第十二章

 光学迷彩が解けたトライバルに、再び投擲物が地上から襲ってくる。だが、備えている分には当たらなかった。


「アイツら……」


 リョーは下界を見下ろして毒づいた。異形体達の手が鋭い木の槍となり、何かガス圧のようなもので打ち上げているらしかった。


 トライバルが甲板に戻ると、先に降りていたクローン達の大半が突入を済ませ、四人が穴の周りで警戒をしているだけだった。


『降りろ。長くは保たん』


 残りのクローン達が全員降り、いよいよル・アやリョー達の番になった。


「おいカクイ。降りるぞ」

「ちょっと高すぎないか」

「ヘタれるな。それともこのまま死ぬか?」

「冗談言うな」


 そうこうしている間にも、ル・アがティウを伴って降りる。


「おい早くしろ!」

「待て! 君の血液サンプルを忘れた……」

『地球人! 降りろ!』


 スピーカーから二百二号の怒声が響いた瞬間、シャトルが再び激しく揺さぶられた。


「うおぉぉぉ!」


 リョーはもんどり打って床を転がり、カーゴの腹から空中へ放り出されてしまった。視界にいくつかの装備品が一緒に空中へ躍り出るのを見た。……次いで、衝撃にひるんでピックアップにしがみついてしまったカクイを見た。


「カクイ!」


 そう叫びたかったが、リョーの体はまず自分の身を案じた。

 体をひねり、足裏を垂直に地面へと向ける。白い地面が見える。次いで衝撃が足裏に響くと同時に、リョーは体を右後方へと崩して倒れ込んだ。そのまま体が一回転でんぐり返ると、何事も無かったかのように起き上がった。


「カクイッ!」


 遠方ではトライバルがさらに不安定になって飛んでいる。もはや姿勢をコントロールしているのが信じられないほど、外部の損傷が酷かった。


 一条の緑色のビームがトライバルに衝突する。トライバルはすでに推力を失ったエンジンを盾にし、これを凌いだ。


 リョーはビームの出所を目で追った。驚くことに、大型船の船首側甲板から機械がせり出して、ビームを放っている。どうやらあれによって、トライバルはトドメを刺されたらしい。

 リョーの側にル・アが駆け寄ってくる。


「二百二号。応答しろ」


 応答が無い。

 四基あるエンジンのうち、一つはビームによって完全にちぎり飛ばされた。そして別の二基は火花と黒煙を引きずって虫の息の様相を呈している。


「アーコン。トライバルの墜落予測地点に向かえ。上空からの援護に加え、救援を実施」

『了解。アーコンよりハイブへ。アーコンはトライバルの援護に付く』


 そうこうしている内に、闖入者に気づいた協会の小型艇がトライバルに接近する。それに対して、まだ光学迷彩が生きているアーコンが奇襲砲撃を加えて屠る。


『アーコンよりオリジン。協会側が気づいた』

「アーコンは救援。バルクィテンシスとテネブリカが露払いをしろ」


 頭上を姿無き重量物が通過する。力尽きて砂原のほうへ墜落していくトライバル周辺に協会の小型艇が群がるが、虚空から閃く赤い光弾に次々と捉えられていく。


「カクイ……!」


 しばしの間、リョーはその場から動けなかった。


「死んだとは決まっていない。……奴が操縦していれば、墜落もうまくこなすだろう」

「……えらい自信たっぷりじゃねぇか。適当なこと言いやがって!」

「二百二号の代わりに操縦しているのは、かつての私自身だ。一千百万時間の飛行経験がある」


 リョーはル・アの言っていることが分からなかった。


「敵襲!」


 不意に、背後から声が上がった。声のした方をリョー達が見ると、何十体ものスードゥ人達が、甲板上を駆けてくるのが見えた。


「来い!」


 ル・アはリョーに短く声をかけると、クローン達が守る突入口へと走って行く。


「クソッ!」


 リョーは丸腰だった。ヘルメットも無く、ボディアーマーも軽量のプレートしか入っていない。


 周囲を見渡すと、カーゴから一緒に放り出された複数の装備品が転がっていた。ほとんどが用途不明の工具だったが、没収されたハンドガンとアサルトライフルが転がっていた。


 リョーはそれらをひっつかんで突入口へと駆けていく。道すがらマガジンを確認してみると、案の定弾が抜かれていた。


 ル・アとクローン達は突入口を囲むようにして防御陣形を作っていた。

 リョーが突入口に飛び込むと、射撃で異形体を押しとどめていたル・ア達が滑り込んでくる。殿のル・アが入ってくると、クローン達はマンホールのようにくりぬかれた外殻を穴にあてがい、瞬時に溶接して封鎖した。


