第19話 王女の思い


「ここも片づけるんですか?」

「片づけると言っても人が通れて、物が見れる程度でいいですよ」


 スティが困った顔で答える。

 英吾は雑用をしながらもいくつかの部屋を綺麗にしたのだが、肝心のお客とやらは仕事の関係で延び延びになってるらしい。

 その間に見てもらう物を整理しようと地下倉庫に来たのだが……目の前の乱雑さに呆然とした。


「こんなのがお金になるんすかね?」

「……わかりません。ですが何かお金に変えられる物が無いと話しになりませんので……」


 そう言って顔を暗くするスティ。

 この屋敷は半分崖に埋まった形になっているのだがその崖に穴を掘って作った地下室のようだ。

 ひんやりとした空気が漂っているが全体的にカビ臭い上に光が入り込まないので薄気味悪い。


「ここはどんなことやってたんですか?」

「製品開発ですね。何か使える物があればいいんですが……」


 そう言ってがさごそと家探しを始めるスティ。


「せめてメリルとかにも手伝ってもらった方が……」


ブワッ!


「……ナニカイイマシタカ?」

「……なんでもありません」


 恐ろしい程のどす黒いオーラを全身から吹き出しながらカタコトで話すスティに恐れおののいて黙りこむ英吾。


「まったく……すぐ女の子を口説き始めるんだから……」


 ぶつぶつ言いながらスティが家探しを続ける。


(信用ないなぁ……)


