オオカミとキツネのワルツ
世相があれだし自分の身のまわりもいまいち落ち着かないしともすれば根暗におちいるのですこしでも明るい気分になることをしよう! 自分が! 自分による自分のためだけのなにかを! というコンセプトのもとにとてもひさびさにこちらを更新しにきました。
ネタはいつでもいっぱいあります。
ないのは根気だけ。
あとは勇気だけだ! って何のネタだったか化石化した脳みそがおもいだしてくれない、そんなお年頃。
お年頃的にも世相的にも「女子の」名作って合わないタイトルだなあとこのごろとみにおもっておりますがそのへんもできたらおいおい考えていきたい。
ところで先日『ケルトとローマの息子』が復刊されたのでいそいそと買ってきました。それはなんだとお思いの方はこちらの文章をさかのぼっていただけましたらどこかに出てきますのでどうぞよろしくお願いいたします。「ケルトとローマの息子」ベリックの冒険と遍歴をこころゆくまで味わってください。そしてそのあかつきにはどうかわたしとこの物語のいろんな意味でのすばらしさについて語りあってください。わたしは百人隊長推しです。ローズマリ・サトクリフは偉大なる先輩。
ということでわたしのわたしによるわたしのためのたのしいたのしい本紹介のコーナー、今回は三田村信行『風の陰陽師』全4巻をとりあげます。
だんだん古今東西の名作からというより古今東西の児童文学からそれっぽいものを拾ってくるアレになりつつありますがといってもこれはべつにわざとではなくただ単に世間にあんまり「それっぽいよ!」と喧伝されてない作品をと思って選んでみたら児童文学が多めになってきたというだけなんですけどなんか罪悪感は小説よりこっちのほうがなくもないけどまあいいや。
三田村信行先生といえば現代日本児童文学界の重鎮、現在も精力的に作品を発表されている大家であらせられます。
『キャベたまたんてい』とか『ネコカブリ小学校』とか、たぶんご著書200冊近くおありなのでは……? てくらい、図書館の児童書コーナー「み」のところにはずらりと並んでいらっしゃることまちがいなしの人気作家。
そしてちかごろはさておき……いやあとからくわしく述べると全然さておいてない気もするけどとりあえずいまはキャベたまとかのイメージがつよいかもしれない、んですけど、デビューはじめのころはシュールでホラーな作品が多く、いまはなき2ちゃんで「トラウマ児童文学作家」スレが立っていらした三田村先生。
クラスメイトがみんな吸血鬼になり自分を狙ってびっしり家の窓にはりついてくるとか地下の帝国にいくことになって階段をおりる~fin~とか、おもいだすだけでもそりゃ2ちゃんにスレ立つよなってオチの作品が目白押しです。よくトラウマ作品にあげられるのは『おとうさんがいっぱい』(タイトルからして不穏)ですがわたしの衝撃作品1位は『ぼくの犬クロ』です。
そんな三田村先生、怖い、おもしろい、そしてとても容赦がないといろいろな面からおすすめの作家さんなのですが、なかでもこの「女子の名作」的推奨ポイントといえば「登場人物がかっこいい」です。
描かれる登場人物たちがほんとうにかっこいい。
特に忍ぶ男耐える男を描かせたら児童文学界どころか小説界にだって右に出るものはいないのではないかとわたしのなかの文学イケメン評論家が言ってたりするのはまあいいとして、ほら、あのハードボイルドな男前たちが集う血まみれ人形とかいうバーをつくりあげ世の老若男女をひれ伏させたかの作家先生がかつてファンの方におっしゃったという「(自分の書いた男たちを見たら)現実の男なんか目じゃなくなるでしょう」って言葉、三田村先生の書かれる男性陣にも適用されるとおもう……ていうくらいに男前。
