第九章

『ハイブ母艦よりオリジンへ』


 カクイが制止の声を張り上げたのと同時に、ル・アへ母艦からの着信が入った。


「オリジンだ」

『惑星の座標五七九四・二A、七二八六・〇Bで高エネルギー反応を検知。種族データベースに該当無し。大型艦と思われる。指示を請う』

≪その座標は赤道の森林地帯だな≫


 そう始祖が脳内で呟いたとき、ティウが何かに気をとられたかのように砂丘の側を振り返った。リョーは体のコントロールを解かれたようで、勢い余って砂へ顔を突っ込んだ。


≪なんだ?≫


 ル・アを始め、クローン達はティウに次いで異変を感じていたようだった。だが、それが何かは把握できていなかった。


「なんだ……?」


 カクイが呟いた。


「なんか来るぞ」


 リョーは耳を砂地に当てている。何かの音を感じているようだった。程なくして、砂丘の頂上にスードゥ人が一人現れた。いや、スードゥ人かどうか怪しかった。

 五つの足で立ち、辛うじて一つを保っている胴部からは腕らしきものが四本生えている。頭らしき物は見えない。というより、拡大した胴体に塗り込められているようにも見えた。肌はナラのようにひび割れている。木の化け物というべき、醜悪な姿だった。


「そんな……!」


 ティウが叫んだ。初めて聞く、悲痛な声だった。


「もっと来る」


 リョーが立ち上がった。それと同時に、砂丘の稜線を埋め尽くすように、異形のスードゥ人が大挙して現れる。


《来るぞ》


 始祖が警戒を促した。


「総員撤退の準備。アーコン、威嚇射撃の準備」

『了解』


 ル・アの戦闘艇が緊急離陸をする。それに呼応するかのように、異形のスードゥ人達は各々が叫び声を上げて駆け下りてきた。


「冗談だろ!」


 カクイは顔面が蒼白になった。


『威嚇射撃をします』


 戦闘艇が機銃を、雲霞のごとく駆けてくるスードゥ人達の鼻先に撃ち込む。だが、まったくひるんだ様子を見せない。意思も、感情も持ち合わせていない。蹂躙するだけの存在。


「各隊応射。防御陣形。白兵戦に備えろ」


 ル・アの矢継ぎ早の号令でクローン達はリョー、カクイ、ティウを中心に密集隊形をとった。同時にライフルが構えられ、一斉射が始まる。上空からは戦闘艇の機銃が嘗めるように放たれる。


「オリジンよりハイブへ。トライバルを出せ。緊急待避する」

『了解。トライバル発進します』

《銃の効果が芳しくないな》


 始祖の言うとおり、銃撃があまり効果を出していない。効果が見られるのは銃撃がスードゥ人の体をミンチにした時だけである。


「おいアンタ! これ外せ! このままじゃあれに轢かれるぞ!」


 リョーががなりたて、後ろ手に縛った手を見せてくる。


「……十二号。外してやれ」


 その合図で、『:』の肩章を付けたクローンがリョーの拘束を解いた。


「二人こい!」


 そう叫ぶと、リョーは横転したピックアップへと駆けていった。


「十二号。お前をあの男の重りに付ける」


 十二号は直ちにピックアップへと駆けていく。リョーと十二号は横転した車体を復旧させる。リョーが荷台へと飛び乗り、重機関銃の弾薬の装填をする。


「十二号とか言ったか? その辺におちてる弾薬箱を引き揚げろ!」


 直後、重機関銃が耳を聾するような破裂音と共に火を噴いた。八メートルの長さを誇る弾薬ベルトは見る見るうちに短くなっていく。それと同時に銃撃を一発でも受けた異形体達は次々と無力化されていく。


