第2話 白い狐
1日の中で一番綺麗な時間はあっという間に過ぎていく。
日が沈みきる前にさっき話したお社にたどり着こうと早足に階段をのぼる。階段を登りきった先、小さなお社が隠れるように鎮座している。ここだろうか。辺りを見回すがもちろん人がいる気配もましてや白い狐も見当たらない。短く嘆息して、お賽銭を入れる。鈴をガラガラと鳴らし、二礼二拍手、一礼して顔を上げた瞬間、待っていたと言わんばかりに声がかけられる。
「おい」
振り返ると、夕陽をバックに男が立っていた。逆光で顔はよく見えないが、着物は白だろうか。茜色に染まって見えるがあれは白い着物だ。
男とバチリと目があった。
男側から見れば夕日に照らされて、あっけにとられた俺の顔がよく見えることだろう。
「何をジロジロ見ている。」
てっきり神主さんといえば穏やかなイメージがあったがこの人はその限りではなさそうだ。
「す、すみません。白い着物だったもので、つい。それにこんなところに他に人がいるとは思わなかったのでびっくりしてしまって。ほらここって少しわかりにくいところにあるからあんまり人来なさそうだなぁーて。あ、ち、違うんです。悪気があったわけじゃなくてすみません!」
ワタワタとつい余計なことまで言ってしまう。どうせ夕日に照らされてわからないだろうが俺の顔は赤くなっているだろう。あぁ、さっきより男の眼光が鋭くなった気がする・・・。
「お前、ここに何をしにきた。」
「お、れはただ参拝に・・・」
凄まれてつい上ずった声になってしまう。ゆっくりこちらに歩いてくる男と距離が近くなり顔が見えるようになった。思っていたよりも若く、別段背が高いわけでもないのになぜこうも威圧感があるんだろうか。男が自分と同じくらい、いや自分より若いぐらいだとわかって幾分気持ちが収まったことで逆に興味が湧いてきた。
「あの、神主さんですか?」
「違うが、似たようなものだと思っておけ。」
「??」
どういう意味だろうか。神主さんではないが似たような仕事があるということだろうか。そういえば鈴木さんが話してくれたここで会った人というのも白い着物で若い男だったと言っていたな。それに目の色素が薄くて金色に見える。そんなことをぼんやりと考えていると男が大きなため息をついた。
「はぁー・・・、ちゃんと帰りたいなら朝までここを動くなよ。朝になればちゃんと帰れるから。」
「えっ、無理です。明日仕事があるので。それに日が暮れたくらいで道に迷ったりしませんよ。」
「だから朝じゃないと帰れないんだって。」
噛み合わない会話に首を傾げつつも俺は男の横を通り抜け、鳥居から一歩踏み出した。その瞬間激しい風が吹いて思わず目を閉じる。次に目を開けた時にはなぜか先ほどまでいた賽銭箱の前にいた。
「あれ。今鳥居を通ったと思うんだけど。」
「あーあ、もうお前帰れないよ。」
目線を少し下げた先、先ほどまでいた男はいなくなり、代わりに白い狐がちょこんと座っていた。
「今声がしたと思ったんだけど・・・。」
かがんで狐と目線を合わせる。人に慣れているのか逃げる様子もない。
「なんだよ。」
「うっわ!!喋った、狐が喋った!!!」
思わず跳びのき尻餅をつく。機械から出るとは思えないような滑らかな声が目の前の狐から聞こえた。一体どういう原理なんだろう。混乱しすぎて動物って喋るんだっけ?なんて思い始めた。いや動物が喋るなんて聞いたことない。オウムならまだしも狐って喋れるんだろうか・・・。
「狐だって喋るときは喋るんだよ。」
俺の考えていることを見透かして嘲笑うように見下ろしてくる。態度でかいなこの狐。とりあえずいつまでも寝っ転がっているわけにはいかないので座り直す。
「なぁ、さっきもう帰れないって言ってたけどどういう意味?あと、さっきまでここに白い着物を着た男がいたんだけど見てない?」
「もう帰れないっていうのはお前がさっき鳥居をくぐり抜ける前と後じゃ世界が違うってことだよ。さっき話してた男は俺だよ。現世じゃ人間の姿に化けてるからな。」
「そんなファンタジーな。でも、喋る狐がいること以外はさっきとおんなじに見えるけど。世界が違うなんて信じられないよ。」
周りを見渡してみるが景色は変わっていないように見える。この狐以外は。
「まぁ、そうだろうな。でもすぐにわかるさ。ここはお前の過去なんだよ。戻りたい過去、やり直したい後悔。そういう気持ちを持った奴が鳥居をくぐるとこっちに来ちまう。」
「あの噂本当だったんだ・・・。」
「噂?」
「俺も今日鈴木さんっていう人にあって初めて聞いたから細かいところはわかんないんだけど、神社で白い狐を見ると過去に戻れるっていう噂話。」
「確かにここに来る奴がたまにいるがそういうことか。」
「でも、本当にここが過去ならどうやって帰るんだ?」
「自分が後悔していることがなんなのか。この世界の要と言ってもいいな。それを見つけることだよ。」
「それを見つけられなかったら?」
ゴクリと唾を飲み込む。ほぼ確信めいた予感がじわじわと胸に広がる。
「何度も言ってるだろ?帰れないって。」
こともなげに言われた一言が先ほどとは違って聞こえる。
帰れない?
そんなばかな。きっと夢を見てるんだ。よくできた明晰夢。でもどこからが夢だったんだ?もし、夢じゃなかったら?そんな考えがぐるぐると渦巻いて心臓がバクバクと脈打つ。きもち、悪い。指先に力が入らない。喉はカラカラに乾いている。
「ほーう」
狐の声が聞こえて、肩がびくりと震える。ゆっくりと顔を上げると狐のくせに器用に口角を上げて、金色の瞳を弓なりに細めた狐がこちらを面白そうに見ていた。
「やっと気づいたか。ニンゲン。」
金色の瞳がキラリと光った。
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