「どっから逃げるんだよ」

「逃げない。我々も戦力として前進し、他隊と合流する」


 リョーはウンザリした様子でため息をつくと、ティウに目を留めた。


「コイツも連れて行くのか」

「彼女の言うとおり、ナビゲーターとして協力してもらう。良いな?」


 ル・アがティウに同意を求めると、ティウは静かに頷いた。


「それにあたって、お前に護衛を命ずる」

「ハァ?」

「私のクローンを使うわけにはいかない。事態は総力戦だ。護衛に何人も割けん」

「俺だってゴメンだ」

「ティウが死ねばお前も死ぬ。ならばティウの命はお前の命も同然だ」


 ル・アはそう言うと、話を打ち切ったように踵を返した。


「オイ弾寄越せ!」

「…………」


 ル・アは弾薬係のクローンに目配せをし、弾薬を分けさせた。


「前進するぞ。遅れるな」


 リョーはふて腐れるようにして弾薬を拾い上げ、ライフルとハンドガンへ食わした。


「……動揺しているな」


 ティウがリョーの腹の内を読み、尋ねてくる。リョーは舌打ちをした。


「人の脳みそに土足で入り込むんじゃねぇ」


 ライフルのレバーを引き、弾薬の装填を行う。


「……離れんじゃねぇぞ。死んだら困るからな」


 そういえば、と、リョーは上着のアーマーのポケットをまさぐった。弾を探すときよりも必死になって見つけたのは、ひしゃげたタバコの箱二つだった。


「クソッ」


 すでに開いている箱から一本タバコを引き出してみると、ひしゃげて葉っぱがこぼれていた。その有様に、リョーのニコチン欲求が急に減退した。


「てめェらに関わってから、ロクなことが起きねぇ」



 大型船の内部は一直線に伸びた通路が、船首から船尾に向かって通じていた。何十メートルか進むと上下階に渡る階段か、昇降チューブが現れる。


「何のための通路だよ、これ」


 円陣の殿に交じって通路を駆けるリョーが呟いた。通路に面する扉が見られないのだ。


「扉はある」


 リョーと共に殿を務めるクローンの一人が答える。


「どこに」

「……そこに一つ。あそこにも」


 そう言いながらクローンは壁を指さしていく。


「見えんのかよ」

「ヘルメットの視覚補助機能だ。非可視光が見える」

「ほぉ」


 通路にブーツとスパイク付シューズ、そしてティウの素足の音が響く。


「アンタら、オリジンていうのか?」


 若干の言葉のキャッチボールが出来たことを端に、リョーは質問をしてみた。


「違う。オリジンは我々クローンのオリジナルのことだ」

「あの偉そうな奴のことか? アンタらは皆番号で呼ばれてたが、アイツは何番だ」

「番号は無い。オリジンは我々ハイブの総代だ」

「ハイブ?」

「ハイブとは母艦のことをいう。雇い主はみな、ハイブの固有名称でオリジンを呼ぶ」

「なんて呼ぶ」

「――ル・ア」

「ル・アね……」


 リョーが反芻するように言った途端、目先の通路の壁が内側へ花咲くようにして破れた。その破口から異形体が通路へなだれ込んできた。


「前方へ火力集中」


 先頭をゆくル・アの号令で、クローン達は前方へ銃列を組む。溢れかえるように、濁流のように迫ってくる異形体達に火線が突き刺さり、それらをたたき伏せるようにして道を開いていく。


 途端、殿の後方からも爆音が響いた。後方の壁も前方と同じようにめくれかえり、異形体達が溢れ混んでくる。


 クローン達は即座に後方へも銃列を組むが、火力が半減したことで後方の洪水を抑えきれない。


「チィッ!」


 リョーは周囲に聞こえるように悪態をつき、ライフルを構え、引き金を引いた。転げ、のたうち回るように突入してくる異形体の体に銃弾が撃ち込まれるが、明らかに効果が薄く、効率が悪い。


「コイツらどこが急所なんだよ!」

「こっちが知りたい」

「弾だ! 弾寄越せ!」


 マガジンが投げ渡される。が、リロードするよりも異形体が迫る速度のほうがは早い。異形体は正面二メートルまで迫った。


 リョーは腰のハンドガンを抜き、異形体の頭部めがけて三連射した。頭部を激しく損壊された異形体はその場に崩れるように倒れた。まだ生きて居るのかもしれないが、運動機能を奪えただけで十分だった。