 ル・アのクローン達、戦闘艇の機銃、リョーの重機関銃。これらの火力を一カ所に投入しても、砂丘を駆け下りてくる異形体達は途切れない。


「クソォッ! キリがねぇぞ!」


 八メートルの弾薬ベルトを撃ち尽くし、リョーは十二号が探してきた新しい弾薬箱に手を付けていた。


「そんな……そんな……」


 ティウの様子が一変していた。目の前で起きている暴力と暴力の応酬に、声を震わせている。


「心当たりがあるか」


 ル・ア自身もライフルを手に取り応戦している。


「みんな……みんな……!」

《ダメだ。この状況を受け入れそうも無いぞ》

「……当然だ」


 すると新たな戦闘艇が飛来した。先に射撃していたアーコンの戦列に加わる。


『トライバル到着』

「トライバル。展開している全員を収容しろ。アーコンは援護。弾を出し惜しむな」

『了解』

「非戦闘員から乗れ。第七分隊は誘導と援護に回れ」

「了解」


 カクイがクローンに連れられ、放心したティウと共に地面すれすれまで降下したトライバルへと乗り込む。クローン達は徐々に防御陣形を解き、トライバルのカーゴへと後退している。


「リョー!」


 カクイは、いつの間にか迫り来る群の真っ正面近くに取り残されているリョーと十二号を見つけた。


「十二号。撤退できるか?」


 ル・アがインカムへ語りかける。


『徒歩では間に合いません。この動力車で向かいます』

「トライバル、離陸準備と援護を。アーコン、砲撃を許可する」

『了解』


 アーコンは機体の腹から二連装のエネルギー兵器を突き出させ、即座に連続砲撃を開始した。カクイのシャトルや協会の戦闘艇を撃墜した時とは比べものにならない投射速度で、群の中腹を掃討していく。


 ピックアップがドリフトをかけ、トライバルのカーゴへと駆けてくる。数秒後には先ほどまで佇んでいた所がスードゥ人の群に洗われている。重機関銃の抑止力が無くなり、いよいよ群の流れは止まらなくなった。


『オリジン。カーゴ内を広く空けて下さい』

「何だ」

『……ヒヤマが、このまま突っ込むと』

《面白い奴だ》


 ル・アは舌打ちをした。


「退避しろ。総員カーゴの奥へ退避!」


 トライバルの周囲で弾幕を張っていたクローン達もカーゴ内へ下がる。収容を確認すると、機は微速で前進を始める。カーゴのステップを地面にこすりつけながら、ピックアップを待ち構えている。それに呼応するかのようにピックアップのエンジンがうなりを上げる。およそトラックとは思えない咆哮を轟かせる。

