第25話『3年が経ち変わりゆく人と町』

「ガハハ! おうっ! 

 久しぶりだなあシロー!

 随分とたくましくなったじゃねぇか」


「ギルは相変わらず豪快だな。

 こうやって、二人だけで会うのは、

 3年ぶりだな。ギル」



勇者に正式に就任したシローは、

3年ぶりに、ギルドマスター、

ギルダーの私室に訪れていた。


公的な場では、まま会うことが

有るが、一対一で語り合う機会は、

3年ぶりのことである。


ギルダーは、この世界で

最も心許せる同性の親友である。



あの一連の勇者の孫事件の真相については、

アライが自叙伝として出版した

『アライグマの大冒険』が大ヒットし、


その結果、勇者召喚という邪法や、

勇者の孫たちの存在はいまや王都や、

王都外の多くの人間にまで

知れ渡ることになった。


世論の影響もあり、勇者の孫と、

勇者パーティーの孫たちは

その罪により、一切の資産の没収と

ギルドの厳重な監視下に置かれる

ことにはなったが、死罪は免れた。


甘い判定と思われるかもしれないが、

ギルドとしても彼らのもつ"現代チート"

という上っ面の偽物の"知識"ではなく、


この世界が自ら築き上げた"叡智"を

継承してきた彼らを簡単に殺すわけ

にはいかないという事情があったのだ。



あれから3年の時を経て、

過去に行われた勇者召喚によって被った、

世界のダメージは徐々に回復。


本来この世界がたどるべき

世界へと修正されていっていた。



「まぁ駆けつけいっぱい飲め飲め。

 氷属性の永続魔法をかけた保冷機

 でキンキンに冷やしたラガーだ」


「ギル。昼間っから酒とは。

 随分平和な世の中になったものだな」


「ガハハ。そう堅い事いいなさんな! 

 今日は久しぶりの親友との

 語らいの場、俺にとっても特別だ!

 さあ、遠慮せずに飲め飲め」


「じゃあありがたくいただきますかな。

 ぷはー。やっぱ、一杯目はうめー!」



「そうだろう。このラガーの大麦はな。

 ショニーンのダンジョン跡地の

 溶岩土の大地から育った大麦だ。

 そんじょそこらのラガーとは違うわい」


「へぇ。あの一面焦土と化した溶岩地帯が

 こうも化けるとはねぇ。ソフィアの

 土属性魔法で地面を耕したかいあったな

 魔法ってのは、やっぱ凄いよ」



「だな。それにしても、あのシローの

 連れている奴隷のお嬢ちゃんがまさか

 あの噂の魔王だったとはな。


 それに、シロー。お前が新たな

 異世界からきた勇者とは!

 長生きをしてみるものだわいなぁ」


「ギルのことだ……。本当は、

 ソフィアのことも、俺のことも

 気付いていたんじゃないか?」



ギルダーはほんの一瞬の間のあとに

いつものように豪快に笑う。



「ガハハ。んなわけあるまい。

 俺はタダの脳筋のおっさんだ」


「そっか、まぁ、ギルがそういうなら

 そういうことにしておいてやるかな」



王都中央本部ギルドマスター、ギルダー。

勇者の孫が暗躍していた全盛期ですら

ギルドを独立した中立機関として運用

したその実績、ただ者ではない。



「それにしても、あの勇者騒動からもう3年か。

 時が経つのは早いもんだな、ギル」


「おいおい。おっさんみたいな事を言うな。

 シロー、お前はまだ20歳だろうに」


(まぁ……転生前の年齢ベースだと

 厳密には40歳なのだが。

 それを言うのも野暮ってものか)


「そうだな。あの一件のあとも、

 いろいろと目まぐるしい日々が

 続いたせいで俺にとっては

 あっという間の3年だった」


「ははん。光陰矢のごとしってヤツか。

 それにしてもまぁ、勇者のお前と、

 魔王のソフィア嬢ちゃんが結婚したって

 いうのは、俺達の世界にとっては

 歴史的な大転換点だったな。


 ソフィア嬢ちゃんと、シローは

 相争う運命だった、人間族と魔族の

 橋渡しになっただけだ!

