第31話 帰りを待つ者


 その頃……屋敷の方ではちょっとした騒ぎになっていた。


「……いましたか?」

「……いませんね」


 クリィとスティが二人で屋敷中を探している。


「……何の話も聞いてないのですか?」

「はい。何も聞いておりません。スティ様は?」


 何も言わずにかぶりをふるスティ。


「メリルはどうしてます?」

「護衛の男達と酒盛りしています」

「……大丈夫なのですか?」

「……メリルはそういった専門のメイドでもありますので大丈夫かと」

「……そうですか」


 顔を曇らせるスティ。

 当たり前だが、好き好んでそういった仕事をしている人は少ない。

 メリルもやむにやまれぬ事情があってそうしていたのだ。

 王宮でのそういった仕事と言えば没落貴族である場合が多い。

 一定の教育を受けて尚且つそういった事を甘んじて受けられる立場と言えばどうしてもそういった人間に限られる。


「さきほど様子を見た時は酒盛りだけのようでしたので、うまく行けば姫様が心痛めるような事にはならないかと」

「……ありがとうクリィ」


 そう言って外の様子を見るスティ。


「後は私の方で探しておきますのでスティ様はお眠りになって下さい」

「……いえ、私も探します」

「なりません」


 ぴしゃりと言い放つクリィ。


「明日はあのアクドイとの交渉が待ち受けています。一筋縄で行く相手ではありません。ここはお休みください」

「……でも!」

「……多分ですが……お昼の事で気を紛らわせるために町の方に飲みにいったのではないかと思いますよ」

「……町にですか?」

「ええ。前から飲みに行きたいと言っておりましたので。先ほども酒でも飲んですかっとしたいと言ってましたから多分行ったんじゃないですか?」

「こんな夜遅くにですか?」

「夜遅くだからです。昼から飲むのはダメ人間だけです」

「……そうですか」


 落胆したような……それでいてほっとしたような表情のスティ。


「ですからお休みください。明日にさしつかえますよ?」

「……では帰るまで待った方が……」

「朝帰りすると思いますから心配するだけ無駄ですよ?」

「……そうですか。では私はこれで休みます」


 ようやく諦めて寝室へととぼとぼ歩くスティ。


「大丈夫ですよ。ちゃんと朝には帰ってきますから」

「・・・・・・」


 その言葉には答えずにそのまま部屋に入るスティ。

 がちゃりと扉が閉まる音がする。

 それを確認してからクリィはほぅっというため息をつき、懐から一枚の紙を取り出す。


(……全く何考えているのか!)


 紙にはいらっとさせる汚い字でこう書かれている。


『ちょっと採掘場にお宝取りに行きます。朝には帰ります』

 

(あのくそガキが!よりによってこんな日に行きやがって!)


 前から彼らが行きたがっていたのはクリィも知っていた。

 もし、採掘場に行っても自分なら必ず連れ戻せると思っていたのであまり深く考えていなかったのだ。


(いつもならすぐにでも行けたのに!)


 クリィは同じメイドでも要人護衛に特化したメイドだった。

 実はかなりの武闘派でちょっとぐらいの荒事なら対応可能なのだ。

 だが、どんなに優れていても一人である。


(あんな護衛を引き連れている男と同じ屋根の下に居る以上、スティ様を一人には出来ないのに!)


 いくらなんでも危ない連中が泊まっている時に行くわけにはいかない。

 夜中にスティの寝室に忍び寄ることもありうる以上、常にスティの側に居なければいけない。

 紙をくしゃくしゃにして懐に入れ直すクリィ。


(仕方が無い。奴らが寝静まってから探しに行くか)


 それまでは屋敷の見回りをして気を紛らわせようとクリィは思い、屋敷の中を散策する事にした。


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