第50話 辛い現実


 屋敷に帰った英吾達には渋い顔の嘉麻と領主のスティが待ち受けていた。


「残念だが……医者に連れて行った子は全員死んだ……」


 悲しそうに俯く嘉麻。

 これが現実なのだ。

 飢餓は人を簡単に死へと陥れる。

 特に飢餓状態からいきなり食べ過ぎると頓死する恐れもある。


「・・・・・・・・・・・・・」


 目をつむり、静かに黙祷を捧げる英吾。

 ひとしきり、黙祷を捧げたあと、英吾は話を聞くことにした。

 嘉麻は重々しく話した。


「元々、厳しい状態だったのは確かだ。連れて行ったからと言って助かる見込みが無かったのは事実だ」

「……わかってる……」


 英吾も悲しそうに俯く。

 明らかに死にそうな子供たちだった。

 それでも助けようとしてしまうのは彼らが優しいからだ。


「最後は笑って死んでいったよ……『ジャム美味しい』って言ってな……」

「そうか……」


 やったことが無駄にならなくてほっとする英吾。

 だが、そんな英吾に重々しい顔で嘉麻は言った。


「……それから、もう一つ問題が生まれた」

「何? 」

「食料の値段が高騰している」

「……何で? 」


 少しだけ驚く英吾。

 今のところ、食料の値段が上がるような要素は無かったはずだ。

 作物もヴァリスは貧しいが今年は豊作だと聞いていた。


 だが、嘉麻が言ったことは思いもよらぬことだった。


「原因は……俺達だ」

「……へっ? 」


 意外な答えに驚く英吾。

 理由が思い当たらずに不思議がる英吾に嘉麻は言った。


「俺たちが子供の受け入れのために食料を買いあさったのが原因だ」

「……なんだって! 」


 意外な原因に驚く英吾。

 確かに子供の受け入れがあるならと大量に食料を買い込んだのは事実だ。

 だが、百人の子供の一年分の食料なのでそれほど大きな量ではないはずだ。

 嘉麻は沈鬱な顔で答える。


「……そもそもの食料の流通量が少ないんだ。たったあれだけでも、マイルグ全土の食料事情に影響を与えるレベルらしい」

「……嘘だろ……」


 絶句する英吾。

 忘れがちだが……日本で食料が安いのは流通する食料が多いからだ。

 そして中世においては同じ百万人の人口でも流通する食料が半分以下でもある。

 

 つまりはわずかな買い込みでも全体に大きな影響が与える。


「王都から連絡が来たらしい。『これ以上の食料の買い込みは控えよ』とのことだ」

「……ぐぅ……」


 ここに来て大きな痛手である。

 人を養うことすら難しくなった。

 嘉麻の隣に居たスティも重々しく言った。


「緊急の措置として買い込んだ食料はそのまま半分売りました」

「……何で? 」

「領民が食料を買えなくなりかねないからです」

「うぐう……」


 苦しそうに唸る英吾。

 こんな事態は流石に予想外である。


「どうしましょう? 」


 流石に悩み始めるスティ。

 事業を軌道に乗せるのはあくまでも領民の為である。

 事業を軌道に乗せて、領民が飢えるようでは本末転倒である。

 英吾はため息をつく。


「とりあえずは子供を集めよう。あの貧しさなら、多少食料が少なくても喜ぶと思うから」

「それしかないな……」


 嘉麻も悔しそうにぼやく。

 嘉麻も食料を大量に買い込んで健康的に子供が暮らせるようにしたかったのだが、これではどうしようもない。


 英吾はため息を吐いた。


「明日は予定を変更してハンシン大河に行こう」


 渋い顔でそう言った英吾に嘉麻はさらに渋い顔をになる。

 何の話をしているかわかったからだ。


「……今、行ったからと言ってすぐにどうなる事じゃないぞ? 」

「わかってる。でも行ってみる……ひょっとしたらうまく行ってるかもしれない」

「わかった……」

「……私も行きます」


 嘉麻とスティも英吾の言葉に重々しく同意する。

 それぐらい苦汁の対応であったからだ。


 その日は屋敷に重い空気が漂い、英吾は寝れない夜を過ごした。


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