 歴史に残る象徴的なイベントだったよ」



「ギル、俺はそんな大層なことは

 考えてないさ。ただ俺は……」


「ガハハハ。つまりはだ、

 ――下半身に正直だっただけなんだろ?」


「まぁそんな感じだ。好きになった相手が

 たまたま魔王だったってだけだよ。

 難しいアレコレなんて考えちゃないさ」



「若いっつーのは羨ましいなぁ。ガハハ。

 『恋』という字は、下に心がある。

 つまり、恋っちゅうのは要するにはだ、

 その本質は、"下心"。そう思わんかシロー?」


「さすがは、ギル。味わい深い事を言うな。

 長く生きているだけのことはあるな。

 だが、それについてはノーコメントだ」


「ガハハ。はぐらかしおって」



無言でラガーの減ったジョッキを

お互いにぶつけあう。

酒の弱いシローの方は半分

くらいしか減っていないのに

ギルダーの方は空っぽである。


ギルダーは、ラガーの入った

ピッチャーから手酌で自分のジョッキに

琥珀色の液体を注ぎながら語る。



「あれから3年か……。魔王と勇者の結婚も

 驚いたが、他にもいろいろなことがあったな」


「ああそうだな……元勇者パーティーの

 孫騒動も一段落。残党狩りがこれほどまでに

 スムーズに進んだのは、すべて、

 ギルのおかげだ。ありがとう、ギル」


「ガハハ。地味で泥臭くて血なまぐさい

 仕事は俺の得意分野なんでな!」


「はは。違いねぇ」

 

