第七章
グレーのスーツとフルフェイスのヘルメットに身を包んだ一団が、撃墜された協会の戦闘艇から乗員の亡骸を引きずり出す。直接刺殺した兵士も一カ所に集められ、使える装備は鹵獲された。
「周囲の掃討、救難信号の妨害を完了しました。協会側の生存者は、あの男のみです」
肩に白抜きの『:』のような記号が描かれている一人が、亡骸を睥睨しているル・アに報告する。ル・アはスーツこそ他の者と同じように着ていたが、ヘルメットを脱いでベルトのホルダーから下げている。肩の記号は『・』である。
「他の二人は何だ。協会の関係者か」
ル・アは死体から目を離さずに言った。『:』はエンジンを吹き飛ばされたシャトルへと顔を向けた。シャトルの横っ腹辺りにリョー、カクイ、ロアキンの三人は手を後ろ手に縛られて座らせられ、拘束されていた。
「赤髪はカクイ・ボルストラップ。IDには医者、と。タバコ臭いほうはヒヤマ・リョー。傭兵登録タグがありました」
「傭兵か」
ル・アはフンと鼻で笑った。
「好きな人種だ」
『:』はル・アへ向き直った。
「失礼ですが、『好き』というフレーズは二世代ぶりに聞きました。興味がお有りで?」
「親近感が湧くだけだ。我々の始祖はプリカーサーを追って故郷の銀河を飛び出した。目先の利益だけで生きていて、刹那的だった」
ル・アは『:』へと顔を向けた。瞳孔が広がり、光沢のない黒が双眸を支配している。明らかに『好き』という言葉とは正反対の感情を宿していた。
《素直に嫌いだと言えばいいだけの事だ》
「虫唾が走る」
そう吐き捨てるように言った直後、ル・アは怪訝な顔を作り、思わず首の後ろをさすった。襟足を隠す髪が動く度に、銀色のアンテナ端子がのぞく。
ル・アの首から脳の後頭葉にかけては機械化されており、視覚への情報投影と生命維持の強化を行っている、加えて、彼女をリーダーとするクローン集団全員が経験する事柄の共有を担っている。
さする様子を見ていた『:』は尋ねた。
「始祖の残留意識ですか」
ル・アは舌打ちをし、忌々しそうに答えた。
「火星連絡員からプリカーサーの話が来た途端に覚醒した。任務終了後にニューラルネットの部分フォーマットをするぞ」
《五千九十八回の完全フォーマットでも消しきれない私の意識パターンを、部分フォーマットで済ますのか? 笑える》
頭の中、特に生身の脳内に生き残る始祖の意識は、五百六十八世代目の彼女にとって無意味で煩わしいだけの存在である。好奇心を持ち、何事にも希望的であるからだ。好奇心はエゴであり、希望は危機の見積もりを誤らせる。
《お前は無私の塊だと言うのか? お前はハイブという集団意識に仕えていると思っているが、所詮は分裂した自分自身じゃないか》
ル・アは鼻梁に皺を寄せ、苛立ちを隠さずにいた。頭に響くのは言葉というより感情に近く、時間にしてコンマ秒も費やさない。しかし未だオリジナルの脳内に、消したはずの個性が生きているのは、集団の維持に関わる問題だった。
「いかがしますか。あの二人は」
「……ジェイへの土産が増えただけだ。まとめて連れて行け」
「了解」
《傭兵が何をしにこの星へ来ているのだろうな》
好奇心が揺れている。だがル・アは無視をした。
《そういえば、私たちの銃撃の前で仁王立ちしていた奴だな? 何をすればあんな事ができるのだろうな》
「…………」
ル・アは襟足にのぞく端子をさすった。そして無言で、拘束されているリョー達のほうへ近づいてきた。
「おい。地球人」
ル・アに声をかけられ、三人の地球人は思わず彼女へ顔を向けた。
「そっちの臭いほうだ」
ル・アはリョーを指さした。それを見てカクイは肩をすくめて言った。
