第48話 賦役

「税金を払えない集落に税金を掛ければ良いんだ」


 それを聞いて全員が顔を曇らせる。

 そもそも払えないほど困窮しているところに、さらに税を課すと言うのは悪辣にもほどがある。

 アクドイが困り顔で答える。


「あのぉ……そもそもお金に困ってはおらず、人手に困っているので税金を掛けるのが間違いでは? 」

「と、思うじゃん? 」


 そう言ってにやにや笑う英吾。


「でも、そもそも税金が払えないほどの家ってどれぐらい貧乏なの? 」

「小作人ですね。ほとんど農奴と言って良いです」


 スティが顔を曇らせて答えた。

 実は奴隷制の始まりは農業と関係している。

 アメリカでも奴隷制が長いこと続いたのは農業国だからである。

 農業が国の礎になるのは、いつの時代もどの国でも変わらないのだ。


「自分の土地を持たず、日々の食べ物にも困る有様です」

「じゃあ、そんな家に税を掛けたらどうなる? 」


 さらに顔を曇らせる三人。

 嘉麻が代わりに答えた。


「まあ、払えんだろうな」

「じゃあ、代わりに労役で払うってのはどうだ? 」

「……労役? 」


 それを言われてキョトンとする三人。

 こんこんと窓の外を見るように促す英吾。


「ここの給料は平均的なヴァリスの民の5倍近いのに人が集まらないんだ。では質問。日々の食料にもあえぐ方々に、ここの仕事を無理矢理やらせて無理矢理お給料を渡すのはいけない事でしょうか? 」


 言われてハッとなる三人。

 スティの顔が輝いた。


「つまり、税を掛けることで困窮する人への救済を行うと言うことですか? 」

「そういうこと。体裁は悪いけど、それは今に限ったことじゃない。人々のためになると思うよ? 」


 貧乏な人に無理矢理苦役を続きさせるぐらいなら、他に良い仕事を紹介した方が良いのだ。

 それが一番その人のためになるのだが、それが一番難しいのだ。

 それだったら、無理矢理その仕事をやる機会を作る方が良い。


 嘉麻がその言葉を聞いて唸る。


「確かにうちの給料なら一か月で一家の一年分の税金は払えるな……」

「それに下手な家で過ごすよりもよっぽど良いものを食べられますからね……」


 実際、ゴム産業が軌道に回り始めると、お金は唸るほど生まれたので劇的に食糧事情は改善した。

 ここの従業員は下手な金持ちよりも良い物を食べている。


 だが、それでも人が集まらないのはスティに掛かっている『災いの姫』という悪名である。

 スティの夫になる男は『大災厄』を引き起こすと言われており、そのせいで最低限の人の繋がりしかない。

 当然ながら迷信深いこの世界の人たちは彼女に近寄るのを避けている。


 だが、現実にはここに来た従業員の大半は「ずっとここに居たい」と言い始める程で、悪評の割に中身はしっかりしているのだ。


つまり……


「一回入れば二度と出たくないって人の方が多いんだ。最初は苦役として来ても、次回からはむしろ自分から来るだろうね」

「なるほど! 」


 スティも嬉しそうに笑う。

 するとアクドイがこう言った。


「ちょっとお待ちください。そう言った貧乏な家では代わりの苦役なんて難しいと思いませんか? 」

「……うん? 」


 きょとんとする英吾。


「大して稼げない家の大黒柱を持っていけば一家離散の憂き目に遭います。それでは感謝されんでしょう? 」

「うぐ……」


 実はこういったことは多々あった。


 奈良時代の『防人』の何が苦役だったのかと言えば、一家の大黒柱を徴兵に取られるのだ。

 場合によっては防人が終わって帰ってきたら家自体が無くなっていたこともある。

 だが、アクドイは悪人面でにやりと笑う。


「代わりに子供を連れて行けばよいのですよ」

「……児童労働か……」


 嫌な顔をする英吾と嘉麻。

 児童労働が社会に及ぼす影響を良く知っているからだろう。

 慌てて弁明するアクドイ。


「子供を仕事に使うと言っても、ただ仕事をするだけなら良くないと思いますが、夜に勉強を教えてあげてはいかがですか? 」

「……勉強? 」


 不思議そうな顔をする嘉麻。

 だが、アクドイは尚も続ける。


「子供たちに勉強を教えて読み書き計算が出来るようになると、それだけでもその子の人生は劇的に変わります。何のためになるかもわからない仕事をさせられて、貧乏のスパイラルに入っている子供たちを救う良いきっかけになると思いませんか? 」

「……なるほど! そもそも読み書き計算が出来る領民が少ないから、教えて学力の底上げをするのか! 」


 英吾も納得する。

 そもそもの話としてこの時代の人間は読み書きすら難しいのが常だ。

 そこで読み書き計算を教えて行けば賢い大人になり、賢い大人はさらに領土を富ませる。

 そして英吾はチラリとスティの方を見る。


(スティの下にもっと頼りになる人材も増やさないといけないしな……)


 スティの『災いの姫』の悪名のお陰で人材が中々集まらない。

 読み書きを教えた子供たちの中には地頭の良い子も何人かは居るだろう。

 そう言った子供たちは大人になると良い部下になる。


 英吾はそういったことも心配していたのだ。

 するとエルフを名乗る世紀末雑魚が声を上げた。


「僕たちも色んなこと教えてあげるよ! 『お前たちにしてあげたことは次の世代の子供たちにもしてあげるんだぞ』って父ちゃんに言われたし! 」

「お前達……」

「へへへへ……」

 

 涙ぐむアクドイと得意げな金髪モヒカン。


「子供たちが寂しくないように俺たちが遊んであげるし! 早くそういった子供たちを助けに行こ! 」

「……そうだな! 」


 それを聞いて笑う英吾。


「それでスティも良い? 」

「もちろんです。領民の明日の為にも頑張りましょう! ただ、一つだけ確認したいことがあるんですが? 」

「なんだい? 」


 にこやかに英吾に尋ねるスティ。


「全知全能の神様とやらはどんな神様なんですか? 」

「ああ、アブラハムの宗教の神様で何でもできるらしいんだけど……」

「らしい? 」

「俺ら日本人は神道だし、別にどうでもいいけど、とりあえず尊重はしている神様」

「つまり、先ほどの誓いはどうでもいい神様に誓ったから意味が無いと言うことでよろしいですね? 」

「勿論そのつもりで誓ったし…………あっ…ちょっ! やめッ! 違うから! 違うからぁァァァ!!!! 」


 スティはにこやかに笑いながら、泣き叫ぶ英吾を縛り上げた!

 英吾が開放されたのは次の日の朝だった……


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