 英吾は心の中でつぶやくが素直に片づけを手伝うことにした。


「え~と」


 スティが入り口からやり始めたので逆に奥から始めようと思い、奥の方へと向かってみる。

 なんに使うかわからないが壊れている事だけはわかる機械が山積みになっている。


「え~とこれは……だめですね」


 スティが何かを見てはだめと言ってるのが聞こえる。

 傍目で見ても分かるがここにあるのは金にならないんだろう。

 ほとんどが木でできているが場所柄腐っている物も多い。

 とりあえずゴミにしかなりそうにない物を外に出そうと試みる英吾。

 そのうちに面白い物を見つける。


「これは……」

「なにか見つかりましたか?」


 そう言って、ゴミの山をよたよたとかきわけながら来るスティ。


「見つかったけど……」


 英吾がそう言って持っていた物を見せる。

 それを見て眉を顰めるスティ。


「なんですかそれ?」

「投石機だよ」


 そう言って投石機を手近な台の上に乗せる。


「ここに物を置くと引っ張る力で石が飛んで行くんだ」


 適当なゴミを置いて引っ張って見せるとゴミがぽんっと飛んで行く。

 それを見て訝しげにさらに眉を顰めるスティ。


「それはわかりましたけど……なんに使うんですかそれ?」

「お城の壁を崩す時に使うんだよ。知らない?」

「知りませんし……そもそもそんな大きさで城壁を崩せるんですか?」


 不思議そうに首を傾げるスティ。


「本物はこの何倍もの大きさなんだ。それで岩を投げるらしい。これは模型と言って大きな物を作る前に小さな物を作って問題点を探るための物だよ」

「へぇ~物知りなんですね」


 感心したように唸るスティ。


「この辺にあるのは全部武器の模型みたいだね」


 見渡してみるとそこかしこに見た事ある武器がある。

 クロスボウのような武器もあるし、投槍器などもある。

 しかし……。


「変だね」

「どうしたんですか?」

「模型なのに一部部品が足りない」


 クロスボウには弦が無く、先ほどの投石機も台を支えないと投げる事も出来なかった。

 見た所、ワックスのような物を塗ってあるので腐食しているわけでもない。


「とゆうかここにある機械全部が変だ」


 英吾の言う通りでいろんな機械が置いてあるが全てが壊れている。

 これだけ色々な機械があるのにそれが全て壊れている。

 それも必ず一部の部品が無くなっている。


「どういうことだろう?」

「多分……フォルンが使われていたんだと思います」

「……やっぱり」 


 なんとなく気づいていた英吾が唸る。


「ゴンボルの一族は金に困って売れる物は何でも売っていたと言われてますので、模型に使われていたフォルンも売ったんだと思います」

「よっぽど使い勝手が良かったんだね」


 苦笑する英吾。

 試作品の使用済みですら売れるのだ。


「それでもなにか残っていればと思ったんですが……」

「……やっぱりさ。採掘場にぼくらが行った方がよくない?」


 これだけ売れた代物なら作れるようになれば間違いなくお金の問題は解消する。

 今後はお金に困る事が無くなるのは大きい。


「原料が手に入ればフォルンは作れるようになったんだし……」


 英吾の控えめな申し出に首を振るスティ。


「採掘場に巣くっているサルミという魔物は魔物の中でも屈指の強さを誇っています。鼻が効いてすぐに獲物を発見して攻撃を仕掛ける獰猛さを持っています。人間がどうにかできる大きさじゃないんです」

「でもそんなに大きな魔物なら坑道に入ってしまえば攻撃出来ないんじゃ……」


 だが、それでもかぶりを振るスティ。


「ゴンボルは用心深くて採掘場へと至る道にはトラップを仕掛けていたようなんです。非常に厳格に秘密を守っていたからこそ、フォルンはゴンボルによって独占されていたんです。秘密を探った者は誰一人として帰ってこなかったと言います」

「むぅ……」

「それに……仮にうまく取れたとしてもその後はどうするんですか?」

「……どうとは?」

「採掘しに何度も行かなければならないのでは意味がありません。サルミを全滅させようと思ったらそれこそ千の兵を連れていかないと……今の私にはそんな力はありませんし、採算はとれないと思います」

「あ……」


 作るのならずっと取り続けないといけない。

 それを確保しようと思ったら魔物を全滅させないといけない。

 だが、尚も食い下がる英吾。


「当座の分だけでも……」

「エイゴさんの気持ちは嬉しいです……」


 そういいながらさびしそうに笑うスティ。


「こんな私に命かけてまでやりたいと言ってくれて凄くうれしいです。でも……」


 そう言って英吾の目をまっすぐに見つめた。


「私はエイゴさんを失いたくないんです……」

「……え?」


 英吾が驚く。


「あの時……クリィからも離れて一人で逃げて路地裏に追い詰められた時……私、諦めてたんです……やっぱり私は一人ぼっちだったんだって……」


 目に涙を溜めながら話すスティ。


「周りから触るだけで汚物のように扱われて……もう死んだ方がいいんだと思ってたら……英吾さんが来てくれて……追い払ってくれたんです……」


 こらえきれずに涙があふれてくるスティ。


「私の事を知っても……逃げるどころかそう言ってくれるなんて……そんな人に危ない事させられるわけないじゃないですか……」

「・・・・・・」


 何も言わずに無言でその様子を見つめる英吾。


「……だから……居なくなったら……もう立ち直れなくなります……」


 そう言ってスティは崩れ落ちた。

 静かに嗚咽だけを繰り返していた。


「大丈夫。もう行かないから」


 英吾はそう言ってスティの肩に手を置いた。


「安心して。もう行くって言わないから」


 英吾はスティさんを抱き寄せた。

 そのまま英吾の胸で泣き続けるスティさん。


「ん?」


 廊下から嘉麻が顔を出す。

 英吾はすぐさま口に人差し指を当てて、静かにと合図する。


「・・・あ・・・う?」

「大丈夫大丈夫」


 英吾は不思議そうにするスティにそう言って背中を撫でてあげる。

 そのまま嘉麻に大丈夫とジェステャーを送るとやや不服そうに去っていく。


「……嬉しいです……こうやって抱いてくれたのはクリィとエイゴさんだけです……」


 そう言って気持ちよさそうに笑うスティ。


「一度、顔洗って休も。顔ぐちゃぐちゃだよ……」

「……女の子に顔ぐちゃぐちゃって酷いです」

「ごめんよ」


 そう言って苦笑する英吾にスティは泣きながら笑った。



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