第52話 直訴


 あれこれ農業について考えたが、結局は何も思いつかなかったので最初の目的通りに領土内の集落を廻る英吾。

 元々、ここの領主であるスティの部下がメイドの二人しかおらず、各集落の長たちと定期的に会合を行っているだけで、ほとんど任せきりでもあった。


 それも、税金が払える程度に大きい集落だけで、貧しい集落はそもそも無いものとして見逃していたのが実情である。


 税金を直接持ってくるので何とかなっていたのだが、今回は徴税ということで回れるのは英吾達以外には居ない。


 英吾と嘉麻、そして世紀末雑魚の二人は各村落を荷馬車で回りながら悩む。

 英吾はぽつりと呟く。


「なあ、アクドイさんに国外から食料の買い付けをお願いしたりは出来ねーの? 」

「出来ないことも無いけど……麦以外は無理だよ。こっちに来る前に腐っちゃうから」

「そうかー……」


 英吾は再び腕組みをして悩む。

 先ほどからこう言ったやり取りをずっと繰り返しているのだ。


 食料が『食料として』輸送できるようになったのは近代の話で、それまでは輸送するだけでも難しいのが現実である。

 そのため、食料の基本は地産地消で、遠くの食べ物は滅多に食べられないのが当たり前だ。


(食っていくだけなら、今の食料でも大丈夫だが……最大の問題は去年豊作だった点だな……)


 英吾はすでに気付いていた。

 言い方を変えると『豊作』の年でも住民を賄えないほどの食料しか出来ないのだ。

 これではいくらインフラを整えても領民が飢えからは解放されない。


 日本に食料が有り余るのは『買い取る財力』があるのも大きいが、『他国の食品を輸入する技術がある』というのも大きい。

 このままでは金ばっかり余って領民が飢えるだけの土地になる。


(農業の専門家が欲しい……)


 英吾がそんなこと考えていると荷馬車が突然止まった。


「着いたか……」


 ブツブツ考えながらも馬車から降りようとする英吾だが、嘉麻が止める。


「ちょっと待て。様子がおかしい」

「うん? 」


 不思議そうに前を見る英吾だが、その顔が曇る。

 

「なんだ? 」


 目の前にはいつもの様に荒れ果てた集落があった。

 そこはいつも通りである。


 だが、領民らしき大人たちが全員土下座していたのだ。


「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」


 平伏して頭をあげようとしない領民たち。

 全員がやせ細っており、明らかに栄養不足だ。


「何事だ? 」


 不思議そうに訪ねる英吾。

 すると、一番前に居た比較的身体つきの良い男が顔を上げる。


「徴税官の方々とお見受けいたしますが……」

「そうだけど……」

「お願いします! この村には子供もいまぜん! どうか税を免除してください! 」


 そう言って土下座して懇願する男。

 英吾と嘉麻は互いの顔を見合わせて、不思議そうに首を捻る。


「まあ、払えないのはわかるが……子供が居ないというのはどういうことだ? 」

「この村は……悪しき吸血鬼に支配されているんです! だから、子供たちが居ないんです! 」


 辛そうに謝る男。

 一方、英吾は不思議そうに隣のモヒカンに尋ねた。


「吸血鬼って居るの? 」

「僕は見たこと無いけど……居るって聞くよ。墓場から蘇った男が人の血を啜るって……」


 そう言って凶悪な面構えで身震いする金髪モヒカンのアベシ。

 全く怖そうに見えない。


(……微妙なラインだな……この世界には魔法みたいなものが使えるみたいだけど……)


 英吾自身もメイド長の使う回復用の魔道具で命を救われた経緯がある。

 魔法が使えれば吸血鬼も居そうだが必ずしもそうでもない。


(実際問題、吸血鬼ってのは動く死体系の化け物だからなぁ……あまり現実的じゃない……)


 現実には死体は動かない。

 死後硬直で固くなり、動きも緩慢でまともな活動が出来るものではない。


(元は『息を吹き返した人間』の伝承が誇張されたものだし……)


 俗に言う救命手当で息を吹き返した人間は脳に後遺症が残ることがある。

 そういった者の中に吸血を好むようになる異常性が生まれたという説もあるが、基本はありえない。


(無きにしも非ずだが、この言い分だと微妙だな……)


 伝承だけの可能性も高いが、そう言った連中が居る可能性もある。


(どうするべきか……)


 英吾が悩んでいると真っ先に嘉麻が尋ねた。


「よくわからんから説明してくれ」


 嘉麻はこう見えて科学至上主義である。

 現実以外は一切見ようとしなかった。


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