>Ⅳ
結局何も口にしないまま早足に駅に飛び込んで、電車に乗った。
飛び乗った電車の行き先はかろうじて間違えてない。
だってあんな街に1秒たりとも長く居たくない。
どうせもうディナーも済ませてきたんだろう。この後、二人はどこかバーにでもいって、二人の部屋に帰るのだ。一緒に住んでないのは知っているけど、それだって本当?
どちらかの部屋だとしても、それは今夜二人の部屋。
二人とも、笑顔だった。対するあたしの顔は、自分でも見たくないほど酷いんだろう。
どんなメッセージのやり取りをして、どれくらいの数をやり取りをして、どんな電話をして落ち合って、どんな会話をしながら食事をして、どんな声を出している彼を見つめているんだろう。どんな目であの人を見つめているんだろう。
きっと何一つ、その全てが、あたしの前とは違うんだろう。
その道を選んだのはあたしだ。けど、選んでくれたのは柊哉だ。ならもう少し、あなたの心の近くに座らせてくれてもいいのに。眠るときに、抱きしめてくれていいのに。
それさえ、あなたはしてくれなかった。
あたしの体が嫌いなのかな。それなら抱いてもくれない、と思うけど、それはない。何度かの逢瀬は間違いなくあったから。だから必要とされて入るって思っていたけど、あの顔を見てしまったら、あたしの眼に映るあなたの笑顔やいろんな表情が、全部全部仮面に思えてくる。
極端に、ネガティブには知っていることを自覚して、いけないと思いつつも、その思考は止まらない。
誰かに隣にいてほしい。
ううん。
誰かじゃない。
柊哉に、今この瞬間、手を握っていて欲しかったんだ。
電車は、自動的にあたしの最寄駅をアナウンスする。
もう次の駅だった。
無意識にそのアナウンスに体が反応するけれど、どうせならいっそのこと、もっとどこか知らないところまで連れていってほしいと思う。このまま、到着も無視して乗っていたら、どこに連れていってくれるかな、なんて思うけど、せめて眠れなくても、自分のベッドまではたどり着こう、と思って、思い切って降りた。
都合のいいお話なら、ここで知り合いとかにあったりして、飲みにいって、甘えちゃったりするんだろうけど、あたしがこの街を住処に選んだのは、そういう人がいないから。そして作る気もなかった。
祐巳に言わせれば、それだから視野が狭いのよ、と言われるけど、他人の影響も、他人に流されるのも、そこまで心地いいものじゃない。納得できるならいいけど、そんなことはそう多くなかったし。
知り合い、かぁ。
柊哉がいてくれれば、と、反射的にまた思ってしまう。
あんな笑顔を見ておいて、絶望しておいて、それでも思う。
自分で言うのもあれだけど、こんなに心が細いのに、あなたへの思いばかりが莫大なまでに背中に乗っている。背負う心が折れそうなくらいに膨れ上がっていく。本当なら抱えるべきなんだろうけど、 それを背負っているように感じてしまっている。負担、なのかな。
今更に自覚する重い十字架の冷たさが背中を刺したような気がしてふと振り返ると、先ほど乗ってきた電車が速度を上げて走り去っていくところだった。
お腹は空いてるけど、食べる気も起きない。
地下鉄のホームから階段を上がり。
無意識に自動改札を通る。
適当そうな男の人が何かナンパみたいな声をかけてきたけど、そんなものはいらない。
アルミ箔じゃない。
ダイヤじゃなくてもいい。
プラチナが欲しいんだあたしは。
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