なかでも男前は「ウルフ探偵」シリーズのウルフ探偵。これはもう絶対です。なかにはシャーロック・ホームズのズボンが謎をといていく「シャーロック・ホームズボン」シリーズのホームズボンをイケメンにあげるひともいるかもしれないけどわたしの好みとしてはウルフ探偵が最上位ですのでよろしくお願いします。
「私の名はウルフ。町の売れない探偵だ」ではじまるこのシリーズ、町のちいさな探偵事務所の主、ニヒルでクールでちょっと抜けてるところもあるけど抜群に強い(河童と相撲して勝つ)ウルフ探偵が主人公。
じつはウルフ探偵、その正体はなまえでばればれかもしれないけど狼男。物語のクライマックスでは狼に変身し、ふしぎな事件を解決します。
パン屋さんちの息子の小学生・明くん(児童文学にもえとか一切なかった時代に書かれているせいかとてもふつうにかわいげもあったりなかったりする)が事務所にちょちょろ出入りしたりするのもご愛敬。
わたしはこのウルフ探偵がすきすぎてジェネリック作品を探すあまりに「ムジナ探偵」シリーズを手にとり、ウルフさんとはちがうムジナさんの魅力に夢中になってその後彼とおなじ職業につきました。ムジナさんはいざというときムジナに変身しないところも人間みがあっていいですね。人間ちゃうけど。
そんな男前を描かせたら右に出るものがない三田村先生がこう……BとかL的なあれそれを描かれたらすごいだろうなでもまあ昨今児童文学界でもそれっぽい流れはきているとはいえ三田村先生がそういうの書かれることはないやろな……児童文学界の泰斗、1939年うまれの男性作家やしな……
とおもっていたころがまあわたしにもあったわけですが。
ということではじめに申し上げました『風の陰陽師』。
おそらく年配の男性で「トラウマ児童文学者」とかいうものものしい評判もおありであるのにそこのところはなぜかいまどきの流行ばっちりの少女漫画風イラストを挿画にされることが多い三田村先生なので表紙は二星天先生という流麗ぶり。むしろ見た目だけならライトノベルとかライト文芸の趣。
タイトルに陰陽師とあるとおり、安倍晴明の物語です。
やさしくけなげな少年安倍晴明が母である葛の葉狐やまわりのひとびとの助けを得、玉藻の前や「闇の陰陽師」藤原黒主と戦う伝奇ロマン。
俵藤太や蘆屋道満、袴垂保輔など有名どころが出てきて物語を盛りあげます。
ちょいちょいいつもの三田村節がうなるものの、トラウマっぽさもわりと少ないというかラストシーンは「み、三田村先生がこんなエンディングをご用意くださるなんて…!?」って積年のファンが感涙にむせびそうになるくらいだったのでどうかみなさん安心してお読みになってください。いつもの三田村先生どないやねんっていわれたらほらだから放し飼いにしてた犬が……とか……うん……現実を甘い感傷なしにつきつけてくる先生のことがわたしはとってもすきです……でもあれとかこれとかこどものときに読まなくてよかったなっておもいます。
そんな三田村先生ビギナーに優しい『風の陰陽師』。
すなおで可憐な美少年安倍晴明、だらしないけど明るくて憎めない蘆屋道満、クールな盗賊袴垂保輔などバラエティ豊かなイケメン揃いのこの世界のなかでもとりわけ男前なのが赤眉ではないでしょうか。
葛の葉(優雅な美女)から遣わされた晴明の守り人、狐一族きっての武人にして白髪の美丈夫。晴明に忠誠を誓い、常にそのそばに控え、もの静かで謙虚ながらもどこか武骨なところも滲む。なまえの由来も本性は白狐なのに眉だけが赤いからとかそういう……盛り込みすぎな……もちろん挿絵でもめっちゃイケメンに描かれています。
この赤眉、葛の葉の命によりかげひなたなく晴明に仕えます。晴明が好きな子に夢中になったりなんかいろいろ落ち込んだりしたときもそっと見守るなど警護の者として百点の立ち居振る舞いで全4巻中2巻まではきてくれるのですが、……3巻で……なんか急に……なんか急に……こういう場面がさしはまさまれる。
