第21話 風邪


「ヴェックショイ!」

「……やっぱり風邪みたいですね」


 ベッドで寝てる英吾の額に手を当てて不安そうに言うスティ。


「気にする事無いですよ。こいつがバカなだけだから」

「滝に突き落とした張本人が言うセリフか!」


 隣でにやにや笑っている嘉麻にツッコミを入れる英吾。

 結局嘉麻はそのまま逃げてしまい滝に突き落とすには至らなかった。

 それが原因だったのか次の日には体調を崩してしまった。


「ううう……頭が痛い……」

「今日はゆっくり休んで下さいね」

「あい……薬とか無いんですか?」

「え~と……これぐらいの風邪ですと使わない方がいいですよ」

「……エイゴ。薬はただじゃないんだぞ。高いんだからな」

「……あ~……」


 思い当たる節があったので残念そうにつぶやく英吾。


「まあ、風邪引きさんには卵粥と決まってますからそちらをご用意しますよ」

「……ありがとうございます」


 そう言って寝たまま首を縦に振る英吾。


「今日は特に用事もありませんし、お二人ともお休みされてはいかがです?メリルやクリィもお休みしていますし」

「……それはいいですけど、身の回りの世話は誰がやるんです?」

「自分でやれますよ。こう見えても料理は得意なんですよ」


 そう言って嘉麻の疑問にガッツポーズでこたえるスティ。


「ついでですから卵粥も作っちゃいます。だから嘉麻さんはゆっくりしてください」

「……はぁ」

「では料理の準備をしますね」


 そう言っていそいそと部屋を出るスティ。

 バタンという控えめな音を立てて戸が閉まる。


「……ねぇ嘉麻」

「……なんだ?」

「普通、部下のために看病してくれる上司っている?」

「……いないだろうな」

「……だよね」


 思った通りの答えを聞いて黙りこむ英吾。


「クリィさんの話では毒がやばいので自分で料理出来るようになる必要があったんだそうだ。なにしろ、クリィさんが作らなかった時にたまたま別の使用人に任せたら、毒が入っていた事もあったそうな」

「……まじで?」


 火照った顔で英吾が驚く。


「大災厄を呼びこむほどの厄介持ちの姫だ。殺しておこうと考えてもおかしくは無いだろ?」

「……酷いな」

「だからクリィさんが料理を全部教えたそうだ。クリィさんがいない時は自分で作れるように……ついでに言えば毒を衣服に擦りこんだり、家具に毒を塗られないようにクリィさんが家事のイロハを教え込んだらしい」

「……そんな事があったんだ」


 暗闘は様々な形で行われる。

 こんなところにあるはずが無いという思い込みの隙をつく。

 そのため、暗闘が激しくなると日常のあらゆる物の中に毒が入り込む。

 それこそ生きる事すら難しくなるほどに・・・・。


「知ってるか?俺らがずっと身辺をチェックされてたりしたの?暗殺者じゃないかって疑われてたんだぞ?」

「まじで?」

「もっともやったのはクリィさんらしいがな。だから最初は直にスティの使う物には触れさせなかったそうだ」

「……そういやそうだな」


 言われて気づく英吾。

 確かに薪割りとか普段使わない部屋の掃除とかはお姫様が直に触らない仕事ばかりであった事に気づく。


「全然気づかなかった……」

「まぁそれ以前に女の子の衣類とか日用品に触れるという考えが俺らには無かったんだがな」

「まぁ、そんな変態趣味は無いからね」

 

 苦笑する英吾。

 図らずとも日本の常識が危機回避に役立った二人。


「信用してくれるようになったのは災いの姫を知らなかった所からだそうだ。なにしろ知ってる人で近づくのは危険な奴ばかりだったらしいからな」

「そうだよな……」

「だから、スティが心から信用してくれているってことだよ。俺らの事を」

「……そうだな」

「だから早よ身体治せよ」


 そう言って部屋から出ようとする嘉麻。

 その背中に英吾が尋ねる。


「うぃ。これからどうすんの?」

「あそこの城塞都市だけど一応町でもあるらしい。ちょっとそこで服を買おうと思う」

「お洒落だねぇ……」

「それ以前に服が少なすぎだろうが。3食は困らないが衣服は困ってるだろ。ちょっとは買って来ないと」

「僕のも少し頼むわ」

「お金は?」

「そこの棚の2番目」

「これだな」


 そう言って棚からお金を取り出す嘉麻。

 ちなみに彼らのお給料は一週間に一度、金貨一枚もらってる。

 すでに一か月過ぎているのでそれなりには貰っているのだ。


「何が買えるかわかんねーけど買える物買っておくわ」

「頼む」

「じゃあな」


 そう言って嘉麻が部屋を出る。

 部屋の中が静まりかえる。


「ふぅ」


 英吾は熱っぽい身体を横にして窓の外を見る。

 元々この部屋は客間だったのでガラス窓がついている。

 外は晴れていてうっすらとレオリスが見える。

 太陽が輝いていても面積が広いのでおおまかな形がわかるのだ。


「異世界か……」


 英吾は異世界に行くと無双出来るものだと思った。

 だが、それは虚構にすぎない。


「今更だけど、僕らの世界は助けあってて出来た世界だったんだな」


 感慨深くつぶやく英吾。

 本来は道具を作る事すら難しいのだ。

 穴を開けるならキリを手で回して開ける。

 平たい板すら売っておらず、手に入れるのに何倍のお金が必要になる。


 ネジもない、材料も無い。

 電気も水道も無い。


 世界中の隅々でいろんな物を採掘し、生産しているからこそ、それがすべてお金で手に入っているのだ。

 もっと言えば日本だから全てが手に入っている。

 発展途上国では材料すら手に入れにくい事が多々ある事を考えればこの意味は大きい。

 ましてや今居るのは現代の後進国以下の土地である。


「……楽じゃないんだな」


 前の世界なら薬飲んで一日寝たら治るのが風邪である。

 この世界では薬を買う事すら難しく、場合によっては命を落す。


「ましてお金を稼ぐなんて……」


 実は嘉麻と英吾は幾度となく、この世界でも作れる物を考えてみたのだが、そのどれもが不可能に近かった。

 電気モーターは銅で作れるが発電所を作るにはそれ以上のコストがかかる。

 エンジンを作ろうとすると石油が手に入らない。

 お金、道具、材料のどれらかが足りずに作れない物が出てくるのだ。

 ましてやこの世界の材料は元の世界の10倍以上のお金がかかる。

 生産の効率性が悪いため、手に入れる事自体が無理なのだ。


「何か売れる物がないかな……」


 英吾はせめてその辺にあるもので作れるものが無いかと考えるが、ひとしきり頭の中で思案するが思いつかない。


「あ~頭がまわんねー」


 ぐしゃぐしゃと頭を掻く英吾。

 さすがに風邪で頭が回らないのだ。


「ひと眠りするか」


 寝たら良くなるだろうと思って英吾は寝ることにした。


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