第4話 美しき娘

 変なの。

 後輩達に見られてる気がする。

 お昼休み、

「ねえ。何か私、一年に見られてる気がする」

 コーヒー牛乳を飲みながら。

 文ちゃんとひかりに言った。

「何それ? 自慢? あてつけ?」

 ちょっと睨むような目つきで文ちゃんが言った。

「何で?」

「飛鳥、ここ一週間くらいで文ちゃんのとりまきの子の半分ぐらいが飛鳥の方へ行っちゃったんだよ」

 ひかりが言った。

文鳥ブンチョウって言って、リーダー格の千広まで。本気で狙ってたのにさ」

 文ちゃんが言った。

「まー、何か飛鳥、垢抜けたしねー。何かあったの?」

 ひかりの言葉に、

「そ、そそそ、そんなん何もないよ」

 チューって、コーヒー牛乳を飲んだけど。

 -あったんだ-

 二人は顔を見合わせて頷き合っていた。


 今日は木曜日で、運動系の部活動がある。

 文ちゃんは剣道部。

 ひかりはダンス部。

 二人共、三年が抜けてから部長で頑張っていて、帰宅部の私は一人、トボトボと歩いていた。

 我が家の両親はそれぞれ単身赴任中で。

 姉の、桜とまことは、実家いえに寄りつかない。

 私としても、のんちゃんの悪口は聞きたくないし。

 それでいいやって思ってた。

 今日は、私が夕食当番だった。

 のんちゃんの好きなカレーにしよ。


「ただいまー」

 あれっ。

 珍しく、姉がいなかった。

(バイトかな)

 たまーに。

 姉はフラッとバイトに行っていた。

 カレーを作って待っていたら。

「ただいまー」

 のんちゃんが戻って来た。

「あっ、カレーだ」

「うん。のんちゃんバイト?」

「うん。短期のね」

「そっか」

 姉の長い髪が、輪ゴムで結ばれていないだけでもホッとする。

 でも。

 穏やかな時間は、この後、突如として破られる。

 私は持っていたスプーンを、お約束のように床へ落とす大事件が勃発するのだ。



「えっ」

 私は、動きを止めた。

「ねー、上、中、下の中、読んでないの? よくそれで読書感想文書いたね」

「いや、そこじゃなくて…」

「あ、似非えせの似非の話? あの次郎、似非ニセモノなんだよ。次郎じゃないの。山賊の娘なんだよ」

「な……、何で! 何でそんなことしたのー!」

 思わず机を叩いて立ち上がっていた。

 -カラン-

 ほら。


「何? あんた、どうしたの?」

「だ、だって。静は、次郎と…、若君と結ばれるんじゃないのっ⁉︎」

「ああ、次郎はね、今ちょっと城にいなくてね。それはマズいってことで影武者を頼んだの。次郎の父の、斉藤信広が山賊の娘にね。容姿が少し似てるから。すっごい美人なの」

(し…、知ってる……)


 私は。

 ふらふらと立ち上がって、スプーンを拾った。

 そして台所に立ち、スプーンを洗いながら。

 そのまま、のんちゃんに背を向けたまま尋ねた。

「ふ……、二人はどうなるの……」

「その後、本物の次郎が無事に戻ってね、本物とニセモノが入れ替わるの。でもね、おかしい、何かがおかしいって、静が思い始めるの」

 姉は、ここぞとばかりに語った。

「お…お姉ちゃん。のんちゃん。ちょっと待って」

 ど、どうしよう。

 聞きたい。

 でも聞きたくない。

 聞きたい。

 あーっ、私の心、演歌みたいになっちゃってる。

 でも。

「聞きたい! ねー、どーなるの⁉︎」

「突き飛ばすの。初夜で。『私の愛しい次郎じゃない‼︎』って」

(聞いちゃったぁ———!)


 頭を抱えて。

 私は姉の前で悶絶した。

「姫が本当に愛したのはね、山賊の娘、七緒ななおなんだよ」

「七緒……」

「そ。七代目を継ぐ山賊の娘。言ったじゃん、最初に。弓の名手の、山賊の娘の話だって」

 いっ。

 言ってた。

 確かに。

 よろよろと、テーブルに戻って。

 私はカレーをスプーンですくって食べたけど。

 味なんて。

 全くしなかった。

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