第19話『100万回死んだ僧侶』

僧侶の孫、ソーリョは、実の弟の

血ぬれた銀色のコインを

奥歯で噛み砕く。


ソーリョが噛み砕いた、この

コインは転生勇者の召喚に

用いられる特別なコインである。



本来は勇者の血縁の直系が

守り手として預かることが

許されているだけであり、

勝手な使用は許可されていない。



鈍色に光る銀色のコイン『タリスマン』

その使用については、勇者パーティーに

属していた孫達の3分の2以上の

同意が得られなければ、使用する事は

禁じられている。禁忌のアイテムである。



だが、このソーリョにはそんな

ことはもはや関係はない。



ただ単純に目の前の敵を

殺すために、自身の未来と

己が持つ全財産を使用する。


ソーリョの全財産とは、

ソーリョとカルトが二人で

長年の歳月をかけて

増やしてきた教団の

信徒たちのことである。



金色の魔法陣がジャ教の

教団施設を取り囲むように

浮かび上がる。



ソフィアが黄金の火柱から

シローとラクイをを守るために、

最強の結界魔法を詠唱する。



「竜よ我らを守りたまえっ!

十二の檻の牢獄壁ピスティス・ソフィア!」



ソフィアの直下に真紅に輝く

魔法陣が浮かび上がり、

シローと、ソフィアと、ラクイの

3人が半球状の結界が包み込む。


小型の結界であるが12枚の

多層式の防御壁である。



結界の直下で巨大な激震。



ソーリョが展開した巨大な

金色の魔法陣から黄金の

火柱がそびえ立ち、


教団の施設内部の信者は、

金色の火柱に飲み込まれる。


幸いだったのは、この教会の

信徒達には一瞬のできごとであり、

痛みや苦痛を感じることなく

死ねたということであろう。


ジャ教の信徒達は最後に自身が

みた金色の光を、神の降臨と

思うことができたのである。



皮肉なことに、唯一この一時のみ、

ジャ教が信仰の対象として本来の

意味で人の心に救済をもたら

したのかもしれない。



黄金の火柱は教団全域を包み、

高度100メートルの高さまで達する。



王都の貴族も、平民も、奴隷も

みんながこの王都であがった

巨大な光柱を目撃することになった。



「これは、救済」



「何を言っている……」



「教祖自らが、不完全な死体として

 生まれてきた者たちを完全な

 死体に昇華してあげたの

 これが……真の救済」



恍惚とした表情でソーリョは

一人つぶやく。




魔法陣の金色の火柱に飲まれた

教団施設内の、信者は強制的に

金色の魔法陣の中心部の

ソーリョに取り込まれた……。



「それなら……。ラクイさんが

 お前を『救済』してあげるのだ」



"打ち出の木づち"を10トンハンマー大

まで巨大化し、それを力の限り振るう。



障壁魔法を展開することが

できないソーリョはそれを

避けもできずに背中で受ける。


踏み込んだラクイの脚が床を、

激しく打ち鳴らし、全力の一撃が

振るわれる。



ソーリョはまるで、バットに打たれた

ボールのごとく、衝撃で吹き飛ばされる。

身体は宙を舞い、部屋の壁を突き破り、

礼拝堂まで吹き飛ばされる。



ソーリョは、ラクイの一撃で

辛うじて人の形は保持しているが、

その中身は、挽き肉と化している。



ソーリョの直下で、緑色の

魔法陣が自動展開、

ソーリョの全身を包み込む。



「ふふふ。死んだと思ったかしらぁ。

 これが、"超濃度酸素水"の力よぉ……?」



……間違いである。レベル999の僧侶の

超自動治癒能力の力である。



つい、さっきまでは挽き肉と骨片が詰まった

ズタ袋に近い状態だったにも関わらず、

一瞬で元通りに復元している。



レベル999。『大』僧侶の力。

ソーリョは、その力の全てを

治癒能力と身体強化能力に使っている。



「我が主の敵を燃やし尽くせ!