「晴明の名が出たとたん、赤眉は顔を赤らめ、うろたえたように目をそらした。胸の内がざわざわと波だった。」
なんでや
と読者が突然の展開に度肝を抜かれているうちに晴明に対する赤眉の心情とふるまいははっきりがっつり書かれていき、え……完全に判定勝ちじゃない……? という思いがむくむくとふくれあがるとともに気がつけば物語はフィナーレへ。いや赤眉の述懐ののち3巻半分と4巻まるまる1冊分別の話があるんだけどそれはそれとしてわたしのなかの物語愛好家がきっちり楽しんでいるわけなんですけどそれとはべつにわたしのなかのBとかLとかいうのがすきなひとがなんか呆然としてる、あいだに、あれこれ大団円……? って言っていいのかわからないけどなんか……え……? って困惑のうちに物語が終わってしまい三田村先生んちのイケメンが! っていう衝撃だけがしっかりと残るわけです。
この作品が発行されたのは10年まえであり、当時リアルタイムで追いかけていたわたし、この10年でいいかげん慣れてもいいとおもいはするもののいまだにここの赤眉の告白について思いを馳せると「三田村先生……!」ってなる。
ちなみに4巻ではまたべつの男性がべつの相手に対してこの3巻の赤眉とまったくおなじふるまいをし、それが本文中で「恋」と書かれたりしているのでそういうところからも判定勝ちだと思います。
天然可憐美少年(天才で努力家でけなげ・ひとの好意に疎い)と寡黙な美丈夫(天才で努力家で自分の感情に疎い)という世間の何割かにヒットしそうな組み合わせ(イラストは少女漫画風)が児童文学界の重鎮であらせられる三田村先生の熟練の筆によって描かれるっていう、はじめに読んだときわたし前世ですごい徳積んだんちゃうかな……耐える男忍ぶ男を描かせたら当代最高峰の先生の手で主への思いに苦悩する武人なんてものを読めてしまうなんて……て思いました。
もちろん歴史物語としても少年の成長譚としても伝奇ロマンとしてもめちゃくちゃおもしろい『風の陰陽師』、どうぞみなさんお読みください。
イケメンぞろいと書きましたが美しい葛の葉さまや元気な小枝ちゃん、いとけない咲耶子さまなど女性陣もすてきです。
そしてこのシリーズのほかにも耐える男忍ぶ男がたくさん出てくる三田村先生の小説群、狼男とかだいだらぼっちとか、ひとびとの暮らしのなかにひっそりとまぎれこむばけものたちの苦悩と葛藤、それゆえに醸し出される色気をどうぞ味わってください。
ちなみに三田村先生の筆で耐える女忍ぶ女を描かれたらどうなるんかなあと長年おもっていたところ最近(でもないけど)出された『安寿姫草紙』がまさにそれだったのですがこれがまたすごいお話だったのでこちらもご興味がおありの方はぜひ。
タイトルどおり安寿と厨子王のお話。
三田村先生の筆によってうまれた男たちの魅力がかすむほど、安寿姫の忍耐というか……いやもうなんというか……ひとことで片付けられないすごさというか……こないだノーベル賞とられたオルガ・トカルチュク『昼の家、夜の家』に出てくる髭はえた聖女の挿話をなんとなくおもいだすというか……世界標準ですごかった安寿姫、最近キャベたまとか妖怪道中とかふたりユースケとかふんわり系のお話を多く書かれている三田村先生、お年を召してマイルドになられたのかなと思ってたけどぜんぜんそんなことなかったしむしろ神がかってきたトラウマメイカーでした。
さて、ここまで読まれてきた方はもはやとっくにお気づきでしょうが、つまりはわたし三田村先生のわりとどっぷりフリークです。
どうぞみなさんこの沼におこしください。たのしいよ。
女子の名作 羽太 @hanecco3
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