>Ⅵ


 寒いシャワーを終えて、あたしは体を拭いて、髪を乾かした。

 思ったよりも体の物理的な温度は温まっているけど、相変わらず、 洗面台の鏡に映るあたしの顔は絶対零度と言っていい。ひどい顔。メイクも落としてしまったから、マスカラも落ちているし、書いた眉毛も削げている。コンシーラーで隠した少しのそばかすもあらわになり、ファンデーションで隠していた少し青い顔色も、今は素直にそのいらない才能を発揮している。こんなあたしでは、確かに柊哉に一番にされなくても仕方ない。

 気持ちはずっと続いていて、正直かろうじて髪を乾かしたくらいだったから、もう化粧水も乳液も面倒臭い。そんなに整えても見て欲しい人も触れて欲しい人も、きっと高い高い壁の向こうで幸せに暮らしているのだ。

 冷蔵庫を開けてみると、昨日柊哉が残していったビールが二本残っていた。そのうち一本を取り出して、その場でプルタブをプシッとして思っ切り煽る。

 あ、空腹なの忘れてた。

 リビングのテーブルを見やると、重力に引かれてうなだれたように見えるコンビニのビニール袋に包まれた今日の食料が見えた。

 そこで、あの光景をまた思い出す。

 あの二人はー。

 自分でもびっくりするくらいの速度でシンクに飛び込んで、今飲んだものどころか、胃の中にあるものを全て吐き出してしまった。

 息が荒くて、背筋と腹筋が痙攣する。鼻の奥が、胃液にやられて痛みを訴える。キリキリする。

 なんて無様。

 こんなことをするために愛しているんじゃないのに、これが訪れる柊哉との時間を、それでもあたしはまだ大切に抱えたいって思ってる。

 もういいや。

 そう思って、まだ半分も飲んでいないビールの缶を持って、コンビニの食料を貪り始める。

 本当に惨め。

 外から見たら、たかだか男一人のことで、25歳の週末に差し掛かる1日をこんなふうに使うなんて。

 でも、嘔吐から復活したあたしの胃腸はコンビニの五穀米弁当とサラダともずくを飲み干して、さらに缶ビールを一本、空にした。

 少し、別のことに没頭したせいか心が落ち着いた気がした。

 ちくしょう。

 なんでこんなに、寂しくいなきゃいけないんだ。って思って、それは、あたしとあなたが選んだ道を進むことで、当然のように見えてくる風景であるのは、分かりきったことだったのに。

 なんでこんなに。

 苦しいんだろう。

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