「過去の勇者召喚の際に異世界に

 持ち込まれた現代チートの封印指定。

 アレは異世界からきたお前が協力して

 くれたからこそ、あれだけスムーズに

 こたが進んだんだ。感謝しているぞ」



「俺の出身地である異世界は、この世界とは

 異なるコトワリで進化を遂げた、

 というだけで完璧な理想郷なんかじゃない。


 事実、俺の転生前の世界には魔法が無かった。

 魔法という一面で比較すれば、俺の世界を

 "未開"と断ずることもできただろう」


「要するにだ、文明の価値は物事の

 評価する視点による。

 シローはそういいたいのだな?」



「この世界では魔法を中心とした文明が

 作られたのに対して、俺の世界では

 科学を中心に文明が築かれた。


 方向性が違うだけで、どちらが

 進んでいるとか、優劣で語る

 話では無い、そうは思わないかギル?」


「フン。シローはなかなかの哲学者だな」


「おいおい。からかうなよ、ギル。

 さっきの冷やかしの意趣返しか?」



「ガハハ。いやな、実際。面白い考えだ。

 過去に勇者召喚で呼ばれた勇者は

 俺たちの文明を"未開"と称して、

 異世界の文明を強要した。

 そして、それがこの世界の歪みの原因だ」


「黒色火薬とかのことか?」



「そうだ。黒色火薬によって価格崩壊をおこしていた

 ミスリルの相場も徐々に正常化してきている。

 持たざる者の黒色火薬を使った自爆テロも

 随分と減ったと報告が上がっている」


「魔法の存在するこの世界において、爆薬は

 必ずしも必要なものではなかったって事だな」



「そうだ、断じて退化などではない。少なくとも、

 俺は、俺達、この世界の人間はそう信じ、

 推し進めなければならない。


 俺たちの先祖たちが築き上げてきた文明には

 意味があり、その誇りを俺たちこの世界の人間が、

 守らなければならなない。それは、決して

 軽んじられて良いものではないと」



「ああ、俺も異世界の人間としてそのために

 少なからず尽力するつもりだ。

 劇物――。マヨネーズはどうなった?」


「マヨネーズは危険ドラッグとして、

 ギルド管轄の封印指定の対象となった。

 現存するレシピも全て焼却処分、

 裏ルートでの流通も、魔族と協力して

 常に警戒を行っている」


「手際が良いな、さすがギルだ。

 レシピの焼却だけでなく裏ルートの

 継続監視。抜かりはないな。

 ショニーンが提唱した人口ダンジョンの件は、

 あれからどうなったんだ?」



「自然発生的にできたダンジョンではない、

 人為的に作られたダンジョンは

 厳しく取り締まられるようになった。

 ダンジョンの製造者は厳しく罰せられる。


 ただ、初心者冒険者の訓練施設の有用性

 は認められていて、今はもっぱらギルド

 で安全に冒険者を育成するダンジョンを

 作れないかと、試行錯誤をしているところだ」


「ダンジョンを作るためのノウハウは、

 ショニーンが大量に残していたからな。

 性格に難があるヤツばかりだったが、

 その成果物には価値がある」


「ガハハ。ダンジョン狂いのショニーンは

 人の命を軽んじる悪党ではあったが、

 ダンジョンに対する探究心だけは本物だった

 その知識は、後世に残すに値する」



「この世界の人間が作り上げた知識体系

 であれば、それは保存すべきものなんだろうよ」


「勇者の孫と、勇者パーティーの孫たち、

 奴らは基本的には死すべきクズ共だが、

 その"叡智"には価値がある。


 それこそ、異世界の知識を借りずに

 独自の誇るべき文明を作るだけの

 可能性を持った存在だ。


 過去の勇者が一子相伝として授けた

 "現代チート"とやらが禁じられても

 彼らの価値はそう変わらんさ」


「ギル。随分と評価しているんだな。

 意外と言えば意外だな」



「たとえばマホーツは、古着の商売を

 始め、これがとてつもない利益を

 生み出している」


「古着ねぇ」


「なんと、自分自身の履いた下着を

 古着として売るという商売だそうで、

 その古着は新品よりも高く売れるそうだ。


 主に下着類が売られているそうなのだが、

 なかなか面白い商売だ。着古した服に

 新たな付加価値を見出す、思いつき

 そうでなかなか思いつかない発想だ」



(……それって、ブルセラとか言う

 やつでは、いや……ギルが感心

 しているから黙っておこう……。

 この世界の独自アイディアなのだろう)



「そうだな古着の商売は、資源の有効活用という

 観点でも有効だ。金髪巨乳のクズではあったが、

 さすがは大魔法使いということか。

 本当に、巨乳と金髪しか取り柄のないクズだったが」


「ああ……クズだな。基本的にその本質は変わらんだろう。

 従業員にブラック労働をさせないように、

 常にギルドの職員を査察に入らせている」



「そういや、勇者の孫、ユータ。

 アイツは社会復帰できたのか?

 20年間引き籠もってたって話だが」


「うむ。その件の説明は難しいのだ。

 どこから話したものか……。

 アヤツの行っている今の活動は

 それなりに面白い活動なんだが、

 すぐに目立った成果が出るものでもない。

 俺は長期的な目で見て静観している」



「ほう。興味深い。説明を頼めるか?」


「結論から話そう。ユータの20年の

 引き籠り生活から社会復帰の試みは失敗した。

 ユータも頑張ったようだが、どうしても

 人間関係が難しかったようだな。本人にとっても、

 その失敗は痛みを感じる経験だったようだ」


「一時的なモチベーションではどうこう

 ならないことってあるからな。

 ユータだけを責められるわけだはないだろう」


「ああ。だが、ユータは20年の引き籠り生活で

 得た経験や知識をもとに、同じ引き籠り仲間だけで

 生活するコミュニティースペースを

 小規模ながら運営している。


 まだ居住者は20名程度しかいないのだがな。

 一連の騒動が明るみになった今、恥を偲んで

 頑張っているようだ。モチベーションは高いと

 ギルドの職員から報告があがっている」



(引き籠りの互助施設のようなものか)