 だが、そう思う前に次の異形体が体当たりしてきた。

 リョーは仰向けに倒れ、そこへ異形体が覆い被さろうとしてくる。リョーは体のバネを発揮して両足を振り上げると、異形体を蹴り飛ばした。乾いた発砲音が二回響く。


「気持ち悪ィ顔向けんじゃねぇッ!」

「後退しろ地球人。隊列から外れているぞ」


 ル・アの声が聞こえるが、リョーは無性にむかっ腹がたった。

 体を起こす間も無く二体三体とやってくるので、リョーは仰向けになったまま床を蹴って通路を滑って行く。その間にもハンドガンのマガジンを入れ替え、応戦を続ける。


「使え。地球人」


 床をル・アのハンドガンとマガジン二本が滑ってくる。リョーはそれを手にして自分のハンドガンと交代させる。安全装置の解除も装填方法も、体に染みついた動作としっくりきた。


「ライフル寄越せよォォォォオ!」


 端から見ても、隊伍から外れて一人奮戦するリョーは危険な状態だった。


「オリジン。宜しいのですか。流石に厳しそうですが」


 『:』の肩章を付けたクローン十二号が、抑揚の無い声で尋ねた。


「まだだ」

「ぐうぅぉぉぉおお!」


 引き金を引いて放たれた銃弾の形を、リョーの双眸は捉えた。

 ライフリングによって回転を加えられた、鋭い円錐形の物体が直進するのが見える。


 銃弾は一メートル直進し、異形体の頬骨辺りへ接触した。円錐の先頭が、異形体の木質化した外殻を割って侵入するのが観察できる。


 二発目が放たれる。慣れているとは言え、銃声が聞こえなくなっていた。それどころか自分が発しているはずの咆哮も、骨を伝わってくる振動しか感じない。二発目が眼窩を貫き、その後方へと内容物の飛沫が広がるのが見えた。


 ニコチンが切れたらしい。喫煙欲求を抑え込んでくれた、くしゃタバコにリョーは感謝した。


 次の標的まで二メートルの距離がある。そして今の状態ならば、接触までに体勢を立て直せる自信があった。


 リョーは両足で床を蹴ると、同時に体を丸めて後方へとでんぐり返った。体勢を直して立ち上がると、案の定まだ異形体は一メートルの距離にいた。


 頸椎に銃弾を二発たたき込み、しばし観察してみた。銃撃された異形体はゆっくりと床へ倒れ込む。リョーはスードゥ人の急所を把握した。


 さらに三体を『処理』すると弾切れした。リョーは新しいマガジンに取りかえ、射撃を再開した。


「があっ!」


 リョーがうなり声と共に空のマガジンをル・ア達の方へ放る。


「オリジン?」

「投げてやれ」


 その間にもリョーは、自分の体に纏わり付くように集まる異形体達をきっかり二発の銃弾で仕留めていく。次第に腕を伸ばして狙うリーチすら足りなくなってきたので、彼は銃を胸元近くまで引き込んで狙う姿勢に切り替えた。


 顔に向かって、異形体の槍状に変化した腕が突き出されてくる。ゆっくりと。リョーは当然、それを見過ごすわけも無く、顔を左へとずらす。懐へと入り込むと、左手に持ち替えたハンドガンを顎下に突き入れるようにして発砲する。


 体を横へと翻す間にも二体を屠り、正面に立ち塞がった一体の足を払って崩し、頸椎に正確に二弾を放つ。


 いつの間にか顔の前に、十分に弾の詰まったマガジンが振り降りて来ている。ゆっくりと、くるくる横回転しながらリョーの目前に降りてくるその姿は、彼にとっての天使、彼を襲う者にとっては死天使の降臨だった。


 マガジンを手に取り、グリップのマガジンロックを解除する。ゆっくりとグリップから空マガジンが、力尽きたように這い出てくる。マガジンが無くなり虚ろになったグリップに新しいマガジンを滑り込ませると、リョーは空気が揺らいだのを肌で感じた。


 まだ迫ってくる四体の異形体の背後で、仁王立ちした一体の腕が吹き飛んでいる。いや、吹き飛んで『来て』いる。槍のように鋭くなったそれは、『トライバル』のエンジンを破壊したあの武器だった。


 速度としては銃弾と同じくらい。当然、リョーにとっては遅い。

 体を翻して避けたかった。だが、リョーの背後にはル・アや、命綱を握っているティウがいる。嫌でも守らなければならない。


 リョーは異形体の弾頭が、胸先十センチメートルまで接近したところまで逡巡した。そして左へ避けると、まだマガジンを装着している途中だったグリップを弾頭の横っ腹へ叩きつける。