「タバコが臭いってさ」
「アンチ様、か」
リョーがわざとらしく白目を剥いて見せる。
「協会の医療施設で、私の銃弾を撃ち落としていたな。何をした」
「テメェの銃弾がトロかっただけだ。整備しろよ」
《思った通り、面白い男だ》
ル・アは牙をむき出しにして舌打ちをすると、リョーの胸ぐらを片手で掴んで引き寄せた。
「威勢は時と場所を選べ。地球人」
リョーはさらにわざとらしく、首をぐらぐらと揺らしている。それを端から見ていたカクイは思わず話に割りいった。
「彼は本当に弾が遅く見えているんだ。簡単に言うと、トリップしている」
《ほう》
ル・アはリョーを離した。
「覚醒薬物の類いか?」
「いや、ただのドーパミン亢進だ。火事場の馬鹿力って奴だ」
《体質なのか?》
「……地球人の体質か?」
ル・アは始祖の声と自分の声が重なっていることに気づきつつも、同じ質問をした。
「いやその……。彼がこの星で受けた移植手術が原因なんだ。その……」
「スードゥ人の臓器を移植したのだろう」
ル・アの先回りした言葉に、カクイは驚いた。
「知っているのか」
「無論だ」
「うん? という事はあなたは連邦政府側の人間か?」
《推論させる素材を与えすぎた。悪手だ。まぁ、私には関係のないことだが》
「質問するのは我々だ」
墨色の瞳がヌルリと動かされる。ル・アの視線に射られたカクイの肌が粟立つのが見える。
「その様子ならもう回復しているのだろう。なぜまだここにいる」
「体がスードゥ人の細胞とのハイブリッドに置換され始めているんだ。遺伝子治療に必要な血液サンプルを、この星に取りに戻ってきたんだ」
ル・アは合点がいった。
「それで医療施設で物漁りか」
《スードゥ人の体組織を移植してプリカーサーテクノロジーにアクセスするというのは、本当だったようだな。体があるというのはうらやましい》
ル・アはロアキンのほうへと寄っていき、目の前で片膝をついて目線を合わせた。彼の額には痛みと恐怖で脂汗が増えた。
「あの廃墟で、何人に移植を行った」
「せ、正確には覚えていない……。前任者が管理していた事だから……――なぁ傷口に指を入れないでいやぁぁああ!」
「何人だ」
「に、にじゅ、二十人足らずだったと思う」
拷問は効果的だった。
「他の被験者は」
「みんな……みんな死んだ! ソミカの反動勢力に殺されて……」
「プリカーサーテクノロジーにアクセスするための手段を、何処の馬の骨か知らん大勢に試したのか?」
「予後が良いことを確認出来たら、全員を始末するつもりだった。それが決定した矢先に研究施設が襲われた……」
「それで?」
「で、データは揃っていたから、すぐに上得意の数人に施術をした。――結果は良好だった。ゴミみたいな遺物に文字列が浮かび上がった時、俺は震えたよ……」
恐怖で話すことを強制されているとはいえ、自らの成果を語ることにロアキンは快感を覚えているようだった。そうしているうちに、退屈に痺れを切らしたリョーがわめいた。
「なぁねーちゃん。残念だけどお前ら二人の会話についていけねぇんだわ。詰まるところ、俺は無関係ってことだし、もう放ってくれや」
カクイがうなづいて同意している。
《あのヒヤマという個体は怠慢を具現化したような生物だな。有能だが。理想的な軍人の一つだ。お前の無意識を是とする組織にも、あのようなタイプを加えてはどうだ》
「関係者を放っておくつもりはない。個人的には、プリカーサーの情報に触れた者は皆殺しにしたいところだ」
《それは私の独占欲の現れだな。初めて意見が一致した》
「我々のクライアントは多くの情報と証人を必要としている。お前達は残さず連行する」
それを聞いていたリョーが皮肉った。