 マルチプル・ファイヤーボール」



ソフィアは詠唱時間のかかる高位魔法

ではなく通常魔法の超連撃で

対抗しようとこころみる。



ソフィアの前面の空間に、

30にも及ぶ赤色の魔法陣が浮かび上がり、

その魔法陣から火球がソーリョに向けて

超高速で射出される。



その火球を避けもせず、むしろ

火球に向かって駆けてくるソーリョ。



ファイヤーボールの直撃をくらい、

全身の肌は焼けただれ、皮膚の下の

筋繊維が剥き出しになった状態で

突っ込んでくる。その姿は、

まるで進撃の○人のような姿であった。



「"超重力野菜"と"高濃度酸素水"を

 飲んでいる私にとっては、

 こんな火球なんて、蚊にさされた

 程度のもんですわ。ふふふ」



……この世界には痛覚遮断の

スキルや魔法は存在しない。


このソーリョという女が、全身の皮膚が

溶け落ち、筋繊維は剥き出し、

それでも意識を失わないのは、

ただたんにイカれているからだ。



全身の筋繊維が剥き出しのままで、

ソフィアの首を右手で掴み、

そのまま持ち上げ、吊るす。



「でも……。まっ、

 あんたのその魔法だけはぁ

 ちょーっとだけ厄介かもねぇ?」



ソーリョは、ソフィアの首を握りしめ、

詠唱が不能なように喉を潰し、

そのまま、床に頭頂部から叩きつける。



頭部からしたたかに打ち付けられた

ソフィアは、数度、体を痙攣させた

あとに動きを静止した。



ソフィアが殺されなかったのは、

この礼拝堂の木造の床が手入れ不足で

腐りかけていたからにすぎない。



「さぁて、次はどちらを殺そうかしらぁ?」



「俺が相手になろう」



シローは目の前のソーリョに、

ソフィアの生存を悟らせないように、

ラクイに目線だけで、ソフィアの

応急処置をするように指示をする



「あらぁ。随分と勇気があるのねぇ

 私の弟のカルトを倒せたから、

 調子にのっちゃったのかしらね」



くすくすと笑いながら語る。

全身の傷は既に完全に回復。


透き通るような肌、小麦色の髪も

元通り、衣服を除けばまるで、

戦闘前の状態にまで回復している。


美しくほほえみながら、

ソーリョは語る。



「私の職業は、僧侶。だけど、弟と

 同じくらい拳術は嗜んでいるわ。

 天才の私には出来ちゃうのよ。


 近接戦なら、部があるとでも思った?

 残念だったわねぇ。くすくす。

 勘違いしている子にはお灸が必要ね

 ……それも特大サイズのヤツをね」



「御託は結構だ。かかってこい」



ソーリョの足元で意識を失っている

ソフィアから距離を離すために、

シローは挑発を行う。



ソーリョは、その挑発に乗り、

床を蹴り、シローとの距離を

一気に間合いを詰める。



(……こいつ俺より、速いっ!)



「あらぁ……。唯一、ご自慢のスピードを

 上回られて驚いちゃったかしらぁ?

 レベル999の大僧侶の強化魔法を

 使えば、この程度は造作も無いのよお?」



レベル999で強制的に身体能力を、

向上させているソーリョは単純な

ステータス比較で言うなら、

シローよりも速い。


だが、ソーリョはまだその

速さの世界に慣れていない。


そのせいか、何発か打撃を与える

ことには成功しているが、

クリーンヒットをくらわせるには至らない。



「どうしたの? さっきから

 防戦一方じゃない、

 す速さ自慢のお兄さん」



「それならば、お前を凌ぐ速度を

 出すまでのことだ」



「どうやってぇ。根性論かしら?