「一方的に社会復帰を強要するような

 施設ではなく、ゆるく互助しながら

 可能な範囲で生きようという、

 姿勢は悪くないと思うぜ。

 その施設はどこにあるんだ?」


「センシーが王都裏路地に築いた、

 マヨネーズ密造施設。そこを

 大規模改修して使っている」


「へー。今度挨拶にでも行ってみるかな」



「結構、みんな頑張ってるんだな。

 ちょっと感動したよ」



腕を組みながら、ギルダーが

難しい表情を向ける。



「うーん。そうとも言えない奴も居るんだなコレが。

 ソーリョ、あの一連の事件を暴露本という体で

 新興宗教の恐ろしさや開運商法の危険さを訴える

 本を書き印税収入で儲けているようだ。


 暴露本のタチが悪いのが、自分も宗教に騙された

 "被害者"として書いている点なんだよなぁ。


 言っている事が正反対になっているだけで、

 本質は同じ。結局のところまったく

 反省していないよ。あのバカチンは」


「そんなヤツを放置していて大丈夫なのか?」


「安心しろ。

 状況によって主張がコロコロ変わる奴は最も危険だ。

 ギルドの中でも最も厳しい監視下に置いている」


「盗賊の人は?」 


「何って言う名前だったかな? 

 そうそう、トゾークはギルド内で

 新人たちに宝箱や扉の解錠方法や

 逃走スキルなどの実用的なスキルを

 教える講師の仕事をしているよ。


 給料は少ないがそこそこやり

 甲斐を感じているみたいだ。

 借金を返すために頑張っている。

 以上が、勇者の孫の関連者の俺が

 知りうる限りの情報の全てだ」



「そういえば、ラクイさんは元気にしてるか?

 ずっと禁書庫に籠もりっきりと聞いてはいるが」


「ラクイさんは王都の禁書庫で『死とは何か』を

 探求するために探求を続けている。最近、

 何らかの発見をしたとの報告があがっている。

 まだレポートには目を通せてはいないのだが」


「ラクイさんの『死の探求』の副産物として

 "マヨネーズの無毒化"に成功したらしく、

 不治の病と思われていたマヨネーズ病も

 彼女によって大きく好転しそうだ」



「ラクイさんって、何者なんだろうな

 掴みどころはないけど、

 凄い奴であることは間違いないな」



「そうそう、最後になっちゃって悪いけど、

 ソフィアのお嬢ちゃんも、人間族と魔族の

 和平交渉のために最大限頑張ってくれたな。


 ソフィアお嬢ちゃんの尽力のおかげで王都と魔族の

 都との間に和平条約が成功した。それからは

 人間族と魔族の間の小競り合いもなくなり、

 交易も活発になった。


 勇者と魔王効果か、異種族間婚姻も

 活発になっていると聞く。シローのロリコン癖

 が世界に良い影響を与えたということだ」


「こら! ロリコン言うな!」


「ガハハ。人間族の代表としての勇者シローと、

 魔王ソフィアが手をつないだんだから

 文句をいうやつがいるはずはねぇ。

 居たら、俺がぶん殴ってやる」



そういい切った後に、

ギルダーはラガーを飲み干し、

大きなゲップをする。



「ギル。今日、この場に俺だけを呼んだのは

 単なる報告のためだけじゃないんだろ?」


「さすが物分りがはやくて助かるぜ。

 さすが"素速さ極振りのシロー"」


「本題を聞かせろ。ギル」

 

「これは俺の杞憂かもしれないが、不安はある。

 もし、この一件が過去の勇者召喚をなぞらえて

 いるのであらば、そろそろ『女神』があらわれるころだ」


「ギル、その女神というのは……?」


「ああ。異世界からの勇者を転生させる、

 あの残酷な女神様のことだ」

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