第54話 生贄


 そしてその夜。


 ガガクの岩とやらの近くで、英吾はわざとダボダボの服を着て岩の前で座って待っていた。

 嘉麻と村長及び数名の大人が近くの岩に隠れながら様子を窺っている。

 村長が不思議そうに尋ねる。


「何でダボダボの服を着なおしたんですか? 」

「あいつが言うには遠目だとダボダボの服は体が小さめに感じるらしい。ほら、子供が大人の服を着てるみたいに見えるからな」

「なるほど」


 近くだとわかってしまうが、座っている分には体が小さく見えるだろう。

 嘉麻は空の様子を見てみる。

 環状の月が空をまたぐ架け橋のように広がっており、今宵は『月が満ちる』日である。


レオリス珊瑚の塔ティルスラ巨顎の貝ドナティスの中間にもうすぐかかるな……」


 月が満ちる日とは、午前0時に月に刻まれた12の海獣の中間に入る時を指す。

今宵は珊瑚の塔ティルスラの月が終わる=月が満ちる日でもある。

それを考えながら訝し気に首を捻る嘉麻。


(……確かに『満月の日』という言い方はおかしいな……)


 この土地の人々は『月が終わる日』とか『月末』とかそういった言い方をする。

 嘉麻が何となくモヤモヤしていると山頂の方から人影が降りてきた。


(あ、なんか来ましたよ! )

(わかってる! )


 嘉麻も緊張して持ってきた槍を握りなおす。

 どうやら数名の人間が松明を手に降りてきたようだ。


(どんな奴だ? )


 必死で目を凝らして相手を観察する嘉麻だが、横から小さな悲鳴が上がる。


(ひぃ! )

(静かにしろ! )


 慌てて村長の口を閉じさせる嘉麻。

 松明に照らされた男は顔色が真っ白だった。

 唇は松明に照らされて真っ赤にぬらぬらと輝き、眉は黒い丸のような形をしており、その口からは真黒な犬歯が見えた。

 村長が恐れおののき、難しい村人は震えながら逃げ出そうと後ずさる。


(ば、化け物だ……)

(に、逃げよう……)


 そう言って逃げ出そうとする村人たち。

 だが、嘉麻は呆けたような顔でそれを見ていた。


(あー……どういうこと? )


 困った顔になる嘉麻に村人は怯えながらも不思議そうに小声で尋ねる。


(怖くないんですか? )


 涙目になる村人だが、いたって冷静な嘉麻。


(あー……お前ら……その言いにくいんだが……とりあえず落ち着け)


 困り顔で落ち着いた声を出す嘉麻。

 だが、嘉麻自身もどう言おうか困った。


(何で『麿』が居るんだ? )


 現れたのはどう見てもお公家さんみたいな『麿』だった。

 一方、英吾も困った顔でそれを見ていた。


(なんで『麿』がここに居るの? )


 目の前に居たのは平安貴族のような出で立ちをした男で、一応、黒い牙を生やしているが、衣装も公家のような服を着ている。

 とはいえ、英吾には何となく違うことがわかった。


(微妙に違うな……コスプレか何かか? )


 真新しく、綺麗なその衣装はどちらかと言えばド○キで売ってるようなおもちゃの服に近い。

 所々が妙に安っぽく、生地が薄い。


(ビニール繊維のような安っぽさだが、この世界にもビニールがあるのか? )


 記憶をたどる英吾だが、男はガガクの岩の上に立つ。

 一緒に連れてきたお稚児さんのような子供たちも岩の上で何やらいろんな道具を並べ始めた。


(何を準備しているんだ? )


 暗くて見えづらいので目を細める英吾だが、男はにやりと笑う。


「ほほほほ。そなたが今宵の生贄かえ? 」


(なんかすげぇ微妙な言い方……)


 無理に公家を装っているような微妙な言い回しである。


「そうです……」


 弱弱しそうに答える英吾。

 こう言った演技の上手さには定評がある英吾である。

 何故かスティにはすぐばれるのだが。

 男は高らかに笑いながら言った。


「我こそは魔界で生まれ!千年の時を越えて目覚めた吸血鬼太閤『麿』なり! 恐れおののくでおじゃる! 」


 そう叫んで男は高らかに笑ったが、英吾は別のことが気になった。


(今、『太閤』って言わなかったか? あと、『麿』だと? 本当にそんな名前なのか?)


 訝し気な英吾をよそにその男は嬉しそうに笑う。


「ほーほっほっほっ! よかろう! 今宵は麿のライブを十分に聞いて帰るが良い」

「……ライブ? 」


 一瞬、言われたことがわからなかった英吾だが、そんな英吾を無視して男は三味線を取り出した! 

 

「それでは聞いてください。「HEIAN狂へようこそ」! 」


 そう言って男は三味線をジャランと鳴らした。



「MAROooooooooooooooooo!!!!!!!!」


 突然シャウトする麿を英吾は呆然とした顔で見ていた。


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