 前輪がカーゴステップに到達し、後輪が続く。


「収容完了。安全域まで上昇しろ」

『トライバル、上昇します』


 エンジンからオレンジ色の排気が吹き出し、周囲を埋め尽くし始めた異形体達を焼く。トライバルはアーコンと共に高空へと脱出した。


 もはや、地上に転がるロアキン達の死体は見えない。同時に、ル・ア達は森から湧くように出てくる異形体達の群を目撃した。

 カーゴに駆け込んだピックアップからリョーが降りてくる。


「おい」


 リョーは肩で風を切りながらティウへと詰め寄った。状況を察知したカクイが間に入り、体で制止した。


「テメェいい加減にしろ! 何だアレは! 調子こきやがって!」

「私じゃない……」

「ふざけんな! アレ全部テメェのお仲間だろ! 助けてやったのにこの仕打ちかよ!」

「私じゃない……!」

「シラばっくれんな!」

「私じゃない!」

「いい加減にしろ!」


 見かねたカクイが怒鳴った。


「……リョー。気持ちは分かるが、いくら何でも大人げなさ過ぎるぞ。落ち着け」

「感情か。馬鹿馬鹿しい」


 ル・アが、鎮火したはずの状況に油を注ぎかけた。当然リョーは目を剥いたが、カクイがさらに制止した。


「ティウ。あれはなんだ? 君のテレパシーじゃないのは分かる。だって……テレパシーであんな形になるわけない。そうだろう?」

「分からない……。みんなの声がうなり声と叫び声だけになって……分からない!」

『オリジン。母艦より広域スキャンのデータが届いています。緊急タグが添付』

「カーゴのモニタへ出せ」


 カーゴの壁にはめ込まれた小型モニタの電源が入り、映像データが表示される。ル・アに加え、リョーやカクイも覗き込んだ。


 スードゥと思しき惑星の表面に、緑色の模様がいくつかある。その全てから、黒い埃のような物が湧きだし、星の赤道の一点を目指している。まるで飴玉を見つけた蟻のように。


「全部……まさか、スードゥ人なのか?」


 カクイが確かめるように呟いた。


「生体反応はそのようだ。だが質量が一割増え、形態も様々に変化している」


 ル・アはモニタのアイコンを操作して、何体かの映像を拡大する。先ほど自分たちに襲いかかってきた異形体と同じような姿をしていた。

 リョーがモニター上で動く埃達をなぞった。


「同じ方向に動いているな」


 ル・アはリョーの手を払いのけ、コンピュータへ演算のコマンドを打ち込んだ。そのコマンドに即座に反応し、コンピュータは埃の予想進路を青い破線で示した。それらは赤道で明滅する赤いマーカーに向かっていた。


「赤道の一際大きい森に向かっているな」


 ル・アのその言葉に敏感に反応したのはティウだった。彼女はリョー達を押しのけ、生まれて初めて見る『画面』というものに視線が釘付けになった。


「『始まりの森』へ向かってる……」

「始まりの森?」


 尋ねるカクイにティウが返す。


「最初に形成された森だ。森の意識も一番大きく、古い」


 そこまで言ったところで、ティウは何かを思い出した。


「ソミカが森の岩戸を地球人に案内する事になっている」

《所属不明の大型艦の出現と呼応しているようだな。地球人か、あるいはソミカとかいうスードゥ人どちらが原因かは分からないが、星の住人総出で何かをしようとしているのは確かなようだ》


 頭の中で始祖が状況整理を行った。電子頭脳のアクセスランプが細かく明滅し、そのたびにル・アは電気的不快感を感じて顔をしかめる。視覚に表示される生体脳と電子頭脳の活動値が上昇した。


「二百二号」

『はい』


 トライバルの機長が応答した。

「惑星の反対側まで、最大巡航速度でいつ到着する」

『三時間四十分です』

「急行だ。アーコンにも同様に伝えろ。加えてハイブに一個大隊と偵察機を出すよう要請しろ。現場の状況を掴みたい」

『了解。高速巡航モードに入ります』

「四時間弱? ……星の表面積が一億三千万平方キロだから……」


 カクイがブツブツと暗算をしていると、リョーが答えた。


「大体マッハ四・五だろ」

「速いな」


 カクイは二つの意味で驚いた。


「しかも巡航速度だろ? 地球の絶対防衛圏に配備されている最新の戦闘機だって、マッハ三止まりだ。アンタ本当に何モンなんだよ」


 リョーがル・アを若干下側から睨めつけた。だが彼女はその視線を黙殺した。


「総員、装備を補充。空挺降下の準備をしろ」


 カーゴ内が再び慌ただしくなる。その物々しい様子を見てティウが尋ねた。


「奪うつもりか」

「現場を見て判断する。協会が掌握しているのであれば破壊する」

「破壊って」

「協会が案内されている遺跡がなんであれ、突然現れた船との関係は明白だ。強力な技術を抱えた遺物を協会に渡すわけにはいかない。遺跡もろとも消し去る」


 言葉の意味を理解したティウは目を剥き、ル・アに食ってかかった。


「岩戸を消すだと! あれは我々の祖先の物だ! 部外者が何を勝手なことを!」

「もはや管理しているのはお前達ではない。お前達と同様、部外者によって管理されている。ことここに至ってはお前達の手に戻ることはない」


 そう言うとル・アはティウの口元を観察した。何も言葉が発せられず、爆発しそうな感情を食いしばって押しとどめているようだった。それを確認すると彼女はコクピットへと歩き出した。


「言っておくが」


 コクピットへの細長いドアが開くのを待つ瞬間。ル・アは振り返った。


「テレパシーでそこの男をけしかけようと思うな。いくら腕が立とうと、今の丸腰のそいつでは、棒きれより役に立たんぞ」


 ル・アがティウに捨て台詞を叩きつけたあと、カーゴ内には装備を用意する音だけが取り残された。

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