第18話 大災厄


「ううう……酷い目に遭った……」

「抜け駆けするからだろ」


 そう言って夜中になってようやく解放された英吾を笑う嘉麻。

 今は寝室でくつろいいるがちょっと前まで英吾は拷問のごとき方法で説教を食らっていた。


「なんでロープがあんな動きしたんだろ? 」

「なんでもスティさんは女神キョーサの『聖人』らしく、女神キョーサの権能が使えるらしい」

「何なのそれ?」


 嘉麻も不思議そうに首を傾げる。


「よくわからんが、この世界には『聖人』と呼ばれる神の権能を使える人がいるらしくてな。神に選ばれた者はその選んだ神の権能が使えるらしい」

「反則じゃねぇか!」


 ベッドの上でごろんと転がる英吾。


「ちなみにその女神キョーサの権能ってのは一体何なの?」

「貞淑な嫁の守り神で浮気者の浮気を必ず防ぐ能力らしい」

「その能力いる?って言うか誰得なの?」

「どう考えても嫁得だろう」


 当り前過ぎる答えに口を尖らせる英吾。


「……ちょっと疑問なんだけどなんで襲われてたときに使わなかったんだろ?」

「別に暴漢は浮気者でも浮気してる最中でも無いからな。能力は使えんからな」

「言われて見りゃそうか」


 ごろんと寝転がりながら天井をみる英吾。


「護衛をもっと増やせば……ってそんな訳にもいかないんだよな」

「……聞いたのか。災いの姫の件」

「……ああ」


 英吾が答えると嘉麻もごろんと横になる。


「……結婚出来ないんだってな」

「……みたいだな」


 悲しそうに答える嘉麻になんとなくイライラして起きあがる英吾。


「にしても予言なんて当たるかどうかわからないじゃん。なんでそれだけで結婚出来ないって言うんだろうな」

「……どうもそれだけじゃないみたいだな」


 嫌そうに答える嘉麻。


「クリィさんの話しだと。政争も絡んでいるらしい」

「……どういうこと?」


 やや苛立った空気を出しつつ嘉麻もむくりと起きあがる。


「今の国王に子供は二人。スティグミ王女とレティシア王女だ。王妃が死んで側室が王妃になった話しは聞いたか?」

「聞いたよ」

「その王妃の子供がレティシアなんだが……この王妃は隣国のアーヴァルドの王女なんだわ。ついでに言えばアーヴァルドはマイルグよりも大きな国でどうも乗っ取りを仕掛けているみたいなんだな」

「……乗っ取り?」


 不穏な空気を感じ取る英吾。


「そこでこの王妃がレティシアの婚約相手としても勧めて来ているのが全員アーヴァルドの王族なんだわ。このままいけば次の国王はレティシア王女の相手になる」

「……なるほどね」


 顔を顰める英吾。

 わかりやすい政治抗争である。


「臣下もアーヴァルド派と国王派に分かれてはいるんだが何しろ相手はこちらの十倍近い国力を有する国だ。資金力も半端ないからアーヴァルド派が圧倒的に優勢なんだわ」

「ありゃま……」


 まぬけな声をあげる英吾。


「幸い、国王派は辺境……要はこの近辺に飛ばされているからアーヴァルド派からの圧力は緩いし、危険は少ないけど、スティが災いの姫と呼ばれているせいで国王派は別の王族を後押ししているんだわ。さらに言えばその王族をレティシアの婿へと考えているから敵では無いけど味方でもないんだな」

「世知辛いなぁ……」


 全方位に仲間がいない。頼れる相手がいないのだ。


「仕方が無いんだよ。一度、スティと別の王族をくっつけようとしたらアーヴァルド派からこう言われたらしい」


『あの男が大災厄を引き起こすそうだ』


「……てな」

「……ひでぇな」

「それがきっかけで縁談は破棄。その男は別の貴族の娘と結婚したらしい」

「しょうがないけど……大災厄ってなんのことだろうね?」


 不思議そうに尋ねる英吾。

 彼の脳裏にはアンゴルモアの大王とか隕石衝突とかそういったものしか思い浮かばない。


「それなんだが……どうも何度か起きているらしくてな。それが理由で国がいくつも滅びているらしい」


 そう言って水差しの水を飲む嘉麻。

 英吾も喉が渇いたのでコップを差し出して水を貰って一息で飲む。


「この大陸で大災厄は何度も起きてるんだが……いずれも起きた国と周辺国家を壊滅的な打撃を与えている」

「壊滅的打撃って地震とか台風とかそういったやつ?」


 僕の言葉にかぶりを振る嘉麻。


「わからん。だが、大災厄が起きると黒い霧のような物が大量に出てくるらしい。その霧に当たると恐ろしい事が起きるらしい」

「恐ろしいって……」

「曰く、服だけを残して住民が消えた。曰く、苦悶の表情に歪み地面と同化して苦しむ住民だけが残った。曰く、一夜にして全員が死体になった。曰く住民がお互いに殺し合いを始めて全滅した。ただ死ぬだけじゃない。訳の分からない死に方をするらしい」

「……とんでもないな」


 阿鼻叫喚のこの世の地獄に思わず身震いしてしまう英吾。


「そういうこった。だから管理の手伝いをする人すらも集められないのはこういったところにあるだわ」

「……そうか」

「どうした?」


 訝しげに問う嘉麻。


「ただ、スティさんが可哀そうだなって……」

「……そうだな」


 遠い目で窓の月を眺める二人。

 嘉麻も英吾も同じ事を考えていた。

 恩義もある彼女を救いたいと。

 だが……それができる力がないのも事実である。

 嘉麻はふと気になり英吾の方に念を押す。


「……変なこと考えるなよ」

「……なにが?」

「じゃあ、俺が抱いてやるよとかな。立派なセクハラだし、何よりも……」


 ベッドに寝転んだまま嘉麻が英吾を真剣な目で見る。


「殺されるぞ」


 じっと英吾の目を睨む嘉麻。

 嘉麻にはわかっていた。

 英吾はこういった子を誰よりも助けてあげようとするお人好しである事を。

 自分自身がそれで助けられたのでわかるのだ。


「……わかってるよ。女神キョーサの権能も怖いからな。手は出さねーよ」


 英吾はそう言ってランプを消して布団をかぶる。


「おやすみ」

「……おやすみ」


 そう言って嘉麻がランプを消す。

 だが、嘉麻は寝ながら少しだけ思った。


使のだがなぁ……)


 止めても無駄かもしれないと嘉麻は思った。





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