 無理なものは無理よぉ?」



「お前は、一つ忘れているものがある」



「何かしらぁ?」



「素速さ全振りによって獲得できる

 スキルの存在をだよぉ!!!」



シローは素速さ特価の

新スキル『アクセル・タイム』を行使する。


大魔法使いマホーツを討伐した

時に得た大量のスキルポイントを

全振りして習得した素速さ特価スキル。


自身の体内のみに限定し外界の時の

流れから切り離し、加速する。

その加速適用範囲はあくまでも

自身の体内みに限定される。

だが、シローにはそれで十分。



アクセル・タイムを使用した

今のシローの速度は普段の2倍。



防戦一方であった、シローは

腰の鞘から短剣を居合のように抜剣。


ソーリョの右腕はくるくる宙空に

回転しながらふきとぶ。


だが、その瞬間、その切り口から

即座に、新たな腕が生えてくる。


まるでピッ○ロ大魔王のような

異常な再生能力である。



「こしゃくなぁ!!」



再生した右腕で、そのまま、

2倍のシローの速度を上回る

速度で拳を振り下ろす。



「なにっ!?」



シローは体内の速度を更に加速させ、

ソーリョの渾身の一撃を回避する。



『アクセル・タイム』によって

その使用時間は、わずか数分だけ

ではあるが、自分自身の身体速度を

3倍まで加速させることが可能である。


ただし、3倍で動くということは、

本来の身体能力限界をはるかに超えた

行動であるため、スキルの使用者の

体には致命的な反動ダメージが生じる。


死と隣り合わせの能力だ。

肉体を損壊させずに能力を

行使できるの2倍速が限界。



つまり3倍速で加速している

シローは自傷しながら戦っている

にほかならない。



シローは、ソーリョの拳を最小限の動作で回避。

ゼロ距離の間合いでソーリョのアゴに、

アダマンタイト製の靴のつま先で、蹴り上げる。


シローの直上の空中に、

ソーリョは打ち上げられる。




「まだだっ!!!」




ソーリョの打ち上げられた空中に、

6つの青い魔法陣が浮かび上がる。


特殊スキル『ハイジャンプ・Ⅵ』

空中で最大、6個の足場を作る

ことが可能になるスキルである。



ソーリョを中心として、ちょうど

対角線を結ぶと六角形の形に

なるように魔法陣を配置。



「お前は、殺されても死なないと

 言ったな。その言葉が真実か

 どうか俺が、確かめてやる!」



「やってみやがれ! 

 このクソ雑魚があ!!!」



シローは剣を鞘に納める。

無限に体を再生させる相手に対し、

切れ味が鈍る刃物ではあまりに

分が悪いと踏んだからだ。

だから、鞘で殴る。



シローは、ソーリョを追いかけるように

床を蹴り空に跳ぶ。


そして足場の魔法陣を蹴り、自身を弾丸の

如く射出し、その先にいるソーリョを

鞘で通り過ぎざまに遠心力を加えて殴打する。


そのまま、シローは元の足場の対角線上

にある魔法陣に向かって跳び、

再び、魔法陣の足場を蹴り通り過ぎざまに

アダマンタイト製の鞘で殴打する。



「無駄だって言ってんだろうぉが!

 このダボハゼがぁあああっ!!!」



「無駄だと言うなら、証明してみろ

 ここから先は意地の張り合いだ!!」



シローも余裕ぶってはいるが、

『アクセル・タイム』で三倍速の

加速の反動の影響で、全身の筋繊維や、

毛細血管は引きちぎれ、全身が悲鳴をあげている。



シローはまるで跳弾のように、

ソーリョを中心に描かれた六つの魔法陣の

間を加速しながら、切り結ぶ。



その空中での斬撃は十回、百回、

千回、1万回、百万回続いた。


実際にどれだけの剣戟が振るわれた

かは分からない。


だが、少なくとも、ソーリョにとっては、

百万回の殴打を受けたと感じられる

だけの数の打撃であった。



実際にはわずか数分に満たない

出来事のことであったが、僧侶の孫、

ソーリョにとっては、無限の時間に

匹敵する、自身をさいなむ拷問であった。



数分後、礼拝堂の空中から二人の

人影が、地面に落ちる。

シローとソーリョである。



気を失ったシローの体を

ラクイが優しく受け止める。



そして、誰にも受け止められず、

無様に礼拝堂の床に落ちたソーリョは、


教祖の時の美しい姿からは

想像できないほどに、

変わり果てた姿になっていた。



今や髪は白髪で、顔はシワだらけ

まるで老婆のような姿になり、

床に伏せるのであった。



かなり厳しい戦いであったが、

意地の張り合いによって、シローは

ソーリョを打ち倒す事に成功したのであった。

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