「情け深いこって」
「無駄口を叩かないよう脳髄だけにしても良いぞ。生きていることには変わりないからな」
カクイがリョーを小突く。
「地球人としての生命を尊重してもらいたい」
「ならば必要ある時まで口をつぐむことだ。連れて行け」
号令がかかると、リョーとカクイ、ロアキンの三人は数珠つなぎにされてル・アの戦闘艇へと歩かされた。
横転したカクイのピックアップを横切る時、影から白いスードゥ人が現れた。それを見つけたカクイは思わず声を上げた。
「ティウ!」
ティウは乱戦の中、ずっと隠れていたようだ。
瞬間、ティウの赤い眼が大きく見開かれ、眉間に力が入るのを皆は見た。
「え? うおっ!」
カクイが叫んだ。唐突に引き倒されたのだ。数珠つなぎになっているロアキンも同じように引き倒され、小さな悲鳴があがる。仰向けになったカクイの上を何かが通過し、怒声が交錯した。
「ちょ、ちょっとまて! 何をする! やめてくれ!」
ロアキンの動揺した悲鳴があがる。
「知らねぇ! うおっ、ちょっ!」
カクイの上を通過したのはリョーだった。彼がロアキンの首に足をかけ、締め込んでいる。何故そんなことを唐突にしだしたのか誰も見当がつかない。ル・アのクローン達はリョーをロアキンから離そうとしているが、足は完全に顎の下へと入り込んでしまっている。
短い、鈍い音が響いた。ロアキンのくぐもった悲鳴がしたが、それ以降は動きも声も上げなくなった。首の骨を折ったと、ル・アやカクイは直感した。
「バカッ! 何をして……」
「知らねぇよ! 体が勝手に!」
「私がやった」
リョーとカクイ、そしてル・アはティウへ振り返った。
「お前の体の機能を掌握した。私の一存で、お前は死ぬことになるぞ」
《テレパスなのか》
「……テレパスか」
ル・アが舌打ちをした。乱入に苛立っている様子だ。合図と共に一斉に銃口が向けられる。が、ティウはひるまない。
「この糞アマ! 良い度胸じゃねぇか! おいアンタ、そのアバズレぶっ殺せ!」
リョーは絞め殺したロアキンを蹴飛ばしてよそへやりながら罵詈雑言を吐いていた。死への恐れよりも、怒りと不快感が全てを支配しているようだった。
「殺してみろ。私の精神波が途切れた瞬間、お前は代謝異常で死ぬ」
《興味深い。スードゥ人がテレパス能力を持つというのは、下調べでは得られなかった情報だ。お前のメモリを借りるぞ。メモが必要だ》
ル・アはコンマゼロゼロ秒、電気的不快感を感じた。ただ喚いているだけの意識パターンなら無視すれば良いが、これが厄介なのは電子頭脳の記憶領域を勝手にメモ代わりにするところにある。
現実で喚き散らすリョーを尻目に、ティウはル・アへとゆっくり歩み寄った。
《この個体、私やお前の生体脳にアクセスを試みているな。電子頭脳へのアクセスは不可能だ。だが、生体脳に保存されている記憶を参照される危険がある。完全なブロックはできないぞ》
ル・アの脳内で、始祖の声が警戒を促した。
「お前は仕事柄、地球人をこの星から排除しようとしているな。それは私の希望と合致する。協力できるぞ」
《詭弁だな》
「詭弁だな。我々は地球人の計画を粉砕できれば、別に星に留まろうが逃げようが知ったことではない」
「あの男はお前の仕事の成果だろう? 死んでも良いのか」
そう言われたル・アはリョーを見やった。相変わらず歯をむき出しにして罵詈雑言を多言語でまくし立てている。
「別に」
ティウの瞳が一層赤く光り、リョーを睨み付けた。
「やめろ!」
カクイの懇願がこだました。
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