「静ぁー!」

 私は思わず、静に抱きついた。

「ちょー、怖かったよー」

「うん、ごめんね。でも、もう飛鳥の事はこの城の人達も、私の特別な友だちだってわかってくれたから」

「うん」

 頷いたけれど。

 私は心のどこかで思っていた。

(たぶん、もう、私はここには来ないかも…)



 新しい着物も貰って。

 お詫びを兼ねた宴で、上座で鯛を突っついていて、

(うまぁー)

 食べている間に、特にその思いが強くなった。

(幸せそう…)

 静は、次郎の横で甲斐甲斐しく世話を焼いていて、時々ちょっと体をくっつけたりしていて。

(この時代では、最大級のイチャイチャなんだろうなあー)

 次郎、という人も、優しそうだし……。


 仮に。

 仮に、もし何かの間違いで、静がのんちゃんの元彼女カノだったとしても。

 この時代で静は、あんなにも幸せそうに生きている。あの汚部屋の主で、フリーターに毛の生えたような(のんちゃんゴメン)フリーライターの姉とどうこうなんて、とてもじゃないけどオススメしない。

(安心して帰れるよ)

 私はこの時、心の底から思った。

 だから。

「二人共、末永く幸せにね!」

 そう言って。

 しばらくの間、この城に滞在した後。

 いつも通り。


「あれ? 寝てたん?」

「うん。どしたの?」

 ものすごい早さで、ふとんから出てきた体を装って。

 私は、普通の女の子、女子高生へと戻っていった。

 そして、もう、本を開かなかった。

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