第21話『大商人の不思議なダンジョン』

「フッ、愚か者共め。

 外でもないこの私の命を

 奪おうというのだからなァ……」



抑えきれぬ笑いが喉の奥から

湧いてでた。体に歓喜すら

ともなう武者震いが駆け抜ける。



「だがな……だからこそ面白い。

 命知らずの愚かな冒険者共には、

 この私の不思議なダンジョンを

 たっぷりと堪能してもらおうではないか」



彼は商人の孫、ショニーン。

過去の5人の勇者パーティーの

孫のひとり。



孫の中でも、

最も慎重で狡猾な人物である。



ショニーンの武器は、100階層にも

およぶダンジョンそのもの。


絶対無敵の難攻不落のダンジョン。

それこそが、彼の持つ唯一の武器。



「思えば、この私商人の一族が

 ダンジョンを営むことになった

 のも数奇な運命と言えるだろうな」


彼の祖父がダンジョンを運営する

ことになった切っ掛けには、

過去の勇者の発言が影響している。


現代世界の娯楽を元にした

アイディア、現代娯楽チートである。



『やっぱ、商人と言ったら

 不思議なダンジョンっしょ。

 商人さん、ダンジョン始めてよ』



その勇者の思いつきのような発言を

叶えるために彼の祖父、父、彼自身が

人生と財産を賭してその実現に務めた。


そうして出来たのが、このショニーンの

不思議なダンジョン。



「偉大なる大祖父の時代から

 築き上げてきたこのダンジョン


 フッ……その我が一族の誇る

 叡智のすべてを自身の身を

 もって知るが良い」



この100階層にショニーンが

仕掛けたトラップはゆうに

1000を越える。


あらゆる侵入者に対応した、

踏破不可能な最強のダンジョン。

王都の人間が束になってかかっても

殺し尽くせる凶悪なるダンジョン。



なおかつ、このダンジョンに侵入した

数百人の冒険者の魂を"タリスマン"に

生贄として捧げることにより、


今やダンジョンはショニーンの

体の一部となっている。



ダンジョンで死んだ冒険者の命は、

すべてショニーンに経験値として

還元されるシステムになっている。


ダンジョンに挑戦した数千人の

冒険者達の血を吸って強化された

いまのショニーンは、

レベル999の大商人である。



「フッ……。このダンジョンには、

 大祖父様の頃から築き上げてきた

 ありとあらゆるトラップが仕掛けられている。

 いかに屈強な冒険者……。


 否――。


 英雄、魔王、勇者ですらこの私の

 ダンジョンを踏破することなど不可能だ」



年代物のワイングラスを高らかにかかげ

くるりくるりと片手に回しひとり語る。



「まず、第1階層から第30階層

 までは通常のダンジョンだ。


 いや、むしろそれよりも低難度。

 冒険者にとっては、理想的な

 ダンジョンを用意している。


 食中花が甘い蜜の香りで虫を奥へ奥へ

 と進ませるのと同じようになァ……。

 

 くくっ……。第30階層までの間に

 このダンジョンの蜜の味を知って

 しまった冒険者は、引き返そうという

 考えが頭から完全に消え去るのだ」



過去にこのダンジョンに挑戦し、

このダンジョンの犠牲となった

数千を越える冒険者の死に様を

思い出し、無意識に笑みが溢れる。



「くく……。第1階層から第30階層

 までは"なんて簡単ダンジョンなんだ"

 と勘違いさせるための捨て石なのだから

 そう思うのも当然だ。


 100階層のダンジョンの3分の1を

 簡単に攻略できてしまったのだから、な」



ショニーンはワインを傾けながら、

誰に語るとでもなく、優雅に語る。

その顔には満面の笑みが浮かんでいた。



「私のダンジョンの本番は、

 31階層目からだ。

 

 ここから先の階層は冒険者に

 悟られないように徐々に

 難易度を上げていく。


 31階層から50階層の間には、

 ダンジョンの壁や床に無数の

 トラップが仕掛けられている。


 そのトラップに触れると、壁から

 毒を塗った槍が飛び出し、

 巨大な鉄球が転がり落ちてくるのだ」



一息つき、過去に槍に貫かれ、

巨大な鉄球に圧し潰された、

間抜けな冒険者の死に際を

思い出し、嘲笑する。



「フフッ。まぁ、だが……。

 この程度のトラップは、英雄クラスの

 冒険者であれば、攻略できない

 こともないだろう。


 むしろ、ここの階層で死ぬ程度では、

 そもそもがこの私に拝謁する権利すらない。


 ただの私のダンジョンの養分

 というだけのことだ」



ショニーンは、後ろ手を

組みながらカツカツと音をたて、

大理石の床を歩く。



「くっくっく。なにせ、本当の地獄は

 51階層以降なのだからな……。


 第50階層までたどりついてしまった

 冒険者は、ここまでに費やした


 時間、労力、食料のことを考えれば、

 もはや引き返せるはずなどという

 選択肢は消えてなくなるのだから」


 ダンジョン探索に置いて、冒険者が

 引き戻せない地点が存在する。


 登山で言うところの、

 point of no return(帰還不能地点)

