第十一章

 トライバルとアーコンは、ティウ達が『始まりの森』と呼ぶ巨大な森林地帯上空に到達した。光学迷彩を起動している二機の外装は、青く透けた空模様をよく再現していた。そんな塵一つ無い高空に比して、眼下に広がる光景は目を覆いたくなる様相を呈していた。


 森の中央は大きく盛り上がり、青々とした植生に茶色の破口が穿たれている。その破口からは象牙色の円筒が、首をもたげたワニのように突き出ていた。その円筒に対して、ねずみ色をした紡錘形の大型艦が攻撃を加えている。


 森のそこかしこが燃え、煙の柱が円筒を囲む。まるでながい眠りから覚めた猛獣を、檻に閉じ込めようとしているようだった。


「あれがエネルギー発生源か」


 ル・アはコクピットから、煙の檻の中でのたうち回る円筒を見た。


《美しい》


 頭の中で始祖が呟く。が、それ以上は何も言わない。

 二時間前に先着していた偵察機の報告で、森から出現した大型船のことは把握していた。その特徴からプリカーサーの技術で作られた船であることは、ある程度推察がついていた。


『バルクィテンシス、ラウイ、テネブリカ、オクルタ、ナピナ到着』


 ル・アの隣でパイロットの二百二号が、僚機の到着を報告する。コクピットの風防に搭載されたHUDに、他の機体の輪郭や位置が描画される。


「ハイブ。協会側の通信を傍受し、トライバルのスピーカーへ回せ」

『了解』


 一瞬の雑音の後に、鮮明な音声通信が流れてくる。

 通信は協会側がソミカの裏切りに激怒していること、かなりの戦力を投入しているが戦況が芳しくないこと、すでに近傍の最大拠点から戦艦が送られたことを伝えてきた。よほど、プリカーサーの船が欲しいようだった。


《奴らは何と戦っているんだ》


 その答えは程なく出た。大型船の外壁に取り付いている協会の強襲艇が一機、力尽きたように外れ、外壁を転がり落ちていく。その張り付いていた場所に穿たれた突入口から、スードゥ人の異形体が溢れてこぼれた。


 その様子を見ていたル・アは鼻で笑い、カーゴへと出て行った。彼女がカーゴへと姿を現すと、クローンやリョー達が顔を向けてきた。


「喜べ娘。お前達が優勢だ」


 ル・アはティウに対していった。だが、当のティウは窓から見える光景に釘付けで、何の反応も示さない。


「誰の声も分からない。みんな、何も考えていないみたい。こんなの……」


 窓にかけた手が震えていた。


「喜べる状況じゃねぇみたいだな」


 カーゴの床で寛ぐリョーが、タバコをふかしながら言った。


「なんでみんな、こんなに凶暴になったんだ」


 カクイがティウとは別の窓から外を覗いている。


「……みんな同じ言葉を反復してる。星を取り戻せって……取り戻して……」


 ティウは言葉に言葉に詰まった。


「取り戻して、どうすんだ」


 リョーの口先から灰が散る。


「……地球人に報いよ」


 カーゴ内が静まりかえった。


「報いよって……誰が? 何をするつもりだ」


 カクイが問う。


「ソミカの声が、あの船から聞こえる。みんなの声がそれに唱和している。みんなの恨みが、地球人の絶滅を望んでいる」


 それを聞いていたリョーが肩をすくめた。


「恨み骨髄か」

「冗談じゃないぞ。僕らは何もしてないだろう!」

「この星では、協会は地球人の代表だ。同じことだ」


 ル・アの抑揚のない声が、地球人二人、特にカクイの耳に障る。


《だが状況は最悪だぞ。今あの船を掌握している輩は恨みと怒りを、未知の力で成就させようとしている。滅ぶのが地球人だけとは限らん》


 始祖の言うことも一理あった。


「この位置から、大型船内に語りかけはできるか」


 ル・アの問いに、ティウは窓の外から目を離さず首を振った。


「みんなの声が大きすぎる。私の声なんか、かき消されてしまう」

《内部に侵入し、直接交渉するしかないだろう》

「交渉。か」


 ル・アは静かに嘲った。そして続けた。


「オリジンより各機へ。これよりプリカーサーの船に強襲をかける」


 ル・アは壁のモニターで地図を呼び出した。大型船の線画が現れると、その上に五つポイントした。


「この位置に接舷し外殻を穿孔、侵入する。陣地化された箇所を避けて突破し、機関室で合流する。コントロールを奪うことが第一だが、不可能ならシステムをオーバーロードさせて自己崩壊に追い込む」