 叩きつけられた途端、マガジンはグリップと一体化する。グリップの底が弾頭の表面を削るゴリゴリという音が、腕の骨を通じて響く。

 力尽くで弾道を変えられた弾頭は明後日の方向を向き、壁へと突っ込んで果てた。


「……格闘技の一種でしょうか」

「にしては反応も、運動能力も先ほどとは桁違いだ。極めつけは」


 乾いた音が『二発』分響き、二体の異形体が倒れる。


「射撃速度が、銃の遊底が戻る瞬間の極限まで上昇している。今のは四発撃っている」


 リョーは一発分の射撃音で、腕を発射して手持ち無沙汰に棒立ちの異形体を弾いた。


 状況が終了した。リョーは三百六十度を警戒し終えると、アーマーの懐からくしゃくしゃになったタバコを一本取り出した。おぼつかない手でそれに火を付けると、ゆっくりと煙を飲み込んだ。


「……ケッ。フィルターまでほぐれてやがる」


 リョーは口をすぼめ、タバコを一気に燃やすと床へと吸い殻を投げつけた。床に広がるスードゥ人の琥珀色の体液に触れると、タバコ以上の悪臭が通路に広がった。


「同胞を冒涜するな!」


 その様子を見ていたティウは憤慨した。姿形が変わり、自我を失っても同胞なのは変わりなかった。


「お前の同胞かもしれないが、十秒前まで俺はコイツらに殺されかけてた」


 リョーは新しいタバコを抜き出すと、懲りずに火を付けて吸い出した。


「それとそこのクローン軍団どもにもな。俺がきりきり舞いしてて、楽しかったか!」

「実に興味深かった」


 ル・アは悪びれずに言った。そして尋ねた。


「お前は何者なんだ?」

「少なくとも、お前らのモルモットじゃねぇ」


 リョーの背後で、再び壁の破れる音がした。見えないが、かなり奥の通路から異形体達が迫る気配がする。


「先へ急ぐぞ」



 リョー達は通路を進み、途中の連絡階段を下った。この階段も上から下から異形体が押し寄せたが、前方はル・ア達が切り開いた。殿は当然のようにリョー一人に押しつけられていた。


「がぁぁぁああ!」


 異形体のうなり声に交じって、リョーの哮りが響く。すぐ側には十二号がつき、マガジンの供給を手伝っている。

 列の先頭、則ち階段の下の方ではル・ア達が一矢乱れぬ動きで掃討を繰り返していた。


「なんでコイツら、次から次へと的確に来るんだよォォォォオ!」

「問題ない。切り抜けられる」

「お前は良いだろうけど俺は一人で捌いてんだぞォ!」

「十二号が補佐しているだろう」

「それをおミソって言うんだよォ!」


 ティウはリョーの踏ん張る階層とル・アが切り開いている階層の間に居た。上からはリョーのライフルからこぼれる熱い薬莢が降ってくる。下からは同胞の叫び声と、ル・アのビームナイフに焼かれる匂いが立ち上ってくる。ティウはうずくまり、小さな悲鳴を上げていた。


「私の……私の位置を追って、そこへ皆を送り込んでる!」

「とんだ目印だな!」

「悲鳴を上げるだけなら誰でも出来る」


 ル・アの淡々とした声が下の階から上がってくる。


「役に立て。コイツらをけしかけている奴は、どこにいる」


 ティウは叫び声と銃声にさいなまれつつも、意識を集中した。


「……下の階。三層下の、尖塔直下の部屋に、ソミカがいる」

「……距離にして一キロだな」


 ル・アが手のひらのホログラムディスプレイで、簡易マップを開きながら試算した。


「一キロも活路開くのが、どんだけヤバい事か分かってんだろうな!」

「問題はない」

「お前は先頭で威張ってりゃ良いだろうがな! 俺はケツに火ィついてんだぞ!」

「黙って殿をこなせ。怒鳴ればそれだけ体力を消耗する」


 その時、三階層下の壁が轟音と共に吹き飛んだ。その破口からクローンの一団が現れた。


「ラウイか」

『ラウイ1からオリジンへ。合流しました。周囲の敵性体は一掃』

「よし。ラウイ、その階層より西へ八百メートル進んだコントロールルームに向かう。テネブリカ、ナピナ、バルクィテンシスも続け。オクルタは脱出路の確保」

『了解』

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