 それがダンジョンの50階層である。



「51階層から60階層は、水中ダンジョン。

 冒険者はダンジョンの中を装備品を

 まとったままに泳ぎながら進まなくてはいけない。


 無論……。ただ、冒険者を溺死させる

 だけでは芸がない。所々に息継ぎができる

 スポットを用意している。


 この水中ダンジョンには食人のピラニアや、

 魚人などの巣窟だ。


 登場するモンスターの強さは50階層まで

 到達できた冒険者にとってはそれほど

 脅威となるものではないだろう。

 

 だがな……。この階層の本当の敵は己自身。

 モンスターとの戦闘に気を取られ息継ぎの

 タイミングを見逃せば、その時点で死を免れない」



水中ダンジョン。

ダンジョンの中でも非常に難易度が高い。

それが10階層にも及ぶのだ。



「この水中ダンジョンを突破できる

 者共がいるとはとても思えないのだが……、

 この先の試練はより過酷なものとなる。

 第61階層から70階層までは"属性試練の間"。


 そもそも、ここまでたどり着いた

 冒険者はレベル700以上であることは確実。

 当然さまざまな属性に対する耐性

 を備えているのだろう。


 フフッ……。だがな、不可能なのだよ、

 たとえレベル999であったとしても、

 全ての属性耐性を保有することなどはな。


 各階層で炎、氷、雷、風、土、光、

 闇、無属性の試練を経験するだろう。


 もっとも、人である限りはこの試練を突破

 できるものなどは存在しないだろうがな」



レベル999とはいえ、

全ての属性に耐性を備えることは

勇者や魔王ですら、

原理的に不可能なのだ。



「仮にだ……。仮に、ここまでたどり

 着けた者がいたとしたら、それは魔王や

 勇者を超えた超常の存在、神だろう。


 だが、そんな神ですらこのダンジョンを

 踏破することは不可能。


 真に恐ろしいのは第85階層"蠱毒の間"。

 ここの階層は、階層がまるごと

 ワンフロアモンスターで覆い尽くされた

 フロアになっている。


 このフロアで殺し合いのはてに、

 今や、この私ですらどの程度のレベルにまで

 進化しているのか分からない。

 最強のモンスターを倒さなければならないのだ」



その光景を想像し、ショニーンは

高笑いをあげる。


"蠱毒の間"のモンスターの強さは

レベル999のショニーンの力すら

もはるかに越える力を有する。



その強さは、このダンジョンを

運営するショニーン自身ですら

把握できないレベルに至っている。



「フンッ。最強の魔王とやらがこの

 最強のモンスターと

 戦う姿を見たいものだな」



ショニーンが見据える相手は、

勇者や魔王ではなく、神。



「そもそもこの先に進める奴がいるとも

 思えないのだが……。魔王や勇者を

 越える神がこのダンジョンに

 挑まないとも限らない。


 そもそも、そのようなモノが存在するのか

 どうかすら疑わしいのだがな。

 第86階層から第94階層までは

 "時の試練の間"。


 ダンジョンに時間の体内時間を

 10000倍にまで圧縮させ、

 無限に感じられる時間を体験させる。


 本来、自分が生きる時間の何倍の時間を

 体験することになる。


 いかに屈強な人間と言えどもこの

 "時の試練"に耐えられるものは居ない。

 精神崩壊を起こし廃人になり、自滅する。


 いかにレベル999の冒険者といえど、

 精神の強さと肉体の強さは全くの別物だ。

 神すら殺す時の牢獄。ふふふ」



グラスのワインを飲み干し、

言葉を続ける。



「万が一に、だ。この"時の試練の間"を踏破

 した者がたどり着くのは、第95階層

 "鏡写しの間"


 自分自身と完全に同等の能力を

 持った相手と戦うことになる。

 

 この95階層までたどりつくことができる

 者のレベルは確実にレベル999を超えている。

 もはや計測不可能。


 "最強の自分自身"と戦わなくてはならないわけだな」



なお、第96階層から第99階層

までは人工太陽のあるフロア。


冒険者対策ではなく、ショニーンが

暮らすために必要なフロアだ。


巨大な菜園、酪農場、書庫、

死んだ冒険者が落とした

財宝等を管理するエリアである。



「そして……。この私がいる、

 100階層はダンジョンの司令室だ。


 この100階層に万が一たどり

 着いた誉れある者には、この私、

 ショニーンが直々に誅をくだす。

 

 この100階層にも及ぶダンジョンを

 ゴーレムの形状に変形させた、

 フォートレス・ゴーレムの力によってなぁ。


 かかってくるが良い! 愚かなる挑戦者よ!

 ふふふふっ……ふはーっはっはっはっは!」



ショニーンは両手を天に掲げ、

高笑いをあげるのであった。

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