 作戦がル・アの視覚を通り、首のアンテナ端子を経由してクローン各個体に伝達される。


「破壊は……」


 ティウの消え入るような声が聞こえた。ル・アの瞳がヌルリとそのほうを向いた。


「破壊はしないでほしい……」

「お前が主導権を握るのに、必要か?」

「私はそんなもの、いらない!」

「ならば危険物を残しておく理由はないだろう」

「…………」

「各機、作戦開始」


 七機の戦闘艇は隊列を組み、音も無く降下を始めた。



『ナピナ、テネブリカ、突入を開始しました。ラウイが続きます』


 先に三つの隊が侵入を始めた。


『こちらナピナ1』

「オリジンだ」

『ナピナ、侵入成功。現在地に敵影無し。トラップを警戒しつつ、機関室へ向かう』

「オリジン了解」


 先発のナピナに続き、テネブリカが別地点より侵入する様子がル・アの視覚に投影される。


「二百二号。侵入地点に機を動かせ」

『了解。移動します』


 ル・ア達の乗る戦闘艇『トライバル』は、白い大型船の横を滑るように、音も立てずに駆けていく。光学迷彩を纏い、エンジン出力を目一杯に絞った隠密飛行である。

 トライバルは、ある強襲艇の側をかすめた。通り過ぎると、息絶えたセミのように外壁から転がり落ちていくのが見えた。そして破口から、異形体達がボロボロとこぼれた。


「化け物があんなに……」


 理性を伴わない異形体の動きに、カクイは思わず失言した。


「あんな所に突っ込むのかよ」


 リョーがこぼした。だが、どことなく他人事のようだ。


「問題ない」


 ル・アが防弾アーマーを着込みながら答える。


「私を連れて行け」


 ティウが後ろから声を上げた。ル・アは相変わらず体温を感じさせない目をヌルリと動かし、ティウを睥睨した。


「私はソミカのテレパシーが分かる。ソミカがどこにいるか、分かる」

《地図が手に入ったようなものだが、連れて行くのは非効率的だ》

「足手まといだ。ここに残り、無線でナビゲートしろ」

「離れていては分からない」

「ならばこの話は無しだ」


 ティウは二の句が継げなかった。それをル・アは確認し、他のクローン達と共に配置についた。

 トライバルは大型船の艦橋と思しき尖塔より、二百メートル後方の位置へと接近した。船の背側は若干平たくなっており、絶好の降下ポイントだった。


「降下!」


 ル・アの号令と共にクローン達が次々と甲板に降り立つ。カーゴから甲板まで六メートルはあるが、完全武装のクローン達はひるみもしない。甲板に全体重を叩きつける鈍い音が響く。


「生身でこの高さを落ちるのかよ。足痛めねぇのか?」

「働かない奴は黙っていろ」


 部隊の四分の三が降下し、先に降りたクローン達は工作機械で外殻に、侵入用の穴を穿孔していた。


「……いけない!」


 突然、ティウが叫んだ。


「どうした」


 カクイの問いに、ティウは答えらしい答えを言わなかった。


「避けて!」


 その言葉を一番早く察したのは始祖だった。


《狙われているぞ!》

「二百二号! 回避――」


 ル・アが珍しく吼えた時にはすでに遅かった。

 トライバルは地上から暴風のように飛び上がってくる、鋭利な物体に襲われた。装甲が飛来する物体を弾く鈍い音が連続して響き、機体は大きく揺さぶられた。


「ソミカが……私を逆探知して……」


 パイロットは突然の対空攻撃を回避しようとマニューバをとるが、程なくして破局が訪れた。

 一際大きな衝撃と共に爆発音が機内に響き、警報が鳴り響いた。同時に、ル・アが舌打ちをした。


「二百二号、報告しろ」


 応答が無い。

 トライバル機内に黒煙が流れ込み始め、機体は推力コントロールを失い、ふらつき始めた。さらに三発が機体に命中する。


『アーコンよりハイブへ。トライバル被弾。トライバル被弾。墜落する。繰り返す。トライバルが間もなく墜落する……』

「二百二号。推力コントロールをコンピュータに切り替えろ。さもなければハイブの遠隔に切り替えろ」

「クソッ! コクピットやられたんじゃねぇか?」


 リョーは壁の小さなハンドルにしがみつき、徐々に増える遠心力に耐えていた。カクイはピックアップにしがみつき、ティウを抱きかかえている。


《リョーの言うとおりだ。二百二号の生命反応が無い。コクピットの電子装置も破壊され、ハイブとのリンクも切れている。遠隔操縦は不可能だ》

「どうやって確認した」


 ル・アが誰に向かってでもなく、独りごちるように言った。その声があまりにも明確でだったので、リョー達はいぶかしがった。


《電子頭脳がまだ生きている。……二百二号は大脳に断片が入り、即死だが》

「クッ……」


 ル・アが渾身の力を振り絞り、コクピットのドアへと近づく。だが、強まる遠心力にあらがえそうも無い。


「総員、衝撃に備えろ」

「嘘だろお前! 化け物がうようよしてんだぞ!」

「コントロールの復旧は不可能だ」

《可能だ》

「何だと」

「お前、さっきから何ブツブツ独り言いってんだ!」

《お前は肉体に縛られた意識だが、私は縛られない》

「……どうするつもりだ」

《言うより、やるのが早い》


 始祖の声がそう言い切る前に、ル・アは首の機械が異常発熱するのを感じた。さらに脳の一部が体外に引っ張り出されるような、激烈な不快感に襲われた。


『……ブブッ……。二百二号は任務に復帰した。繰り返す。任務続行!』


 スピーカーから二百二号の声が再び響き、次いでトライバルは姿勢コントロールを取り戻し、安定した。


「何をしたんだよ……」

『ル・ア。この機体はどのみちダメだ。燃料漏れも起こしている』

「近傍の砂原に不時着させろ。アーコンに護衛させる」

『そこまで保たない。甲板に降りて、そこでナピナなりラウイなりに拾って貰った方がいい』

「……降下ポイントへ戻せ」

『了解』


 トライバルは若干のふらつきを伴いつつ、空に黒煙を引きながら甲板へと戻っていった。

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