第24話 困窮の汚辱


「大したものはありませんなぁ」


 眉を顰めるアクドイ。

 一通り、屋敷の中を見て回って客間で接待していた際に開口一番でこう切り出した。


「考えてみればゴンボルの一家はお金に困っていたというので金になる物はあるわけがありませんなぁ」

「……そうですか」


 陰鬱な声をあげるスティ。

 わかってはいたのだが、金になる物が無かったのだ。


「では、お金を貸していただくわけにはいきませんか?」

「……難しいですねぇ」


 困ったようなそれでいて面白がるような声音で言うアクドイ。


「そもそも金になる物が無いのでは返す当てもないという事です。この屋敷も買い取った所で二束三文にしかなりませんので大した価値はありません。確認させていただきましたがこの地の収入はわずかで数十年規模で経営がうまく行っておりません」

「そこを何とかお願いします!」


 頭を下げるスティだが、アクドイはそっけない。


「しかしですなぁ、踏み倒されるとわかっていて貸すのはいささか酷過ぎはしませんか?当方も余裕があるわけではありません。如何に貸して頂きたいと言われましても……」


 困ったような口ぶりだがまるで困ってはいないのは声音からも明白だ。


(明らかに足元見てやがる)


 心の中で眉を顰める嘉麻。

 だが、ここで怒ってはならないと心に言い聞かせて頭を下げる。


「お願いしますアクドイさん。あなたしかいないんです。何とか貸してくれないと翌年の領土管理すらうまくいかないんです」

「そうは言われましてもねぇ……」


 顎に手を当て悩む素振りをするアクドイだが、ここでにやりと笑う。


「まあ、身体で払ってもらうというのもありますからそうしますか?」


 ぐへへとスケベ顔で笑ってスティの身体を見るアクドイ。

 その気持ち悪さに思わず自分の身体を抱きしめてしまうスティ。

 それを見てぐへへへへと笑うアクドイだが、両隣のギャルに脇腹を小突かれて真面目な顔に戻る。


「冗談ですよ。さしあたってこれまでの経営状況見させてもらいましょうかね。何かお金になる物はあるかもしれない」

「では、お願いします。こちらがそうです」


 そう言ってクリィが書類の束を渡す。

 これまでの経緯など意にも介さずにクールに淡々と話しを進める。


「では、調べさせてもらいましょうか?どこかで休ませていただけますかな?」

「こちらです。どうぞ」


 そう言ってクリィがアクドイを誘導する。

 それに従ってアクドイと付き人が廊下へと出て行く。

 後に残されたのはスティと嘉麻だけだった。


「……大丈夫かですか?」

「……はい」


 まだ、身体が震えているスティを気遣う嘉麻。

 だが、一向に収まる気配は無い。ふぅっとため息をついて壁をノックする。


「もういいぞ。入って来い」


 大声で嘉麻が怒鳴ると足音が近づいてきてドアが開く。


「……ばれてたか」

「誰もいないはずの倉庫で物音がすればお前しかいないだろう」


 明らかに怒っている英吾に呆れ声で答える嘉麻。


「あの野郎足元見やがって! 言うに事欠いて身体を要求しやがるとは……」

「お前は絶対に前に出るなよ。切れると見境がなくなるんだからな」

「わかってる!」


 いらいらしながら答える英吾。

 普段の性格から勘違いされがちだが、実は英吾の方が短気なのである。

 嘉麻は見た目が怖いだけで、昔から冷静な方だった。

 一方、英吾はかんしゃくが激しく、一度暴れると手がつけられなくなる事が多い。

 それを知っていたので嘉麻は前に出さなかったのだ。


「エイ・・・ゴさん?」


 震えながら泣きそうな声を出すスティ。

 それを見て慌てて近寄る英吾。


「大丈夫大丈夫」

「ううぇぇぇっぇえっぇぇ」


 感極まって泣き出すスティ。

 それを慈しむように抱きしめる英吾を見て苦笑する嘉麻。


(仕方ないか)


 人の縁はどうしようもないと嘉麻は思った。

 大災厄を引き起こすかどうかは別として英吾とスティの間に縁が出来上がってしまってるらしい。


(どちらかと言えばお兄さんと妹みたいな感じだけどな)


 行くあてもない親無しの兄妹が肩を寄せ合うような関係とでも言うのだろうか?なんとなくお互いに肩を預け合うような関係に嘉麻思えた。


(ま、任せるとしますか)


 そう思って廊下へと出る嘉麻。


「あら?どうしました?」


 出ると同時にクリィに出くわした。

 しっと中指を口に当てて部屋の様子をこっそり見せる。

 それを見て苦笑したクリィは何も言わずに戸を閉めてふぅっとため息を漏らす。


「まあ、予言なんて当てになりませんし、普通に恋した方がいいんですけどね」

「あんたもそう思うのか?」


 そう言って二人で苦笑する。


「もっと自由に恋愛すればいいと思いますよ?どうせ、どの貴族とくっついても良い事はありませんから。それなら庶民として細々と生きる方が姫様のためだと思ってますし」

「意外と軽いな」


 ふふふと笑う嘉麻だが、すぐにクリィの顔が険しくなる。


「ですが、当座の問題はお金ですね。何かお金になるような物が無いとアクドイは貸してくれないでしょうね」

「……みたいだな」


 嘉麻も真剣な顔で答える。

 ここ数年の管理状況を調べると言ってくれてはいるが恐らくは無理だろう。

 何もいいところが無いのだ。

 見つけていればどうにかなってる。


「せめてフォルンの原料でもわかればなぁ……」

「他に手に入れる手段はありませんかねぇ」


 二人は廊下で唸ってみる。

 だが、一向に良い方法が浮かばない。


「最後はなんとか拝み倒すしかないでしょうね」

「それで貸してくれればな」


 嘉麻が渋い顔で答える。

 嘉麻は見た目とは裏腹に堅実な相手だと感じた。

 恐らくはお金に厳しい性格なのだろう。


(お金に厳しい人は堅実でもあるからなぁ)


 嘉麻は思い出す。母国ボツワナの初代大統領が地味ながらも堅実な政治でボツワナを大きく発展させていたことを。

 そして王族でもあった父は初代大統領と会っており、その堅実で質素な暮らしぶりを聞いていた。


「堅実な相手が一番厄介ですからね」

「隙が無いのも考えものですね」


 クリィもまた相手の老獪さを身にしみていた。

 交渉はクリィの得意とするところだがアクドイはどう見ても自分より頭一つ抜きんでている。

 恐らくごまかしは通用しないだろう。


「もはや、考えられるのは私たちでも見つけられなかった好材料を探し出してくれることですね」

「それしか無いな」


 唸る嘉麻がなんとはなしに窓の外をみるともう夕暮れに差し掛かろうとしていた。


「ではそろそろ夕食の準備を始めます」

「お願いします」

「カマは護衛の人達の様子を見てくれませんか?何をしだすかわかりませんので」

「わかりました」


 渋い顔でこたえる嘉麻。


(仮になにかしでかしたところで止められるのだろうか?)


 そんなことを疑問に思いながら護衛の人達が泊まる部屋へと向かった。


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