第33話 森の理由


「起きろ!しっかりしろ英吾!」


 嘉麻が倒れている英吾を抱き寄せ叫んでいる。

 すると英吾はうっすらと目を開け始めた。


「……あれ?」

「大丈夫か!」


 嘉麻の切迫した声に驚く英吾。

 思わず辺りをきょとんと見渡す。


「……ここは?」

「採掘場だよ!一緒に来てただろ!何寝ぼけてる!」


 頭をぽりぽり掻きながら上体を起こす英吾。


 円筒状の広い空間の部屋だった。


 上からは淡い光が差し込んできている。

 今までの部屋同様骸骨が散らばっているが。

 他と比べて明るいのが特徴だ。


「……なんで俺倒れてんだ?」

「しらねーよ。辺りを調べてたらいきなり倒れたんだよ。ちょうどその骸骨を調べていた時だ」


 そう言って嘉麻が一つの骸骨を指さす。

 その骸骨は大きめの……いわゆる大黒柱にもたれかかっており腰のあたりで両断されていた。


「……何か変な夢見たよ」

「……どんな?」

「ニョイとかいう将軍かな?の夢。コイツがそのニョイだったのか?」

「……そんなわきゃねーだろ。お前はニョイって何の事かわかってなかったのかよ」

「知ってるわけないだろ?」

「何しにここに来たんだよ。元はゴンボルの遺産を手に入れるために来てただろ?その中にニョイの棒ってのがあったろ?それの持ち主だよ」

「……そうなの?」


 苦笑する嘉麻。


「ああ。俺も詳しい事は知らんがニョイってのはゴンボルのさらに何百年か前に魔王とも戦った英雄らしい。そいつの持っていた『縦横無尽』がニョイの棒と言われてるんだよ」

「ふ~ん。じゃあ、こいつがそのニョイとかいう英雄だったのかねぇ?」


 そう言って脇に座っている骸骨の様子を見る。


「そんなわきゃねーだろ。ゴンボルが生まれるより遙か前に死んだよ。ニョイがいたころにはそもそもこんな洞窟すらねーよ」

「じゃあ、なんであんな夢見たんだろ?」

「知らんわ。それよりもこっちの方が今は重要だろうが!」


 そう言って辺りを見渡す嘉麻。

 やや大きめの円筒状の吹き抜けのようになっており、床の一部には骸骨が折り重なっている。

 それを見て改めて眉を顰める英吾。


「……ここはどういうところなんだろ?」

「多分……採掘した原料をあそこの上から下ろして運び込む形じゃないかな?」


 そう言って嘉麻は上を見上げる。

 らせん状の階段が壁の内側に付いており、上に上がれるようになっている。階段の所々に扉が付いている。


「とりあえず上に上がって見よう」 


 そう言って嘉麻は階段を上がって行く。

 扉の一つを見てみると簡素な寝台が置いてあった。


「居住区なのかな?」

「……みたいだね」


 上に上がりながら、一つ一つの扉を確認する二人。

 ガイコツはあったりなかったりしたものの、寝台は必ず付いていた。


「……ひょっとしたら奴隷をここで暮らさせていたのかもしれん」

「……そうなの?」

「前に親父に見せてもらった植民地支配下の奴隷の部屋と良く似てる」

「……なるほど」


 強面の嘉麻の顔がやや渋い顔になっているのを見て押し黙る英吾。

 いくら昔のこととはいえ嘉麻にとっては気持ちのいい事では無い。


「ゴンボルはフォルンの秘密を徹底的に守っていた。恐らくは採掘方法を外に漏らさないためにやっていたんだろうが……」

「……だろうが?」

「……どうして、あの書斎に採掘方法が無かったんだろう?」

「……簡単な方法だったんじゃない?」


 適当に答える英吾。


「簡単な方法なら隠す程じゃないだろう。誰でも知ってんだから」

「……言われてみれば変だね」

「精製方法を隠すんならわざわざ山の中に隠し工場を作る理由はわかる。原石まで隠す必要あるか?」

「……あるような無いような……」

「何か変だな…… 一つ一つの行動に一貫性が無い。一代で財産を築きあげるほどの男なのにどこか片手落ちだ。何よりも……これだけいろんな材料が揃ってるのに未だにフォルンの全体像が浮かばない」

「嘉麻でも思い浮かばないんだ」

「ああ。柔らかい金属って言えば水銀だが、それだったらこんなやり方しないからな」

「なんか変だね」

「それにな。この山に植林したのもおかしい」

「どうして?エコに目覚めたんじゃないの?」

「この時代にエコなんて概念はねぇよ。それに奴隷を使い捨てに利益をあげるような男がそんなこと考えるかよ」


 あきれ顔の嘉麻。


「じゃ、じゃああのサルミとかいう化け物を飼うためとか……」

「サルミはこの山の木も実も食べないらしい。奴らにとっては住みにくいはずなんだよ。本来は木の実とか鹿とか食べるみたいだから、植林する理由が無いんだ」

「え~と……あれだ!小学校の時にやった緑のダムってやつじゃない?」


 山に木々が生い茂ると天然のダムとして治水に役立つ。

 これは現代日本人であればよく知る事だが、治水事業をしていた人達にも割と知られている事でもある。

 だが、これを聞いてもかぶりを振る嘉麻。


「別にこの辺りは農業が盛んなわけでもなし……知ってるか?未だに洪水農業やってんだぞ?木なんてむしろ邪魔だ」

「……え?……じゃあ、周りの反発を受けながらも植林したってこと?」

「……実際に洪水が減ったと苦情を受けた時に槍で脅して追い払ったらしい」

「……全く人の迷惑を顧みない奴だなー」


 呆れる英吾。


「大体、植林するなら山よりも荒れ地でした方がはるかに楽なのにそれをしなかった。強欲な商人の癖に妙な行動をとるんだ」

「利益になる事しか追求しないのにエコな活動をする……変だね」

「そもそもゴンボルはこの辺りの人間じゃない。もうちょい北の生まれなんだ。北の方は森が多いから精製工場を作るならそっちの方が遙かに安上がりでしかもやりやすい。採掘方法は諦めて秘密ばらした方が安あがりなんだよ。何でそうしなかったんだ?」

「……なんで木々が生い茂ると精製しやすいの?」

「燃料に困らん」

「じゃあ、燃料を作るために植林したとか?」

「……やつは何故か木を切る事を許さなかったらしい。近隣住人で木を切った奴を捕まえてボコボコにしたらしい」

「ほんと鬼だな……」

「この辺りは一面荒野が続いているから植林に向かないし、わざわざ苦労して植林する理由が無いんだよ。実際、この山の木はこれ以上広がってないからな。安定はしているが、周りの土地が荒れ過ぎて森が育ちにくい」

「……なのにわざわざ植林した?」

「妙な真似ばかりしやがる」


 そう言って嘉麻は階段をずんずんと登って行く。

 そしてようやく一番上に到着して……呆然とする。


「どうしたんだ嘉麻ぁ……」


 続いて上に上がった英吾も呆然とする。


「こいつは一体……」


 目の前の光景を信じられない目で二人は見ていた。


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